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近頃は物騒なので番犬を飼います(書籍版は「わたしの番犬は過保護です。」に改題:〈上〉〈下〉発売中)  作者: 五十鈴 りく
本編

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18/46

18◆Bradley

「…………」


 ルーシャを残して部屋に引っ込んだブラッドは、ベッドにストンと腰を下ろした。そうして、心臓を押さえてうつむく。

 まだ、ドクドクと心音が乱れていた。


 あんな至近距離の体が密着した状態で、ルーシャから全幅の信頼を向けられた。

 出会ってから初めてかもしれない。あの気を許しきった笑顔は。


 正直に言うと、とても動揺している。あんなふうに信じてもらえて、もしかすると自分は嬉しいのかもしれない。

 何か落ち着かない気持ちを抱えた。変だ。


 ミリアムといてもこんなふうに動揺したことはない。幼馴染で、互いのことはよくわかっているから。

 ルーシャといて青くなったり赤くなったりさせられるのは落ち着かない。


 ――ブラッドがルーシャにとって危険ではないと信じてもらえたのは、女に興味がないという前提であって、実はそうではないと知ったらどうなのだろう。

 家に住まわせているのがただのごく普通の男だとしたら、ルーシャはまた警戒するのか。


 ベッドに入っても、考えなくてはならないことが多すぎて眠れない。

 ルーシャのこと。そして、あのストーカーの正体。

 誰が差し向けたものなのか、そこを突き止める必要がある。


 また来ることも考えられるのだから、ロトにも報告しなければ。




 翌日。

 たっぷりのフルーツソースがかかったフカフカのパンケーキで朝を迎えた。


 朝からこんな手の込んだことをしていたら大変だろうに。

 それでもルーシャはニコニコと笑っていた。


「おはよう、ブラッド。えっと、これは昨日のお礼みたいな……ほんとはちょっと違うんだけど、まあそんな感じで」


 照れたように、わかりにくいことを言っていた。

 ベリーの甘酸っぱい匂いがして、見るからに美味そうだ。


「礼なんていいのに。でも、美味そうだな」

「うん、頑張った」


 そう言って、ちょこん、と椅子に座ったルーシャが、何故だかとても可愛く思えた。


 迎えだけでいいといつもなら言うけれど、今日は素直に送らせてくれた。

 けれど、朝から二人で歩いていると、前にカエルを捕まえていた子供たちにはやし立てられた。


「ルーシャに男がっ!」

「いつの間に!」


 こうなるのが嫌だから、朝は一人で行きたかったのかもしれない。


「違うし! そういうんじゃないし!」


 毎回、同じ返し方しかできないルーシャだった。

 周囲が驚くくらいだから、相当男っ気がなかったと思われる。今みたいに自然に笑えるのなら、いくらでも寄ってきそうだが。


「大体――っ」


 何かを言いかけて、ルーシャはハッと言葉を飲み込んだ。

 何を飲み込んだのかがわかったから、ブラッドは複雑だった。


「だ、大丈夫。私、誰にも言わない」

「あ、そう」


 顔が引きつりそうになるのに耐えたブラッドだった。




 ルーシャを店まで送ると、ルーシャが二階に上がって見えなくなってからレーンを捕まえた。左右非対称で穴だらけのジャケットを着て、ピンクとグレーの中間色みたいな色の髪になっていたが、まあいい。


「なあ、昨日、怪しい男――多分、男――がルーシャに近づいたんだ。顔が見えないほどフードを目深に被って顔を隠してたけど、魔術師だった。ただのストーカーじゃない」


 それを聞くなり、レーンのふざけた顔が引き締まった。


「魔術師……」

「うん、魔術を使われて、捕まえ損ねた。ロト兄に警護の強化を頼んでみる」

「そうね。あなたが捕まえられなかったのなら、一般人では防ぎようがないもの」

「レーンも今まで以上に気をつけてくれ」


 ここならば人目につくから滅多なことはないと思うが、気にはなる。


「ええ、わかったわ」


 レーンにはロトほどの能力はないが、それでもただの庶民とは違う。それにふざけているけれど、身のこなしに隙はない。いざとなればルーシャを優先して護ってくれるだろう。

 ただ――。


 ブラッドはレーンに向けて目を細めた。


「なあ、俺が男にしか興味ないみたいなこと、あいつに吹き込んだろ?」


 その途端、レーンはにっこりと笑った。


「さぁ、どうだったかしら」

「言ったな」

「でも、いいじゃない。あなたにはミリアムがいるんでしょう? しばらくのつき合いのルーシャにどう思われても構わないじゃない」


 どう思われても、の意味が違う。あまり嬉しい勘違いではない。

 というか不愉快だ。


「そういう問題じゃない」

「あらそう? 別にブラッドが言いたければ正直に言ってもいいのよ。女好きですって」

「その言い方は誤解を招くんじゃないのか? 家から放り出される予感しかしない」

「何がそんなに気になるわけ? あなた、ミリアム以外のことなんて気にしたことなかったじゃない」


 それを言われてみて、ブラッドは果たしてそうだっただろうかと考えた。

 ミリアムのことばかりだったのは、ミリアムが人一倍手がかかったからだ。いつでも、助けて助けてとブラッドの近くにいて――。


「……ロト兄に報告に行ってくる。とにかく、これ以上ルーシャに変なこと言うなよ」


 去り際に言うと、はいはい、と人を食ったような笑顔を向けられた。癪に障る男だ。




「――というわけで、増員を頼みたいんだ」


 木にもたれかかりながらブラッドはロトと連絡を取る。


『そうか、何者かが動き始めたか。もう少し情報があるといいんだが』

「姿はまったく見えなかったし、こっちも余裕なくて。悪いけど」

『いや、魔術を使うということがわかっただけでも大きい。少なくともゴロツキを雇わずに血族の誰かを使ったということだ。公爵家に縁続きのどこかに繋がっているのなら、フェネリーか、カディネットか、ユーステスか……』


 ロトが独り言つ。あれではブラッドも姿を見たとは言い難く、どこも繋がりを疑えるものではなかった。


「ルーシャも相当堪えたらしくて、前より怖がりになった」

『ほぅ』

「なあ、レーンが俺のこと男にしか興味ないとか言ったらしくて。ルーシャはそれを信じてて。ひどくないか?」


 相手が男と女、どちらに興味があるのか、そういうのは雰囲気でわかる。男好きな男はもっともわかりやすいとブラッドが思うのは、騎士団にもそういう男がいて、粘つく視線を投げかけてくるからだろうか。

 ああ見えてレーンにはまったく()()()がない。そんなこともルーシャにはわからないのだろう。


『ひどいかなぁ』


 そう言いながらも、ロトが笑っているのがわかった。


「あいつ、警戒心が解けたら女友達といるノリなんだ。夜間に風呂上りだろうと、肌出していようと気にしないし……」

『間違い起すなよ』

「起こすか!」

『それならいいが。彼女は公爵の孫娘だからな』


 そう、わかっている。

 ルーシャは近いうちにその身分を得るのだ。

 今は近いようで、これから遠い存在になる。


 それを考えると、なんとなく寂しいと思ってしまうのはおかしなことかもしれない。

 向こう側でロトのため息が聞こえた。


『頑張っているお前に、ひとつご褒美だ』

「え?」

『ミリアムのこと、気にならないのか?』

「気に……」


 なっていなかっただろうか。

 いなかったとしたら、ブラッドは忙しすぎたのだ。


『この前、話が途中になったから。まずそれを訊いてくるかと思ったんだがな』

「任務の報告が先に決まってる」

『そうか。大人になったな』


 イラッとしたが、耐えた。


『お前に宛てた手紙を預かっている。だが、任務が終わるまで会うのは我慢してくれ』

「わかってる。今の優先事項はルーシャだ」

『よろしい。では、また何かあったら報告するように』

「ああ。姉さんによろしく」


 ブチ。

 通信が切れて、やっぱりバングルをした手が痺れた。


 ミリアムの、その手紙に書かれていることは読まずともわかる。それくらいつき合いが長いから。

 今はそれよりもルーシャのことを考えなくてはならない。そんなブラッドの思考をミリアムが読んだなら、多分怒っただろうけれど。

 

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