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泉の女神  作者: 紅葉
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あなた、また戻ってきたんですか。

リクエストにより続編を書いてみました。

「貴女また戻ってきたんですか」


 呆れたように言うのはデルタ。


 女神クレーネの守護する世界の一般人。

 魔法使いだけどこの世界では一般人。

 流れるような長髪の金髪、アイスブルーの瞳、全体的に色素の薄い彼は黙っていれば物語の王子様か宗教画の天使のよう。

 


「私だって戻って来たくは無かったわよ!」


 つい、売り言葉に買い言葉で言い返した。





 私はあの日、いきなりふわりと体が浮き上がったかと思うと、女神クレーネに掴まれて別次元に連れて行かれていた。

 巧妙にれああーすと引き換えにするための代償として。


 私の願いも虚しくれああーすと引き換えられた私は、赤髪の採掘工の男の家に迎え入れられた。


 いや、だって仕方がないでしょう?

 知り合いも誰もいなくて、どうやって生活すればいいかも分からない世界に、ぽんと放り込まれたんだもの。

 

 赤髪の採掘工はガルドと名乗った。

 

 最初はどきどきしていたけれど、ガルドの紳士的な態度に次第に気持ちを許すようになっていた。


 あ、でもまだ清い関係は貫いていたのよ!


 そんなある日、私はガルドの仕事場に昼食を届けにいった。

 鈍く金属的な光を放つレグランドが積まれている採掘場の横で、ガルドはほのかのお弁当を開いた。


 鶏に似た肉のシチューと朝焼いたパン。


 あー、日本で「手作りパン教室」に通ってて良かった!


 美味しそうに食べる笑顔を見ると胸が熱くなる。

 私、元の世界に帰れなくてもいいかも。ガルドのためにシーツを洗濯して、ご飯を作って、家をピカピカに磨くの。いずれは二人の子どもを育てて……って、きゃーー!!


 自分にそんな乙女な部分があったのは驚きだけど、そんな未来もいいかもねぇと思う。



 その時。



 うっかり山から崩れて転がっていたレグランドにつまずいてしまった。


「うわっ」


 爪先にあたったレグランド鉱石は、カツンと転がり……そしてじわりと地面から沸き上がった泉に落ちた。体勢を崩したほのかも同時に泉に落ちた。


 ガルドがほのかのいた場所に目をやった時にはもうその姿はどこにも無かった。


 女神は現れなかった。







 ほのかは気付くと冷たい泉にお尻を浸けていた。

 空には浮かぶ島。

 浮かぶ島から飛沫を輝かせながら流れ落ちる滝。


「クレーネに戻ってきてしまった……」


 茫然と辺りを見回す。


 ここでも「私の居場所」はないのだ。


「仕方がない。ユーリアを頼るか」


 泉から身を引き上げ、濡れて重たくなったスカートの裾を絞る。


 靴の中の水を出し、女神神殿の巫女たちが見守る中、以前ユーリアが案内してくれた道を辿って歩きはじめた。




 いやー、覚えているものね。と、ユーリアの家に着いてみれば、扉から現れたのは兄のデルタさんただ一人。

 あ、あれ?

 ユーリアちゃんは?


「あ、ははは……ただいま」


 デルタの無表情にひきつりつつ、ここで追い返されたら行くところがない。思いっきり作り笑いで挨拶してみれば……。



「貴女また戻ってきたんですか」


 綺麗な顔は無表情の仮面を被ったまま冷ややかにそう言った。


 私、デルタに何かしたかな~。

 こんな扱いを受ける覚えないんだけど。


 そう思ったらムカムカしてきてつい、言い返してやった。


「私だって戻って来たくは無かったわよ!」


 デルタはひょいっと片方の眉をわずかに動かすと言った。


「そうですか、それは残念でしたね。それで、今回は何と交換にされたんです?」

「あれ……なんだろ。女神様現れなかったような」


 デルタはふむ、と細いあごを摘まんで考え事のポーズをとった。


 だん! と机を手を置いた。


「とにかく! 私はもうこんなサイクルに巻き込まれたくないの!! 日本に帰れるなら帰して! ガルドのところでもいい! どこでもいいから!」

「どこでもいいのなら、そのうち召喚されるでしょう」

「だーかーらー!! それがイヤなの!!」

「女神に召喚されるのが嫌なのですか」


 デルタが意外そうに言うので私のムカムカは最高潮に達した。


「あ~ったり前でしょ! そんな、あんな、れああーすを手に入れる為の手駒にされるのが嬉しいわけないでしょーーが!!」


 たまたまガルドがいい人だったから良かったけど、変な人のところに連れて行かれたらどうするのよ!

 私には選択権がないなんて、そんな非人道的なこと、許されるわけないでしょーー!!


 ぷしゅーー!っと頭から湯気が上がるくらい、今までの不満を放出していたから、デルタの言葉に呆気にとられた。


「成る程。召喚されたくないのなら方法はありますよ」

「……え。今なんて?」

「だから、召喚されたくないのなら方法はありますよと。前は元の世界に戻りたいと言っていたのでその方法を探りましたが、元の世界に戻れなくてもいいのなら方法は簡単です」


 まじで!?


「その方法を教えて!!」


 私は苦手意識も忘れてデルタに迫った。

 デルタは涼しい顔でなんでもないことのように言った。


「この世界の住人になればいいんです」

「で、どうすればなれるの!?」

「方法はいくつかあるのですが……」


 デルタが初めて目を反らして、僅かに頬を染めた。


 ん?


「いえ。一番簡単なのは、神殿で洗礼を受けることでしょうね。確実なのはこの世界の住人と結婚することでしょうか」

「本当に!? そんなことで?」


 コホンと小さく咳払いしたデルタは、真剣な表情で頷いた。


「ええ。貴女が思っているほど女神クレーネは無慈悲ではありませんよ」








 吉日。女神クレーネの神殿。


「本当に良いんですか?」


 司祭は私の意思をこれでもかと確かめた。


「洗礼を受けてしまえば元の世界に戻る可能性も消してしまいますよ」

「いいの。元の世界に戻れる保証なんてないに等しいんだから」


 帰らないと決めてからは、早く洗礼を受けてしまいたかったけれど、儀式には日を選ばなくてはいけないらしい。

 それまでの間、いつ召喚されてしまうかとヒヤヒヤして過ごしたもんよ。


 この世界で生きると決めたからには、いつまでもユーリアの家にお世話になるわけにはいかない。一日も早く一人立ちしないとね。


 ちなみにユーリアに聞いたんだけど、もしかしたらガルドとむにゃむにゃの関係になっていたらクレーネには戻って来なかったのかも知れないんだって。

 それでデルタが頬を染めた理由がわかった。

 真っ先にそれを思い浮かべたのね、あんな顔してなんて男だ!


 ユーリアには「お兄様と結婚なさったらよろしいのに」と言われたけれど……ねぇ。

 どう考えても嫌われてるでしょ、私。


 そうユーリアに言ったら、「ほのかがいきなり消えて、一番心配していたのはお兄様なんですのよ」と言っていたが俄には信じられないな。

 現金にもあの顔には惹かれるものはあるけれど、現実にあの態度、好意をもたれているとは思えない。ありえないでしょ。



 儀式用の薄衣に着替えた私は、女神神殿の儀式の間に入った。

 白亜の建物はまるでパルテノン神殿のよう。その太い柱の向こうに、女神の泉が見える。

 司祭に予め聞いていた段取り通りに、深紅の絨毯の上を泉に向かって進むと泉に降りる階段があった。階段は泉の中にまで繋がっているけれど、そのうち踊り場みたいに広くなっているところで足を止めた。

 冷たい泉水がくるぶしまで浸かっている。


 そこで膝立ちになって両手を組み祈る。


 司祭が祭文をあげているのを静かに聴いていた。


 これが終わったらもう召喚されない。


 これが終わったらもう帰れない。


 祭文はまだ続いている……。






◇◇◇


「なあ、ほのか。何処に行っちまったんだよ」


 松谷隼人は同僚の水城ほのかが忽然と消えた公園の池のほとりにあるベンチに腰かけていた。

 背後では少年サッカーのにぎやかな声が聞こえる。


 ほのかが池に落ちて消えた後、手にした宝くじは換金期限を過ぎていて大金を手にすることは出来なかった。


 もしあのとき、手にしたその足で向かっていたらーー、と後悔が押し寄せる。

 だが、同時に大金を手にしていなくて良かったとも思える。

 実際翌日から大騒ぎで換金どころでなかったのだ。




 翌朝、まだ信じられない思いで試しに池に行ってボールペンや石なんかを投げ入れてみても、水紋が出来て消えていくだけ。

 昨日のように巨大な女神は現れない。

 それだけなら酒が見せた幻覚だったのだと思い込みたいが、出勤してみれば水城ほのかは欠勤。実際その日から水城ほのかは失踪したことになり、職場も家族も大騒ぎ。

 家族は警察に相談した。




 飲み会のあの日、一緒に帰った松谷隼人が真っ先に疑われたが、本当のことは言えなかった。言えるわけがなかった。宝くじと引き換えに水城ほのかは巨大な女神に池に引きずり込まれたのだなんて。


 だから真実を少しだけ混ぜて証言した。


 『一緒に公園を突っ切って帰ったんですが、池の側を通ったとき水音がして、振り返ると水城がいなくなっていたんです』と。


 そこで酔っ払い、池に落ちたのではないかと池をさらっての捜索が行われたが、死体はあがらなかった。



 キラキラと水面に夕陽が映り輝く。


 その場に不釣り合いなほど暢気な音楽が、松谷隼人の尻から聞こえた。


「あ、メール……」


 最近出来た彼女からのメールだが、ほのかとの痴情のもつれを疑われている隼人はそれを周囲に隠していた。


 スマホを弄り、返信を打つーー。


 と、その時。



 彼の背中に結構な勢いでサッカーボールがぶつかった。

 立ち上がり、池の欄干に凭れてスマホを弄っていた彼の手から、小さな機械は弧を描いて吹っ飛んだ。


 ぽちゃん。


 その小さな機械は、水面に波紋を描きながらゆっくりと沈んでいった。


「あーー! なにすんだよ、もう」

「すみませーーん!」


 ボールを追い掛けてきた少年に向かい文句をいう隼人の後ろで、池の水が渦巻き、水面が盛り上がる。


 そして……。


「あなたが落としたのはこのスマートフォンですか? それとも……」




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