第一話 私の日常が終わる時
11/01:未完結です。この先の更新は無いかもしれません。
入学式、試験、学園祭、修学旅行、受験、卒業式――。
私、中村 弥珠朱は卒業式を無事に終え、高校三年間を振り返っていた。
感覚としてはまずまず。
成績は常に上位だし、友達こそ少ないものの中学の時のように虐められたりもしていなかった。
受かった大学も地方で五本指に入る所だし、将来はそこそこ安泰だ。
昔から、何故か勉強で困った事はない。
まるで最初から知っていたのように、"昔習った"事があるかのように――いや嘘です、スミマセン、社会と英語は苦手です、見栄を張りました。
英語と社会さえなんとかなれば一番の大学すら行けたんじゃないかと言われるくらい、特に英語は壊滅的だ。
英単語とかなんなの、あんなの覚えれるわけないじゃない。
「みすずー! 写真撮ろうよー!」
呼ばれて振り返れば、運良くも三年間同じクラスだった友達二人――里奈と美羽が、卒業していく生徒のために今日だけ特別に飾られた門の近くで手を振っていた。
話したり、昼を食べたりする程度なら兎も角、放課後遊ぶ程仲が良いのはこの二人だけだ。
彼氏も居たことはない……と言うか、私は何故かあまりそういう気分になれないのだ。
貞操観念が強いわけでも、潔癖症でも、男性恐怖症でもなく、ただ男子に告白をされてもまず気持ち悪いと心のなかの誰かが言うのだ。
……危ない、昔の厨二病がまた出てきた。
私は中学時代、そのせいで虐められていた。
全く授業も聞いてないのに、テストでは常に高得点。
周りの人を小馬鹿にした態度。
トドメの厨二病。
結局、とある男子の告白を幼稚だと切り捨てた事が切っ掛けで、私は女子の大半を敵に回した。
どこがいいのやら、その男子を好きな子が沢山居たらしい。
虐めと言っても殆どは無視の類で、最高でもわざとぶつかられた程度だが。
あの頃は早熟な自分に酔っていたのだ。
勉強だけではない、考え方も「小学生とは思えない」と言われすぎて天狗になっていた。
周りの人とは違う、選ばれた人間なのだと。
『そうだ、お前は選ばれた人間だ』
心のなかのもう一人の自分――。
勉強の面では確かに助かっているが、あまり好きにはなれない。
『認めたくないだけだろう? 俺ではなく、お前はお前自身だ』
「弥珠朱ちゃん?」
私のことをちゃん付けで呼ぶのは美羽だ。
見た目も性格もおっとり系だが、芯は強い子。
私と同じ大学に行きたいからと、自分でバイトして塾に通うような子だ。
「あ、ごめん。ちょっとぼっとしてた」
「またー? みすずって背は小さいけど、美人でしっかりして近づき難そうなのに、意外とボンヤリ屋だよねー」
幼い声は里奈。
来年から大学生になれる年齢だとは、ちょっと信じられない。
本人は大学には行かずに、家の手伝いをするらしいが。
決して本人の成績が悪いからなわけではない……と思いたい。
一応ここは進学校だぞ。
「何、その評価。私がボンヤリ屋?」
そんなにボンヤリしているのだろうか?
確かに厨二病を表に出さなくなってから、割りと考えこむことも増えたけど。
と言うか――、
「そもそも私って、近づき難いの?」
「んー? まぁ、そうじゃないかな」
「う、嘘……」
「嘘じゃないよ、隙が無さそうって言うか、高嶺の花って言うの? 冷たい雰囲気って言うか……あ、今はりなそんな事思ってないからね!」
里奈、昔はそういう風に思ってたんだ……。
そんな事全く気づかないで三年間、これって親友と言えるんじゃないか――なんて浮かれていた私って……。
「ちょ、ちょっと! 落ち込まないでよ! 今はちゃんと可愛い子だって思ってるよ、大好きだって!」
「えっ……だ、大好きって?」
もしかして、親友と思ってたのは私だけじゃなかったっ?
「あっ……」
あっ……?
あっ、てまさか。
「ま、まさかそういう趣味が……」
「無い無い! 無いから! 絶対無い!」
さらっと流すならともかく、あからさまにしまったと言う顔をされた上に必死に否定されると、逆に怪しいんだけど。
「そう無いを強調されても逆に傷つくんだけどなー?」
「あわわ、ごめん! 全然無くない!」
「無くないって、それはつまり……」
「あわ、あわわわわわわっ」
「ぶふっ」
あまりの慌て様に、思わずはしたなく吹いてしまう。
「あー酷い! からかったなっ!」
顔を真っ赤にして怒るのを見ながら、女の子から大好きって言われても気持ち悪いだとか嫌だとか全く思わない私は、やっぱりそういう趣味なのかな……と、内心すこし落ち込んだ。
「あの、弥珠朱ちゃんも里奈ちゃんも、私のこと忘れてイチャイチャしないでくれると嬉しいのだけど……」
「い、イチャイチャなんてしてないよ」
「ごめんね美羽」
結局、写真を撮ることを忘れたのに気づいたのは、そのまま三人でワイワイと騒ぎながら帰って、各自自分の家に着いてからだった。
卒業式から一週間、私は春休みを満喫していた。
といっても、家でゴロゴロしているだけだが。
だが、家から出ないのは決して私がだらけたいからだけではない。
猛烈に嫌な予感がするのだ。
最初は、ボンヤリとした炎と悲鳴だけの夢。
それが、段々と現実味を帯びてくる。
熱さを感じ初め、痛みを感じ初め、昨日なんかは自分の悲鳴で飛び起きたほどだ。
「寝たく……ない」
今日はもう徹夜しようと思ったものの、ここ3日まともに寝れていなかった私の瞼は主人の意志に反して降りていった。
悲鳴、炎、熱と痛み。
あぁ、また夢を見ているのか――。
今度は炎で焼かれて死ぬのだろうか……。
焦げ臭い匂い……匂い?
「…………」
目を覚ました時、最初に飛び込んできたのは鼻にくる焦げ臭い匂いだった。
次に、外に広がる赤い光。
朝焼けかと思ったが、これはそんなのじゃない。
炎だ。
火事――
「――ッ!?」
飛び起きた。
悲鳴も熱も匂いも、全部現実。
隣の家が、燃えている。
この家も燃えている?
急いで1階へ向かう。
ドアが歪んでいるのが階段から見える。
玄関へは向かわず、家の裏口の方へと急いだ。
炎が回ってるが、そんな事気にしてなんて居られなかった。
それに、起こされていないということは、両親はまだ気づいていないかもしれない。
「お母さん、お父さん!」
勢い良く両親の寝室を開けると、そこには――、
「ギギ、獲物が増えたゾ」
「若い女ダ」
2つの黒い何かが居た。
「ヒッ――――」
それが、お父さんを喰っている。
半分砕けた椅子を握りしめたまま、腸を食い破られていた。
もう死んでいると、直ぐに分かった。
「に、逃げ……て」
ベッドの上でガクガクと震えながら、お母さんが私に言う。
『まずいな、完全に獲物だと思われた。早く逃げろ』
こんな時でさえ心の中の声が聞こえる自分に、嫌気が差す。
今はそんな事を考えてる時じゃない、逃げる時だ、逃げて警察を呼ぶんだ。
頭のなかでは「逃げろ」と冷静なもう一人の自分が言うのに、身体は震えて、硬直して言うことを聞かない。
「この女、腰を抜かしたゾ」
言われてようやく、自分がへたり込んでいるのに気づく。
「若い女、後で楽しム」
「アア、先に熟れた身を食べるカ」
へたり込む私を放置し、化け物はお母さんへと手を伸ばし――。
「や……やめ……」
ゴキッっと言う音がして、奴らに捻られたお母さんの腕が折れた。
乱暴に、腹部辺りの服が破られる。
お父さんは食べやすそうな手や足ではなく、臓器を中心に食べられていた。
『奴らは生きたままの臓器を食べるのだ、趣味の悪い奴らだ……。よし、あいつらが夢中になってる今のうちに逃げろ』
心の声が、見捨てて逃げるべきだと言う。
――そうだ、こっそりと、移動する。
『おい?』
血の海に沈むお父さんも。
――今は後回しだ。
今まさに殺されようとしてるお母さんも。
――足で抵抗している、まだ死なない。
見捨てて逃げようと考えるような。
――音を立ててはいけない。。
私は、そんなに薄情な人間だったのか。
――気づかれてはいけない。
両親が目の前で殺されているのに。
――時間はないが、慌てては仕損じる。
『ほぅ……』
その隙に逃げようと考えるような――
「うわあああああああっ!!!!!」
――そんな人間じゃない!!
「ギギッ!?」
手にした折れた椅子の足を握りしめ、化け物の腹に飛び込む。
下から突き上げるようにして出した尖った椅子の足が、化け物に吸い込まれた。
手に、生暖かい感触。
上手く刺さったようだ。
『上手くやったと褒めたい所だが……喉を狙うべきだったな。それにもう一体いるのを忘れたか?』
いつでも冷静な心の声は、どんな時も非情だ……でも、間違えたことはない。
慌てて離れる。
ものすごい勢いで振られたもう一体の化け物の手が――その手に付いている包丁のような爪が、目の前を通り過ぎた。
「グギギ……ヤッて……くれたナ」
木を引き抜いた化け物は、多分血だと思われる緑の液体まみれでありながら、こちらへゆっくりと近づいてくる。
もう一体の元気な奴も、血走った目で此方を向いた。
「鬼……」
『これは餓鬼だ』
その頭には、ドリルのような角が生えている。
ガリガリに痩せ細った身体は、とても力があるようには見えないが、お母さんの腕を簡単に捻り折ったのだから、力強いのだろう。
ばれない程度に、ちらっとお母さんを見る。
腕が折れているだけで、死ぬような怪我はしていない。
腹を貫いても死なない餓鬼。
不意打ちじゃなければ、殺せない。
でも、注意は此方に向いた。
これで、安心して逃げられる。
『お前……。いや、しかし、死ぬ気か?』
そんな事はない、これでも男子に負けないくらい走るのは得意なのだ。
勉強だけじゃなく、運動もできる。
『それは知っているが、あいつらは五十メートルを六秒で走るぞ。コンディションがいい時のお前でも、逃げられまい』
「…………」
心の中の声が間違えたことはない。
こんなに饒舌なのは初めてだけど――間違えたことは、ない。
絶対でない事は、言った事がない。
ずっと、人工精霊みたいな物だと思っていた。
頭のなかで、キャラクターを作って、それで二重人格ごっこをしているんだと思っていた。
でも、今回は――
「お前は誰だっ!」
「ギギ、どうせ死ヌ」
『おお怖い。ようやく認める気になったか? 人間』
「答えろっ!」
「人間は獲物に名乗るのカ?」
『俺は俺だ。お前でも、もう一人のお前でも無い』
「話を逸らすなっ!」
「ギギ……しつこい奴ダ」
『認めろ、お前はお前だと、そうすれば思い出せる。前に会ったことが有るはずだ、それさえ思い出せば母親を助けられるぞ?』
思い出す、何を?
虐待、虐め、飛び降り自殺、那由多の神、消える記憶、暗い空間――――、
一度、会ったことが有る?
「まさか……」
私の中には、私の他に、二つの異物が存在した。
前世の記憶と、それとは別の――圧倒的な存在。
それらは同じものなのだと思ってたけど、本当は別の存在だった。
『異物……? 違うな、お前はお前だ、それは他人の記憶ではない――がまぁいい、思い出したならな』
「仕方なイ、教えてやル」
私の知らないことを知っているのだからこれらは――、
「大鬼様の下僕、"餓鬼"様ダ」
私の妄想じゃなかった。
ゴウッっと音がして、リビングが崩れた音がした。
それと同時に、私の中の現実も崩れていく音がした。
これは、夢なのだろうか。
『マズイな時間がない。略式で済ますか……お前の真名は何だ?」
「まな……?」
「ギギ、真名を教える馬鹿がいるカ。教えたら支配されてしまウ」
支配される?
真名……?
どっかの漫画の話みたいだ。
いや、実際今眼の前で起こっていることには、現実味がない。
『真名だ、あるだろう』
「弥珠朱、だけど……知ってるでしょう?」
「ギギ? 何を言っていル」
妄想と思ってたとはいえ、ずっといると思っていた相手だからか、案外普通に声が出た。
『そっちではない。霊的な、お前だけを指す真名の事だ』
「そ、そんな事急に言われても、前世の名前なんてあの時に――」
「なんかコイツおかしいゾ」
「気が触れたカ」
『それでもないわっ!とぼけるな!!』
「怒られてもわからないものはわからないわ。なんのことを言ってるの?!」
『少し記憶を読まさせてもらうぞ――――。これは……普通は、自分の真名など何となくで知るものだが……まさか、本当に真名が無いのか』
「だから分からないって言ってるじゃない!」
『いや、これまた僥倖だ、これはこれで都合がいい。お前に俺の真名を授ければ、奴らも敵では無いぞ!』
「真名……支配できる? 貴方を支配すれば、力を使えるの?」
漫画のような展開だ。
心の中の悪魔を真名とやらで支配し、敵を倒す。
『あぁそういう事だ――略式契約を始めるっ!』
頭のなかではなく、部屋全体に響くような大音量の声がした。
咄嗟に耳を塞いでしゃがみ込む。
私を中心に、黒い炎が円形に広がった。
「ギギッ!? 契約の炎だト!」
「キサマ退魔師の血族カ!」
炎に押し出された餓鬼が、なにか喚いているが、私には聞こえなかった。
何故なら目の前に、邪悪な笑顔が満開の悪魔が居たのだから。
思い出した。
――これ程の魂が紛れ込むとは!
これは。
――お前はこのが最初に手を付けた。忘れるなよ。
悪魔との魂の契約。
――お前は俺のものだ。
――もう、逃げられない。
きっと鬼を殺したら、魂を渡さなきゃいけないんだろう。
前世は死んだ後なんてどうでもいいと思っていたが、魂が存在し、生まれ変わりが有ると分かった今、それはとても怖い事だった。
この鬼達に慰み者にされ生きたまま腸を喰われることよりも、何倍も……。
「ま、待ってよっ! 私まだ認めてなんて――」
『もう遅い。あの時打ち込んだ契約の楔は、確かに動いた。俺が顕現した以上はもうお前に拒否権など存在しない』
「そ、そんな……」
『汝に我が真名を授けよう、契約の言葉はいらぬ、ただじっと受け取れば良い。我が名は――――。汝之庇護之元に……唯、力を貸すだけだ。共に復讐の生を謳歌しようではないか――』
人工精霊については……ググってください