第二話 ガール・ミーツ――…… Ⅰ
冷たい風を感じて、そっと目を開いた。
煌びやかなビル群、線を描く車のライト、ライトアップされた大きな橋。
それとは対照的な、薄暗い路地裏、ライト一つ無い暗いビルの屋上。
明暗の差が激しい夜の街は、人間の目では細部まで見ることは出来ない。
ここ、上那市は、眠らない街であると言われる。
ビルや二四時間営業の店が多く建ち並ぶが、それに比例するかのように犯罪も多いらしい。
『何を思い出していた?』
「別に――なんでもいいでしょ」
風が強い。
夜ビルの上から街を眺めると言うシチュエーションは、どうしてこうも多用されるのだろう。
街並みを調べるなら、インターネットでタダで見られる航空写真付きの地図を使うか……せめて昼間にするべきだ。
『弥珠朱』
「その名前で呼ばないで」
『…………』
光量が足りないのか、双眼鏡を使っても路地の暗い所までは見ることは不可能だった。
こうなっては地道に歩いてみるしか無いだろう。
移動の疲れもあるし、今日はもう諦めて寝た方が効率がいいかもしれない。
『まだ、許してくれないのか』
「許せる訳無いでしょ。貴方が私の中に居なければ、お父さんもお母さんも死ななかった」
『…………』
「安心して、復讐したいと言う一点では私と貴方は利害が一致している。魔物を全部殺して、殺して、殺し尽くすまで……。貴方を殺すのは最後にしてあげるから」
『そうか』
そのための方法も、私は既に知っている。
「それで……何を思い出していたか、だったわね」
双眼鏡を持った手を自分の影の上へと持って行く。
一瞬の躊躇もなく手から離れた双眼鏡が、床で跳ねる事無く影へと吸い込まれていった。
『ああ』
まるで待ち構えていたかのような手際の良さに、心が苛立つ。
だが、役に立っているのは確かだ。
「ちょっと、最初に契約をした時の事を思い出してたのよ」
『……そうか』
自分からしつこく聞いてきたくせに。
本当はどうでもいいくせにやけに私に絡むのは、この悪魔も寂しさを感じるからなのだろうか。
そう考えると、少し笑える。
「それでちょっと苛立っちゃって。別に、もう弥珠朱でもいいわ」
『いや――嫌なら呼ばない、意地悪で呼ぶ時意外ではな。だが、現状困っているのも事実だ。そろそろ代わりの名前は思いついたのか?』
意地悪で呼ぶ時がある、と言うのがこの悪魔の最悪な所だ。
「まだ」
あれから三年。
三年もたっても、私は名前を決めれていなかった。
弥珠朱という名前はもう使えない。
死んだことになっているのもそうだし、私はもう過去の私ではないのだから。
前世の僕でも、悪魔に魂を売る前の私でも無く、私は私だ。
そう、決めたのに……名前が思いつかない。
「ここまで自分が優柔不断とは思わなかったわ」
『優柔不断ということが理由でもあるまい』
何十階と言う階段を踊り場毎に飛び、数十秒程度で降りきる。
この通り、体ももう普通の人間と同じではない。
こっそりと、廃墟のようなビルから出た。
これだけ大きな街でも、人の居ない建物と言うのは幾つもある。
その中まで全部探すと言うのなら、途方も無い時間がかかるだろう。
『それで、どうするつもりだ? ビルの上から見渡しても、やっぱり何も分からなかっただろう』
「煩い。ネットカフェが何処にあるかは判かったわ、それで十分」
『ハァ――どうせお金を使うのだ、ケータイくらい買ったらどうだ』
「住所も、銀行口座も無いのにどうやって買うのよ」
『そういうものか?』
「そういうものなの。人間の世界は複雑なのよ」
そう、複雑だ。
だが、複雑であっても、少なくとも個人を探す事においては魔物よりも簡単だ。
「魔物にも、戸籍とかあればいいのに……」
夜の街を歩いて、ネットカフェに向かう。
『そろそろ探知系の術でも覚えたらどうだ』
「誰のせいで術を使えないと思ってるの」
この三年間で、私と同じような存在が居ないわけではない事は分かっていた。
退魔師と呼ばれる彼らは、契約を使って内に聖霊と呼ばれる力を飼い、陰日向に魔を滅ぼしている。
神社などが中心となって作られた、退魔師同士がお互いに助け合うための援助機関――対魔物殲滅術師団・MASD《Monsters Annihilation Surgery Division》というものが存在し、退魔師はその殆どが所属しているらしい。
カッコつけて英語を使ってるのだが、嘆かわしいことに日本に古くからある組織らしい。
そもそもマトモな英語になってないと突っ込んでいいだろうか。
法術や魔術、神術と呼ばれる物、つまり魔物に対して有効な術をMASD(あまりこう呼びたくないが、対魔物殲滅術師団は長いから仕方なくこう呼ぶ)は独占している。
と言うよりは、他に術を持っているような組織が存在しない。
MASDに所属すれば、危険度の高い術や、特許が取られている物を除く全ての法術を(お金さえ払えば)教えてもらうことが出来る。
探知や攻撃、全てに置いて術があるかどうかでは効率が変わってくるのだが……私は、MASDに所属していない――いや、出来ないでいた。
『悪魔と契約してる退魔師など認められない、よって敵と見做す……だったか? 奴らめ、自分たちこそ内に何を飼っているかわかっていないな』
「妥当だと思うけどね。古い組織だもの、あまり融通の効いた対応は期待できないわ。懸賞金が掛けられている事だけは納得行かないけど」
そう、所属できないばかりか、何故か命を狙われていた。
彼らが内に飼っているのは聖霊と呼ばれる純粋な力の塊であって、私のように自我――それも、悪意を持つような悪魔を自らの力として使うのは完全な邪法であるようだ、討伐対象に成る程の。
しかし、悪魔が言うには、聖霊と言うのは未だに自我が形成されていないだけで、戦闘用として使い続けた聖霊は、いずれ破壊を撒き散らす大妖怪になる可能性もあるらしい。
どちらの言ってることが本当かは分からないし興味もないが、彼は彼らの体面のために私を殺そうとしていた――表向きは。
だが私は、彼らが私を殺そうとするのは、それだけが理由では無いと思っている。
『古いだけが取り柄ではな』
「ライバル組織が無いからね」
公には出来ないため、警察を使った捜索までは行われていないのが救いだ。
彼らも一応国家権力と繋がりはあるが、ほんの一握りのトップが知っているだけだ。
私一人のために、国や警察のトップが動くのは流石におかしい。
だからかはわからないが、今のところ国家権力に追われているような事態にはなってい無い。
「それに、いくつかの最低限必要な術は見て盗んだし、問題はないわ」
いつ使われるか分からない探知術はともかく、戦っているときに使われる術は盗み見しやすい。
攻撃系の術は、その人の素質に大きく影響される分野だから上手くいかないが。
人払いの結界や防音、戦いで壊れた物を修復する等、退魔師に最低限必須の術は使えるようになった。
それまでに一年かかったが。
『しかし、見ただけで術を使えると言うのも、また珍しくて狡い才能だな』
「きっと、あなたのお陰ね。悪魔とは狡いものだから」
『……そうだな』
この話は少し続きます。
始まったばかりですが、もしよかったら感想ください。
まだ全然先が決まってないので、凄く参考にしたいです。




