第三話 彼と誤算 Ⅱ
そう悪魔の話を聞いて考えこんでいると、おずおずと東城君が話しかけてきた。
「えっと……黙られると逆に困るんだけど」
そうだ、彼のことを完全放置していた。
「あ、ごめんなさい。……ってあれ、何の話だっけ?」
「…………。いや、いいんだけどね。」
「ふふっ――」
ちょっと拗ねたように言う東城君が、三年前の親友の一人だった里奈が拗ねた時の顔と重なって見えて、その幼さに思わず笑いが漏れた。
今更ながらに見れば、彼は少し里奈に雰囲気というか、表情が似ているような気もする。
高校男児にしてはほんの少しだけ背は低めで、割りと童顔と言うか厳つくない方向のモテそうなイケメンという感じだ。
里奈程子供っぽい訳ではないが、すれた感じがしない、いい意味での純粋さが有る気がする。
そういえば、こうして人間と話すのは何年ぶりだろうか。
話題が話題だし、和やかにとりとめのない談笑をしているわけでも無いけど、その時私は三年前――
両親が死ぬ前、悪魔に魂を売ったりなんてする前の自分に、一瞬だけ戻ったような錯覚がしていた。
ただ日常を過ぎるままに享受し、ちょっとした友人の仕草で一緒になって笑って、お母さんの作った美味しい料理を食べて。
美羽と一緒に成績の悪い里奈をからかって、今みたいにすねた顔をした里奈を宥めて美羽と一緒に勉強を教えて。
普通の女の子として過ごしていた、幸せな日々……。
『(フッ過去の幸せな時間に思いを馳せる――不健全な、いい顔をするじゃないか)』
悪魔の声にハッとする。
東城君が、少し惚けたような変な顔をして私を見ていた。
もう、過去の友人達の顔は見えない。
何を思い過ごしているのだろう。
現実の、今の私は……
日々血みどろの戦いをして、寒さと孤独に震えながら星空の下うずくまって、明日の食事を心配するような――。
「あ、あのっ……何が何だか僕にはよくわかんないんだけどさ。とにかく、君やあの化け物が普通ではないって事は、何となくわかってきてるんだ」
慌てたように東城君がそう言った。
「僕が首を突っ込めるような、突っ込むべき話じゃ無い気もするけど……何か力になれないかな?」
「えっ……?」
一瞬、言ってる意味がわからなかった。
何となく普通じゃないのを察するのは分かるとしても、力を貸す?
あんな目にあって?
「その、小説とかアニメみたいな話だなって思って。そういうのには少し詳しいし、僕にも役に立てるかもしれない」
そこで漫画ではなく小説とアニメが出てくる辺り、彼の趣味が少し垣間見えるがそれは置いておこう。
現代を舞台に、裏で化け物と戦う少女の話なんて、有名なところなら魔法少女とか、とか、あとラノベなどでの話ならいくらでもある。
しかし、現実は小説の物語のような甘い話ではないと彼に分からせないと。
実際に、死ぬ退魔師だって何度か見てきた。
死ななくても、力を持っているその人の目の前で、守りきれなくて死んでいく一般人が、大勢いる。
違和感として魔物を捉える力を持っていても、大きな力の差が有る以上危険度は退魔師達の比じゃないんだ。
「あのね、東城君が考えてるような、物語みたいに上手くいくような話しじゃないんだよ」
「そうかもしれないね。昨日ので僕が無力で、敵……って言うのかな、あいつらがすごく強いのは思い知ってる」
「だったら――」
「でも、君は……?」
「私?」
「よくわかんないけど、あいつらと戦ってるんじゃないの? じゃなきゃ、あの狼達に襲われて無傷なんてありえないでしょ?」
それはその通りだが、普通はそう納得するものだろうか……。
「だったら、女の子の君にできるなら、僕にだって何か――」
これだから変な知識のある人の相手はやりにくい。
「私は退魔師って言う特別な存在なのよ。魔法や術って呼ばれるような力を使って、奴ら――魔物って呼ばれる存在を討伐し、それによって報酬を得る存在……普通の、唯の一般人じゃないの」
当然MASDが払う物なので、私はその報酬を受け取ることは出来ないが。
「只の人間が、漫画みたいだとか、面白そうだからとか、軽い気持ちでこの世界に踏み込むと……死ぬことになるわよ」
「そっか……」
『(彼の力が欲しいんじゃなかったか?)』
悪魔にそう言われて気づく。
余りにも簡単に、軽いノリで手伝うなんて言われるものだから、つい親切心から思い止ませようとしてしまった。
ここは「魔物と戦う男子ってカッコイイ-」だとか何とか言って上手く乗せて、その探知と言う特殊能力を存分に使ってやるべきなのだった。
「あ……で、でも――」
「じゃあ、その退魔師ってのに僕がなればいいの?」
「――へ?」
死ぬ、と言われても全く怯んだ様子がない彼に、都合がいいと思いながらも少し心配になる。
が、ここは探知の能力ため。
良心が……なんて言ってられない。
いざとなれば、私が守ってあげればいいだけだ。
「そ、そうね……適正が有れば或いは。それに力が弱かったり、逆に全く使えなくても、裏方としてMASDの構成員になっている事も有るみたいだからそっちに回るって言う手もあるわね」
「MASD?」
「対魔物殲滅術師団――簡単に言うと退魔師達の援助機関って言うか、集団ね。私は野良だから所属してないんだけど」
「機関……凄い、それっぽいね」
うーん、力がなくても役立つ方向性も有るっていう例で出したつもりだったが、MASDについては話さないほうが良かったのかもしれない。
もしMASDに入るって言われたら、私の役に立たせる事が出来なくなる。
「あんまりいい話は聞かないから、MASDに入るのは止めた方が良いと思うけど……」
「君はそこには入ってないんだったよね?」
「入っていないと言うか、ちょっと敵対気味というか」
「敵対?」
「まぁ、色々あって……」
話したくないし。
話す必要があることでもないだろう。
「そっか……、じゃあそのMSなんたらって言うのは諦めるよ」
彼はそう、あっさりと決めた。
「いいの? MASDは魔物と戦う――」
唯一の……と言いかけて、寸前とどまった。
なぜ私がMASDに入るよう勧めいているのか。
彼が余りにも簡単に諦めるからだ!
悪魔がため息をついているのをいつも通り無視しながら、八つ当たり気味に東城君を睨む。
何故か横を向いていた彼が、しかし、ハッキリとした口調で言った。
「うん。でも僕は、君の助けになりたいだけだから」
「え……?」
「物語の主人公って、大体そういう理由で戦うものでしょ?」
「…………」
こういう理由の方が、生き残りやすそうじゃない?
なんて、こっちを向きつつ、少しだけ顔を赤くしながらごまかす様に言う彼の顔を、私は暫くの間マジマジと見ていたのだった。