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一話 毒好み


 冬の寒さが一定の落ち着きを見せた三月下旬。都会の喧騒から遠く離れた森の中で、腰に刀を携えた女が一人彷徨っていた。鬱蒼と生い茂る木々は日差しを遮り、辺り一面を薄暗く染めている。樹木の根は縦横無尽に伸ばし地面にまで露出していた。


「はぁぁああ~」


 視界不良と凸凹の地面が組み合わさったその場所で、彼女、さかい瑞稀みずきは足を取られるということもなく、悠々と足を進めていく。


 彼女の足元を隠すほどの大きなコートにはタールの香りが染み付いていた。所々ボサついた髪の毛からはあまり容姿に気を使っていないことが見受けられる。しかし、その他のすべてが整っていた。ただ、彼女にとってそれは価値がない。


 煙草。それが彼女にとって生きる理由だった。強いて言うならば、酒も含まれるかもしれない。だがそれでも、体を蝕む毒だけが彼女を癒し、そして殺していた。


 ***


「しくったなぁ。こんなことなら、もうひと箱買ってくるべきだった」


 森に入る前に買った一箱はここに来るまでに三本吸った。一時間につき一本、単純計算で私の寿命は残り一七時間だった。


 至福のひと時、短い安らぎを一口一口噛み締めていた私。ふと足元の違和感に下を見ると、自分が何かを踏んでいたことに気づいた。見ると、それは何かの欠片であった。

 そしていつの間にか、私に道を作るかのように地蔵が立っていた。少し興味を持った私が近くのものを覗き込むと、一つだけが内部から爆発したかのように欠片が円状に広がっていた。それを私は踏んでしまっていたようだった。


「結界の影響か」


 ポツリと呟いた言葉が何を意味するのかは、私だけが知っていた。


 ここに来たのは依頼があったからだ。それも直々の指名で。日本を守る結界の異常。その解決を命じられ、この森の先にある九条村を目指して進んでいた。


 バラバラになった地蔵を前にして流石に無視はできず破片を回収すると、もとあった場所にともに戻しておく。別に宗教に関心があるわけではないが、罰が当たることは避けたいからだ。


 その後、私が新たに煙草を一つ吸い終えると、遠くに太陽の光が見え始めた。


 ***


 平穏、森を抜けて辿り着いた九条村は至って普通の生活を送っていた。お昼を過ぎて気温が上がり切っているというのに、辺り一面に広がる田んぼでは春の田植えに備えて土づくりが行われている。


「ま、それはそれとして、一筋縄ではいかなそうだなぁ」


 村は長閑な雰囲気とは裏腹に狂気で満ちていた。治安が悪いわけでもないが、確かにそこは異質だったのだ。本来存在するはずの結界は既に壊れかけており、人ならざるモノの気配がそこかしこにある。


 それなのに、村は平穏だった。


「……吸うか」


 金属音とともに、火花が散る。


 残り、二十分の十五。私は自ら服毒する。渇いていた欲望を潤すかの如く、血流に取り込まれて全身を犯していく。


「あァ」


 動悸が僅かに乱れ、色気づいた甘い吐息とともに煙を体から熱を放出した。体に残ったのは、言葉だけだった。だがそれも同じく口から外に吐き出される。


「……化け物と戦う気はないんだけどね」


 私は深く煙を吐いた後、村の中を散策した。


 農作業に勤しむ人は高齢で、話しかけてもどこか無愛想だった。それどころか村の外から来た私を邪魔に思う人が大半で、唯一口を開いてくれた人からなんとか村長の住所を教えてもらうことができた。


 それでも、親切心からではないのは明白だった。さっさと出て行ってくれと顔に浮かんでいて、一言礼だけ言って私はその場を後にする。


 壮大な自然の風景に身を委ねながら道を進んでいると、視界に大きな鳥居が入ってきた。所々汚れていたりして年季が入ってはいるものの、人の手入れが見受けられる。


 鳥居をくぐった先は一見すると厳かな境内だった。しかし、何かが足りないと直感が囁く。どこか違和感のようなものが頭の隅から離れず、嫌な粘り気を纏っていくのだ。


「本殿がない? いやまさか、そんなはずは」


 零れ落ちたその戯言は、急速に現実と同期していく。ありえないと周囲を見回しても見つからず、どうやら本当にこの神社には神様を祀る本殿がないらしい。


 神社としての機能を失っている神社、依頼と結びつけるのは些か強引とも思えるが、どうも不信感が拭えない。


 参道の続く先にあるはずの本殿は見当たらないが、私は奥へと進んでいく。すると、道の途切れには広い空間がほったらかしになっていた。そこには何か大きな建物があった跡がくっきりと残っている。


「やはりここに神殿はあったのか。ならば何故ここから消えた? それに、この気配は」


 瑞稀が何かの存在の残り香を捉え、一歩前に足を進めた瞬間、それは現れた。


「逕溯」


「ん?」


 妖気、人外の存在が放つ気配を瑞樹が感じ取るよりも早くそれは背後に現れ、瑞稀に牙を剥いて襲いかかってきた。


【地蔵の裏設定】

あれは元々、九条村で祀られていたものです。瑞稀が気づいたように、今まで本殿ではこの地蔵それにまつわるものを崇めていましたが、とある事情により信仰を失ってしまいました。ですが、仮にも神様。力はまだ健在です。


【作者コメント】

連載中の作品の更新が止まってしまい、大変申し訳ございません!

言い訳にはなりますが、本作の執筆に時間を取られ、アイデアだけが溜まっているのが現状です。

一旦これの区切りがついたので、徐々に更新が再開しますので、お待ちくださいませ。

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