ピザ
この作品は、かなり前に書いたものです。
漫画の原作公募に応募して、掲載される予定でしたが最終的には実現せずに終わってしまいました。
今回の投稿ために一部内容を変更して投稿させていただきます。
よろしくお願いいたします。
8……7……6……と降りて来るエレベーターの前、スマホで楽しそうに話している未散は、どこかイラついていた。
「ビックリした? グアム、やっぱ行かなかったんだよ……たまにはお父さんとお母さん水入らずにしてあげようかなって……」
と人差し指の第二関節で開ボタンを連打して、なかなか降りてこないエレベーターのドアを睨んだ。
「……そうそう……で、来週さぁアヤたちとお花見行く事になったの……でね、みんなカレシ連れて来るらしいの……透、仕事忙しい? ……そっか……」
エレベーターのドアが開き、素早く乗り込む未散の後ろから、「乗りまーす」と宅配ピザの男が駆けて来ると、ドアは背中ギリギリで閉まる。
そして宅配ピザの男は、すぐに「6」のボタンを押す。未散も押そうと手を伸ばしたが、その必要はないようだった。
「ゴメン、まだ仕事なんだよね? 帰り遅い? 残念……そっちに泊まりに行こうと思ってたのに……あっ『ブラボー! 花園家』見た? ダメじゃん、絶対面白いから一回見てみてよ……見逃し配信でも観れるし……あっ、でね……」
透が電話を切ろうとしているのを感じていたが、未散は話を続けた。
隣に立っている宅配ピザの男は、未散のミニスカートの美しい足をチラ見している。
肩までのストレートの髪の先は桜色に染めて、長い爪には桜の花びらの形のストーンが散りばめられて、キラキラと光っている。
未散は、4……5……と上がっていく階の数字を見つめた。
「……あ、そうだ、真衣ンとこ行こうかな……最近一人暮らし始めたみたいなの……どうしよっかな……やめた方がいい?」
ドアが開くと、宅配ピザの男が駆け足で出て行く。その後をついて行くように未散の足取りも早くなる。
「そうだよね……今からじゃ面倒くさいし、明日の講義、朝だし……もうすぐ家に着くから、帰って寝よ……うん、じゃね……」
急にあっさりと電話を切ると、笑顔だった未散の表情が険しく変貌する。
宅配ピザの男が突き当りの部屋の前に立ってるのが見え、未散はその部屋に向かって走り出した。
「ありがとうございました」
配達し終わり、振り返ると未散が立っていた。「ごくろうさまでした」と微笑む未散はどこか不気味だった。宅配ピザの男は少し引き気味で軽く会釈し、立ち去る。
未散は閉まろうとしているドアに無理やり足を入れた。
ショートブーツの右足がグイグイと玄関ドアの中に入ると、「きゃっ!」と女性の声がした。
右足の後、ひょっこりと覗き込むように顔を出して……。
「びっくりした? えへへ」とやはり不気味に微笑むと、玄関でピザを持ったままの真衣が固まっていた。
真衣はスッピンで眼鏡を掛け、髪を無造作にクリップで留めている。地味な雰囲気だが大きく開いたカットソーから見える鎖骨がどこか色っぽい。
「一人暮らし始めたって聞いたから来ちゃった!」
「ご、ごめん……まだ散らかってるし、そ、外行こうよ……ねっ」
引き止める真衣だが、未散はそんなことお構いなしにショートブーツを脱ごうとしている。
「いいよ、気にしないで……ピザ冷めちゃうよ……あれ? けっこう大きいピザだね。これ一人で食べるつもりだったの? それとも誰か来てるとか?」
未散はピザの入った箱を乱暴に奪い、ブーツを脱がずに上がりこんだ。
短い廊下を歩きドアを開けると、引越しの段ボール箱を避ける様に慌ててベランダへ出て行こうとしている透の姿があった。
「あっれー! 透? 会社じゃなかったの?」
わざとらしく驚く未散を前に、透は動揺しながら壁に掛けられていた上着に手を伸ばした。
「外で話そう……あのさ……お前がグアムから帰ってきたらちゃんと話すつもりで……」
「未散ごめん……私が悪いの!」
と庇うように透の前に立つと、真衣は未散を真っ直ぐに見つめた。
「透さん、話すって言ってたんだけど、私が言わないでって……ごめん……私、ズルくて……」
「真衣は黙ってて……俺がもっと早く……」
目の前の二人のやりとりにイラつき、未散はテーブルの上にあるテレビのリモコンを掴むと思いっきりボリュームを上げた。
「北陸地方で震度4弱の地震があり……」と速報を伝える女性ニュースキャスターの声が部屋中に響き渡った。
「おい、やめろって!」と透は未散からリモコンを取り上げると、テレビを切った。
部屋の中が一瞬静かになると、三人それぞれ違う方向へ視線を向けた。
真衣は午前中に引越しの荷物を運ぶと言っていた。その割にはちっとも片付いていない室内を見渡す未散は、咄嗟にピザの箱を開けると一つ取り出して食べ始めた。
「あっれー! このピザ、マヨ入ってんじゃん! 透、ピザにマヨ入ってんの嫌いじゃなかったっけ?」
と乱暴に透と真衣に投げつけると、ピザは真衣の顔にべっちょり付き、足元にポトッと落ちた。
未散は怒りが収まらず、無表情で再び真衣に投げ続ける。
「もうやめろって!」
と透が堪えきれずに未散を強く突き飛ばすと、未散は部屋の隅のシングルベッドに転がった。
「はっきり言うよ! もう未散とは付き合えない! オレの気持ちは……」
「やめて……」
真衣が透の言葉を遮るが、透は「……一緒にいたいのは真衣……」と続けた。
ベッドに倒れた未散は動こうとしない。
「未散? おい……」
透と真衣は顔を見合わせて、恐る恐る未散に近付くが……。
未散は突然起き上がり、透と真衣の間をすり抜けて、ベランダへ向かった。
そして、なんのためらいもなくベランダの手すりに足を掛けた
「おい! 何するんだ!」
走って必死にタックルする透を蹴飛ばそうとバタバタする未散の足。
「離して! 死んでやる!」
静かな夜の空に響き渡る未散の叫び。




