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偽りの花園を越えて


「もう誰も信じられない。ううん、誰も信じない」


 そう決めたはずだった。


 裏切りと、冷遇と、そして「妾の子」という拭い去れない泥のような視線。


 それらに晒され続けてきた私にとって、他人に手を差し伸べることほど愚かな行為はないと知っていたはずなのに。


 しばらくぶりに出席した王宮の夜会は、眩い金の燭台が揺れ、甘ったるい空気と虚飾に満ちていた。


 私は、壁際に身を寄せ、この吐き気のするような喧騒をただ眺めていた。


 だが、その静寂は一瞬にして破られる。


「レティシア・シルビィス伯爵令嬢! 貴様との婚約を破棄する!」


 音楽が止まり、残酷な宣告がホールに響き渡った。


 視線の先にいたのは、翡翠の瞳に星を閉じ込めたような銀髪を持つ、美しい令嬢――レティシアだった。


 対する婚約者の男は、これ見よがしに隣に寄り添う女の肩を抱き、傲慢な笑みを浮かべている。


「貴様のように性根がいやしい女は、地を這いつくばっているのがお似合いだ。私はこの可憐なミモザと婚約する」


「……はい。承りましたわ」


 凛とした声だった。


 今までのすべてを不意にされ、信じていた者に裏切られ、それでもなお耐える彼女の姿に、私は息が止まりそうになる。


―ああ、私と同じだ。


 私は、第八王女。卑しい妾が残した子。


 幼い頃は不思議だった。


 なぜ私だけが遠ざけられるのか。


 なぜ私だけが愛されないのか。


 お父様に一度でもいいから見てほしくて、認めてほしくて、私は狂ったように魔法を磨いた。


 魔法を使っている時だけは、あの冷徹な王が私を「道具」として視界に入れてくれたから。


 そうしてようやく与えられたのが、辺境にある「ミネルビア魔法学院」だった。


 そこは私の唯一の居場所であり、城という名の檻から逃げ出すための、たった一つの盾だったのだ。


 気づけば、私は足を踏み出していた。


「それならばレティシア嬢。ミネルビア魔法学院に入りませんか?」


 会場が凍りついたようにざわめく。「隣国の血を引く王女が……」「あの妾の子が……」という蔑みの囁きが背中に刺さるが、そんなものはどうでもよかった。 


 私はただ、呆然と立ち尽くす彼女の翡翠の瞳だけを見つめる。


「は、はい……。でも、お父様が許してくださるとは……」


「それならば、さらってみせましょう」


 戸惑う彼女の手を、私は迷わず取った。


 驚愕に目を見開く人々を置き去りにして、私は魔法を解き放つ。


 吹き抜ける風がドレスを揺らし、私たちは夜の静寂へと飛び出した。


 眼下に広がる王宮の灯りが遠ざかり、代わりに満天の星々が私たちを包み込む。


 ミネルビア魔法学院。


 そこは、私がお父様に認められたくて、必死に手を伸ばして手に入れた場所。


 今度はそこが、彼女にとっての光になるように。


 私たちは夜空を切り裂き、自由へと向かって高く、高く舞い上がった。




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