第一話 ダンジョンで歌う女、甲本エミリ
ぜひ三話まで読んでみてください!
「すぅー、はぁー……」
胸に手を当てて深呼吸をする。手が震えてるのが分かった。だけど緊張している訳じゃない。ただ何故か心臓がうるさいだけ。そう。言葉にするならこれは――武者震いだ。
両耳にイヤホンを付けて、音楽専用の端末を構える。
曲を流す準備は出来た。
私はスマホの配信ボタンを押してから、さっき決めた位置に立つ。
ここからだ。ここから私の歌手への道が始まるんだ。
だから選曲は私が大好きなあの曲。私の十八番。頑張る誰かに送るエールを、今は私自身に向けて歌う。
エミリっていうのは本名だ。配信は偽名が基本とかって話だけど、別に構わない。だって私自身を知ってもらわなくちゃ意味が無いんだ。私の……甲本エミリの名を轟かせなきゃ。
「――エミリです。歌います」
宣言の後、すぐに曲の再生を始める。
この曲にイントロは無い。流し始めたらすぐに入りが来る。
だが、今更それを見逃す私ではない。どれだけ歌ってきたと思ってるんだ。
再生のボタンを押す一瞬前に息を吸い込む。
そして曲が始まると同時に、肺に溜まった空気を一気に押し出す。
「気が狂いそう――」
始まりからとんでもない歌詞だ。普段は使わない言葉。だけどこの曲のリズムに合わせると、これ以上ないぐらいに合う。そして今の私の心情ともマッチしてる。だからか、口からするりとその歌詞が出てきた。
イヤホンからは止めどなく、激しい音楽が鳴り響いている。
今この場には私しかいない。
あるのは音楽と、私だけ。
周囲にはまばらに並んだ木。ここだけが少し開けた空間になっている。色々探して回った甲斐があった。中々にいい場所だ。
天井の映る空も。周りに生える木も。地面に生える草も。どれも外にあるものと変わらない。草の青草い匂いもするし、土独特の素朴な匂いもする。
まるでここがダンジョンの中だなんて嘘みたいだ。
――ああ。やっぱりここを選んでよかった。
私は歌いながら、ここに来るまでの経緯を思い出していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
甲本エミリは、歌手になるのが小さい頃からの夢だった。
小学校では町内会の合唱クラブに参加。中高の部活は両方とも合唱部に入部。家でも学校でも、どこでも。私の頭の中には歌うことしかなかった。
だから思ってもみなかった。
「駄目だっ!!」
高校三年生。進路相談で歌手になりたいと言ったら、父親に猛反対された。
「なるったら、なるっ!!」
「駄目ったら、駄目だっ!!」
結局、説得は失敗。
だから私は、高校卒業と同時に地元の茨城を飛び出した。だが、なにも考え無しに出てきたわけじゃない。東京でどうやって生活するのかは、親友たちと相談してしっかり考えてきた。
――ダンジョンに住む。
そうして準備を整えた私は、ついにそれを実行に移した。親がまだ寝ている早朝。こっそり家を抜け出し、高速バスで東京へ。そこから何本か電車を乗り継いで。辿り着いたのは、ここ――代々木ダンジョン。
到着してから、家で作って来たおにぎりを食べた。
ご飯に罪はない。だけど美味しいのが、妙に悔しかった。
持ってきたのはこれで最後。あとはもう、自分で稼いで食べるしかない。
ちなみに、今の私は一文無し。
「やってやる……!」
ダンジョンの中で良い場所を探して、それからテントを建てた。
配信するために、三脚とスマホを設置した。余裕が出来たらマイクだけでも買いたい。やはり録画じゃ音質に限界がある。
配信は、これで小銭が稼げればな~と淡い思惑があったから。今は配信の時代。私も歌手中心に色々な人の配信を見てきた。そしてこの配信には再生数によって収益がつく可能性がある。
果たしてそこに至れるまでにどれぐらいかかるのか……
長い道のりに変わりはない。だからこれは、あくまで記録用だ。
一年後とかにこの動画を見返して、「うわ、下手だな~」とか「そういえばこの時~」とか思い返すための。そしてこの動画を見る度に、初心を思い出すことが出来るはず。
今日この日が、私の歌手人生の始まりだったことも。
「――聞こえてほしい! あなたにも!」
きた。
この歌で、一番叫びたいところ。一番、気持ちがいいところ。
「ガンバレーーーーー!!!!!」
これは今日の、そして明日からの私に向けたエールだ。
やっぱりこの歌のテンションは、歌ってて気持ちいい。どんどん胸が熱くなってくる。
――すると、二番に入る直前のことだった。
木々の間の地面に、ひょっこりと顔を覗かせる存在があった。
「っ――」
それを見た瞬間、一瞬だけ歌を止めそうになった。だけど気合いでそれを踏みとどまる。現れたのは一匹のリスのような小動物だった。しかしリスじゃないのは明らか。ダンジョンに野生動物がいる訳がない。
いるのはただ一つの存在――モンスター。
そうだ。ダンジョンにいるんだから、モンスターが現れるのは当然だ。だけどモンスターが出たぐらいじゃ、歌を止めるには値しない。どんな状況でも歌うことを止めない。例えモンスターが出たとしても。
それが私の思い描く歌手だ。
しかし、そんな心配とは裏腹に、モンスターが襲ってくることはなかった。それどころか、曲に乗るように尻尾を左右に振っている。そう、まるで私の歌声に合わせるように。
――私の最初のオーディエンスは、モンスターかよ。
だけど、上等っ! 人だろうがモンスターだろうが、私のファンにしてやる。手始めにあのリスのモンスターは、ファン一号と認めてやろう。
だがしかし。現れるモンスターは、その一匹に留まらなかった。
「っ――!?」
二本、三本と揺れる尻尾が増えていく。
そして気が付けば、
「「「「「…………♪」」」」」
見える範囲だけで軽く十を超えていた。
そして歌が進むにつれて、徐々に向こうの行動にも変化が現れ始める。
きっかけは最初の一匹だった。そいつが私に寄って来たのを皮切りに、他のモンスターも私の傍に近づいてくる。それは包囲網を囲むように私を円形に囲み始めた。その囲みも徐々に小さくなっていく。
いつの間にか私は、足元をリスのモンスターたちに囲まれて歌っていた。
これがモンスターでなければ、まるでメルヘンな光景だ。リスたちは尻尾だけでなく身体も使ってリズムを取っていた。
二番が終わり、間奏になる。
そんなことがあって、私の心に芽生えたのは恐怖よりも――興奮。
「やさしさだけじゃ――」
私が足でとるリズムに合わせ、モンスターは尻尾と身体を揺らす。
今この場を支配しているのは、間違いなく私の歌だ。どうやらモンスターも歌を楽しめる頭はあるらしい。ここから曲は、一気にクライマックスに向かって駆けていく。
だったら聞かせてやろう。今の私の、とびきりをっ!!
そして――
「聞こえてほしい あなたにも……」
これが最後。今日一番のエールをッッッ!!!!
私に!!! それからついでに、このモンスターたちにもくれてやる!!!
「ガンバレーーーーーーッッッッ!!!!!!!!」
片腕を高くつき上げた体勢でフィニッシュ。
ああ、歌いきった。
これが私の出発点。ここから私は歌手への道を駆け上がる。もう心は決まっている。あとはそれに従って進むだけ。
少しの余韻の後、今日の歌を聞いてくれたファンに一言お礼でも、と思った。
その次の瞬間だった。
――バンッッッ!!!
「っ!?!?」
ありがとう、と言おうとした矢先。
足元にいたリスのモンスターが、弾けた。
比喩でも何でもなく。身体が一瞬、風船みたいに膨らんでそして弾けた。私の顔にも何かドロッと、温かいものが降りかかる。
真っ赤に染まった下草の中に、ころりと転がる黒い石が見えた。
「は……?」
様々な疑問が頭を駆け巡る中。
私の口から出たのは、そんな言葉だけだった。
どうもミジンコです。
こちら新しく書いてみた現代ファンタジーの小説になります。
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