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空白の記憶  作者: 望月夏


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12/12

鏡の中の私

「それで、お前は何からなら話せるんだ?」

祖父はカウンター前の椅子を指差しながらため息混じりに、お父さんへ問いかけた。

「少しまとめるので待ってください…」

お父さんは指さされた椅子に躊躇することなく座り、カウンターをじっと見つめる。

「美代も座ったらどうだ」

お父さんの向かい側から私の椅子を指さしている。

私が急に泣き出しても祖父は慌てることはなく、いつのまにか飲み物と椅子が準備されていた。

ここでお父さんと話せと言うことだろうか。

椅子に腰かけ、お父さんの顔を見るとこちらをじっと見つめていた。

「君が今気になっていることを話したいとは考えているよ。ただ、まだ話せないこともあるから内容にもよるかな…ごめんね。」

悲しそうに微笑むお父さんをみていると、責め立てることは難しい。

「まだ核心には触れず、周りから話す方がいいだろう。記憶は慎重に取り扱うべきだ。話し始めるなら急かすことはしない。お前のペースで話すんだ。」

祖父はお父さんの肩をそっと触れる。

祖父の言葉もあって、お父さんが話せない内容があることはすんなりと納得できた。

祖父は美代に思い入れもなければ、肩入れもしないからなのかもしれない。

「私の容姿のこと聞いてもいい?」

どんな見た目をしているのか、どうして隠していたのか、やっぱり母に似ているのかなど気になることはたくさんある。

「もちろんだよ。ただ、話している途中で辛くなったり苦しくなったりしたらすぐに言って欲しい」

私が頷くと、お父さんは静かに目を閉じた。

深く息を吐くと目を開いてゆっくりと話し始めた。

「火傷を負った君に、アンドロイド用の人工皮膚と髪の毛を移植したんだよ。前の髪の色は僕より薄い灰色だったけど、美代がよく母の髪を羨んでいたから色も変えたんだ。」

火傷を負ったなんて初めて聞いた。

最初に言っていたアンドロイドの事件のせいなのだろうか。

自分の体にかかる栗毛色の髪はキラキラと輝いており、とても偽物とは思えなかった。

髪だけとはいえ美代とは違う私が今ここにいると考えると、なんだか誇らしくなってしまう。

「鏡でみてみたい」

そんな自分見てみたいし、家に意図的に置かれなかった鏡も気になる。

きっと置かなかったのは、美代のためなんだろうけど、どうしてなのかはわからない。

「…本当に?」

「お前は心配しすぎだ。見たいと言ってるんだから、美代の意思を尊重しろ。」

祖父はおもむろに立ち上がり、私を手招きして呼んだ。

後ろをついていくと、祖父は暗い廊下の横にあるドアを開けた。

中は洗面所になっているようだ。

カゴの中は服が積み上がっていて、床の端や棚の上にうっすらと埃が溜まっている。

「お父さん、ちゃんと掃除をしてくださいと何度も言っていますよね」

先ほどまで叱られていたのに、今度はお父さんが祖父に文句を言っている。

「アレルギーがなければ、埃で人は死なない。」

顔を背けるめんどくさそうに手を振っている。

「触れる頻度や量が多ければ、アレルギーになる可能性が高いから…」

「それは今すべき話ではないな。それより美代の話だ。」

これ以上その話をしたくないようですぐに私の話へすり替えた。

祖父が壁のスイッチを押して、つけられた電気の眩しさに少し目が眩む。

目の奥が痛い。

「早く鏡を見るんだ。何か感じたことはあるか?」

促され鏡を見つめると不安そうな青い目をした少女が見えた。

すぐにぱっちりと見開かれた透き通るような深い青がキラキラと揺れた。

「海みたいに青い」

自分の目なのにとても綺麗で目が離せなくなった。

思わず鏡に手を伸ばしてそっと触れる。

嬉しそうに微笑む少女には届かず、冷たいガラスの感触だけ指先から伝わってくる。


「それで、美代が知りたかったことは知れたのか?」

ふんと鼻を鳴らす音と共に聞こえたその一言で、現実に引き戻された。

鏡に映る自分を改めてみると、マロンブラウンの髪はまっすぐ下に伸びている。

この髪が偽物だなんて想像もつかない。

頭を傾けて軽く髪をといてみるが引っかかりは一切なくサラリと揺れ落ちた。

顔を動かして皮膚の変色を探してみたけど、他の皮膚と何も変わらない普通の色だった。

「どこが移植した皮膚なの?」

鏡越しにお父さんを見ると悲しそうに微笑んでいた。

「あぁ、ごめんね。顔の皮膚は全部人工皮膚を使っているんだよ。」

すぐにいつもの優しい微笑みに戻り、そう説明する。

「なんで時々悲しそうに笑うの?」

自然と口から本音が漏れ出てしまう。

思えばお父さんは最初からそうだった。

自分で自分を納得させる悲しそうな笑顔。

あの裏には何があるのだろう。

そう考えると止まらなかった。

「どうして何かを隠そうとするの?私だってお父さんのことを大切に思ってるから、少しでも話して欲しいのに…」

お父さんの体に向き合って目をまっすぐ見つめているのに、どこか距離を感じてしまう。

「前から言っているだろう。自分の考えは外に出さなければ誰にも伝わらない。だが隠しているという事実は空気で伝わる。それが家族ならなおさらだ。」

祖父はお父さんをみつめて続ける。

「父親は子供に弱さを見せたくないことは理解している。それでもその大切な家族に気づかれたのなら、それは話した方が建設的だろう。」

息をのむ音が響いた。

視線が不安そうに揺れてから、私に止まった。

「不安にさせてごめんね。僕は僕の不安を君に押し付けていたのかも知れないね…」

頭に手を置いてゆっくりと撫でられた。

「君が今の見た目を気に入っているように見えたのがショックだったんだ。昔の君は自分の見た目が好きじゃなくて、その…家にあった鏡を全部割ってしまったんだよ。」

「えっ、鏡を私が割ったの!?」

想像もつかなかった事実にただ驚く事しかできない。

「そうなんだ。美代と君で変わったのは髪と目の色だけなんだけどね。」

「目の色も変えたのはどうしてなの?美代が嫌がっていたから?」

ここにきて目の色も変わっていたことが判明した。

驚きすぎて逆に冷静になってくる。

「幼い時はそうだったね。だから君の見た目を変えたことをお父さんは【本当によかったのか】って聞いたんだよ。」

話は繋がった。

お父さんは私が美代と離れたから悲しそうに笑ったのかもしれない。

「ならどうして」

「待て」

私に記憶が戻らなくてもいいって言ったの

そう言葉を続けようとしたが祖父に口を押さえられて発言できなかった。

「もう少しこの子の話を聞いて欲しい。早く続きを話すんだ。」

祖父に促されたお父さんは私と祖父を交互に見ながらも諦めたように話し始めた。

「見た目だけなら正直なところ昔の美代と今の君、僕にはさほど大きな差は見られない。ただ、こんなにも君が喜ぶのならもっと早く鏡を渡しておけばよかったと後悔していたんだ。」

祖父の手が私の口から離れた。

お父さんは続ける。

「僕は君が記憶を戻したくないことは知っているし、僕もそれがいいと思っている。だから過去に割るほど嫌だった鏡を君から遠ざけたかったんだよ。」

「感情が強く揺れることにより脳が刺激され、記憶が戻る可能性がある。この子はそれを避けたかったんだろう。」

お父さんの言葉に祖父が付け足した。

きっとあの時私が、祖父に止めてもらえなかったら、お父さんを傷つくことをたくさん言ってしまったのだろう。

お父さんはこんなにも優しくてきれいなのに…

自分の幼さに嫌気がさしてしまう。

俯いているとパンっと音とともに背中に衝撃が走った。

「人との関わりは、些細なかけ違いでケンカに発展するものだ。すぐに結論を出さず、相手の話は最後まで聞くことだ。」

祖父が私の背中を叩いたようだ。

少しわかりにくいけど、私のことを励ましているのだろう。

「叩かないでください。」

さっと私を庇うように、お父さんは腕の中に私をおさめた。

祖父の行動は、お父さんからみたら暴力的にみえるようだ。

本当にお父さんは心配性なんだから…

「ありがとう。おじいちゃん」

自然と溢れた笑顔を見て祖父は、パッと顔を逸らした。

「さっさと戻るぞ」

そう言って歩き出す祖父は、とても早足ですぐに姿が見えなくなった。

「何か失礼なことしたかな?」

「お父さんはお礼を言われなれてないから、照れてるだけだと思うよ。」

粗雑な祖父が照れる…

まさかと思ったけど、お父さんも私も耐えきれず笑ってしまった。

「早く席に戻れ!」

祖父の大きな声が響いてきた。

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