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第223話 騎士シルバー 一

 

『――騎士シルバー。その罪と咎に、相応しい罰を与えに来ました』


 命の価値が軽くなる戦場特有の混沌とした空気が、ただ一人の乱入によって一変した。

 まるで演劇の主役が現れたかのような衝撃、それが現実で起こっているのだから、世界の主役とでも言い表せようか。

 目の前にあって決して無視の出来ない存在、にも拘らず、直接視界に入れてもまるで情報が得られない。

 男か女か、痩せているのか太っているのか、声は高いのか低いのか、身長はどのくらいか、年齢はどのくらいか。

 それは確かに視界に入っている筈の情報を理解するのを脳が拒んでいるかのようで、霧を掴むようなもどかしさがあった。

 ただ一つ、その騎士が銀髪であるという情報を除いて。


(シルバー、ですって……?)


 満足に動かない身体に鞭を打ち、肘をつきながら上体を起こすバレンシア。

 その脳裏に浮かぶのは、シルバーの名乗りから連想されるある人物の事。

 レギン・シルバー、銀翼騎士団(シルバーナイツ)初代団長であり、女神の剣として魔王を討ったという神代の勇者の名。

 伊達や酔狂で名乗る者は一定数居るが、目の前の騎士はその類とは明らかな別物だ。

 ――外套に背負う銀翼が、本物である何よりの証左だった。

 目を離せないのはフランチェスカも同じなのか、バレンシアやアステローゼには目もくれず、警戒心も露わにシルバーを捉えていた。


「シルバー……シルバー、ね……この国で勇者の名を騙るだなんて、相当な自信があるのかしら?」


『試してみますか?』


「ええ。それじゃあ遠慮なく――」


 乾いた唇をちろりと覗く舌が湿らせ、フランチェスカが動く。

 姿勢を低く、浮遊する剣に狙いをつけさせまいと蛇行するような距離の詰め方に、しかしシルバーはその行動を見守るばかり。

 訝しむフランチェスカが蛇行を止めて直進、シルバーを間合いに捉え、血の刀身を伸ばした剣を振り上げてもシルバーまだは動かない。

 そのままフランチェスカの剣が振り切られ、残心を取っても、まだ。

 完全に貫通し両断された、そうとしか見えない光景。

 だが実際は違った。


「なっ……」


 硬く成形した刀身が触れたそばから融解し、空振っていたのだ。

 血の刃が溶けた原理は、シルバーの服の表面を流れ、しかし一切の汚れを残さない現象が示していた。

 魔力を含むエネルギーに干渉するシルバーの魔術は、鎧の補助を受けてその効果を大きく伸ばしている。

 範囲の拡大こそ実現出来なかったものの、エネルギーに対する干渉力が増大していた。

 魔力を分解し、魔剣と斬り合っても折れなかった刃を溶かす程に。

 ――『無縫の天衣(ランクルボリアル)』、ただ一つの魔術を支える隙間無き鉄壁の鎧。


『お返しです』


 そうしてがら空きになったフランチェスカの胴に、姿のブレるシルバーの蹴脚が突き刺さる。

 衝撃にフランチェスカの華奢な身体がくの字に折れ、人体から鳴ってはいけない音が響いた。


「か――――」


 反撃が来る事は予想出来た事だ、にも拘らずフランチェスカの警戒をぶち抜いて攻撃を通した速度。

 シルバーの身体能力は、鎧に術式の制御を預ける事によってより強化されていた。

 蹴り飛ばされるフランチェスカが回転しながら凄まじい勢いで飛んでいき、建物の壁に突っ込んで粉砕する。

 ガラガラと崩れていく建物の瓦礫、その下敷きになるフランチェスカは沈黙したままで、動き出す気配が無い。

 唖然とするバレンシア、その傍にアステローゼがやって来て耳打ちする。


「無事ですの?」


「アステローゼ様……ええ、なんとか。まだ、身体は殆ど動かせませんが」


「吸血鬼の血の影響、ですね。歩けるようになったら言って下さいまし、今の内にここから離脱して――」


「――困って、しまうわ、そんなことを……される、と」


 バレンシアが弾かれたように視線を向ける先で、瓦礫の中からフランチェスカが姿を現す。

 髪の毛を乱し、全身から血を流す気怠そうな姿は正に満身創痍だが、彼女は吸血鬼だ。

 流れた血を傷口が吸い込み、筋繊維を繋いで裂けた肉が元に戻り、痣は奥に吸い込まれるように消えていく。

 更に歩くフランチェスカの背後には、影のように付き従う血の海があった。


「あなた方が困ろうと知った事ではありません。そもそも、そちらの騎士を相手にしながら(わたくし)達を狙う余裕がありますの?」


「確かに今のわたしにはないわね。全力を出しても勝てるかどうか怪しいくらい。だけどね、わたしは一人じゃないのよ」


 そう言ってフランチェスカがおもむろに片手を掲げると、そこから魔力の波動が放たれる。

 現実世界に影響を与えるようなものではない、ただ大気中の魔力を僅かに揺らすだけの微弱な波動。

 しかし効果は微弱でも、結果は大きく異なる。


「……少し遅かったようですわね」


 表情を険しくするバレンシアとフランチェスカを囲む、数多の影。

 標的発見の報せを受けてドラウゼン中から集まった、吸血鬼達の姿があった。


「まだ、こんなに……!」


「…………いざとなれば、私は味方を巻き込むとしても音魔術を使う事を躊躇いません。文句も抗議も受け付けませんわよ」


「仕方ありませんね。死んでしまっては文句の一つも言えませんから」


 女生徒を地面に下ろし、細剣を構えるアステローゼ。

 一方のシルバーもまた、フランチェスカを含む吸血鬼達に囲まれていた。


「遅かったわね、テュリン。ガルナードはどうしたの?」


「…………死んだんじゃない?銀翼騎士団の副団長相手に足止めなんて、出来る訳ないし」


「そう。カイルもウロスもいないし、想定以上にこの国の騎士団は強かったみたいね。でも、ここで皇女を殺せればわたし達の勝利条件は満たされる」


「で、あたしたちはコイツの足止めって訳か」


 シルバーを顎で指し示し、露骨に嫌な顔をするテュリン。

 それを見て苦笑するフランチェスカはすぐに表情を戻し、シルバーを指差して――


「――行きなさい」


 シルバーの背後から二人の吸血鬼が飛び掛かる。

 奇襲に特化した二人は一切の音を立てず、空中からの奇襲にシルバーは反応を見せないまま。

 がんと硬質な音を立てて攻撃が直撃、だが奇襲が成功したにも拘らず二人の反応は芳しくない。


『軽いですね』


 振り返るシルバー、その手に握る剣は眩い光を宿し、致死の攻撃を予感させた。

 跳び退る一人、追撃する一人。

 視界を焼く極光は刃と化して異なる反応を見せる二人を等しく焼き尽くし、光の果てへと葬った。

 それは聖の輝き、神を敬し魔を祓う、人類の未来を背負って立つ騎士の為に鍛えられた最も新しき聖剣。

 光の通った後には、死の残滓すら残ってはいなかった。


「コイツも化け物かよ……!」


「近づきすぎては駄目よ。あくまで足止めに専念しなさい」


 フランチェスカの指示を受けて、吸血鬼達の動きが仕留める動きから留める動きへと変わった。

 周囲を旋回し、時折仕掛け、すぐに離れる。

 さながら獲物を捕らえる檻のような戦い方は、確かにシルバーの足止めに成功していた。


「今よ」


 その隙を見逃さず、バレンシアとフランチェスカ、意識の無い女生徒を取り囲んでいた吸血鬼達が一斉に仕掛けた。

 後先を考えない特攻は、任務さえ達成出来れば良いという、半ば洗脳じみた教育の果ての所業。

 一瞬バレンシア達に視線を向けたアステローゼは迷いを捨て、吸血鬼達に向き直り魔力を高める。

 既に魔法陣の構築を終え、あと一歩で吸血鬼がアステローゼの間合いへと踏み入れる、その直前だった。


『足を止めるだけでは、私は縛れませんよ』


 突如四振りの剣が上空からアステローゼを囲んで降り立ち、吸血鬼の攻撃、そのことごとくを遮断した。

 その光景はさながら蕾のようで、そして蕾は時が経てば花開くもの。

 一体どこからと戸惑う思考を置き去りに展開する剣が高速で一回転、残酷で美しい薔薇の花が咲き誇る。

 運悪く心臓を破壊され血の海に沈んだ者と、身体を両断されて尚再生し立ち上がろうとする者。

 浮遊する剣はまるで一流の剣士が操っているかのような技量で以て後者に追撃を行い、確実にその命脈を断っていく。

 ――『乙女の対翼(スパイカ・セラフィア)』、ある天使の翼を真似た、使用者の意のままに大空を翔る意剣。


「意剣とはまた珍しいですわね。それも一度にこれだけの数を操るなんて」


「これもあのシルバーがやってるっていうの……?」


 アステローゼ、バレンシアが驚きの中で安堵する一方で、敵対するフランチェスカやテュリンからすればたまったものではない。

 シルバーの足止めを継続する吸血鬼は手ずから心臓を、肉体を破壊されて滅ぼされ、バレンシア達を襲う吸血鬼の攻撃は意剣に阻まれ、返す刃が死を量産する。

 迎撃と防衛、距離という概念を忘れたような人間離れしたシルバーの所業は、元の位置から一歩たりとも動かずに行われている。

 そんな悪夢以外の何物でもない光景を見せられて、冷静な判断力を失ったとしても無理はない。


「なんで……!なんでなんでなんでっ!」


「……冗談じゃないわよ」


 狂乱するテュリンが落ちていた剣を拾い上げ、勢いのままにシルバーに付き進んでいく。

 低く呟くフランチェスカは両手を掲げ、それに呼応するように背後の血の海が沸き立つ。

 鎌首をもたげる九頭竜のように伸びる血の触手は、槍の穂先のように硬質化させた先端を勢いよく射出した。

 駆けるテュリンを追い越す血晶は、放物線を描きながらシルバーに降り注ぐ。

 手甲で受け、剣で砕き、フランチェスカの攻撃はシルバーには届かない。


「いい加減死ねよぉ!」


 だが生じた隙にテュリンが肉薄し、鎧の隙間目掛けて刺突を放つ。

 寸分違わず突き刺さる筈だった剣先は、しかし寸前で見えない壁に阻まれるようにしてずらされ、そのまま姿勢を逸らされ鎧を滑って受け流された。

 それは魔術によって形成された圧縮空気層、鎧の継ぎ目を埋める不可視の、第二の鎧。

 たたらを踏むテュリンのがら空きの背、そこに振り下ろされる剣を阻むフランチェスカの鎌。


「二つの戦いを一人で成立させる技量には驚いたけど、その集中はいつまで続くのかしら!」


 大量の血液を凝縮・凝固させた血はシルバーの術式を受けても分解されず、剣と鎌とが競り合う。

 シルバーの尋常では無い膂力を、フランチェスカは大量の血を消費する事で無理矢理に凌駕する。

 振り上げる鎌が剣を跳ね上げ、今度はがら空きになったシルバーにテュリンの剣が迫る。

 狙いは喉、鎧の無い急所ならば届くという判断だった。


「これで終わ」


『――解放』


 ――空気層を維持する術式が解かれ、押し固められていた空気が一気に解放される。

 吹き荒れる突風は飛び掛かるフランチェスカを吹き飛ばし、テュリンも体勢を崩……さない。

 強すぎる殺意が限界を超えた力を引き出し堪えさせたか、剣は尚も変わらずシルバーの急所目掛けて突き進んでいる。

 取った、テュリンのその確信は、四肢から吹く血によって粉々に打ち砕かれた。

 遅れて認識する鋭い痛み、見ればいつの間にか短剣が突き刺さっているではないか。

 一体どこからと思案するテュリン、その疑問は独りでに抜けていく短剣を見て氷解した。

 外套の裏か腰か、シルバーはまだ意剣を隠し持っていたのだ、その伏せ札を最大効果を発揮出来るタイミングで使ったのだと。

 振り上げるシルバーの聖剣が、再び極光を纏う。


「あ……………………」


 切断された筋肉の修復が追い付かない、聖剣の攻撃範囲から逃げられない。

 死を悟ったテュリンが何を考えていたのか、誰に知れるものでもない。

 それでも光に消えるその表情は、どこか安らぎに満ちているようにも見えた。


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