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第208話 親善交流戦 本隊 決着

 

 左胸を突如飛来した矢で撃ち抜かれ、大木に叩きつけられたバレンシア。

 同じく頭を撃ち抜かれ、仰向けに地面へと倒れたアンナ。

 敵は未だ勢い衰える事無き勢いで戦槌を振り回すトーリィが健在、彼女を守るマリツェラやその他の生徒も巧みな連携で生き残っており、状況は最悪、絶望そのものだった。


「シア!アンナ!」


「シュトナ!今は戦いに集中して!今目を逸らしたら戦線が崩壊するわ!!」


 思わず二人に駆け寄ろうとしたシュトナを、レヴィアが引き留める。

 今はシュトナとニアで何とか敵を押し止めている状況であり、レヴィアも結界魔術で援護こそしているものの、ここで片方に抜けられては成り立たなくなるとの判断だった。


「だが既に二人が……」


「――勝手に殺されても困るわ」


「シア…………?」


 シュトナは隣に立った、未だ健在のバレンシアを見て目を丸くした。

 それだけではない、後方では立ち上がったアンナが倒れた拍子に打ったか、痛そうに顔を顰めて後頭部を撫で付けている。

 矢に射抜かれた筈の二人が五体満足に生きている、その事実は味方にも敵にも大きな衝撃を与えていた。


「助かったわ、レヴィア。あなたが居なければ死んでいた。横槍を警戒していなかった訳では無いのだけれど……少し焦り過ぎたわね」


「レヴィア?君があの一瞬で結界魔術を発動したのか?」


 二人を立て続けに射抜いた二射は、レヴィアの目から見て相当な凄技だった、神業とそう言い換えても良い。

 速度も威力も申し分なく、その上隠密性まで高い矢を躱す事は困難を極める。

 常時展開していたのであれば頷けるが、そのような兆候は無かった。

 アンナはともかくバレンシアでさえ反応すら許されず受け損ねたのだから、レヴィアが飛来する矢を視認してから結界を発動したという結果が、シュトナには想像し難かったのだ。

 その絡繰りは、レヴィアの口から語られた。


「条件発動型よ。一定以上の速度を持つ飛翔体が被術者に迫った場合発動する、ね。ワタシの戦場で易々と仲間を倒せるとは思わない事ね」


 仲間に対する説明を果たしつつ、未だ姿の見えぬ敵の狙撃手への牽制を行うレヴィア。

 お前の矢など怖くは無い、仲間ももう狙撃を恐れない、そうした宣言でもあった。

 実際レヴィアの啖呵を聞かされたローゼン・クレーネの生徒達の間には動揺が広がり、伏せ札であった狙撃ももう意味を成さず、状況は五分か、或いは劣勢になった事で士気は大いに低下していた。

 ただ一人を除いて。


『うおおおおおおおお!そんな結界、アタシがぶっ壊してやるぞぉ!うおおおおおおおお!!』


「……まあ、そうなるわよねえ」


 何とも勢い任せな威勢の良さだが、レヴィアにとってはトーリィの前向きさと質量攻撃こそが何よりの天敵だった。

 レヴィアの扱う結界の一つ、『弾障』は弾く事に特化している。

 矢や魔術は勿論の事、威力の低い打撃や剣なども弾く事が出来る。

 だが一定以下の速度の攻撃には反応せず、一定以上の質量攻撃には耐久性不足で耐えられないという弱点が存在する。

 今回の場合、トーリィの細腕から繰り出される戦槌は『弾障』を被術者諸共に叩き潰してしまう、故に正しく天敵だった。

 ローゼン・クレーネの生徒達は、そんなトーリィを見て士気を取り戻しつつある。

 平静な思考を保てない状況にあって、それでも平常を保っている人間は周囲を平常へと引き戻すもの。

 トーリィは実力と性格において、ローゼン・クレーネの支柱の役割を果たしていた。

 だがその点ではアルケミアの生徒達も負けてはいない。


「レヴィアさん、守っていただいてありがとうございました」


「アンナも無事で良かったわあ。それより、アンナ」


「はい――切り札を切ります。皆さん、準備はいいですか?」


 レヴィアの言葉を省いた意図を読み取り、アンナが全員に問い掛ける。

 その問いに全員が頷きで以て返し、アンナもまた頷いた。


「――『共感』行きます!」


 掛け声と共にアンナが魔力を活性化させ、遅れてバレンシア達を温かい魔力が包んだ。

 一見ただの支援魔術にも思えるやり取りだが、結果はともかくとしてその過程は大きく異なる。

『共感』はアンナのクォントで、自身と他者の感覚を繋ぐ異能。

 性格には他者の感覚をアンナが感じるだけの一方的な繋がりだが、対象の患部を正確に捉え、最小限の治療を行う事が出来る。

 更に別の使い方として、魔術効果の共有というものがある。

 身体強化や治癒魔術、支援魔術などアンナに掛かった魔術効果を、僅かな減衰こそあるものの『共感』の対象者にももたらす事が出来るのだ。

 しかも対象条件はアンナが『共感』可能な相手という、極めて広いもの。

 同じSクラスの仲間は、当然その範疇に収まる。

 ――未だ高い士気を保つローゼン・クレーネと、アンナの切り札の恩恵を与るアルケミア、その趨勢を決定付ける決戦が、今終わりを迎える。


「しっ――――」


 最初に飛び出したのはバレンシア、彼女は勝利を目前に油断し、まんまと敵の奇襲を許した事を恥じていた。

 先陣を切ったのはその恥を雪ぐ為、迷惑を掛けた仲間に借りを返す為、そして救ってくれた恩に報いる為。

 魔剣が炎を纏い、振るわれる。

 地を這う炎がトーリィに迫り、しかし()()防波堤に阻まれる。

 防いだのはマリツェラだが、その表情は功績とは裏腹に苦々しい。

 彼女が比較的得意としていると考えていた水属性魔術だったが、しかしバレンシアの炎は相性の有利不利を超えて負担となっていた。

 その隙を見逃さず、ニアが弧を描くように展開する。

 攪乱と援護を役割とする彼女は、相手の要である連携を崩すべく、多方面から仕掛ける事を選んでいた。

 実際身体能力を活かした高機動の術者から、手数優先でばら撒かれる魔術は厄介この上無く、ローゼン・クレーネの生徒達はバレンシアとトーリィの援護に集中出来ないでいた。

 更にそこへ隙を逃さず、レヴィアの結界魔術が()()()()()()

『武装鋳造』、結界によって造り出された多種多様な武器が彼女の頭上に浮かび、次々と射出される。

 元々王国一強固との呼び声高いサンゲルタン家の結界、それが武器として飛んで来るのだから、その威力は折り紙付き。

 レヴィアの武器はローゼン・クレーネの生徒達に、少なくない損傷と被害を与えた。

 ――ところで、レヴィアの武器は装飾こそ無いものの精巧に造られており、柄や鍔なども再現されている。

 想像しやすいという利点はある、だがあくまで撃つ事が目的であれば、そこまで正確に造る必要は無いのではないだろうか。

 誰が抱いたか、その疑問に対する回答はすぐに表れた。


『いっ…………!』


 突き刺さっている剣の柄を握ったローゼン・クレーネの生徒が、鋭い痛みに思わず声を上げる。

 痛みの発生源に慌てて目を向ければ、柄から伸びた棘が手の甲から突き出ていた。

 対するニアは落ちている武器を何の制限も無く振るい、投擲し、時には盾にしながら戦場を自由に駆けて行く。

 武術の心得のある者、或いは咄嗟の護身にと手を伸ばした敵には牙を剥き、手を伸ばす仲間には助太刀となる。

 レヴィアにとっても仲間にとっても、『武装鋳造』の恩恵は大きい。

 二人の手によって分断されたトーリィは、残るバレンシアとシュトナが相手をしていた。


『うおりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!』


「おおおお!」


 横薙ぎの戦槌を、シュトナがフィルバーナを纏った拳で受ける。

 凄まじい勢いで両者が衝突した瞬間、手甲の内部が弾け、衝撃がトーリィを押し返す。

 アンナの支援が無ければ厳しかった所だが、仰け反りもかなり軽減されている。

 体勢の崩れた所にバレンシアが炎を差し込むが体捌きで躱され、返す戦槌が巻き込む土砂を飛ばす。

 通常なら脅威にならない小手先の技も、質量を伴えば立派な攻撃だ。

 呑み込むような高波と化した土砂を魔剣で払い、バレンシアは回り込むようにトーリィとの距離を詰める。

 敵側でも最も厄介なトーリィとマリツェラの連携を妨害し、シュトナと挟撃する構え。

 仲間達からの援護を失った事で、トーリィは苦戦を強いられていた。

 彼女は『強靭』のクォント――生まれながら筋力、耐久力に高い補正が掛かる――を持つ強力な戦士ではあるが、どのような状況でも単独で戦えるような技能は有していない。

 大質量の戦槌で凌いでいた攻撃も段々と躱し切れなくなり、負傷が積み重なっていく。


『トーリィ……!』


 思わずマリツェラが声を上げ、ニアの弾幕とレヴィアの『武装鋳造』を掻い潜り、窮地のトーリィを救おうと手を伸ばす。

 だがその手は届く事無く、透明の壁に阻まれた。


『結界!?いつの間に……!』


 マリツェラの驚嘆に応える声は無い、無視したのではなくする余裕が無いのだ。

 結界に阻まれたマリツェラの周囲に立て続けに結界を生成、四方を囲む四角形で閉じ込める。

 瞬きの間の出来事に次の行動が遅れ、レヴィアもその次を許さない。

 マリツェラの頭上に丁度空間が埋まる大きさの四方形の結界を生成し、一気に叩き付ける。

 影が差すマリツェラは咄嗟に氷の天井で防ごうと試みたが意に介さず、大量の魔力を注がれた結界が彼女を押し潰した。

 ――『天蓋』、結界の折に閉じ込めた対象を、弾く性質を持たせた結界で押し潰す対個人用攻撃結界魔術。

 使用する魔力量が多く、集中力も必要とする為軽率に行使出来ない欠点を抱えてはいるものの、結界への対処法を持たない相手をほぼ確実に倒す事が可能な魔術であり、レヴィアの切り札であった。


「レヴィアがやったわね」


「フ。ならば私達も負けてはいられないな!」


 仲間の戦果に背を押され、バレンシアとシュトナの動きにも熱が入る。

 攻める拳は一層苛烈に、燃え盛る炎は先にも増して眩い輝きを放っていた。

 追い詰められるトーリィは熱量と焦り、二つの要因から額に汗を浮かべる。

 しかしそれでも折れる素振りすら見せないのは、本人の前向きな性格故か。


『まだ!アタシひとりでも――――!!』


 仲間が一人、また一人と倒れていく中で、トーリィは孤軍奮闘する。

 戦槌を両手で高く振り下ろし、横払いに薙ぎ、面で突き上げ、地面に叩きつけた衝撃波で吹き飛ばす。

 それらの連続攻撃は小振り大振りが入り混じるものだったが、大質量の得物に振り回される事無く繰り返される連撃に、バレンシアもシュトナも手をこまねいていた。

 言うまでも無く、トーリィの攻撃はまともにかち合えば問答無用で押し負ける質量攻撃。

 唯一シュトナのフィルバーナであれば相殺も可能だが、こちらは回数制限があり、一度使用すればしばらく時間をおかなければならない。

 ならばと遠距離から炎や氷、『武装鋳造』による投擲を行うが、クォントで強化された肉体性能と戦槌による防御が直撃を阻んでいる。

 まさかこのまま押し負けるのか、そんな危機感がバレンシアの脳裏を過るが、そう長くは続かなかった。

 突如としてトーリィの動きが精彩を欠き、見るからに攻撃の後隙が増えている。

 始めは誘われているのかと誰もが疑ったが、何の事は無い、体力が底を突いたのだ。

 無理も無い、もう十分近くまともに息も入れずバレンシアとシュトナ、二人を相手に互角以上に立ちまわっていたのだから。


『どりゃああああああああ!!』


 跳び上がっての叩き付けを後ろに跳んで躱し、シュトナが直進する。

 両腕を引くようにして溜めて、溜めて、溜めて、放つ。


「――『轟轟雷鳴』!!」


 片腕で互角以下ならば、両腕をぶつける事で解決せんとする力技。

 これは力と力のぶつけ合いであるが故に、力技はこの上ない効力を発揮した。

 ――初めてシュトナが衝突に打ち勝ち、トーリィが大きく仰け反る。

 握力も腕力も限界だったにも拘らず、大岩すらぶち抜く威力の切り札『轟轟雷鳴』とぶつかれただけでも賞賛に値する結果だ。

 或いはここから持ち直し、シュトナを打倒する未来もあったかもしれない――これが個人戦であれば。


「今だシア!」


『ッッッッ!!』


 声を張り上げるシュトナに応えるように、トーリィの眼前にはバレンシアが肉薄している。

 炎を利用した加速で詰めた距離は長く、その速度は一瞬。

 シュトナが崩し、バレンシアが攻める、この流れは当初から決めていたもので今に至るまで変更は無い。

 腰溜めに鞘に収めた剣に、煌々とした炎が宿る。

 もう何度もトーリィにその剣を届かせていたバレンシアだが、その手応えはあまり芳しくなかった。

 クォントであると見抜いていた訳では無い、ただ普通に攻撃したのでは通り辛いと認識していただけだ。

 故にバレンシアは、防御が意味を成さない渾身の一撃で以てトーリィを打倒する。


「――『暁天(ぎょうてん)』」


 抜刀、刹那、夜が明ける。

 手数と継戦能力では無く速度と威力に重きを置いた、只一振りに魔力と意識を集中させ、一気に振り抜く抜刀術。

 推進力の残滓である炎が軌跡を描き、剣閃が駆け抜ける。

 バレンシアの魔剣は寸分違わずトーリィの心臓を両断し、その勢いのままに振り抜いた。

 溜めに溜めた剣速は対象に痛みを認識させず、遅れて劫火が焼き尽くす。

 数秒の後には、バレンシアの背後にトーリィの姿は無かった。


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