第33話 対終幕
八郎と愛聖は互いに拳を握り打った。
攻め受け共にガトリングガンのような拳打の応酬だ。
一打ごとに肉が裂け血が舞い散った。
両者共一歩も譲らない。
そして手数ではやはり愛聖が上であった。
ランダムに拳が蹴りが放たれる。
素人ならではの先の読めなさはここでも健在であったが、試合開始直後と比べて変化があった。
それは動きの鈍さである。
白筋肉の量が多いためスタミナが切れ始めているのだ。
加えて左側の視力がなく速さや鋭さが失われ始めていた。
超人がただの人気へと戻りつつあったのである。
八郎は常に死角の入りこむ形で立ちまわっていた。
少しづつ拳を食らう回数が減ってきていた。
すでに満身創痍であったが気力が身体を動かしていた。
(後のことなど知らん。今ここで決めきる)
愛聖が大きく踏み出そうとした瞬間に合わせ、右手で肩、左腕で右手首を掴む。
体重が移動するタイミングを狙い左足で出足払いをかけた。
二○○キロの肉体が甲板に転倒し後頭部を打ち付けた。
掴まれるリスクを考え八郎は寝技には移行せず、頭部めがけてサッカーボールキックを放った。
スニーカーがアゴから口を叩き、今度は愛聖の歯が千切れとんだ。
足刀で追撃するかと考えたが、もう起き上がりはじめていたので中段する。
代わりに片膝立ちになった愛聖の右耳を左手で握り、左耳へ右掌底を打ち込んだ。
パンッと乾いた音がして鼓膜が破れた。
――激しい痛みにカッと口から悲鳴が漏れた。
これで聴力も制限される。
八郎は一度間合いを離そうとバックステップをとったが、そこへ愛聖の反撃があった。
口をライオンめいて開き、肩に噛みついてきたのである。
「ぐうっ」
道着の上からでもおかまいなしに歯が食い込み、肩の肉がかじり取られた。
おびただしい量の出血があり、道着が赤に浸食された。
膝蹴りを連続で腹部に叩き込み、呼吸に合わせてどうにか噛みつきから逃れる。
すぐさま体制を立て直しさらに愛聖が迫る。
四肢をデタラメに開き飛びかかってくる。
野生の獣めいたどう猛さだ。
「あはははははあはははあははははははははあはははははははははははははははははははははは」
笑いとも声泣き声ともつかない鳴き声で突進を敢行する。
目の焦点が定まっておらず、トリップしているようであった。
ドーパミンやエンドルフィンなどの脳内物質が過剰に分泌されているのだ。
薬の副作用がここで発現していた。
両手を伸ばし八郎の右手を掴む。
固められた拳を無理やり開き五本の指をすべて手の甲側にへし折った。
「――」
八郎は歯を食いしばり悲鳴をこらえる。
自由な左拳を愛聖の顔面に向け打った。
目、鼻、アゴを一呼吸の内に叩いた。
すでにダメージがある急所を攻撃され愛聖がひるむ。
〈猛火三点〉相手を悶絶させる荒田流の技であった。
右下段蹴りを太股に放って、無理やり引きはがす。
間合いを広げ相手の出方をうかがった。
猛火三点の影響か愛聖はすぐに攻めてこなっかた。
今のうちに折れ曲がった指を元に戻す。
道着を噛みながら左手で右手の指を掴み修復にかかる。
激痛が再度走り、骨がベキベキと曲がる嫌な音がした。
どうにか拳の形に固めて具合を見る。
(痛みは激しいがあと一、二撃はいける。体力が尽きかけているな。これで終わりにするしかない)
八郎は決着をつけるために最後の構えをとった。
愛聖も同じく獣めいた構えをとる。
互いに体力、気力ともに限界でもう長い時間は動けそうもない。
この一瞬が最後になりそうである。
「あはは! 楽しい時間ってすぐに終わっちゃうよね! もっともっと永遠のにこの時が続けばいいのに!」
「おれはごめんだね。早く帰ってビールにアニメだ」
「運命の人! 人! 人! いくよ!」
「ああ。こい」
愛聖の両足の筋繊維メコメコと膨張した。
大腿が金メダリスト顔負けのトルクを生む。
甲板を蹴り刹那と呼べるほどの短い時間で八郎の眼前へ飛来した。
残りのスタミナを総動員し左腕上腕二頭筋が足と同じく膨張する。。
金剛石のごとき拳が顔面に向けた撃ちだされた。
八郎は動体視力、反射神経、それにこれまでの経験をフル稼働させ、拳の軌道を予測していた。
右拳を腰だめに構え打つ。
――閃光があった。
あまりの速さに拳が光ったのかと思うほどであった。
大衝一点。八郎の拳と愛聖の拳が打ち合わされた。
肉と肉、骨と骨がぶつかり合いくぐもった音が響く。
バキリと骨が砕けた。
八郎の右腕の骨であった。
無理やり固めた拳ではやはり強度が足りなかったのだ。
愛聖が勝利を確信し笑った。
血とよだれと汗でグチャグチャになっていたが、形容するとするならば笑顔であった。
「勝った! かっ――」
歓喜の雄たけびはそこで止まった。
人を超えた動体視力が八郎の次の行動を捉えたからだ。
もっとも格闘ゲームでいう技後硬直で次の動作に移れない。
八郎が左拳を黒金めいて握りこみ撃った。
大衝一点。二発目は愛聖のみぞおちへ突き刺さった。
「――――」
「おれの勝ちだ」
愛聖の瞳が白くなり甲板に倒れ伏した。
力を失いゴムのように伸びきった腕へ手錠をかける。
開錠する技術もなく、勝負は着いた。
やや遅れてハディソンが叫んだ。
『け、決着~! 闘龍試合最終戦! 勝者は千年原重工所属、南八郎!』
ワッと観客席から歓声が上がった。
「お嬢さま! やりました!」
「八郎……ありがとう……」
阿門がガッツポーズで喜び、凛子は胸を手で押さえて泣いていた。
感極まったゆえの嬉し鳴きだ。
「バカな……わしの最高傑作が……ただの人間に……ふ、ふひ、はは……」
豪聖は呆然とつぶやき背もたれによりかかった。
顔面は死人のように蒼白になっていた。
時計を見るとあと十分もなかった
八郎は浮輪と手に取り海へ飛び込もうとする。
と、背後から声がかかった。
愛聖が意識も早くも取り戻したのだ。
「やっぱりキミが運命の人だったんだね」
「さあな。勝ったのはただのマグレかもしれんぞ」
「ううん。実力だよ。ありがとうごくを殺してくれて。これでやっと休める」
「……来世があるならまた話そう。約束する」
「うん。じゃあ少し眠るね。とても眠くて……」
「おやすみ」
「おやすみ八郎」
八郎は海へ飛び込み船から離れた。
浮輪にジェットボンベのような物が装着されており、手足を動かさずともスイッチ一つで泳ぐことができた。
数分後船は爆発し愛聖はその短い生涯を終えた。
そうして闘龍試合は完全に決着した。
◆
――良く晴れた夏の昼下がり、灰楼街の一角に道場があった。
昔ながらのやり方で造られた建物だ。
中では十数人の子供たちが組み手をおこなっていた。
かわいらしい掛け声があちらこちらから上がった。
そこに一人の指導者がいた。
年季の入った白の空手道着を着ている。
筋骨隆々で目つきが鋭く、頭部には一本の髪の毛もない。
南八郎であった。
と、道場の扉が開き女性が現れた。
八郎は指導を中断しそこまで歩いていった。
女性は縦ロールの後ろ髪を揺らしながら、。
「やってますのね。調子はどうですの?」
「みんな筋がいい。教えがいがあるな」
千年原凛子の姿であった。
大学生に進学した影響か少し大人びていた。
「本当にこれでよかったんですの? 三十億をすべて寄付してしまうなんて」
「問題ない。仕事があって休日には勉強もできる。おれには道場の仕事があれば十分だ。それに――」
「それに?」
「お前がいるからな」
「もう……」
二人は窓から外を見つめた。
その先にはどこまでも青い空が広がっていた。




