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赤手空拳  作者: ういすき
31/33

第31話 対超人Ⅰ

 散歩でもしているような調子で、のんびりと距離を詰めていく。

 八郎のスニーカーが子気味の良い音を立てながら、板張りの甲板を歩いて行った。

 愛聖は裸足でペタペトと八郎と同じペースで歩いていく。

 全身の筋肉が弛緩しリラックスしていた。



『おーとこれはどういったことでしょうか! 二人とも戦闘態勢にはいっていません! すでに試合は開始されているのに!』



 大げさな口ぶりでハディソンが実況する。

 今回も実況を聞いているのは凛子、豪聖たちや他のところで中継を見ている会員だけである。

 船の上では波の音とカモメの鳴き声しか聞こえない。

 二人の距離はついに一メートルまで近づいた。

 八郎が左腕を差し出し、愛聖がそれに応えて右腕を差し出した。

 握手をするようであった。

 手と手が指と指が重なり合いがっしりと組み合わされた。

 力強い握手であった。



『八郎選手と愛聖選手は親友だとの情報が入っています。これは闘龍試合には珍しいスポーツマンシップに則った行為なのでしょうか』



 ハディソンが解説をした直後、二人は動いた。

 八郎が右拳を握りしめ、愛聖が左拳を握りしめた。

 同時に拳が打ちだされた。

 八郎の拳が先に着弾した。使う技は素早く正拳突きを二度入れる大衝一点、内部に深く衝撃を伝える荒田流一撃必殺の技巧である。

 拳はみぞおちを正確に叩いた。

 直下にある膵臓すいぞうを揺さぶらされ体が傾き、愛聖の左拳がわずかにそれた。

 顔面を狙っていたが、実際は耳をかすめただけであった。

 握手している八郎の左腕が前方に引かれていく。

 愛聖の両足が踏ん張りを失くし、身体が後方に倒れようとしているからだ。



(相手が人間であれ獣であれ鉱物であれ、大衝一点は絶対に効く。通常ならこれでおれの勝ちだ。だが――)



 八郎の想像通り愛聖は踏みとどまった。

 両脚十本の指が板床をホールドし身体を戻す。

 握手している右手に力をこめ八郎の手を握りつぶしにかかった。

 屑鉄を四角形に押し固めるように指を歪めていく。



(っく! なんて力だ! プレス機かこいつ!)



 倒れないのなら続けて大衝一点を打ち込むつもりであったが、それどころではなくなった。

 このままでは指が五本ともねじ切られかねない。

 右肘打ち右膝蹴りで上下から挟みこむように、掴んでいる腕を攻める。

 指の力が緩んだ瞬間左腕を引っ込め、前蹴りをすねに放ちバックステップで距離をとった。

 赤くなった指を開閉し具合を確かめる。

 痛みはまだあるが幸いどの指も無事で、闘いに影響はなさそうだった。

 空手の構えをとり愛聖との間合いをはかる。

 まだ試合開始から一分と経っていない。

 しかしこれで開幕KOする展開はなくなった。

 大きく体力を消耗した八郎が不利である。



(こちらの思惑が通りにはいかんか。そうだろうなそれが喧嘩だ)



 左腕で握手を求めたのも愛聖に利き腕で殴らせないようにする、小細工であったが握力の強さが想定外であった。

 かえってダメージを負ってしまったのである。

 呼吸を整え相手の出方をうかがう。

 愛聖は腰を低く落としタメを作っていた。

 ちょうど徒競走でスタートする前の姿勢のようだ。

 そしてつま先で床を蹴り、腕を前後に振って駆け出した。小学生がかけっこをする時のデタラメなフォームである。しかし生じる速度は圧倒的であった。

 フィルムのコマ飛ばしたような速さで八郎の眼前迫り、右拳を頭上にかかげ大きく振りかぶった。

 これも腋をまったく絞めていない素人のケンカフォームである。

 武術の心得のある者ならかわし、極め、カウンター、どうとでも料理できそうである。

 だが八郎が選んだのは受けであった。

 両腕を盾めいて構える。

 コンマ数秒後、そこへ拳が炸裂した。

 ムチで皮を打つような音が響き、八郎の足が床から離れた。



(――!?)


『は、八郎選手の身体が浮き上がりました! 一一○キロの巨体を殴り飛ばす凄まじいパワーです!』



 甲板を転がりながら受け身をとり立ち上がる。

 すぐさま愛聖の追撃があった。

 今度もデタラメなフォームだがやはりスピードが段違いだ。

 獣のごとき俊敏さで拳が蹴りが襲いかかる。



 拳

 拳

 拳

 拳

 蹴

 肘

 拳

 膝

 拳

 拳

 蹴

 拳

 拳

 拳

 拳

 肘

 肘

 蹴

 膝

 膝

 膝

 拳

 拳

 拳

 拳

 蹴

 拳



 ランダムに多角的に放たれる打撃を八郎は岩のように身体を固めすべて受けていた。

 叩かれた肉に青黒いあざができつつあった。

 それでも反撃しようとはしない。

 守っていない部位に一発もらうだけでも、致命傷になりかねないからだ。

 それだけ愛聖のパワーは強力であった。

 嵐と同じく攻めが途切れることがない。



(まったく打ち疲れる気配がない。こいつスタミナはどうなっている)



 このままではダメージが蓄積するばかりである。

 口内を切りたまった血が、生臭い鉄の味が広がった。

 唇の端から赤い水滴が垂れた。

 八郎は拳と拳の間隙をつき、一度だけ右拳をアッパーのように振り上げ〈上げ突き〉打った。

 本来は相手のアゴを狙う技だが今回は愛聖の肘を狙う。

 右拳は正確に命中しその直後、愛聖の身体が硬直した。

 電気ショックでも食らったように震えていた。

 打撃の嵐がやむ。

 八郎が打ったのは肘先の上腕骨の内側の部分、尺骨神経が通っていている箇所である。

 ここに衝撃を受けると〈ファニーボーン〉と呼ばれる痺れるような、おかしな感覚が全身を支配するのだ。

 肘を机にぶつけた時に感じるあれである。

 動きを止められるのは一瞬だがそれで充分である。

 右足を後に身体をひねり、引き矢のごとく蹴りを放つ。

 地鋏二点、右横蹴りから踵を引き戻しサンドイッチめいて愛聖の側頭部を叩いた。

 脳が左右に揺さぶられさらに動きが制限された。

 本来ならこれで終わりか、意識があっても足払いからの追撃で終わるところだが、八郎コンテナ群まで走り一気に距離を離した。

 今の攻撃が効いているとは思えなかったからだ。



(さえぎる物が何もない空間では勝負にならない。場所を移るが得策だ)



 八郎はコンテナ群の入り口に陣取り愛聖の動きを待った。

 左右に壁があるため攻撃は正面に限定させる。

 迎え撃つには絶好の場所であった。

 愛聖はブルブルと頭を振ると、何事もなかったかのように八郎の方へ歩き出した。

 やはりダメージはない。

 頭蓋骨の厚みが常人より分厚いと思われた。

 愛聖は歩きながらにこやに微笑んで、



「いまのが荒田流の技ってやつ!? 速いね! すごいね! びっくりだよ! 目の前で星がとぶっていうの?あれはじめて体験したよ!」

「そのわりには元気そうだな。皮肉か?」

「ちがうよもー。本気で感動してるんだって。いままでなら技とか使う前に死んじゃう、まとも食らったのは今日が初めてなんだよ」

「そりゃよかった。こっちは素人相手に技が通じないんで、ショックを受けているところだ」

「それは仕方ないよ。だって八郎は人間だもん。体格が人より優れていても超人のぼくには届かないよ」

「言ってろ。しかし格闘技をやってないってのは本当だったんだな。演技でもなさそうだ」

「ひっどーい疑ってたの! ぼくはウソなんてつかないよ。何も考えずに殴るほうが楽だしね」

「ならこれから技の満漢全席味わってもらおうか。ほら、かかってきな」

「うん! いっくよー!」



 愛聖は先ほどと同じように加速しコンテナ群へ迫る。

 八郎は十字が連なった通路を後退していった。

 動きが誘っていた。

 もちろん愛聖はそんなことは関係なしに距離を詰める。

 顔面めがけて左腕を上から下へと振り下ろした。

 八郎はそれを半身になってかわし、自らの口元を愛聖の顔面に向けた。

 そして口内から血をシャワーめいて噴き出した。

 目つぶしである。



「わっっ!」



 愛聖が思わず目をつむり顔を拭う。

 その動作に合わせて八郎の丸太のごとき右足が跳ね、前蹴りが股間に叩き尾まれた。

 金的。

 睾丸を狙った爆撃であった。



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