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【星間戦争SF小説】星よ、敵を照らせ ――盟約は恩讐を越えて――  作者: 藍埜佑


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終章 二百年後

 三〇六七年。


 テラ帝国銀河歴史学会。年次大会。


 会場はテラ・プリマの中央学術区画にある大講堂で、千五百人収容の半円形の座席が、中央の演壇を囲んでいた。照明は低く抑えられ、スクリーンの光が演壇の上の人物を照らしている。


 若い歴史学者。名前はリヴィア・テレンス。二十八歳。赤い髪を後ろで束ね、大きすぎる学術ローブの袖を何度も直していた。初めての学会発表。声が震えないように、水を一口飲んだ。コップの縁に唇の跡がついた。


「本日の発表は、二八四七年から二八六七年にかけてのテラ=カルタージュ戦争に関する新資料の報告です」


 会場の反応は薄かった。

 二百年前の戦争。

 既に研究し尽くされた分野。

 新資料と言っても、どうせ補給記録か人事異動の断片だろう。


「私は、アニカ・バールとセリア・スピカの間で交わされた暗号化通信記録を解読しました」


 会場が動いた。


 座席のきしむ音。

 誰かが咳払いした。

 最前列の老教授が、端末のスクリーンから目を上げた。


「量子もつれ鍵による暗号化は、当時の技術では解読不可能でした。しかし、二八五〇年代に使用された量子もつれ鍵生成アルゴリズムには、周期性の微弱な偏りがあることが最近の研究で判明しています。その偏りを利用し、三年間の計算処理を経て、通信記録の全文を復元しました」


 リヴィアは手元の端末を操作した。スクリーンに、テキストが表示された。


「通信記録は、戦争開始から二人の死に至るまでの二十年間にわたります。総量は約十二万語。その内容は――」


 リヴィアは一度言葉を切った。水をもう一口飲んだ。コップを置く音が、静まった講堂に響いた。


「従来の歴史記述を根本から覆すものです」


 スクリーンに、通信記録の一節が表示された。


 日付は二八五二年。カンナエの戦いから三年後。セリアがトレビア星系の戦いでアニカに敗北した直後。


〈アニカ:今日の戦いは、あなたにとって二度目の敗北だ。しかし、あなたの艦隊の撤退機動は見事だった。損害を最小限に抑えた。攻撃よりも撤退に真の技量が出る〉


〈セリア:お褒めの言葉をいただくとは。敵の司令官から撤退を褒められるのは、複雑な気分です〉


〈アニカ:敵だからこそ、正確に評価できる。味方は常にあなたを過小か過大に評価する。私は等身大のあなたを見ている〉


〈セリア:それは……ありがたいことかもしれません。帝国では、私は「若すぎる」か「ザマの英雄」のどちらかでしか語られない〉


〈アニカ:私も同じだ。「バールの娘」か「辺境の蛮族」のどちらかだ。名前で呼ばれることが少ない〉


 会場は静まっていた。


 リヴィアはスクリーンを切り替えた。


 日付は二八五九年。戦争末期。アニカへの補給が削減された直後。


〈アニカ:評議会が補給を三十パーセント削った。増援もない。私は見捨てられた〉


〈セリア:知っています。帝国の情報網がそれを傍受しました。これはチャンスです。帝国にとっての。私にとっての。あなたを打ち破る、最良のタイミング〉


〈アニカ:正直だな〉


〈セリア:あなたに嘘はつきたくない。他の全ての人間には嘘をつくことがあっても〉


〈アニカ:……ありがとう。正直に言ってくれて〉


〈セリア:ありがとうとは言わないでください。私はこれからあなたを攻撃するのです〉


〈アニカ:わかっている。お互い、やるべきことをやろう〉


〈セリア:アニカ〉


〈アニカ:何だ〉


〈セリア:もし神が私に選択を与えるなら、敵としてあなたと戦うより、友人としてあなたと語り合いたかった〉


 長い間。


〈アニカ:私もだ。しかし、歴史は私たちを敵として生まれさせた〉


〈セリア:ならば、次の人生で会いましょう。()()()()()()()()()()


〈アニカ:わかった。約束する〉


 リヴィアの声が、わずかに震えた。彼女は原稿から目を上げ、会場を見た。千五百の座席。全ての目が、スクリーンを見ていた。


「最後に、アニカ・バールの最後の通信を読み上げます。二八六七年十月十九日。死の直前に送信されたものです」


 スクリーンが切り替わった。


〈セリア。私はもう逃げない。長い旅だった。あなたと戦えたことを、誇りに思う。もう一つの人生があれば、友人として語り合いたかった。量子戦術論の続きを。戦争倫理の矛盾を。あの匿名フォーラムの議論の続きを。さようなら〉


「この通信の翌日、セリア・スピカは自ら命を絶ちました。遺書には一行だけ――」


 リヴィアの声が止まった。


 会場の空気が、物理的に重くなった。千五百人の呼吸が、同時に浅くなった。


「〈アニカ、私も行きます〉」


 沈黙。


 長い沈黙。


 最前列の老教授が、眼鏡を外した。レンズを拭く振りをして、目許を拭っていた。


 リヴィアは原稿を閉じた。


「二百年間、アニカ・バールは帝国の歴史書で『テロリスト』と記述されてきました。セリア・スピカは『ザマの英雄、晩年は汚職で失脚した不名誉な政治家』と記述されてきました」


「この通信記録は、その記述が――」


 リヴィアは言葉を選んだ。


「不完全であることを示しています」


 不完全。

 嘘とは言わなかった。

 不完全、と。


「アニカ・バールは、祖国の自由のために戦い、祖国に裏切られ、帝国に追われ、自由人として死んだ女性でした。セリア・スピカは、帝国の秩序を信じながら、その秩序の不正義を知り、正しいことをしたために破滅した女性でした」


「二人は敵として戦い、人間として理解し合いました」


「この通信記録の公開を、提案します」


 会場。


 拍手は、一人から始まった。最前列の老教授。乾いた音。それが二人目に伝わり、三人目に、十人目に、百人目に。


 千五百人の拍手が、講堂の壁を震わせた。


 拍手の中で、リヴィアは演壇に立ち続けた。手元の端末には、まだ読み上げていない通信が何千も残っていた。戦術の議論。戦争の意味についての対話。互いの孤独についての告白。笑い話。沈黙。


 二十年間の対話。

 二人の将軍が、暗号の闇の中で交わした言葉の全て。


 リヴィアは端末を閉じた。


 通信記録の公開後、テラ本星とカルタージュ本星に、二人の像が並んで建てられた。


 碑文はない。


 二人の女性が、隣り合って立っている。

 一人は背が高く、もう一人は小柄で、二人とも前を見ている。

 同じ方向を。()()()()()()()()()()()


 像の足許に、誰かが花を置いた。誰が最初に置いたのかは、記録されていない。





 花は毎日、新しくなった。




(了)


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