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群れの長を失った狼男たちは、戦意喪失して退散。街には平穏が戻る。それが理想的なシナリオだったのだが、現実はうまくいかないものだ。首を切り落とされた亡骸の前に集まった狼男たちは、毛むくじゃらの体を震わせて慟哭した。人間の部分を捨てて、獰猛な野獣の本能がむき出しになる。
「殺せ!」
「あの女を食い殺せ!」
「八つ裂きにしろ!」
ざっと見ただけで、群れの数はおよそ20匹ほど。この数を相手にするのは、少々骨が折れる。
ステラは群れ全体を見渡し、脳内で戦闘のシミュレーションを行った。まずは端っこにいるノロマそうなやつから倒す。その隣の個体は、比較的臆病そうだ。口々に狼男たちが殺意にまみれた叫びを上げているが、あいつだけは口パク。嫌々戦いに連れてこられたのだろう。よし、あいつは最後でいい。
「ミア、下がっていろ。ここは私が…」
「もう戦う必要はないようですよ。ステラ様、あれをご覧ください」
ミアがステラの背後を指さした。その方向を振り向き、ステラは絶句した。
「なっ…」
昨日見た、夕日に照らされた赤い部屋とは違う。視界に飛び込んできた光景は、今度こそ血で真っ赤に染まっていた。地面に落ちた狼男の生首はちょうど20個。胴体から吹き出した血にまみれた石畳の地面は、まるでレッドカーペットが敷かれたようになっていた。血のカーペットの上に立っているのは、あの女戦士。凛々しく眉毛を吊り上げ、足元に転がる生首と首無し死体を見下ろすその目は、歴戦の戦士のそれだった。
何の役にも立たず、傍観するしかなかったステラのもとへ、女戦士は歩み寄って来た。なにか文句を言われるのだろうか。勇者になってから人に怒られてばかりだ。そのほとんどは酒が原因だったのでアルコールのせいにできたが、今回ばかりは自分の不甲斐なさが招いた結果だ。女戦士がいなければ、ミアは今頃死んでいた。地面に広がるのは、狼男ではなくミアの血になりかねなかったのだ。
こういう時は先手必勝。怒られる前に謝っておけば、相手はそれ以上責めづらくなる。数多くの叱責を受けてきたステラが身に着けた処世術だ。
「すまなかった!私が不甲斐ないばかりに、仲間を危険な目にあわせてしまった。どこの誰か知らないが、ミアを守ってくれてありがとう。さあ、責めるならいくらでも、気が済むまでやるといい。気高き戦士様」
ちょっと媚びを入れるくらいでちょうどいい。とにかくその場しのぎが出来ればいいのだ。勇者として、公衆の面前で一方的に怒られる事ほどの屈辱はない。こうして先手を打って誠実さを見せたことで、周りで見ている人も理解を示してくれるだろう。
頭を下げて数秒。相手からの反応がない。まさかこいつ、頭を上げてとか言わないタイプか。相手から顔が見えないのをいいことに、ステラは小さく舌打ちした。こういうのが一番困る。どのタイミングで頭を上げればいいか分からないじゃないか。
がしゃん、と鎧の部位がぶつかる音がした。
女戦士が跪いている。頭を下げているステラよりも、さらに低い位置に女戦士の顔がくる形になった。上目遣いでステラを見上げる女戦士。待て、なんだその顔は。あまりに端正で、整いすぎている。中世的な顔つきの女性のみが発することのできるオーラに、ステラの胸は高鳴った。えっ、かっこいいしかわいい。カッコ可愛い。
「とんでもありません。私は地主様に使える戦士として、この土地を脅かす魔物から皆様をお守りしただけです。勇者様こそ、とても勇敢でございました。真っ先に魔物へ立ち向かわれたそのお姿、しかとこの目に焼き付けております」
確かに先陣を切ったのはステラだが、結果的に何もしていない。でも褒められるのは悪い気はしない。もうそろそろ顔を上げていい頃だと判断し、ステラは背筋を伸ばして、鷹揚に手を差し出した。
「私はステラ。旅の勇者だ。君の名前を聞いてもいいかい?」
「リュカと申します。ここ一帯を治める地主様、アルマ伯爵直属の騎士団にて、副団長を務めております」
「リュカか、よろしくな。女性で副団長とは、見上げたものだ。先ほどの戦闘も素晴らしかった。まさかあの一瞬で狼男の群れを殲滅してしまうとはな」
戦っている瞬間は見逃したのだが、まるで一部始終を見ていたような口ぶりで言う。
「お褒めに預かり光栄です」
「そしてこちらが私の連れ、僧侶のミアだ」
ステラがミアの肩を抱き、リュカに紹介した。
「リュ、リュカ様、先ほどはありがとうございました。なんとお礼をしたらいいのか…」
しどろもどろになっているミアに、リュカは優しく微笑みかけた。
「お礼なんてとんでもない。ミア様がご無事で何よりです」
ミアは顔を伏せ、耳まで赤くしている。
なんだ、そういう感じか。私、いないほうがいいやつか。




