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狼男の群れは方々に散って、手当たり次第に街の住民を襲い始めた。喉を引き裂かれた男の悲鳴。つんざくような女性の金切り声。朝日が昇ったばかりの、普段なら静かなはずの時間が、苦痛と恐怖の声に埋め尽くされた。
「息子を殺した女勇者はどこだ!出てこい!」
リーダー格の狼男は、そればかりを繰り返して叫んでいる。
「ステラ様、はやく助けにいきましょう!このままでは、街が滅ぼされてしまいます。彼らが探している女勇者という人も、一向に名乗り出る気配がありませんし…」
「ああ、うん。そうだ。助けないとね。勇者だもん。いやでもなあ」
「どうされたのですか、ステラ様らしくない。この立派な剣はなんのためにあるんです!」
ベッドのわきに置いていた剣を、ミアが持ち上げてステラに押し付けた。凄惨な現場を目の当たりにして、怯えるよりも正義感が勝つとは、ミアもなかなか肝の据わった人間だ。鞘に付着した狼男の体毛を見られては困るので、素早く剣を受け取って体の後ろに隠す。狼男の恨みを買った原因がステラだと知られたら、2人の関係にヒビが入ることは避けられない。もしかしたら2人旅もここで終わってしまうかもしれない。それは嫌だ。
ミアの言う通り、勇者としてここは戦うべきだ。だが、狼男はすこぶる鼻がいい。昨日殺した個体、つまりリーダー格の息子にあたる狼男の臭いは、まだステラの体に残っている。息子の臭いを体にまとった状態で現れたら、一瞬でステラが犯人だとバレてしまう。起き抜けの頭で言い訳を考えられるほど、ステラの頭脳は賢くないのだ。
部屋を出ようとして、また戻って。ぶつぶつと何かを呟きながら右往左往するステラ。さすがに痺れを切らしたのか、ミアがステラの背中を押してきた。
「ほらステラ様、戦ってください。怪我をされたら私が治癒しますから」
「ちょっと、階段で押さないで。危ない、危ないから」
「もう、今日のステラ様はなんだか変です!なにか狼男と戦いたくない理由でもあるのですか?」
ある、と言えればどれだけ楽か。
こうなったら腹をくくるしかない。せめて臭いを誤魔化すことさえ出来れば…。
「いつも首に巻いてるストール、あれを貸してくれないか?」
ミアの僧衣は生地が薄いので、防寒用のアイテムをいくつか身に着けている。使い込んだ形跡のある灰色のストールに、冷たい夜風が吹いた時なんかは、寒そうに顔をうずめていた。
「いいですけど…」
ミアは不思議そうにしながらも、ストールをステラに渡した。初めて触らせてもらったが、度重なる洗濯によって生地はごわごわしており、お世辞にも使い心地のよさそうなものではなかった。それを首ではなく、顔に巻き付ける。
「へ…?」
ミアはぽかんと口を開けて、いきなりストールで顔を隠したステラを見つめた。
ストールからはミアの匂いがする。ラベンダーの花のような香りと、ミルクのような甘さが混ざった、とても安心感のある匂いだ。別にこれが嗅ぎたかったわけじゃない。嗅げたのはまあラッキーとして、真の目的は狼男の嗅覚を騙すこと。獣の臭いは、主にステラの髪に付着して残っている。それならば、ミアの匂いが染みついたストールで首から上を覆ってしまえば、誤魔化せるんじゃないか、という算段だった。勇者は決して賢い生き物じゃない。直感と戦闘力と正義感だけで生きている、そんな生き物なので、即席で思いつく作戦などこの程度だ。
ステラは剣を構え、ストールの隙間からリーダー格の狼男を見据えた。
「ずいぶんと朝から元気じゃないか、狼男。家族総出で街までお出かけか?」
「貴様が息子を殺した女勇者だな!」
バレた?いや、焦るな。まだそうと決まったわけではない。
「あいにく私は狼男を殺す趣味はないのでね。人違いだと思うが」
「嘘を吐くな。臭いで分かる。これは息子の臭いだ!」
作戦は失敗した。ミアから漂う女の子の匂いでは、ステラの髪に残った獣臭は搔き消せなかったらしい。こうなったらもう、正面から戦うしかない。視界を邪魔するストールを取ろうとしたが、適当に顔に巻きつけたせいで鎧に引っかかってしまったようで、引っ張っても解けない。
「ちょっ、待ってくれ。狼男君、いったんストップ。これ取れない」
言葉は通じるが、言葉を聞き入れてくれるわけではない。狼男は牙をむき出しにして、ステラに襲い掛かった。
「ステラ様、危ない!」
ステラと狼男の間に、両手を広げたミアが割って入った。まずい。ミアの華奢な体など、狼男の牙と爪にかかれば、一瞬で肉塊と化してしまう。ストールを引きちぎり、ステラはミアを守ろうとしたが、あと一歩遅かった。
狼男の牙がミアの柔らかな首筋に突き立てられるその瞬間。
ドサリ、と首が落ちた。ミアのではない。狼男の首が、である。
「お怪我はありませんか、お嬢さん」
胴体だけになった狼男を蹴り飛ばし、ミアに手を差し伸べたのは、昨晩の女戦士だった。
「は、はい…」
その手を掴み返すミアの頬は、熟したりんごみたいな赤色になっていた。
ステラは呆然と口を開け、2人の様子を見つめることしか出来なかった。




