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夕方まで寝ていたせいで、月が高くなる時間帯でも眠くならない。ここで夜更かししてしまうと、また翌日の日中に眠くなるループに入ってしまうので、無理にでも寝ておくべきなのだが、どうにも睡魔が襲ってこない。宿に戻ってミアがベッドに入るのを待ち、それからステラは1人で街へ繰り出した。
商業の街というだけあって、遅い時間でも多くの店が営業している。ナイトマーケットも開催されており、大通りから一本外れたところに露店が立ち並んでいた。先ほどの店で飲み損ねた酒を飲もう。一杯だけだ。翌日に響くといけないので、一杯だけ頂戴しよう。
通りを行き交う人々の話し声を聞きながら、冷えたビールを流し込む。
さっきのミアの顔。店にいた女戦士に向けられた、あの表情。間違いない。一目惚れというやつだ。ミアからステラに向けられる眼差しに込められているのは、尊敬の念。しかしそれとは全くの別物。あれは完全に、恋する乙女のそれだった。
「んだよぉ、泥棒猫!私のかわいいミアを奪うつもりか?」
気づけばビールは3杯目。足元には空のグラスが転がっている。ステラの前を通る通行人が、魔物か何かを見る目で足早に去っていった。露天商の男が、店の前で酔いつぶれるなと注意してきたが、その手を払いのける。
「一目惚れなんてのは、若気の至りなんだよぉ。だいたい外面だけで何が分かる。喋ってもないのに好きになるなんて、おかしいと思わないか?なあ、そこの、おい、そこのオヤジ。おい逃げるな」
店じまいの時間にはまだ早い気がするが、露店の多くは撤退していった。先ほどまで賑わっていた通りには、ステラ1人がポツンと取り残された。酒を飲むといつも一人ぼっちになる。だが、これでいい。勇者としてのステラを称え、基本的に全肯定してくれるミアに、こんな醜態を見せるわけにはいかないから。どんな幻惑の魔法にも屈しないステラだが、酒の魔力の前には無力なのだ。
夜空を見上げて、意味もなく星を数えた。
「こんな夜は、あれをするに限るな」
あれとは何か、と誰にも聞かれていないのに、周囲に聞こえるほどの声量でステラは叫ぶ。
「魔物狩りだよ!」
整備された道とはいえ、夜は危険が多い。人通りが少ない時間帯は、山のほうから降りてくる魔物が増える。さすがに街の中までは攻めてこないが、その周辺には獰猛な魔物が徘徊していることも珍しくない。
つまり、勇者ステラの魔物討伐、という名の酔い覚ましには最適だ。
どれだけ酔っていても、剣を振るうスピードも威力も落ちないのは、日々の鍛錬の賜物だ。ステラだって、伊達に勇者を名乗っていない。行く手を阻む、いや、特に阻んでもいない無害な魔物も容赦なく切り倒していく。酩酊状態のステラは、人間か人間じゃないかという判断基準でしか攻撃する相手を選ばない。剣にべっとりと付着した緑色の血。この血液の持ち主は、もしかしたら巣で待つ子供のもとへ食料を届ける最中の親モンスターだったかもしれないが、ステラの前に現れたのが運の尽きだった。
遠くのほうから、狼の遠吠えが聞こえた。気持ちのいい月夜だ。狼の一匹や二匹出てもおかしくはない。
若干酔いが覚めてきたステラが、剣に付いた血を地面に生えた草で拭っていると、遠吠えがさらに近づいてきた。それはもう遠吠えと呼ぶには不適切なほど、あまりに近くから聞こえてくる。
黒い影が、猛スピードでステラに向かって突進してきた。まだ血が残ったままの剣を構え、敵意むき出しの魔物の動きを止める。
「ほう、狼男か。ずいぶんと荒れ狂っているじゃないか。なんだ、お前も気に食わないことがあったのか?」
狼男は牙を剥き、ステラの頭を食いちぎらんばかりの勢いだ。口から止めどなく溢れいる唾液から察するに、かなり腹を空かせているのだろう。あいにく食料は持っていないし、持っていても魔物にやるわけがない。
ステラは狼男の腹部に膝蹴りを食らわし、相手がのけぞった隙に、一太刀を叩き込んだ。体は見事に真っ二つ。血と臓物があたりに飛び散った。髪の毛と服に血が付いてしまった。
「風呂に入る前で良かった。今日はしっかり洗わないと、ミアに臭いと思われる」
死体はその辺に放っておいて構わない。死肉をつつく魔物が集ってくるか、毛皮を剥いで売ろうとする、目ざとい衣料品店の人間のどちらかが、朝までに処理してくれるだろう。
宿に戻り、ミアの天使のような寝顔を拝んだ。すっかり酔いも覚めたし、程よい疲れ方だ。生活リズムを崩さないよう、朝までしっかり眠るとしよう。
狼男の群れが、街を襲撃したのは翌朝のことだった。
「俺の息子を殺した女勇者はどこだ!」
狼男は半分人間のようなものなので、気が動転して獣に近い状態になっていなければ、人の言語を話すことはできる。群れの長と思しき狼男は、二本足で立つと、体長はおよそ3メートルほどの巨大な個体だ。口元に付いた血液を見るに、すでに街の住民を襲ったあとらしい。
「この街にステラ様以外の女勇者様がいらっしゃるんですね。ひどい。その方のせいで、罪のない住民の方々がこんな目に…」
宿の窓から街を見下ろし、ミアが珍しく怒気をはらんだ声で呟く。
「そうだね。ひどい勇者もいたもんだ」
酔っていてあまり覚えていないが、ステラには自覚があった。剣の鞘には狼男の毛が張り付いているし、風呂に入ってもなお、しつこく残る獣の臭いが自分の体から漂っている。さて、どう誤魔化したものか…。




