桜は舞い散り椿は落ちる。
赤い花がぽたりと落ちている。
乾いていない泥混じりの地面に赤い花が落ちている。針で刺すような痛熱い寒さの中、まだ赤い花をよけて茶色く枯れ落ちた花の名残を踏みつぶし、カカトを支点に振り返る。
弟の手をひいた父が困ったように微笑んでいた。
「滑ってしまうよ」
私は大丈夫だもんと返したい気持ちを抑えてはーいといい子のお返事をする。
吐く息は白くお庭に花は咲いていない。
咲いていれば赤に白、淡いピンク色に混じりあう紅白の斑花が楽しめただろうと思うのにこの日の庭は寒いだけだった。
「花の庭にはこわいモノがすんでいるんだよ。もし、お前がそこに住むことになったなら、咲く花が桜であるといいのだが」
父はそう言って茶色く落ちた椿の花を杭の上に飾る。
弟達ができて父のお姫様でいられなくてふてくされつつもしあわせだった日々。
下の弟を迎えたあと、母は私達のところにかえってこなかった。
私は、見ようとせず、目を背けた。
幼い弟達より自分がみたいものを。困る父に手を差し出すより自分が欲しいモノを望んで。
見てしまえば雁字搦めに動けなくなる気がして恐ろしかった。
私は明るくまばゆい未来がこの手に欲しかった。
友と夢を語り、未来を目指して自由に駆けたかった。
それをないものねだりだなんて知りたくなかった。
私は見たくなかった。
父が語った桜の庭。ばけものの棲む花の庭。私はばけものに仕えることがいやだった。
私は伯父の手によってばけものを身に埋められた。
いつまでも舞い散る桜の花弁。
ばけものに優しい眼差しをむける弟。
ばけものが楽しそうに囀る。
身の内に潜むばけものが囀りの意図をはかろうとするのがイヤだ。
やめてやめて。
私がばけものになりきってしまったら、私は弟を弟と見ていられるの?
私は庭から出られない。弟達が逃げだした姫様を追って行った。放っておけばいいのにと思っても言葉にはできない。
ふと顔をあげれば、粘性の水が屋敷を庭を蹂躙し流れ去っていく。その水が触れる端から白の強い桜の花弁が赤く染まっていく。
ぽとりと花が落ちてくる。
形そのままに赤い椿の花が。
椿の花は人の首。
私の中で蟲が囁き教えてくれる。
庭を彩る椿の花。それこそが今生かされている人の数。
花を手折れば、誰かがおちる。
「ただいま戻りました」
弟の声に視線を動かす。
弟に抱かれた姫様が私を見て嗤った。
椿の庭で私は花守りのばけものになった。
見たくなかった。
どうして私がこんな目にあうのかわからない。
母も父もかえってこない。下の弟もかえってこない。弟は姫様に心を盗られた。
気が狂いそうな単調な日々。花は落ち新しい蕾を膨らませる。
ああ。
今日も赤い花が庭にぽたりと落ちている。