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引き籠もりヒーロー  作者: (*■∀■*)
第三章『鳴動の惑星』
74/74

第三十話「マリアナ海溝要塞攻略戦」

マリアナ海溝攻略戦が迫るっ!?(*■∀■*)




 第三次グランドイベント開始直後、世界各地でほぼ同時期に出現した要塞群。それらは主に人類にとってのチョークポイント、あるいは到達が極めて困難な箇所で確認されている。

 イベント開始前から世界各地規模での陣地取りが本質だと予測していた者の多くが考えていたのは、特定の国家に属しない土地や公海、空中、地下などへの無差別に近い飽和攻撃だったのだが、そういった安易な場所への出現はほとんどなかった。

 もちろん、それらの要塞は確認されているだけでも見るからに堅固で、ヒーローが多数でかかっても攻略困難なものではあるし、怪人に居座られたら致命的な場所ではあるのだが、世界を混乱に落とすにはどう考えても規模や数が少ない。

 短絡的な考えれば、現時点で出現していないだけと考えそうなものだが、多少事情を知っていればそれがあり得ないと分かる。怪人勢力にとって天敵を通り越して災害そのものなマスカレイドが存在する以上、それは戦力の逐次投入にしかなり得ないからだ。

 実際には、だからこそ数が減ったというのが正解なのだが、事前に予測していたものでさえ、そこまで読み切れる者は多くない。ヒーローを含めても怪人側の事情……特に怪人幹部Cについての知見を持つ者などいないのだから当然である。

 なんなら、怪人勢力内でも大半は何故こうなったのか頭を抱えていて、ポイントの中抜きを疑ってる者さえいるほどだ。

 前哨戦からの派手な行動を材料として正解に至る材料はある。しかし、思い至ろうが楽観的過ぎて思考から排除、あるいは裏があると考えるのが普通だろう。

 国家指導者や軍事的な識者を含めて情報が足りずに困惑しているというのが現実である。シンクタンクを名乗る組織は試練の時だ。


 イベント開始から一日経過した時点で、これら要塞へどういうアクションが行われたかについてだが、共通して静観である。様子見と言ってもいいが、どこの要塞に対しても手を出す者はいない。

 各地で発生している怪人の襲来への対処に追われて手を出す余裕がないという理由もあるが、それがなかったとしても攻略に踏み切れるヒーローはいなかっただろう。

 単純に戦力が足りない。連携するにしても準備が足りていない。予測の上で事前準備をしていたにしても、情報なしでというのは厳しい。考えなしのヒーローでも、せいぜいが威力偵察で接近してみるのが限界だ。今は情報収集すべき時期というのが共通の認識である。

 加えて、きっとマスカレイドが何かするだろうと、ある意味楽観的に捉えていた者も少なくない。

 まず、アレが動かないと始まらないと、そう考えていたのだ。


 そんな中、一部のルート……日本のマスコミから発表されたのが、マスカレイドによるマリアナ海溝要塞攻略の告知である。

 移管予定も含めてもちろん大スクープだが、扱ったのは揃いも揃って中小規模だ。それで飛ばし記事と考えた者も多い。特に、マリアナ海溝要塞の担当として配置された海溝怪人シーチャレンジャーにとっては受け入れられるものではなかった。


『まままままだ慌てる時間じゃない……』


 慌てる時間である。

 前例がないならまだしも、これまでさんざん予告出撃という名のマスカレイド・散歩によって蹂躙されてきた過去があるのだから、それはただの現実逃避だ。

 しかし、少し遅れて広報機関から正式発表されたとなれば慌てるしかなかった。まだ日本政府から正式発表がないという希望に縋りたいが、政府機関がそこまで迅速に動けるものでない事は彼も知っている。

 彼だって、配置される以前からずっと嫌な予感はしていたのだ。マスカレイドがこんな日本に近い場所を見逃してくれるはずないし、当然守り切れるはずはないと。

 しかも、配属の理由が名前と出自だ。海溝怪人シーチャレンジャーなんて名前なら適性があるに違いないという適当なものである。他の要塞は結構理由がちゃんとしているのに、これでは捨て駒だから適当に配置しましたと言わんばかりである。

 もちろんはっきり言われたわけではないが、それで分からないほどバカではない。決起集会として開かれた要塞長合同飲み会で向けられた哀れみの視線に心が張り裂けそうだった。

 何度も固辞した。居留守まで使い、隠れ家に身を潜めもした。なのに、口の上手い怪人に乗せられてこんな場所に配属されてしまったのだ。そう、彼は頼まれたら断れない性格だったのだっ!

 この要塞長として登録はされていても、所有権そのものは持たない部外者というのも責任感を欠く理由の一つだ。立場だけでシステム的な支配権は手に入るものの、その権利の大半は出資者に締められる。維持、防衛したところで得られるのは膨大なポイントの一部。雇われ店長の悲哀がそこにある。

 では、そんな割りに合わない現場に放り込まれた彼はどうするのか。

 マリアナ海溝要塞は全体で見ても規模が大きく、その分強力な防衛能力も備えている。あきらかに捨て駒だが、そこは一応取り繕っているらしい。

 事情と場所が場所だけに配置された怪人はかなり少ないが、それでも規模に比べてでしかない。本来ならヒーロー単体で陥落できるような要塞ではないし、複数、小規模なチームでも厳しいだろう。世界最大規模のヒーローチームである東海岸同盟が全力投入すればなんとかなるかもしれないが、縛るモノの多い彼らでは全力投入という前提そのものが不可能に等しいだろう。

 もちろん人間勢力など論外で、世界中の軍事力が結集したとしても辿り着くだけでせいぜい、自律防衛兵器だけで海洋戦力は崩壊するはずだ。

 そう、数ある要塞の中でも攻略難度は上から数えたほうが早いのがマリアナ海溝要塞なのだ。

 だから、あるいはマスカレイド相手でも……。


『全然どうにかなる気がしない……』


 超楽観的な希望が脳裏をよぎったが、一瞬にして萎んだ。

 まったくもって楽観的視点を持てない。それでも、一応とはいえ責任者である自分が逃げ出すわけにはいかない。

 こうなったら、いっそアレを使うしか……と要塞責任者だけに用意された< 怨恨珠 >を見つめる。

 しかし、それも先日の戦いを見れば無意味としか思えない。どうせ要塞の自壊システムの代わりだろうし、そもそも自分には使えない。


『要塞長!! 配置された怪人共が恐慌状態です! すでに逃げ出した者も多く……』

『…………』


 秘書として配置された海洋怪人トリエステが部屋に飛び込んて来たなりに発した報告に要塞長は何を思うのか。

 刻一刻とマスカレイドが迫る。決断の時は残されていない。

 マリアナ海溝要塞攻略戦、あるいは防衛戦は果たしてどんな結末を迎えてしまうのかっ!




-1-




「知ってた」


 ちょっとだけ意気込んで乗り込んだマリアナ海溝要塞で、一人呟く。

 一切の気配がない要塞は、怪人の要塞というよりも深海をテーマにしたホラー作品のようで、ある種の不気味さを兼ね備えていた。慌てて逃げ出したのか、いろいろと物が散乱しているのがそれっぽい。

 つまり、ここに配置された怪人共は全員逃げ出したというわけだ。直前とはいえ、大々的に出撃予告までしたのだから予想はしていたが、まさかここまで露骨に逃げ出すとは……。最初から逃げる前提だったと思わざるを得ない。

 だったら最初からこんなところに出現させるなよとも思うのだが、多分何かしらの事情があるのだろう。最低限、特定のポイントだけは出現するよう運営に決められていたとか。


 突入の際も、要塞からの防衛戦力投入はほとんどなく、多少受けた攻撃もすべて自動迎撃システムらしきそれ。

 アトランティス大陸の時に阻んできた超強力なバリアはないし、それに準ずる装備も確認できない。

 新追加パーツで海中戦仕様にしたマスカレイド・ミラージュはその攻撃能力を一切使われる事もなく、ただ潜水機能の実用試験のみで終了してしまった。個人的に戦艦ヤマトも一撃と紹介されていた< ヒーロー・魚雷 >くらいは撃ってみたかったんだが、確保する予定の要塞相手に無駄撃ちするのも違うだろう。紹介文のヤマトはさすがに大日本帝国海軍の秘密兵器である大和の事なのだろうが、何か間違って宇宙船艦のほうだったらマリアナ海溝がなくなってしまう。

 出入り口として使われているハッチまでロックがかかっていないなんて事はなかったが、そこら辺は力技でどうにでもなった。多少浸水してしまったが、二重構造なのでそれも最低限である。まさか、これだけで巨大要塞が圧壊する事もなかろう。多分、引き継いだ日本政府がなんとかしてくれるはずだ。


「とりあえず、制圧するか」


 月でやった事があるので、制圧作業は慣れたものである。思った以上に大規模な要塞だったが、それでも月と比較するほどのものでもないからスムーズに終わるだろう。

 とりあえずは外部との通信手段確保が先決だと、一番手近だった管理室っぽいところに一番強力なオブジェクトを配置。

 メカメカしい管理端末が密集するSF的な部屋に、デカい王将の駒が鎮座するのはかなり奇妙な光景だ。ちなみにこのオブジェクトの名前は< ヒーロー・王将 >という。他にもチェスの駒に見立てた< ヒーロー・キング >もあったが、政府に引き渡す予定なのでこちらにしておいた。なんで他にも大量にある無難なものを使わなかったのかと言えば、なんとなくでしかない。

 平行してヒーロー・オブジェクトを設置していくが、これらはほとんど支配率の確保のみが目的である。要塞が広過ぎるので、残党や構造の探査はミナミにハッキングしてもらって管理システムから把握するのが早そうだ。

 今回用意したオブジェクト群は月の制圧時に使用したものの一部を流用しているので、効果範囲こそ広いもののそれ以外の性能はかなり微妙なものというのも、そこら辺が関係している。

 ただ、曲りなりにも怪人の支配エリアとして認定されている場所を制圧するには多少の時間がかかるらしい。月の時より早いのはイベントの補正がかかっているからで、それにしては確かに遅い。遅いだけでちゃんと進んではいるのだが。


「ん?」


 そんな中、レーダーに反応があった。暫定的に自動生成し始められているマップの一角に怪人の反応が残っていた。

 逃げそびれたのか、寝てるのか、あるいは最後まで戦おうという敢闘精神の持ち主なのかは分からないが、無視するわけにもいかない。

 方向転換し、その反応があったエリアへとミラージュを走らせる。

 マップが生成されていくにつれて判明したが、反応の場所はおそらくかなりの重要エリアだ。本営とか、中央制御室とかそう呼ばれていてもおかしくないような位置と造りをしている。


「……開いた」


 そこに向かう途中にあった隔壁を破壊すべきか悩んでいたら、勝手に開いた。

 別に自動ドアというわけではなく、奥にいる反応がそう制御したという事なのだろう。

 この時点で、少なくとも寝ていて気付かなかったアホの線は消えた。俺がここにいる事を認識して、迎え入れている。

 そこから先の道中も同じだ。行く先々にあった隔壁が自動的に開放され、目的地へ続いていた。

 そして、なんの障害もなく反応のあった区画へと辿り着く。


「…………」


 そこにはふてぶてしく偉い人用と言わんばかりに設置された椅子に腰掛けた怪人がいた。

 シルエットだけなら人間のそれだが、ところどころ鱗に覆われた肌が露出した、半魚人というか四分の一魚人くらいの容姿である。第二次グランドイベントまでならともかく、今その姿を見て怪人でないと判断する者は少ないだろう。


「どうも、マスカレイド」

「どうも?」


 ちょっと状況が読めなかった。


「あー、あんたがここの責任者って事でいいのか?」

「ああ、マリアナ海溝要塞の要塞長として配属された海溝怪人シーチャレンジャーだ」


 どうやら、ここのトップらしい。これはアレだろうか、沈没する船と運命を共にする船長的なロマン行為か。


「何故逃げない?」

「さっき知ったんだが、要塞長は逃げる権限がなかったんだ……」


 ロマンではなく、お悔やみ申し上げたいタイプの怪人だった。


「ここに来るまでのロックを解除したのは?」

「私だ。無駄に足掻いても無駄だろ? ……いや、分かってる。お前が出撃を表明したと記事になった時点で半数が逃げ出した。記事の信憑性が担保されてからはそこから更に半数が、要塞内は大混乱で反撃の準備どころじゃなかった」

「それは大変だったな。別に謝る気はないが」

「そんなものは期待していない。……残ったわずかな人員も、強制的に退去させた。今残っているのは私だけだ」


 説明してくれたのはいいが、だいたい予想通りだ。逃げる権限がなかったという悲しい事実以外。


「それで、最後に決闘でも望んでいるとか?」

「いや、できれば見逃してもらえないかなーと」


 高潔な精神の怪人かと思ったが、そうではないらしい。テーブルの上に脚を乗せたふてぶてしいスタイルはただの振りか。


「強制帰還できないんだろ? イベント中の出撃って事は時間経過の帰還もないはずだ。深海に放り出せと?」

「話聞いてもらえると思ってなくて、何も考えてませんでした」


 なんだこいつ。


「じゃ、じゃあ、地上までマスカレイドさんが送ってくれたりとか」

「嫌に決まってんだろ! そんな事してなんの得があるってんだ」


 お前とミラージュで仲良く二人乗りしろってのか。


「む、無血開城とか?」

「そんなのはここでお前を殴って終わりだろうが」


 こいつの怪人としての能力など知らんが、強者のオーラはない。要塞長と言ってはいたが、多分A級ですらないんじゃないだろうか。


「……よし、じゃあ戯れに交渉してやろう。時間は、ここの制御を掌握するまでだ」

「え? は? そ、そんな事はすでに?」

「多分三十分もかからんぞ。どうする?」

「ありがたいですが、何をお望みで?」

「ここの完全管理権限と全情報の提出、あとはお前の知ってる怪人勢力の事情について吐いてもらおうか」

「そ、それでは戻れても殺されるっ!?」


 そりゃそうだろうな。


「死ななければ要求を呑めると?」

「な、何を言ってるんだ。まさか、人間のように捕虜として扱ってもらえるとでも?」

「ああ」

「ああ……って、まさか肯定って事ですかっ!?」

「そう言ってる」


 いつもように思い付きだが、ただ殺すよりはいい使い道だろう。


「あ、あの……実はここ怪人の支配エリア扱いなんで、中継されているんですけど」

「知ってる」

「非道に過ぎるっ!?」


 怪人に言われたくはないが、もちろん承知の上でやっているのだ。

 つまり、こいつが命乞いしてるところも中継されているし、戻っても確実にまともに扱ってはもらえないだろう。利敵行為に及べばそれも筒抜けで、なおさらである。

 怪人側の事なと良く知らんが、向こうの同時視聴数は大変な事になってそう。


「< ヒーロー・捕虜収容所 >という施設がある。これは利用者のヒーローと怪人の双方が合意する事で怪人を捕虜にできるらしい」

「は、はあ……まさか、そこに進んで入れと?」

「ああ」

「…………」


 この施設、俺はもちろん他のヒーローが使ったという話も聞かない謎の施設だ。かなり高額な上に、利用条件も割と厳しい。

 俺も何に使うのか良く分からなかったし、正直今でも通常の利用方法は分かっていない。

 逆ならともかく、怪人を捕虜にとったところで何に使うのって話だし、そもそも怪人が同意する状況も考え難い。マスカレイドさんにひどい手段で嬲り殺しにされるのが目に見えていたって、怪人の本能は死とわすがな抵抗を選ぶはずだ。逃げられるならそれが本命だが。

 だが、このタイミングでこいつに限っては意味があり、なおかつ双方同意の上で利用できる。

 そんな稀有な例だからとりあえず使ってみたいという好奇心でもない。上手く機能すれば、少なからず怪人側を揺さぶれる。そういう一手にできる算段があった。


「もちろん、こちら側に下って協力してくれるなら、それなりの待遇を約束しよう」

「ふざけるなっ! それなら大人しく死を選ぶ! たとえ貴様が怖かろうと、そんな怪人がいてたまるかっ!」

「戦闘員で戦闘中に裏切った奴はいたぞ」

「戦闘員と一緒にするなっ! 貴様には分からんかもしれんが、怪人とはそういうものなんだよっ! そういう風に創られている!!」

「本当にそうか?」

「…………」


 揺さぶる。怪人の本質など、ここまでの経験でだいたい把握している。実際、普通ならそうだろう。俺も否定はしない。

 しかし、俺は例外が存在する事を知っている。そして、それとは別にスパイが存在しているかもしれないという疑惑の種は撒いたあとだ。

 こいつは俺の出撃記事を知っていた。つまり当然の如く情報蒐集はしていて、そんな奴がイベント開始に跨ったSM怪人ザ・セルフとの戦いを見ていないはずはない。


「まさか……本当にスパイが?」

「ブラフだよ」

「信じられるかっ!?」


 信じられるはずがない。たとえ真実を弁明しようが、証拠を持っていようが、怪人は絶対に信じない。そういう風にこれまで土壌を造り続けたのだから。大半は偶然だが、途中からは意識的にそう誘導している。


「ちくしょうっ! ふざけやがって……なんだこいつ」

「投降しようとする相手に失礼じゃない?」

「…………ごめんなさい」


 よし、多分折れたな。

 こうして、海溝怪人シーチャレンジャーは俺個人が捕虜として扱う事になった。

 ……予想外だが、なかなかに面白い展開になったな。




-2-




「広いなー」


 オブジェクト設置のためにミラージュで要塞内を駆けるが、それができてしまうくらい構造に余裕がある。普通、深海に施設を造るならもっと狭く、入り組んだ構造になりそうだが、そこら辺のセオリーはガン無視だ。

 もちろんミラージュでかっ飛ばせばあっと言う間に端へ到達するが、通常の車両だと移動だけでも手間だろう。政府にはそこら辺も事前に伝える必要があるな。自動運転のテストとかによさそう。


『こちらミナミ。収容所に捕虜が収監されたのを確認しました。状況が把握できてないんですが、そっちはどんな状況なんですか?』

「ほぼ無血開城」

『知ってた』


 そりゃまあ、打ち合わせでの共通認識だしな。

 実際にはシーチャレンジャーのおかけでかなり楽しているところもあるから更にだ。


「さっそくで悪いが、要塞のコンピューターに侵入して探査してくれ。中央制御室にも中継機は設置済だ」

『ラジャー』


 ミナミが手を出せると話は早い。実は少し前から道に迷っていたのだが、構造が把握できればそれも解消だ。

 どうやら、普通の地上構造物の常識が邪魔をしていたらしい。海溝に沿って造られたのか、相当に奇妙な形だ。


「でかい門みたいな場所を見つけても、外に繋がってそうで安易に壊せなかったんだよな。あいつ、結局ほとんど制御権渡しやがらなかったし」


 結局、シーチャレンジャーは捕虜になると決めたあとも協力を拒み続けた。

 捕虜になった事で安全が確保できたと考えたのか、最低限の権限のみを渡してきたのだ。

 こっちとしてはミナミに任せればいいし、こんなところで時間を食われるのもなと収容所に転送して現在に至るというわけだ。


『政府だと修理が大変そうなんで、できれば無傷でいきましょう』

「入口の隔壁は壊しちゃったけど」

『コラテラル・ダメージ』


 意味間違っている気はするが、ノリで見逃す事にした。


「んで、懸念してた自爆装置の類は?」

『それが……今のところ見つかってません。攻略されて敵に再利用される可能性考えるなら、あって当然だと思うんですけど』


 こんなところに巨大要塞を配置するなら、そこら辺を考慮しないはずはない。今回出現した要塞群の中で、最も日本に近く、マスカレイドの強襲が予想できる場所なのだから、最優先で設置を検討するだろう。

 そして、ここに設置されていないという事はつまり、他の要塞にもない可能性が高い。破壊する場合はちょっと面倒になったが、それは別の問題だ。


「ルール的な何かかもな。あの軌道ステーションもなかったし」

『そうなんですよね。結局壊しちゃいましたけど、バベルの塔もそれらしいものはありませんでしたし』

「どう考える?」

『人間の手に渡る事を前提に設計している』

「……だよな」


 間違いなく怪人の思想によるものではない。運営か、それ以上からの思惑で決まっているのか。

 ヒーロー、怪人、人間社会の三つ巴構造で、あきらかに弱い人間勢力の底上げでも狙っているのか。

 あるいはそれ自体がこの構造を造り上げた目的だったという可能性すらあるが、どちらにせよそういう思惑は透けて見える。

 となるとバベルの塔を壊したのもアレだったのかと思わざるを得ないが、知った事ではないと割り切る事にした。どうせ、今回の要塞も結構な数は壊す予定だし。


「まあ、ないって決まったわけじゃない。怪人が独自に用意してる可能性もあるわけだし、探査は念入りに頼む」

『はい。ちょっと過剰なくらい……と言っても干渉できる範囲ですが』


 俺がそうしているように、怪人自身が壊す事まで制限されているとは思えない。緩やかに思考誘導されている可能性はあるが、完全に禁止する事まではできないと思うのだ。

 かぐやはさすがに例外にしても、あいつと話してそういう方向性がある事は感じている。怪人にしても幹部にしても運営の定めた方向性からは逸脱できないと、そう感じるのだ。あるいはヒーロー、もしかしたら人間だって……。


『なんなら、ウチで自爆装置組み込んじゃいましょうか。政府の人間がトチ狂ったらドーンって感じで』

「…………」


 俺もそうだが、コレが誘導の結果って考えるのはちょっと厳しいよな。あまりに自由過ぎる。

 結局、ミナミの調べた限りでは自爆・自壊装置の類は発見されなかった。




-3-




 見上げるほどの巨大な隔壁が開く。

 それはかつてバベルの塔の中で見たものと良く似ていて、同じ怪人の造った構造物である事が伺える。


「こうやって隔壁閉じられてると、一通り回るのだけでも大変だな」

『怪人の移動用らしき小型隔壁はロックも単純なんですが、そっちは通路が入り組んでるんですよね』


 第一印象とは違い、実際にマップとして提示された要塞内部の構造はかなり入り組んでいた。

 それは深海故の環境事情が反映されたものではなく、ここを使う者たちの利便性を追求したものだ。特に研究施設らしきものが多いっぽい下層部ほどその色は濃い。

 だから、中央部をぶち抜いてる隔壁が閉じられると迷子になるのは必至……というか、そもそも物理的に遮断されたエリアまで出てくる有様だ。

 初手逃走をかました連中らしく、逃走プランだけはまともだったらしい。


「内部構造は単純なんだがな」

『管理システム側の操作ありきっていうのは嫌らしいというか、よくよく考えたら当然というか。こんな深海で構造物を造るならこれくらい必要なのかもしれません』

「要塞にしても研究施設にしても、そもそもこんなデカブツが必要ねーだろ」

『それはそう』


 あくまで、深海にこんなデカブツを造るならって前提でしかない。この壁の素材は知らんが、外壁はとんでもない分厚さになっているはずだ。


「って事は、制圧前提って事を加味するなら、ミナミなしだと相当に手間取ったはずだったわけか」


 シーチャレンジャーの件も、それ自体がかなりのイレギュラーなはずだし。

 制御を奪い取るのは相当に困難なはずだ。


『それを見越しての構造ではないと思いますが、まあそうでしょうね。中央制御室か、各層の制御室か、どっちにしても確保して隔壁をコントロールする必要があります』


 RPGで良くあるギミックだ。現状に合わせてホラーモノのパズル要素と言ったほうがいいか。

 なんで洋館や警察署にそんなギミック詰め込んでんだよっていうアレである。それが、実用性に合わせて配備されていると。

 コレがゲームだったら、地獄のような行ったり来たりが繰り広げられる事だろう。多分、スタート地点は最下層。

 とはいえ、敵はいないから単に手間なだけなのが救いか。


『まあ、制御システムの大半は幹部Bが構築したもののブラッシュアップ版みたいですから、制御自体は問題ありませんよ』

「そうなのか?」

『人間が認識できる範囲ではですけどね。癖がそのままです。私が突いているセキュリティホールも多分気付いてません』


 ご愁傷さまだな。怪人幹部B。相手が悪かったと諦めてくれ。

 状況次第だが、システム制御手順か何かをバラ撒く必要が出てくるかもしれないな。他の要塞が同じ仕様とは限らんけど。


「本当に怪人は残ってないんだな?」

『怪人どころか生命反応一つありません。防衛用に人間攫ってきて働かせてるなんて事もないようです』

「それをやられる事困るんだが、確かにあり得るんだよな」

『近い事を前回やられてますからね』


 今回はまあいいんだが、今後はどうか分からない。マスカレイド対策として未配置だったか、イベント開始直後だったからか、そもそも考えていなかったか、理由は分からないがここはそうでなかったというだけだ。


 ロボットでも入りそうな巨大なエレベーターを使い、更に下層へ。

 このエレベーターにしても、中央に配置されているメインエレベーター以外は移動層が制限されていて微妙に使い難い。それでも、全体を調査してオブジェクトを配置してという移動経路を考慮するならないよりマシだ。

 とはいえ、コレも実際に使ってみたら案外使い易かったりするのかもしれない。普通サイズのエレベーターはもっとあるし。


「これで何パーくらい?」

『80%くらいです。階層としては半分ですが、下のほうが小さいので』


 ミナミから返ってきたのは、良かったのか悪かったのか判断し難い回答である。……手間としてはまだ半分って考えたほうがいいな。

 ……なんだろう。サイズ感としては月のほうが遥かに広大なのに、こっちのほうがメンドイ。あっちはオブジェクト設置だけで何日も使ったのに。


「そういえば、外のほうはどうなってんだ? こっちがグタグタやっている間、何か変化はないのか?」


 もぬけの殻とはいえ、ここはまだ怪人の支配エリアだ。施設ネットワークを通じてミナミと通信できているものの、外との通信は遮断されたままである。この状況だと帰還もできない。


『政府から、そこの制圧用の人員名簿が送られてきました。見ます?』

「いらん。……けど、反応早いな。もっとグダつくかと思ってた」

『思ったよりも首切り近藤の改革が進んでいるみたいですね。私的にもちょっと予想外で、正直真似できる気がしません』

「お前がやったら全部刈り取るだろうからな」


 ミナミがやる場合、疑わしきはバッサリ方式だからな。周囲の影響考えずに黒なら全排除してしまうだろう。

 その点、近藤さんの手際は見事だ。機能不全を起こさない程度に絞って断行し続けている。もちろんその分何十倍も手間はかかるんだろうが、それを厭わない人間だったという事だ。


『今回の人員名簿も、以前では考えられないくらい真っ白いものですし』

「スパイとか私欲目的の人員は含まれていない?」

『少ないです』

「いるにはいるんじゃねーか」


 それでも、減っただけでもすごいんだろうな。こんなところ、少しでも黒い部分がある奴に任せるわけにはいかないし。


『その少ない部分を排除するために審査しているのが今の状況ですね。とはいえ、必要人数が人数なだけに、多少黒い程度は見逃さざるを得ないと』

「そこら辺はお前や審査担当の匙加減に期待するしかねーな」

『支配率の関係から日本人限定なのは変わりませんが、ある程度はスパイも紛れさせる予定です』

「情報拡散の必要もあるから、仕方ないんだろうな」


 完全に情報を遮断した場合、その周りが収拾付かなくなる。内部から発信しても、それが本当と思わない者も多い。なら、握らせた情報を見逃して納得させるのがベターと。

 油断してそこから出し抜かれたら最悪だが、さすがに俺の領分じゃねーな。


「世界情勢のほうはどーなってんの?」

『出撃前の延長線上の変化しかないですよ。まだ数時間ですし』


 それもそうか。こんなところで一人でいると不安になるが、出撃前まで動いていなかったものが動くとも考え難い。

 イベント開始してからすでに一日以上経過しているのだから。


『アトランティスは予想通り、実行支配宣言やらで欲望ごちゃ混ぜのサラダボウルが更に混沌としていますが、実際の勢力図はシンプルです。大西洋湾岸地域の面倒なところをメインに、それに対抗する形でとうとうアメリカが進駐、ロシアが遠路はるばる部隊を送り込んでいる中、中国は動いてません』

「動けないんだろ」

『ほとんど内戦状態のところに怪人が投入されて混沌としてますしね。外に出る余裕はないんでしょう。同じようにシベリアと戦線を抱えているロシアの進駐も悪手にしか感じられません』


 結果として、動けなかった中国のほうが国際的にマシだったって事なんだろうか。とはいえ、国として動いてないだけで間接的には手を出してるだろうしな。


「ヒーローの動きは?」

『一部個人で参加している人がいるのは変わらず。東海岸同盟をはじめ、米大陸の焦点はやっぱりパナマでしょう』

「そりゃそうなるか」


 今回出現した中で、既存の支配エリアに直接投入された要塞はそれほど多くない。

 そんな中で人間のチョークポイントを締め上げるように投入されたものの一つがパナマ運河要塞だ。

 ここを占拠されると人類としては非常に厳しいのだが、直接的、間接的問わず影響範囲が巨大過ぎる。無視できないどころではなく、周辺地域として最優先で対処すべき要塞となってしまった。

 ウチにも救援要請は届いているが、さすがに手は出せない。それが分かっているのか、東海岸同盟からは珍しく手を出すなとメッセージが届いたほどだ。

 東海岸同盟が単独で攻略するわけにもいかない。最終的には東海岸同盟をメインとした米大陸連合がどうにかするしかないんだろうが、ヒーロー勢力が不安定な中南米と連携とれるか不安は残る。


 同じ運河要塞であるスエズはもっと悲惨だ。規模としては似たようなものなのだが、あの辺りは東海岸同盟のようなまとまった戦力がない。地政学上も歪で、俺としても更に手を出したくない場所になってしまっている。

 どちらにせよ、完全にどうにもならないって状態になるまでは手を出す予定はない。あるいは、イベント後も怪人勢力として残り続ける事を覚悟しないといけないかもしれない。


『あとは、ゲリラ的にエリアを占拠した連中が、一日経ってもポイント付与されない事にキレてます』

「ん? そうなのか……ああいや、暫定支配期間か」

『忘れてたんですか』

「暫定期間は覚えてたが、その間ポイント出ない事は忘れてた」


 そういえば、月の時はそうだったような気がする。そうなると、エリアポイントを得るためには二日、判定の切り替え直前にタイミングを絞って上手くいったとしても一日ちょいかかるわけか。切り替え前に強襲して、たとえ一分でも維持すればポイントがもらえるってのも変な話だから、仕組み的にはこっちが正しいように感じる。

 というか、前例はあるのだからちょっと調べれば分かるはずだ。今回キレてる連中はその事前調査すらしてなかったって事だな。




-4-




「お久しぶりです、マスカレイドさん」


 翌日、政府側の代表として現れたのは近藤さんだった。役職的にはなんでやねんって感じではあるが、立場ややっている事を考えたら当然かもしれないと納得もしてしまった。


「お久しぶり。……そちらは?」

「この目つきが悪いのは遠野君。私の補佐として働いてもらってます」

「どうも。お会いできて光栄です、ヒーロー。遠野龍王と申します」


 差し出された名刺を受け取る。

 会うのは初めてだが、書類で一通りの情報は知っている。遠野龍王。あだ名や誤字ではなく、マジで龍王という名らしい。

 マスカレイド以上の異様に高い背……確実に二メートル以上。なのにヒョロヒョロで棒のようだ。中肉中背な近藤さんとは違い、極めて目立つ風貌である。握手をして向かい合った感じ、多分キャップよりでかいな。本当に日本人か、こいつ。

 その外見もだが、更に目立つのはその目と雰囲気だ。近藤さんは目つきが悪いと言っていたが、微妙に彫りの深い箇所の陰影が絶妙で、一言で言って不吉という言葉が似合う。


「近藤さん付きになった部下五人から残った一人って話でしたっけ?」

「ええ、他の四人は病んで官僚自体を辞めましたので。おかげでこんな不吉な奴しか残りませんでした」

「不吉なのは今の先輩も似たようなものですが」

「自覚はあるよ」


 そう、今の近藤さんは本当に同一人物か疑わしいレベルで人相が変貌している。

 造形自体が変わっているわけじゃないが、以前の毒のない風貌から一変して、平気で人を殺しそうな目をしている。それくらい悲惨な現場を潜り抜けてきたのだろう。

 首刈り近藤と呼ばれていると報告を受けた際は似合わないと思っていたが、今の彼はそれでも温いと思うほどだ。

 直接手にかけた事はないだろうにせよ、間接的には相当な人間を死なせているのは間違いないし、やはり尋常な精神ではやっていけないのだろう。そんな現場で補佐として生き残ったのが、この遠野龍王と。

 そんな役割を投げつけたウチのオペレーターなら同じ立場でも平気で立ち回りそうな気はするが、アレは相当な外れ値だしな。


「それで、ここの引き継ぎ担当は近藤さんが?」

「ええ、直前まで揉めていたんですが、私が来るのが一番丸いだろうと。ついでに遠野君の紹介も兼ねて」

「確かに話は早いですね」


 普段は長谷川さんを通してしか接触はしないが、今回は例外だろう。近藤さんじゃなく、他の誰が来てもそれなりに対応してただろうし。


「なら本題に入りますが、最低でも千人以上、できれば一万人くらいは常駐してほしいんです」

「事前に聞いていたよりも人数が増えているようですが」

「想像以上にでかかったんですよね。前例が少ない以上、どれくらいいれば支配率が移行されるのか分からないから、人数による比較データも欲しいところです。これが見取り図」


 二人に、この要塞全体の簡易見取り図を渡す。ミナミがスキャンした情報から最低限を印刷したものだ。


「了解しました。それで、このヒーロー・オブジェクトは政府に移管して頂けるという事で?」

「いや、これは俺個人に紐付いてるから使えません。日本のエリアカタログから購入したやつじゃないと無意味らしいんで」

「なるほど……という事は、支配権の移行には最低でも数日は見たほうがいいと」


 最近知った話なのだが、支配率に影響するオブジェクトの類は購入者に紐付いてるらしい。だから、俺が購入した大量のヒーローオブジェクトはマスカレイドの支配率拡大にしか使えないのだ。だから、日本政府……現在は総理が所持しているはずのカタログで購入する必要がある。


「最低限でも一基、多ければ多いほどいいですけど、政府のエリアカタログで購入して下さい。この手の商品は割引されているはす」

「判断するのは政府ですが、現在日本エリアのポイントは宙に浮いているはずなので、多めの購入を勧めておきましょう」


 政府がどんな目的でポイント購入するのか、開示する前提だとかなり用途が限定されるが、コレに関しては大っぴらにできるだろう。下手に病気の治療や若返りに使おうものなら、表に出た瞬間にスキャンダルだ。

 実際、ここまででその手の問題で失脚した政治家は日本でもいる。ちなみに海外だと、国にもよるがかなり無法地帯と化しているのだとか。

 個人的には多少自由に使えるほうが結果的に上手く回る気がするのだが、口に出す気も口を出す気もない。


「ヒーローオブジェクトは流用できませんが、怪人が残していった設備は全部譲渡する予定です」

「怪人用となると、使用するのに抵抗があるんですが」

「すでに危険なものと効果不明なものは持ち出し済です。要塞自体に組み込まれている大型の設備の中にも用途不明なものはありますが、それは継続して調査が必要ですね」


 すべてではないが、逃走する際にキーパーツを抜かれたと思われる設備は結構多い。

 壊されたわけじゃないから、予備パーツか代替品でどうにかなるものもあるだろう。今後の課題だ。


「要塞の防衛施設は全部生きていて掌握済です。使おうと思えば今からでも使えるし、怪人が攻めて来てもある程度はなんとかなるはず」

「極力、マスカレイドさんに頼らずに防衛しろという話でしょうか」

「あーいや、使えるってだけです。俺の支配領域である現時点もそうだが、たとえ日本に引き継いだとしても日本担当の俺はここに転送出撃できるから、その時間を稼げれば普通に出撃して撃退します」

「助かります。いつまでもおんぶに抱っこな状態もどうかと思うんですが、いかんせん怪人との差が大き過ぎて」

「ここに残していったものを調査して、上手く通常戦力を引き上げられればって感じですね。今の近藤さんくらい動ければ、不意の死傷者もかなり減るはず」

「確かに。まあ、私の場合はスーツの力が大半ですが」

「私はこんなスーツを着て戦闘行動できる先輩が怖いんですが」


 報告は受けているが、遠野さんも汎用ヒーロースーツを常時着用している。元々は近藤さんの予備を着させていたのが、補佐着任に合わせてこちらで用意した形だ。着る人によってサイズ調整されるので、複数着用意すればすべて予備になるというのが大きい。

 脱落した四人の中には、ひょっとしたらこのスーツの使用負荷に耐え切れずにっていう人が混ざっているかもしれない。

 ボタン型のヒーロー・電池を使わなければただの頑丈なスーツなのだが、運用は任せてるし。


 ちなみにだが、一分間超人的な能力を得る代わりに壮絶な負荷を受けるこの機能。俺としてはあくまでいざって時の切り札として用意したものなのだが、長谷川さんと近藤さん、あとカルロスに関しては割と使用実績がある。

 それだけ危険な目に遭っているという事なのだが、正直なところ一度発動させて負荷を経験した後にまた使えるというのは相当な精神力だろう。フルで使ったら、それこそ全身の筋肉が断裂したような痛みが待っているはずなのに。

 隣で不吉な呆れ顔を見せている遠野さんの反応も当然で、その反応ができる時点で本人も使用経験があるという意味では彼も大概だ。


「あとは、俺からの提供品として< ヒーロー・ベッド >はボトル付きで設置してあるので、使って下さい」

「助かります。きっと争奪戦になるので、運用方法を考えないといけませんね」


 官僚とか、研究者とか、馬車馬のように働かされるのに使うんだろうな。

 とはいえ、こんなモノがなくても彼らは元々激務だし、質の高い睡眠とその時間を圧縮できるのはどちらかと言えばプラスだろう。一応、病気の予防とかそういう効果も確認されているみたいだし。慣れたあとになくなったら大変だけど。


 この時点では多少安易に考えていたのだが、後日本当に争奪戦になった。一時間の使用をグルグル回す形でスケジュール化し、文字通り要塞内は不夜城化、しまいには政府から提供の打診に至る。

 とはいえ、コレは同等品をエリアカタログでも買えるので、政府のポイント予算から出してもらう事になった。さすがに< ヒーロー・ボトル >は提供したが、政府関係者はより健康的に一層の激務をこなすのが常態化したらしい。

 ……正直、いい事とは思えないんだが、状況が状況だけに止め難い。




-5-




 そして、そこから数日経過した。

 マリアナ海溝要塞は大半が日本の支配エリアと化し、多数の研究者、官僚、警察、自衛隊が配備、常駐するようになっている。

 防衛兵器のテストも済んでいて、怪人襲撃にもある程度耐えられるだろうという見込みも立った。

 とはいえまったくの問題なしというわけでもなく、大小さまざまな問題は噴出している。

 特に予想していなかったのは要塞から外部に出る手段がないという事。俺が侵入した外部接続ハッチは機能しているが、そこから外……つまり深海に出る術がない。良く考えなくてもマリアナ海溝付近は人間が活動できるような水圧ではない。

 現在用意できる深海探査船にしても、直接人類の限界深度みたいな場所に放り出されて活動する事を前提としていないのだ。

 つまり、現在のところはウチが設置した転送ゲートしか移動経路が存在しないという歪な形になっている。政府限定とはいえ、一度表に出してしまったので、今後は増設する方向だ。

 それとは別に、より実用的な潜水艇の開発、直上の水上に施設を建設した上で移動用シャフトを建築するなどの構想はあるものの、現在のところは予定ですらない。

 そこから日本が戦力を展開できるわけじゃないですよという国際的な言い訳にも使えるが、基本的には大きな課題だろう。

 研究者の一部では、どうやってこの施設で地上と変わらない環境を保っているのかから調査する必要があるらしいが。


 国際的な問題は当然のように発生している。

 アトランティスをはじめ、多数の地域で実効支配を進めている連中がどの口でと言いたいが、それはそれという事らしい。

 とはいえ、思ったよりもその勢いはない。平然と武力侵攻している負い目か、国際的な調整か、もちろんそんな事はなく大半がマスカレイドの戦力を当てにした結果だろう。

 現時点ですでにマスカレイドの方針は発表している。地政学上の問題がなく、固有の国家が保持を主張して異論がないような場所なら制圧に手を貸した上で移管する予定があると。

 マリアナ海溝はかなり怪しいところだが、そこは俺が主張したという事でゴリ押しだ。


『それで、次はどうしましょう?』

「どこも足並み揃ってないしな……」


 俺としてはすぐさま他の要塞を制圧なり破壊して回りたいんだが、各国共、ヒーローを含めて方向性がブレブレだった。協力要請自体は届いていても、当然現実的なプランは出ていない。

 これはやはり、要塞以外で展開された怪人への対応、あるいはイベントに便乗して暴れている奴らへの対応で手が回らないというのが大きいだろう。


『これは、ちょっと良くない流れですねー』

「……まあな」


 マリアナ海溝以外でも、要塞攻略は実施された。されたが、大方の予想通り要塞機能を残しての制圧には失敗している。

 攻略が成功したのもパナマ運河要塞とコラ半島超深度掘削坑要塞の二例のみ。コラ半島のほうの詳細は掴めていないが、パナマ運河のほうはヒーロー側にも被害大で結果的に制圧を断念し破壊したという形だ。内部の防衛機構を強制静止させた上でミサイルの大量斉射による破壊は、実にハリウッド的で派手な絵面だろうが、あまりスマートとは言えないだろう。

 運河にも損傷を出してしまったので、しばらくは利用もできない。正直、完全な勝利とは言い難い。

 もっとも、アメリカ的が完全勝利だと声を高々に宣伝しているのはいつも通りだ。


 そして、成功例の裏側で攻略失敗した例も複数。分かっているだけでも七例確認されている。

 こちらは単に失敗したというだけでなく、被害も甚大。ここまでほとんど脱落者のなかったヒーローから死者が三名出す事になってしまった。


 慌ただしさはあれど、イベント開始しても日本は平和を甘受している。影響は無数にあれど、物価高騰など世界の大混乱とはほとんど無縁に近い生活が続いている。


 第三次グランドイベント開始から一週間を迎える前に、戦局はすでに膠着常態に陥りかけていた。



ディープ・チャレンジャーは捕虜収容所で割といい生活してます。(*■∀■*)


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審査は通っているので、予定ではなく決定ですね。(*■∀■*)



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シーチャレンジャーの< 怨恨珠 >はどこいった、収容所に持っていったのだろうか
あとがき誤字報告 シーチャレンジャーがディープ・チャレンジャーにクラスチェンジしてます 海から収容所に引っ越しして改名した?
「運河要塞」って言われるとロマンでシングなアレのイメージが……w
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