舞台裏「敗北宣言」
久々ね。(*■∀■*)
「まいったな」
呟く言葉と共に高いプライドを飲み込んだ。誤魔化しようもない、自身への完全なる敗北宣言だ。
相手の強大さを受け入れ、自身の弱さを受け入れ、その上での戦い方を模索した。しかし、まだ足りない。……足りなかった。
通用はしたはずだ。一時的にせよ足は止めた。それは狙い通りの結果だったはずだ。このまま本番に雪崩れ込めば、ここまでの過剰なディスアドバンテージの多くを相殺できると確信できるほどの有効打。
なのに、何かが崩れた。対応された? いや、最終的に対応される事自体は既定路線だとしても、あまりに早過ぎ……いや、急過ぎる。この場合、重要なのは速度でなく、切り替えまでの兆候が見当たらない事だ。まるで確信を得たように、いきなり切り替わった。
盤面が示す兆候に間違いはない。そこまでは機能していたはずの欺瞞が、対マスカレイドのみに機能する偽装が、ある時点を境に意味をなさなくなった。あまりにはっきりとした、正解が分かっているかのような対応は不可解と呼ぶしかない。
勘違いかもしれないと現実逃避しそうにも、思考の中のマスカレイドは失敗を突き付けてくる。欺瞞の解けたその手は悪手に過ぎないと。
未だ思考のトレースは上手くいっている……はずだ。ここに至って尚、強くそう感じる。なのに、何かが変わった。
盤面の裏側に何かがいるのか。こちらがリサイクル・リベンジャーを使って偽装したように。しかし、そんな事が可能なのか。この盤面は自身とマスカレイドのみが入り込める戦場だ。自分がそう定義した。周りからはそうとすら認識できない完璧に近い迷彩だったはずだ。事実、あの瞬間までは、意図した手以外の盤面は想定通りに推移していたのだから。
掟破りの月奪取。未定義領域を先んじて掌握し、人類に逃げ場がない事を示すための一手が、更に上の手……月という本来あり得ない、手の届くはずのない盤面の外側から殴りつけられ、事実上無効化された。このままでは、パフォーマンスがパフォーマンス足り得ない。インパクトが足りない。
……そう、そうなった時点で第三次グランドイベントはすでに敗北している。第三次グランドイベントが想定していた社会実験の大半が無効化されてしまった。本来得られるはずだったインパクトはそれ以上のインパクトにより薄れ、イベントの軌道修正が求められた。
怪人幹部にとって、人間社会が、ヒーローが、怪人がもたらす勢力争いや被害は目的ではない。意味がない事はないが、あくまで副次的なものであって主目的ではない。彼らにとって重要なのは、自身ら過去の非常識が常識となるよう、世界へ楔を打つ事なのだから。
そういった意味では、マスカレイドのほうがよほど怪人幹部らしい働きをしたと言える。運営としてはきっと満足している事だろう。
しかし、ただやられたままではいられないと捻り出した前哨戦は苦肉の策。少ないリソースの中から限界ギリギリを抽出して、イベント開始前までに優位な盤面を作り上げようと画策した。
しかし、そのために打った対策……精神的負荷をかける事でマスカレイドを止める手が失敗した事で、それすらも破綻しかけている。その要因すら把握できないという有様で。
ここに至り、結果は見えた。それは認めないといけない。だが、その正体が見えないのは看過できない。まるで、マスカレイドが増えたような違和感。元々増えているだろと言われそうだが、これはまた性質の異なるものだ。当然分身などではないし、そもそもそのものではない。
あの無茶苦茶の極みのような存在と同質・同等の頭脳がいるかもしれないというだけで身震いさえする。
マスカレイドに勝つ必要はなかった。ただ、足を止めるだけ、精神的制限をかけるだけで此度の大戦略は機能する。それを実践するための実験が成功した直後に引っ凝り返された。
何が起こったと、虚空に投げかけても答えは出てこない。
「……実に嫌な手をとってくる」
苦々しく戦略図を見つめる。表面上は軍事的・経済的な図にしか見えずとも、怪人幹部Cにはその奥に、自身を追い詰める指し手を見ている。
その奥に見えるのは二つのマスカレイドの気配。これまでは思考をトレースして解析、応対手を取って、その暴力的な力をいなしていたというのに、倍になった手で尽くこちら応手を引っ繰り返してくる。当たり前だ。互いに思考をトレースしているようなものなのだから、何をされたら一番嫌なのかは明白。奇襲となり、撹乱となるはずの一手が、強者の戦術によって弾き返されたのだ。
マスカレイドの思考をトレースし過ぎたのが敗因なのか。あまりに近付き過ぎて、それを相手にも勘付かせてしまった。それが対策を呼んだというなら、まさしく失敗だろう。
「私は負けたが、まだ怪人は負けておらんぞ」
勢力として同じように見えるその二つは似て非なるもの。自身とマスカレイドの指し手に強く影響を受けるとはいえ、世界を巻き込んだそれは単純な勝敗の形にはならない。
偽装工作・迷彩としての盤外手。欺瞞行動を期待したリサイクル・リベンジャーは期待以上に拾い物だった。半ば偶然だが、偶然を最大限利用するのがマスカレイドの戦術なのだから、あるいはトレースとしても正しく機能したといえる。将棋でたとえるなら、盤面に飛車や角のような大駒が増えたようなものだ。
とはいえ、対応として王が増えたのならまだしも指し手が増えたら、そんなアドバンテージは消し飛ぶ。
切り替えるしかない。一度粉々に砕かれたプライドを糧に立ち上がったところを再度吹き飛ばされたが、二度目だってできるはずだ。慣れている。だからこそ、私はこうして怪人などをやっているのだから。
問題は打てる手が、それが許される期間が少ないという事。イベント開始まではもう時間がない。始まってしまえばもう軌道修正は効かない。ここまで大規模な戦場となると、打ち手の意思でどうこうなる範疇は超えてしまう。
それはマスカレイドも同様で、正体不明の存在も運営を飛び越える神の一手までには届かない……はずだ。どの道、そこまでならどうしようもないと諦めるしかない。
腹案はある。トレース外の一手は用意はしている。しかし、それはある意味自爆にも等しい一手でもある。
「……愚問」
すでに追い詰められているのだ。始まる前から投了寸前。ならば、たとえリスクが高かろうと打つしかない。
怪人幹部Cがイベントでできる事はこの一手で最後。事前準備と顔出ししか許されないこのタイミングでは、これが最後のチャンスだ。
勝負としては始まる前から負けているこの盤面に、どれだけの爪痕を残せるか。怪人たちにどれほどの爪痕を残させるか、それが最後の課題だった。
「化物め」
惜しむらくは、その化物っぷりをおそらく自分しか理解していない事。
マスカレイドしか、マスカレイドという化物をトレースした者しか理解できない領域。そこにもう一人割り込んできたのが今回の敗因だ。
再度挑むとしても、それはまだ先の話。今回は、大人しく怪人たちのバックアップに回る事にしよう。
-1-
Aランク怪人リサイクル・リベンジャーは困っていた。
……実のところ困っている内容自体はたいしたものではなく、本人も普通なら自分の肩書きのほうがよっぽど問題なんじゃねーかなとは思っているのだが、それはそれとして困っている事を無視できないのである。
Aランク怪人……そう、Aランクだ。元々のCでもBでもなく、A。以前であれば見上げる事しかできなかった領域に、いつの間にやら達してしまっている。
もちろんコレは正当な評価だ。その実績の作り方が少々強引というか、本人が望んでいないというか、ぶっちゃけ押し付けられているだけなのだが、実績を上げ、結果を出し、通常の怪人ランク昇格のルールに則って至った位階であり、後ろ暗いところは何もない。
つまり、第三次グランドイベントの特別編成チームに組み込まれ、担当の侵略怪人バルバロッサ・シータから、あるいはその上にいる怪人幹部Cから多大な無茶振りを投げつけられているというのが現在進行中の悩みであり、こうなってしまった原因であるのだ。
本来、屋根のない廃ビルでコソコソ怪人いじりをしていただけの弱小怪人だったというのに……何故こうなってしまったのか。
「あの……なんで私だけがこんなに激務なんですかね」
「私にも分かりません」
上司であるバルバロッサ・シータも良く分からないらしい。幾度となく尋ねてみたのだが、回答はいつもコレだ。誤魔化されているわけではなく、本当に分からないのが救えない。
第三次グランドイベントのメンバーとして招集した怪人の中で、何故か自分だけが多忙。他のメンバーだって暇なわけではないが、その数倍は業務が割り振られているのはさすがに異常だろう。
怪人らしくなく生真面目なリサイクル・リベンジャーはそれらすべてを正面から受け止めてしまっているが、振られた仕事内容的にサボっていいものとも思えない。少し手を緩めるだけで第三次グランドイベントの結果に直結するような仕事に手を抜けるはずもなかった。普通に怖い。
何故こんな事になっているのかと考えた事はある。思いつく原因はいくつかあるが、一番大きなのはリサイクル・リベンジャーの利便性と強烈な個性にあるのは間違いない。
いくら自己評価の低いリサイクル・リベンジャーでも、ここに至り自身の……あるいは自身の経営する再生工房カイジン・リサイクラーを含めた価値はおおよそ掴めてきている。いくら卑下しようが、過小評価しようが、眼の前にある現実と結果を誤魔化し続ける事はできない。ここ数ヶ月の体験は現実逃避する気力すら失わせるほどに充実したものだったから。
この能力は稀有なものだ。バージョン2導入が前提ではあるものの、ここまでシステムと合致した能力はほとんどないと断言できる。それは理解した。今更誤魔化すつもりもない。
しかし、それを前提とした上でも、現在の酷使一極化は理解できない。自身の能力が一因ではあっても、それとは何か別の理由が見え隠れしているのが分かってしまうのだ。
常道の視界に、理不尽の正体は見えてこないと言わんばかりの不可解。まさか、この大々的な人事がデコイとして機能させるものとは夢にも思えるはずはないのだ。
「以前から言っていますが、幹部様に何か考えがあってやっているのは間違いありません」
「そりゃまあ、そうでしょうね。あなたを飛び越しての直接指令ですし」
「腹立たしい事ですが、その通りです」
そう、こんな激務極まる労働環境に身を投じ続けているのは、このチームが持つ本来の指揮系統から外れた命令……怪人幹部Cからの直接の命令によるものなのだ。
自分の頭越しに指令が行き交うのは、中間管理職である侵略怪人バルバロッサ・シータ、そしてその統括役であるアルファにとって面白くない。仮にも軍事的な体制を軸とするなら、命令系統はしっかりとすべきだ。そもそも人事権はあるのだから、必要ならリサイクル・リベンジャーを異動させればいいのにそれをしない。怪人幹部Cがそれを逸脱する事の問題を認識していないとも思えないのに、ずっとこの体制が続いているのは不可解だった。
正直、生まれたばかりのバルバロッサたちと怪人幹部Cの間にそこまでの関係は築かれていない。あるのは怪人と幹部が持つ絶対的な力関係の延長線上のものでしかなく、少なくとも盲信までには至っていない。だからこそ、この不可解な指令に疑問を抱いているのだが、逆に言えば、深い理解がない故にそこに意味があるのではないかと考え、疑問を飲み込んでもいる。
フラストレーションは普通に溜まっている。このイベントのためだけに創られた専属かつ直属の自分たちにはできない事をやっていると突き付けられているのだから。
「長い目で見るなら、今回のイベント限りな私たちよりも一般の怪人というのは分からなくもないんですが」
イベント怪人であるバルバロッサたちは、このイベントが終了した時点でお役御免だ。文字通り消滅する存在に成長性を期待しても、将来的な意味は薄い。
しかし、そんな無理矢理捻り出したような答えなど、自分自身すら納得させられない。
「多分、そういう意図じゃないと思うんですけど」
「……そうなんですよね」
もちろん、リサイクル・リベンジャーも理解している。
将来を見据えて怪人を鍛える目的なら、リサイクル・リベンジャーだけでなく他の怪人も対象となるだろう。招集された怪人たちは全員が選抜された者たちなのだから。
加えて、リサイクル・リベンジャーがこういう業務に携わるようになったのが、招集直後からではなくしばらく経ってからというのも謎を呼んでいる。特に前哨戦の宣言後からは、あきらかに扱いが変わっていた。
その際に与えられた指令は、出撃回数や頻度などを大枠で決めただけのフリーハンド。要件さえ満たしていれば、どんな手を使っても、たとえ失敗しても追求されない。
彼が立案した作戦のすべてが成功したとは言い難い。……いや、不慣れな事もあって想定していた成果を上げられた事のほうが少ない有様だ。軌道衛星の一件を含め、失敗した事も数多くある。
しかし、それらの結果は追求されない。他の幹部や怪人にも徹底して追求させない。贔屓にも見える扱いだが、振られる仕事の量からすれば羨ましく見えないのが追求を止めている。
暴れられればそれでいいというジュラシック・ハウラーですら、一部変わってくれというだけだった。その申し出はリサイクル・リベンジャーに与えられた裁量によって認められている。その結果リサイクル・リベンジャーの仕事は多少減り、それ以上に振られる仕事が増えた。
まるで、仕官どころか将官でも育てているのではないかという方針に、当のリサイクル・リベンジャーは困惑するしかない。自分は社長であって将軍ではないのに。
実際、そんな事があるとは思えない。自身を過小評価しがちな性格ではあるものの、根本的に異なっている。何か別の意図がそこに隠されているという確信があった。
それは、この激務をこなす中でリサイクル・リベンジャーが身に付けた能力の一つだった。
「幹部様の意図が見えない。少なくとも、戦略上は効果があったように見えない。なのに、あなたに振られる仕事は増え続ける」
「本番まではもう一ヶ月は切っているので、そこまでは回せない事もないんですが」
どれだけ激務でも、現時点で回せてはいるのだ。ゴールが決まっているなら、あとは走り抜けるだけと言えなくもない。
「その能力自体は認めるところですし、想像以上でもありましたけど……とうてい人材育成が目的とは思えないんですよね」
前哨戦と呼ばれる戦場は、事実上怪人幹部Cとリサイクル・リベンジャーの二系統のみで動いている。
イベント開始までこれが続くのか、それ以降も続くのか、どこかで変わるのか。気まぐれとしか思えない怪人幹部Cの思惑はさっぱり見えないままだった。
「……多分、あなたがその意図を知らない事が重要なんでしょうけど。ここまでくるとそうとしか思えません」
「そんな事がありますかね?」
戦略的な能力も前提知識もない。数多の実績を積んだ事で多少慣れたものの、戦略・戦術的手腕は未だ未熟そのもの。将来的な司令官戦力、あるいは百歩譲ってその才能を見出したという理由なら納得できるが、その兆候はない。
そもそも、戦略的に正しい指揮が必要ならば、バルバロッサたちの誰でもリサイクル・リベンジャー以上に優秀なのだ。学習させるにしても、その下で動かすのが常道だろう。
「……戦略的に正しくない事が必要?」
そんな馬鹿なと言いたくなるリサイクル・リベンジャーだったが、その言葉が紡がれる直前に入室者があった。
「おーい、暇だから仕事くれー。事務作業以外な」
「ジュラシック・ハウラー。ノックくらいしなさい」
直轄でないとはいえ、恐竜怪人ジュラシック・ハウラーの態度にバルバロッサ・シータは眉を顰めるしかない。一体、担当のアルファは何を指導しているのか。
「失礼しましたよっと。で、俺様が出れる戦場はあるか?」
適当な丸椅子を出し、勝手に座って机の戦略図を吟味する姿を見るに、改める気はなさそうだ。
「そりゃもちろんあるが……」
眼の前の世界地図。既存のものに加えてアトランティス、ムー、レムリアの新三大陸、そして自分たちが用意している拠点の仮想位置まで網羅した戦略図には、無数のステータス情報と共に各地の戦闘状況が標示されている。混迷極まる状況ではあるが、こうして世界規模で見るならまだまだスカスカとも言えた。
どこに出そうが一定以上の効果は見込める。基本的に攻める側の怪人からすればいつどこに出撃したって構わないのだから、選択肢は無限にも等しい。戦略的に正しい戦場も、適当に暴れさせる戦場もよりどりみどりだ。極端な話、姿を見せるだけでも意味はある。そしてそれは、リサイクル・リベンジャーが活用している手の一つでもあった。役に立たないと思っていたリサイクル・リメンバーの能力も、今となっては十分な戦力だ。
リサイクル・リベンジャーはこの中から今自分が動かせる戦力……再生怪人や戦闘員、ジュラシック・ハウラーなどの怪人を含め、依頼を出して動いてくれる一般怪人まで含めて指示を出さないといけない。
最も効果的な戦場と戦力の有効性。あるいはあえて次善の選択を取る方法もある。しかし、先ほどシータが言ったように、あえて正解でない指示をする事は果たしてできるのか。
「あの……ジュラシック・ハウラー?」
「なんだよ」
「君はなんで私の指示に従っているんだ? ……ああいや、違うな。なんで大人しく従っているんだ?」
「そりゃ、俺から頼んだ事だから当然じゃねーか。何言ってんだ、お前」
ズレている。ジュラシック・ハウラーの回答もだが、おそらく自分の質問も。しかし、何を聞いて、どんな答えが欲しいのかが見えていない。
「その手前……そもそも、なんで君は私の指示をもらおうと思った?」
「お前にその裁量が与えられたからじゃね? 別に間違ってねえだろ」
「いや、のうき……腕力至上主義な君の場合、誰の指示でも従うわけじゃないだろう?」
「殺すぞ」
辛うじて脳筋とは言わなかったのに。
「でもまあ、言いたい事は分かる。ぶっちゅけ、これが他の連中だったら同じ事はしねえな」
そうだ。誰にでも噛み付き、話を聞かず、平気でサボり、勝手に出撃する。それが恐竜怪人ジュラシック・ハウラーだからだ。
彼が従える他の怪人も似たようなもので、その一派が大人しく従うのは怪人幹部Cと、早々に分からせられてしまったバルバロッサ・アルファ、そして何故かリサイクル・リベンジャーだけだった。
「……オギャリオンとか近付きたくねーし」
それは正論だし、ぶっちゃけリサイクル・リベンジャーも近寄りたくないが、そういう事を聞いているのではない。
「フラクタル・エッジはムカつくし、オーガロックは喋んねーし……良く考えたら、イカれた連中ばっかりで選択肢ねーじゃねーか。なんだこのチーム」
「失礼ですね。我々まで貶めるつもりですか?」
「あんたらはまともだが……まとも過ぎるんだよな。基本アウトローな俺たちからしてみたら反発したくなる。力ずくで従えさせられるのは仕方ねーけどな」
その眼には、未だに下剋上を狙っていると言わんばかりの炎が見える。眼前のシータですら同じ敵だと。
あるいは、バルバロッサたちがお役御免になるイベント終了以前にその牙は剥かれるかもしれない。
「その点、お前はそれがないからな」
従ってやる、利用してやる。そういった、心の中の理由付けに事欠かない。それが、ジュラシック・ハウラーにとってのリサイクル・リベンジャーの立ち位置だった。
「ただな……それは最初だけの理由だ。一番の理由は自分でも良く分かんねーが、勘だな」
「……勘?」
「なんかよ、お前の指示で出撃する度に感じるんだよ。正体の分からねえ歪みを」
めちゃくちゃアバウトである。とはいえ、良く分からないと言っている以上、説明はもらえないのだろう。
あんまり問い詰めても怖いので、リサイクル・リベンジャーはそれ以上追求する事をやめた。
いまいち形にならない感覚を抱きつつ、リサイクル・リベンジャーは今日も激務を続ける。その答えが出るのはすぐあとの事だった。
-2-
「……というわけで、正直進捗は芳しくないというのが現状となります」
巨大な会議室。そこに集まった侵略怪人たちとついでにリサイクル・リベンジャー。
戦略図を前に説明をするのは、バルバロッサたちの中で参謀役と呼ばれるバルバロッサ・ベータだ。彼は担当の怪人を持たず、戦略情報の把握と管理、作戦立案を行うために配置されている。本来それは他のバルバロッサたちに向けて行われるものであって、リサイクル・リベンジャーが頻繁に会う立場ではないはずなのだが、何故だか二番目に会う機会の多いバルバロッサ個体だった。
「前哨戦だから本番と比較できるもんじゃないが、想定していた戦局と比べてあきらかに侵攻は遅れているな」
「想像以上にヒーローたちの息切れが見えない。撃退しても短期間で復帰してくるという事はポイントを使っているはずなのに」
「過去の戦績から推測できるポイントで賄えているとは思えないんだがな」
誰が発言しているのか分からない。一応、見分けられるようにと細部に拘りは見えるものの、彼らは基本的に軍服だし、素体部分はほぼ同じなのだ。声色を変えたところで元の声が同じなら限界もある。シータのように女性型というならはっきりと差別化できるのだが、バルバロッサのほとんどは男性体だ。
リサイクル・リベンジャーは早々に区別するのを諦め、現在に至る。
「チームや同盟からの支援という線は?」
「ないとは言わんが、それだと個人や少数で活動している奴らの説明がつかん。もちろん、そういう奴らが水面下で手を組んでいないとも言い切れないが」
「手を組んでいるなら、支援出撃がもう少し多くてもいいだろう」
「頻度は増えているが、明確な差はないな。ほとんどはエリア内だけで回しているままだ」
「どちらにせよ、しぶといのはヒーロー個人単位の話だ。怪我して戻ってくるのが早いから、支援出撃が増えていないのは副次的な結果に過ぎない」
「回復施設を保有にしているにしても不可解だな。あの手の施設は、別途外付けのパワーを必要とするものがほとんどだ」
「ヒーロー向け施設の詳細は分からんが、そこまで違いがあるとは思えんしな」
「例の噂はどうなのだ? 東海岸同盟が配布しているという< ヒーロー・ボトル >の件は。それなら、外部パワーとしても使えるだろ?」
「わざわざ同盟外のヒーローを支援して回っているとは、酔狂だな。なんの意味がある」
「何か見返りがあっての事だろ。ヒーロー側でもポイントのやり取りはできないはずだから、それ以外の何かで」
「まあ、慈善事業ではあるまいな」
「スパイダーたちに探らせて裏取りまではできたから、販売……あるいは配布しているのは事実のようだ。ただ、規模が分からん」
「いくらなんでも、連中のしぶとさの原因がそれだとは言わんよな? 一部なら納得もできるが、世界規模だぞ」
「シミュレーション結果を見る限り、東海岸同盟にそこまでの規模はありません。ボトルを購入して配布するだけのポイントにはとても足りないでしょう。資料も用意しました」
「怪人の撃破記録から推測した供給量まで割り出したのか。どれ……まるで足りんな。自分たちで回す分ならなんとかなるだろうが……」
「最大限見積もっても、世界規模で回復施設のエネルギー源を賄える量じゃない」
「怪人カタログと同様なら、ボトルに補充するための設備もあっただろう? その線は?」
「もっとあり得ない。むしろ、東海岸同盟内ですらヒーローパワーは足りなくなるような戦況のはず。そこから捻出するのはさすがに無理がある」
「配布するにしても、そこまでの規模とは考え難いか……」
「人間に流れているルートすら確認されているからな。ヒーローに流れている量など推して知るべし」
「実は、流通しているボトルの現物をこちらでも確保しています。実物もここにありますが……」
「我々では実物を見ても比較できんが……。とりあえず、怪人パワーの代用には使えないようだな。変換が必要だ」
「ええ。確認した限りは、カタログで販売しているものと同じもののようです」
「施設で充填可能なボトルかどうかは?」
「怪人側のものもそうですが、充填機能は設備側にあって、ボトルは共用ですね。見分けはつきません」
「となると、妙にしぶといのは別の線か……可能性として捨てるべきではないだろうが」
マスカレイドが内容を聞けば、爆笑必至の会議だった。高笑いが止まらないだろう。
せめて東海岸同盟が配布しているボトルの量……絶対に一組織が用意できないはずの量がはっきりすれば真相に到れるのかもしれないが、ミナミによってカバーされたネットワーク上の情報迷彩は突破できない。
「流通ルートを押さえる事は?」
「現状、我々が手を出せるのは基本的に人間社会に卸された一部のみです。ヒーロー側に実害があるほどの量を確保できるとは……」
「南米のラインか。そこだけを押さえても、我々にはあまり意味がないな」
「そもそも正解かどうかも分からんところに手は割けん。我々に時間がないのだ」
「イベント開始まで……いや、本番を含めても流通ルートに手をかける余裕はないな。本イベント中は放置一択だ」
「ええい、では次だ。本題はこちらだろう?」
「ええ、少々由々しき事態が発生しています」
「マスカレイドの宣言出撃再開か……」
そう、つい先日からではあるが、一時期鳴りを潜めていたマスカレイドの宣言出撃が再開されていた。
相変わらずの気まぐれ。出撃しない事も、時期をズラしての出撃も、なんなら宣言なしの出撃も復活している。それに合わせて、本人でないものが発信した情報まで入り乱れる有様。
根本的に情報発信元の偽装ができないアトランティス・ネットワーク上だが、二次ソース、三次ソースだけを見て知った気になってしまう者は多く、情報はそこから爆発的に拡散する。結果、噂に惑わされて動く者も多い。簡単に一次ソースを辿れるとはいえ、それは残っているものだけだ。発言が削除される場合もあるし、そもそもないものは見つけられない。
そして、そういった情報を真に求める者たちは、どうしても認識にバイアスがかかる。自分の信じたいもの、信じたくないものを取捨選択し、判断にエラーを起こす。
これが数回なら偽物が増えたとしても正常に判断できたのだろうが、再開後の宣言出撃は多い。停滞していた時期の分を取り返すように、宣言頻度は爆発的に増え、この短期間で見られる限りその頻度は十倍ほどにもなっている。怪人なら過労死を心配するレベルだ。
「幹部様の宣言から稼げたアドバンテージが消えつつある」
「本番開始前にはむしろ押される勢いだな」
「オーガロック・Fの残弾は使えんのか? マスカレイドが大人しくしていたのは、確実にアレが原因だろう?」
「……リサイクル・リベンジャー」
「え? あ、はい。ええとその……F自体はありますが、制限緩和のためのポイントが……」
いきなり振られて、しどろもどろながら答えるリサイクル・リベンジャー。
これでもかなりマシになったほうで、最初の内は舌を噛んで出血するほどだったのだ。大きな成長である。
「アレ自体、相当に無理をして捻出したのだ。本番ならともかく、制限のかかった前哨戦では無理がある戦術だ」
リサイクル・リベンジャーは詳細を知る由もないが、あの悪魔の戦術はほとんど反則の一手だったらしいと聞いている。
イベント中であれば、爆弾怪人のように適性なポイントを支払って発動可能な戦術ではあるものの、平時では当然不可。前哨戦という建前を用意した上で、膨大なポイントを支払ってようやく実現できる反則技である。
通常、怪人は細かい出現位置の定義はできない。通常の怪人であればあってないような制限ではあるが、超質量や特定の特性を持つ怪人によっては出現位置を制限される。
たとえば、ただ空中に出現しただけで運動エネルギーによる大破壊を実現できる者は空中への転移は制限されるし、今回の切り札の一角である翅蟲怪人チャバネス、腸虫怪人デスワームのような存在しているだけで広域に災害を発生させる怪人も、人口密集地帯への転移は制限を受ける。それらの制限を越えるためには膨大なポイントを必要だった。
悪臭怪人ワキノス・メルが東西線の満員電車に出現できたように、よほどの事がなければ発生する制限ではないが、今イベントの要となる怪人たちにはそういう者が多く存在していねのだ。あるいは、そういった面々を狙って招集したという側面もあるのだろう。
つまり、マスカレイドが日々頭を悩ませている出現即大被害の構図は、規模にもよるが通常発生し得ない想定なのである。無駄だったな、残念。
「現在の惨状を見る限り、一時的にせよマスカレイドを足止めさせただけでも僥倖だったのだろうな。目に見える津波被害自体は……まあ、残念だったが」
「直接被害自体は防がれているしな。あそこまでやって、死んだ人間が数人では目も当てられん」
日本に初の直接的怪人被害を出した事は偉業かもしれないが、特に実益はないのだ。
「世界全土の沿岸部にアレが設置されていたりしないだろうな」
「確実ではないだろうが、まあないだろう。あんな弩級の防御兵器を世界中に設置されたら、戦術が破綻する怪人も多い」
「あるかもしれないというだけでも脅威だが……日本以外はないか、あっても極少数だろうな」
「津波に限らず、あれば使っていたはず……という戦場は多々あったわけだしな」
「使えるなら、使い道は多いんだがな」
たとえば、アメリカ東海岸の沖合などで発動させせれば、多くの都市が壊滅的ダメージを受ける。ついでに、アトランティス側もダメージを受けるが、別に人工物はないので困らない。
どちらにしても、使えるならという枕詞が付くのだが。
「まあ、イベント本番なら機会もあろう。人口密集地は厳しいだろうが、津波、噴火の誘発、ダムなどの構造物破壊など、制限さえなければ使いどころはある」
「……使うなら日本以外だな。また不発では目も当てられん」
「リサイクル・リベンジャー、残弾は増やせるのか? そもそも、あのFとかいうパチモノは何を使って作っている?」
「え、あ、はい。……えーと、不可能ではありませんが、正直リソースが……」
そこで言葉が詰まる。正直、残弾を増やすのは不可能ではないが、少々現実味に乏しいプランだったからだ。
「ポイントか? それなら、額次第だが……」
「……いえ、ウチの能力で作っているのでポイントは必要ありません。廃品の再利用のようなもので、エコと言えば言えばエコなんですが……」
「彼が説明し難そうなので代弁を。アレは制作するのに相当量の死体を必要とします。主に、怪人を再生させるのに失敗した場合の廃棄品ですね」
どういう反応をされるのか怖くて言い出し難かったが、代わりにバルバロッサ・シータが答えてくれた。
「おお、そういえば、ここのところずっと回収に勤しんでいたな。怪人に依頼してかなり大規模に」
「すべて再生したにしては数が少ないとは思っていたが、そうか……失敗も当然あるか」
だが、正直素材とかはどうでもいいタチだったらしい。
そう、過去に死んだ怪人たちを掻き集めた結果、その副産物を素材として造り上げたのが、あの岩石怪人オーガロック・Fなのだ。
怪人は死んで爆散するが、再生怪人として生まれ変わるフェーズに入ると再度実体化する。そこから無事再生できればそのまま利用すればいいが、問題は失敗した場合だ。
物言わぬ死体だけが残り、持て余す。数体なら邪魔というだけで済むし、最悪埋めればいいが、イベントに使用するくらい大量にとなるとシャレにならない。
ぶっちゃけオーガロック・Fが誕生した発端も、この邪魔な死体の山をどうしようと悩んだ末の苦肉の策だったのだが、思わぬ形で利用方法が見つかったというわけだ。
「む……という事はまさか」
「え、ええ。実は材料が枯渇気味でして……」
そして、いわゆる回収し易いところの作業は済んでしまっている。まだまだ回収先はあるし、イベントが開始すれば回収可能な場所や素材の絶対量も増えるだろうが……。
「イベント開示後であっても、試算では……現在の三体に加えて、良くて二体追加が限度かと」
「むう……廃棄品の再利用なら致し方ないと言うべきか」
「むしろ、上手く有効活用していると褒めるべきだな」
「それは、怪人の……再生怪人の失敗で生まれるものだけしか素材として使えんのか?」
「は? えーと、さすがに生きた怪人を素材として使うのは本末転倒かと」
やった事はないが、作業工程を鑑みるにそれも可能ではあるだろう。しかし、わざわざ生きた怪人を使って動かぬダミー人形を作るのはもったいないにもほどがある。戦闘員なら一考の余地はあるだろうが、監督範囲の問題で大っぴらにはできないだろう。
「いや、そうじゃない。怪人以外……たとえば、人間の死体などはどうだ?」
「…………」
考えた事もなかった。自分や会社の業務はあくまで怪人の再生事業なのだ。人間の死体を回収する術がないのも、思いつかなかった理由の一つだろう。しかし……。
「イベント中なら、あるいは回収できるかも。……いえ、まずは試してみないといけませんが」
「上手くいけば、一、二体は追加できそうだな」
「多忙のところ悪いが、事前検証を頼む。ひょっとしたら、人間共も死体処理の手間が省けて感謝されるかもしれんな」
「わ、分かりました」
倫理観の欠如し切った会話だが、ここにそれを問題視する者はいない。
怪人を同胞と見て、犠牲にする事を厭う者も少なからずいるが、少なくとも侵略怪人たちにその傾向はないようだ。実にドライで倫理観の欠如した連中である。職業柄、リサイクル・リベンジャーもその傾向が強かったので同類だ。
「では、次の議題……各要塞の進捗状況と、怪人エリア内での侵攻準備に関してですが……」
「資料を見る限り、順調だな。カウントがほとんど増えなかったのもあって、遅延は見られるが」
「時間がないわりには、と言ったところか。特に、マスカレイドの手が伸びなかったムーとレムリアは準備万端といったところか」
「アトランティスはどうなのだ? この資料を見る限りでは、イベント準備も最低限といったところだが」
「あんな大爆発を起こされたら仕方ないとは思いますがね」
「一応ですが、偽装迷彩を活用しつつ復興は進んでます。特に中央塔は優先して……」
「しかし、静止軌道ステーションはマスカレイドに確保されたぞ」
「軌道エレベーター以外でも用途はある……というよりも、大陸中央という位置上、どうしても優先度を上げざるを得ず……」
「ああも簡単に奇襲されるのなら、要塞としての価値も知れたものだと思うがな」
「マスカレイド相手だと、どこでも一緒では?」
「……それもそうか。案外、一度攻撃を受けた事が逆に迷彩になるか?」
「それはさすがに楽観視が過ぎるだろう」
「地下深くに建設している施設は大半が被害を受けていないので、一応は迷彩になってはいるのでは?」
「まあ、あそこは東海岸同盟とアメリカ相手の最前線基地なのは変わらないからな。中央はともかく、沿岸部は手を入れざるを得な……」
『会議中、失礼する』
唐突に、会議に割り込むように巨大な宙空モニターが出現した。そこに標示されるのは案の定、怪人幹部Cだ。
元々、この会議は怪人幹部も聞けるように音声と資料を共有しているが、こうして口を挟んでくるのは初めてだった。
『少々、大戦略に変更を加える。主にアトランティスに関してなのだが……』
不可解な指令は今更だ。バルバロッサたちは幹部の手足として動くように創られている以上、何を言われても否はない。
「……は?」
しかし、それはそれとして、誰かからそんな声が漏れる程度には不可解な指令だった。
-3-
[ 再生工房カイジン・リサイクラー アトランティス支部 ]
「おや、社長。珍しいですね」
イベント開始まで半年に迫った十二月中旬のある日、リサイクル・リベンジャーはアトランティス大陸のとある場所に設置された自身の工房の一つを訪れていた。
建造中の要塞ほどではなくとも無数のポイントとイベント特権を利用し、考えられる限りの防御能力、隠蔽性を確保した工房は、イベント時にアトランティス方面の最前線の補給基地として予定されていた。
尚、どれだけ防御を固めようが、以前マスカレイドが起こした大爆発を前には無意味だったので、中心から外れた場所で良かったと胸を撫で下ろしている。
「いきなり手持ち無沙汰になったから、こちらの進捗確認と伝達事項を伝えにな」
「暇になったから仕事するあたり、もう病気ですね」
「自覚はあるが、もう諦めた」
きっと自分は体が動く限りワーカーホリックとして活動するのだろうという嫌な確信がある。
もともとその気質はあったと思っているので、そこまで気にはしていないのだが。
「それで、コレが?」
「ええ、やはりこの二人に落ち着きました。……対マスカレイドの切り札です」
「元の姿を知っているだけに、本当にマスカレイド対策になるとは思えないんだがな」
「正直、それは同感なんですが、腐っても元A級、かつマスカレイドへの精神的指数も軽微というのが……」
「まあ、マスカレイドと戦った個体って、大抵結果真っ赤になるしな」
何体か日本から怨恨珠を確保して試してみたのだが、どいつもこいつもエラーだらけで再生に失敗してしまう。
その中でなんとか再生に成功したボルテック・ジャッカーもあんな事になってしまったし、どれだけ怖いんだという話だ。
「とはいえ、それらは前提条件。……いえ、前提条件をクリアできる個体が少ないのは置いておくとして」
「そこは諦めてるからいい」
「彼らは我々の強化プランへの適性に高い数値を示しています。バージョンロックが掛かったスキルも多いですが、特例で用意してもらった適性チェック設備でははっきりと」
「アレ、高かったんだよな……」
リサイクル・リベンジャーが購入したわけではないのだが、イベント用の特別費用として出してもらう事になった。
果たして費用に見合った活用ができるのかと胃が痛くなったものだが、今はそれどころでない案件ばかり抱えているせいで気にならなくなっている。
「ちなみに、どのプランの適性が高かったんだい?」
「検証中のものは軒並み……リビルド、フュージョン、ユニオン……どれをとっても高水準。ついでに例の適性も高いのか、用途変更の打診もありました」
「それはちょっと避けたいな。アレは別にウチのを使わなくてもいいし」
「最終的に使い捨てになるという部分がネックなのでは?」
「怪人なんて、みんな使い捨てみたいなものじゃないか」
「それもそうですね。我々も含めて」
超今更である。少しばかり長く生きて生き汚くなる者もそれなりにいるが、それは怪人の本質ではない。死にたくはないが、死ぬ時は死ぬのが怪人なのだ。
たとえば、今目の前にぶら下がっている素体怪人の元上司のような生き方は見苦しいだろう。何故か、なんだかんだで生き残っているが。
ただ、アレに関してはひょっとしたら、自分以外の何か別のモノに変質してしまうという部分が、未だ希望者の集まらない原因なのかもしれないとは思う。自身が生まれた経緯、根源のようなものは怪人にとってとても強い芯となるものだから。
「それで、伝達事項というのは?」
「あー、それな」
ちょっと言い出し難い案件なのだ。とはいえ、怪人幹部Cの指示だし逆らう事はできない。逆らうつもりもないが、それを部下に伝える事はまだ別だ。
「引っ越しだよ。ここを引き払う」
「引き払うって……まさかすべてですか? わざわざこんな施設を用意しておいて?」
「ウチだけじゃなくすべての怪人施設を引き払う事になる。……いや、正確に言えば、引き払えと言われているのは怪人だけなんだが」
「わざわざ財産である施設を残していく奴はいないでしょうに」
「それはそうなんだが……」
いや、どうなんだ、とリサイクル・リベンジャーは引っ掛かりを覚えた。確かに、必須とされたのは怪人の異動のみだ。しかし、そこだけに言及したのには何か意味があるのではないか。
他ならぬ怪人幹部の事だ。何か分かり難い思惑が絡んでいるのかもしれない。
「それに、ウチに関しては素体連中も対象でしょうし……これはまた面倒な」
「面倒だよねえ」
それは良く分かっている。再生した直後の、調整が済んでいない素体は獣のようなものだ。たとえ鎖で拘束しても、移動させるのは労力が伴う。
「ウォーーーーッッ!!」
「ガゥァーーーッ!?」
「こ、殺せー、殺してーっ!!」
「痛えっ、痛いよーっ!!」
「ひいいいいっ!」
耳をすませば聞こえてくる声は、ここがどれだけの地獄かを示している。獄囚のような連中が移動に際して暴れないはずもない。
「もちろん、ある程度の補助や戦闘員をはじめとした人材の提供はあるんけど」
「それでも大変ですよ。イベント開始前なのに、研究を一時ストップしてまでやる事ですか」
「やる事なんだよねー。今年中にすみやかに済ませないといけない」
リサイクル・リベンジャーにどういう意図があるのかは知らされてないが、必要性を疑う気はなかった。
「ムーとレムリア、あとは本部に空き場所を確保しないと。引っ越しサービスは使っても?」
「あー、どこまで許可されるのかはあとで共有するけど、極力周りにバレないようにお願い」
「周り……というのは? アトランティスの周囲という意味なら……」
「一般怪人に情報が漏れないように。噂レベルなら仕方ないけど……夜逃げくらい?」
「マジかよ……」
最近、言葉使いに気を付けているリサイクル・リペアラーの口調も元に戻るくらいの無茶振りだった。
「ちなみに、ウチだけじゃなくアトランティス全土だから。私はこれから別の施設にも行かないといけない」
「アトランティスを空にするつもりですか。土地や家を購入した者もいるでしょうに」
「必然的にそうなるんだよね……」
支配域を取り合う第三次グランドイベントにおいて、そこになんの意味があるのか。平時は数多くの迷彩が掛けられているから移動は誤魔化せるかもしれないが、イベントが始まればさすがに気付く。そうなれば、容易に切り取られるだけだ。
「……それが目的なら?」
「は?」
「ああいや、こっちの話」
……戦略的な意味を考えるんだ。かつての自分ならともかく、最低限の知識と実務経験を積んでいる今なら、ある程度は読み取れるはず。
大部分の怪人に秘密で引き払うのだって、動向が人間やヒーローに漏れる事を嫌ったのもあるだろうが、意図に気付く怪人が出てくるからじゃないだろうか。
戦略に明るい者なら、容易に思いつくような単純な目的。それくらい明白な事だとすると……。
『諸君、私は幹部としての敗北を認める事にした』
あの会議で、怪人幹部Cはそう言った。それが怪人の敗北に直結しない事は説明を受けたが、言葉の意味については聞かされていない。
しかし、単純な敗北宣言でない事は、あの場にいたバルバロッサたちの反応を見れば明らかだった。
二つの勝利条件が存在していて、幹部Cは裏でそれを争っていた? まさか、自分の奇妙な扱いもその一端なのか。となると……。
「リペアラー君、素体や社員の移動を優先するのと並行して、各設備の一覧を用意してくれるかな」
「え、ええ……それは当然やりますが」
「コレに関しては早いほうがいい。何を残すか決めないと」
「え、残すんですか? 半月あれば、すべて移動させる事はできると思いますけど」
「あえて残すんだ。……できれば、持ち出そうとしたけどできなかったっていう偽装もしたい」
「は、はあ……良く分からないですけど、了解です」
怪人幹部はきっと、全施設で漏れが出る事を折り込み済のはずだ。そこに意味を作る。
「……そうだな、人間共が手を叩いて喜ぶような……見つけた者がなんとしても独占したくなるようなモノがいいな」
きっと、残すべきは人類へのプレゼントだ。
-4-
招集以降数回だけ集会所として使われたコロシアムに、第三次グランドイベント参加者である怪人たちが集結していた。
これまでの全体会議にない雰囲気は巨大なモニターに映る甲冑……怪人幹部Cから放たれているものだ。
『さて、諸君。運命の時だ』
怪人幹部が映る巨大モニターとは別に、会場には巨大な戦略図と、すでにわずかな値を残すのみとなったアポカリプス・カウンターが標示されている。
解析され尽くした今となっては世界中の誰もが理解しているが、表している標示は一日と少ししかない。つまり、第三次グランドイベントは明日には開始する事になる。
年末年始を迎えている世界は、そのほとんどが年の切り替わりよりもそのカウンターに注目していた。
『腹立たしい事に、第三次グランドイベントで予定されていた目的の半分はすでに破綻している』
それは、この集会が始まる以前の段階で共有されている事だ。人間やヒーローはもちろん、大多数の怪人すら知らないが、この場にいる者には周知の事実である。
『しかし、それは私の敗北であって怪人の敗北ではない。諸君らはイベントの目的など気にせず暴れ回るといい』
あまり感情を見せなかった怪人幹部Cは、敗北の一言だけは苦渋の感情を隠さない。
『バルバロッサたちについても同様だ。一部補助としての任務以外は、本来の役目を忘れて世界侵攻に尽力するといい』
本来もう一つの目的を主とするはずだったバルバロッサたちも怪人たちと共に前線に立つ。
怪人幹部Cの敗北は、怪人たちの世界侵攻作戦への戦力追加という結果をもたらした。バルバロッサたちだけでなく、そのリソース投入の変化は各所に見られる。
それは、自身の敗北を早々に見極め、決断した怪人幹部Cの手腕とも言えるだろう。
『さて、そろそろ時間だ。世界への宣戦布告の後、各人配置に着くように』
あまりに個性が強過ぎて、普段は統率など取れない怪人たちだが、ここに来て初めて返事が揃った。
アポカリプス・カウンターが残り一日を切る。それは、第三次グランドイベント開始前の宣言の時でもあった。
『唾棄すべき人類、そして我らが宿敵ヒーローの諸君。いかがお過ごしかな』
そして、世界への宣戦布告が始まる。
『先日から開始させて頂いた前哨戦によって、我々の意図は概ね伝わった事と思う。ご察しの通り、第三次グランドイベントはこの延長線上にある。詳しくはこのあとアトランティス・ネットワーク、及び各国首脳に向けて発行されるルールブックを確認してくれたまえ』
今回のイベントは詳細なルールまで全人類に向けて公開される。そこに記述される内容は、想像力が働くものであれば予想通りのものとなるだろう。
すなわち、バージョン2によって定義付けされた支配域を利用した世界規模の大戦略。人類社会を舞台とした、怪人とヒーローの大戦争……とそう考えるはずだ。
『とはいえ、せっかくの大イベントなのに、人類諸君は直接参加できないと嘆いてはいないかね?』
ここまでは既定路線。ここからは敗北者である怪人幹部Cが残す世界への嫌がらせだ。
『そこでだ、是非人類諸君にも参加して頂けるよう、私からプレゼントを用意した』
それはきっと、イベントの内容以上の悪夢を呼び起こす事になるはずだ。
『アポカリプス・カウンターがゼロになった瞬間、第三次グランドイベント開始と共に、我々怪人勢力はアトランティス大陸全域から完全撤退する』
アメリカ合衆国をはじめとした、怪人の侵攻を警戒して沿岸部に軍を貼り付けていた国家群の正面から敵が消え、代わりに毒入りの果実が残された。
大開拓時代だぜ。(*■∀■*)
というわけで、達成が危険視されていた【第10回二ツ樹五輪プロジェクト】 引き籠もりヒーロー 第5巻出版(*■∀■*)もなんとか100%到達。
とりあえずは一安心です。一部ご支援者に無理をさせてしまった感もありますが、ご支援ありがとうございました。







