第二十六話「怨恨珠」
遅れたぜ。(*■∀■*)
現在開催中のクラファンについてはあとがきから。
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俺自身、別にそこまで特異な思考パターンや性格をしているとは思っていなかったし、ヒーローになった現在でもそれは変わらない。根本的な部分はどこにでもいる小市民なニートでしかない。完全な意味で客観視は難しいが、まあ、そこまでかけ離れてはいないはずだ。
怪人に恐怖されたり、いろいろアレな評判がついて回っている事は自覚しているし、半ば以上は意図して誘導・引き起こした部分もあるのだが、それらはあくまでマスカレイドの超暴力やヒーローを含む超常が生み出す土壌あってが故の事である。
しかし、先日のシミュレーションでも判明してしまった通り、何かが違うっぽいのは感じている。誰でも思いつく、前提さえ揃っていれば誰でも行動できるような俺の思考や行動には何かがあるのかもしれないと。
果たして、それは言語化可能なのものなのか分からない。自覚可能な事かどうかすら分からない。
これまで誰にもそれを明確に指摘された事なんてない。変だと言われる事はあっても、誰もが表面的な部分だけを見て評価しているようにしか見えなかったから。だってそれは、あくまでも一般的な社会常識に合わせて変人という事でしかないのだ。
いくら俺だって、穴熊英雄が変な奴だという事くらいは自覚している。そもそもニートやぞ。
「なるほどな。明日香が指摘するのはちゃんと理由があって事か」
まさか出してくるとは思わなかった手に、妹が推薦した意図を思い返す。俺に似ているという言は真の意味で正しかったのだと。
おそらく、普通よりも身近な存在である家族はある程度俺の性格について理解していたのだと思う。母ちゃんや親父がどの程度理解しているかは分からないが、その理解度はその他と比べるべくもないし、理解した上で色々やっているのかもと思う事もあった。
そして多分、明日香に関してはそれとも違う理解があったのだろう。俺があいつの事をどれだけ理解しているかについては正直怪しいと言わざるを得ないが、あいつは俺という人生の先行者と尽く比べられ、自身でも比較していた事は想像に難くない。こんな変人と比較されて迷惑だったかもしれないし、悩んだ事もあっただろう。だって俺、いろんな意味で目立ってたし。
ニート志望で他人の評価をあえて無視する俺自身は気にしていないし、比較対象にもしないから、それは一方的なものだったはずだ。
だからというわけではないが、多分根本的な部分で俺に似ている奴がいたら、鋭敏にそれを感じ取るはずだと理解させられた。
「どういう意味ですか?」
『妹ミナミがマスカレイドさんに似ているって話じゃないですかね』
「うん、それ」
「…………」
それで合っているんだが、何故俺と似ていると言われて嫌そうな顔すんなや。
そして、その反応も確信を深める一助になってしまっているのは否めない。だって俺、自分に似てるって指摘されたら嫌だし。
感覚を共有して自分で動かしている分身ですら消し飛ばしたくなるのに、意思を持った別人なら尚更だろう。
「確かに何度か明日香君に言われた事はあるけど、似てます?」
「表面的なところは別に? だから、君が社会不適合者だとかそういう評価にはならないから安心していいぞ」
「この口調も性格も、ある程度は演技している面もあるんですが」
「むしろそこは似てるな。アレと比べてそれがいいって判断したんだろ」
視線の先には巨大モニタに映る姉のほうのミナミがいる。
想像でしかないが、異性よりも同性の姉妹のほうが比較されるのは厳しい面があるんじゃないだろうか。男女で根本的に違うからという言い訳が通じない。
『なんでやねん』
その本人はあまり自覚してなそうだが、俺には良く分かるし、多分分かり易い行動だろう。
「アレだけじゃなくて、もう一人の姉も含めての話ですけど、まあそうですね」
アレと同列に並べられるとか、どんなお姉さんだよ、その人。
いや、そうか……片方だけでもまともだったら、コレはしないか。うん、なんとなく分かる。……分かってしまう。
別に今更誤魔化す気はないが、完全に納得してしまった。どこがとか明確な指摘はできないけど、根本的な部分で俺と妹ミナミは似ている。
だから、何をすれば嫌なのかもちょっと分かる。
「じゃあ、コレが定期便の契約書ね。別にサインする必要とかはないが」
「はあ。そういうものなんですね」
いや、別に必須ではないんだが、定期サービスのオプションで用意できるんだよね。
「あとコレはオマケ」
その契約書の上に、一度返された旗を置いてた。案の定、すごく嫌そうな顔をする妹ミナミ。
「取り扱いに困るものなんですが」
「知ってる」
だって嫌がらせだもの。そして、こうして渡されてしまった以上、拒否できない事も理解している。
『結局、それなんだったんですか? マスカレイドさんに負けを認めさせるとか相当ですよ』
「えーと……」
自分で説明するのは憚られたのか、妹ミナミは俺に困惑の視線を向ける。
「前の海水浴で、お前が全裸で台車運搬されてくる前にやった山崩しゲームの景品だ」
『なんか事実が捻じ曲げられてるっ!? なんでそんな事になってるんですか、その私!?』
目の前にいるお前の妹が主な原因じゃねーかな。
「その時、なんとなくコレ一つでお願い聞いてやるよって言ったんだ」
『はあ、なるほど……なるほど。それはメチャ扱いに困りますね。マスカレイドさん的にはその場のノリだったんでしょうけど。だって、どこかの国を滅ぼして来て下さいってお願いしたら叶うって事でしょう?』
「もちろん限度はあるぞ」
何か正当に理由があれば政府壊滅くらいはさせてもいいが、特に理由もなく皆殺しとかしたくないし。
『でも、その基準が一般人のものとはかけ離れてるでしょ、マスカレイドさん。片手間でできそうな事なら普通にやるでしょうし』
根本的な部分は似てないってだけで、姉のほうは姉のほうでちゃんと理解してるな。
「渡されたほうはそれどころじゃないんですよね」
「でも、旗の価値は理解しているから下手なお願いにも使えない。もったいないというだけではなく、それは不誠実だから。でも、渡した本人がどんな手を使ってもって言ってるならちょうどいい言い訳にできたって事だろ」
「うわ、気持ち悪い……まあそうですけど」
適当な例を上げるなら、中規模の隕石が降ってきて他のヒーローでは対処ができない。だけど、ウチとしてはそのまま落ちてもデメリットは微小。
そんな微妙なラインでも見過ごす事はできないと言うなら、その願いで砕いてこよう。
他には、知り合いが怪人ではない巨大犯罪組織に攫われたのを助けて欲しいでもいい。そういうバランカだ。
この意味不明な常識が蔓延る世の中じゃ、そういう事が起きる可能性はあるのだから、適当な理由でお願い事できないのは分からないでもない。
気に入らない怪人がいるから、そいつを木っ端微塵にして下さいとか、そういう適当な願いでもいいと思うが、そこに意味がないと嫌……というか、使えないんだろうな。
『いつもの事ですけど、難しく考え過ぎじゃないですかねー』
「姉ミナミには一生分からないよ」
『えー』
俺もそれは同感である。いや、根本的に似てないとかそういう領域ではなく、姉ミナミの場合はもっと異質なものを感じるし。人間から半分くらい逸脱した場所でフラフラしているというか。
「でも……分かりました。また受け取っておきます。我ながら都合良く処理しようとしていたとは思うし」
そう言って妹ミナミは旗を持ち、何故かパタパタと振った。降参を引き出した勝者のはずなのに、それは敗北宣言に見えなくもない。
「それで、結局私は何をすればいいんですか? 多分、そういう話ですよね?」
「あー、そこら辺は多分人生の岐路にも関わる事だからちゃんと考えるとして……まずは、ウチの妹と同じ学生バイトでお願いするか。もちろん報酬は出す」
「バイト?」
「とりあえず、姉ミナミとシミュレーションゲームでもしてもらおう。全力で」
「……は?」
やっぱり、根本的な部分が似ているだけで、こういう思考までトレースはできないって事だな。
性格も全然違うし、引き籠もりでもないのに、不思議な事もあるもんだ。
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『不思議なんですよね。実際には全然違う戦術なのに、どこかマスカレイドさんっぽいと思ってしまうというか』
数日後、デジタル、アナログ問わず様々なゲームで、対戦ならぬ大戦してもらった姉ミナミが持った感想はそんな感じだったらしい。
俺もいくつかは観戦しているが、ほとんどはログやリプレイ、あるいは棋譜を通しての検証が主になる。
尚、ある程度なら運が絡むのはむしろいい結果に繋がるが、麻雀くらいになると参考にならなくなるらしい。あと、複雑なルールになるほど強くなる傾向にあるのは俺と似ているな。
「ログだけで見てみると分かり難いが、対戦している本人ならそんなに分かる感じ?」
『意地悪な手ばっかり使ってくるんです』
そりゃ、それはログやリプレイを見ただけでも分かるが。それだけなら、単に普通の良手だぞ。
大体にして、別に対戦成績は妹ミナミのほうが少し勝率がいいってくらいだし、絶妙手で逆転した例もない。姉のほうがやらかして負ける例は多かったけど。
『なんか、表面上では見えるはずのない、地味ーに嫌な部分を的確に突いてくるというか。……あーいえ、多分記録からは読みとれません。私自身漠然としてますし』
「そういうもんか」
『思い返せば昔からそんな感じではあったんですよね。その時々では、なんて嫌な手を……って戦慄してて、今回なんて盤外戦術までアリにしたらとんでもない手段で追い詰めてくるんですよ』
「ほう、どんな戦術か興味あるな」
多分、今必要なのはそういうモノのはずだし。
『……ま、まあ、マスカレイドさんの参考にはならないので、はい』
「なんでやねん」
そこまで言い切るなら、むしろどんな事をやられたのか気になるんだが。
『か、確実に対怪人幹部Cには無意味なので……あ、それなら妹ミナミがウチの意地悪ばあさんをポーカーでやり込めた時の話します? 痛快でしたよ』
それはそれで気になるが。ウチのって言ってるって事は実の祖母の事だろうに、意地悪と呼ぶのはなかなかに興味深い。しかし、それは後回しだ。
『ぜ、絶対に言わないんですからねっ!』
とはいえ、いくら問い詰めても吐こうとせず、あげくの果てには別の例を挙げて誤魔化そうとし始めたあたりで諦めた。
そういう情報を得るためにやっている事なのに、結果を共有しないとはどういう事やねん。
仕方ないので婆さんの話を聞かせてもらったのだが、それが普通に面白く興味深い話だったので満足してしまった。お前らの珍妙な名前、婆さん命名なのかよ。
『そ、そういえば、一件別に報告すべき問題がありまして……』
「ご、誤魔化されないんだからねっ!」
『いえ、コレもそれなりに重要な話なので』
こうなったら仕方ないな。妹ミナミから直接聞くか、最悪妹経由で探りを入れて……。
……いや、口止めされてたら出てきそうにないな。戦略上重要な事を隠しているならともかく、ミナミの言うように関係ない事だとしたら、女同士の謎連携によって情報封鎖されかねない。……おのれ。
「まあいい、言ってみろ」
『以前から国際線のある空港や港に設置していた怪人センサーですが、警察やその先で銀嶺機関に届くまでに紛失している事例が複数確認されています』
急に対外仕事モードに入るな、ビビるだろ。
「かなり厳密に管理してもらってるって話だったが、そういうのも出てくるよな、そりゃ」
それは導入以前からある程度懸念されていた話ではある。
国際的な玄関口に設置したセンサー……実際は設置型だけでなく携帯型もあるんだが、これができるのはあくまで残留パワーの検知のみであり、怪人パワー、あるいはヒーローパワーの影響がある物品、あるいは人間を含む生物を検知できるだけのセンサーでしかなく、実際に何かの効果があるかどうかは関係ない。片っ端から検知して一時的に差し止め・没収、あとからまとめて詳細検査を行うという流れだ。
そういったセンサーが導入されている事は一般にも告知されているし、おそらくは怪人側にも伝わっているだろう。だからというわけではないが、これまで検知された物品に大したものは見られず、国家的な脅威どころかもっと小さい規模の危険性しか露見していないのが現状だ。
……なのだが、たとえその詳細が分からなくとも、そういうモノってだけで一部界隈での価値は泊増する。国内では暫定的に即発効された法律で、保持しているだけで銃火器や麻薬どころでない罰則が発生するものの、それはアンダーグラウンドな人たちの飯の種になりかねないという話である。
「海外に密輸してるって話じゃないのか? 経路確認用のアイテムは渡してるだろ?」
『実際、ほとんどはそれで出国前に確保できているんですが……』
「漏れがあると?」
『はい、件数としては数件なんですが。たとえば極最近だと、空港の荷物の中に含まれていた謎の珠、えーとコレですね』
ミナミがそう言うと、PCの画面に透明な袋に包まれたピンポン玉程度の大きさの珠が映し出される。赤黒い模様のついた、かなり不気味な珠だ。
見た目で用途は分からないが、この手の問題では用途が分かるもののほうが珍しく、ウチ経由でヒーロー向けのサービスの検査を頼るしかない。それらはたいてい、別段大した事のないもの……科学に由来しない盗聴機能とか発信機とか、通信阻害機能だとかが主で、到底怪人の役に立つようなものではないが、毎回検査してもらっている。普通のヒーローなら馬鹿にならない金額だが、ウチの懐事情なら躊躇する理由もないし。
深く調べてみると、これらは怪人ではなくむしろ諸外国のスパイ目的で作られたものである事も分かっていた。
ただ、そういうモノはたいていもっと地味で目立たない形や、別の物品や部品に偽装されている事が多い。コレのように、見るからに怪しく用途の分からないモノにはしないだろう。コレじゃ如何にも怪しい呪物ですと言っているようなものだし。
「コレが見つからないと? 広域検知もしたんだよな?」
『はい。既知の密輸ルートでも確認できなかったですし、密輸関連の前科持ちからも情報は出ませんでした。警察が認識していない独自調査のルートでも空振りです』
何故ミナミがそんなルートを知っているのか、アクセスできるのかは聞かない事にしても、確かに妙だな。
それでも、運ぶだけなら未登録の船を使うなり、ドローンを使うなり、頑張れば個人製作のロケットなんかで大陸側に飛ばすなんて事も不可能ではないだろうが……。
「その手の話は、別に運び手と受け手があるもんだろ? その線は?」
『それも空振りです。もっと言うなら、それっぽい金の動きもないと』
「なんだそりゃ。……いや、そりゃ未知の抜け道はあるんだろうし、そういうエキスパートが編み出した方法って事なのか?」
それでも、ミナミの調査から逃れるのは正直現実味がないし、そもそも割に合わない。もっと安全でお手軽かつ儲かる違法手段はいくらでもあるだろう。
海外の業者が求めているものなんて分からないが、詳細不明なモノじゃ利用用途は限られる。研究用、取引材料など、ある程度の価値こそ認めはしても限度はあるはずだ。
『あるいは、これらは本当に怪人の手によって使われ、回収されたものなのかもしれません』
「ああ、それなら……」
怪人が回収しているのなら、未知の手段でも理解はできる。多分、エリア外の海に飛ばすだけでも、何かしら回収の方法はあるだろうし。
というか、ウチとしては本来はそれを止めたいのだが。反社の仕業が目立っていたから認識がズレていたが、ぶっちゃけ密輸での小遣い稼ぎになど興味はない。
『それで、画像だけでも何か情報を得られないかといろいろ調べてみたんですが、ヒーローネットに同じらしきものの情報が見つかりました』
「おー」
『残念ながら、そちらでも同様に紛失してて、名前くらいしか分かってません』
「そうなのか。……ミナミの追跡からも逃れるような手があるならそうなるか」
逆に言えば、名前は分かったのか。日本の管理体制と違うから一概には言えないが、思ったよりちゃんとしてる。
『ただ、その名前がちょっと曰く付きでして……日本語訳は< 怨恨珠 >と』
「えらい不吉な名前だな。見た目に合っているといえば合ってるが」
何かの伝承に曰くのある名前なのかと思いきや、そのまま不吉な意味の名前だった。
推察するに、周囲の怨念を吸い取り、力に変換するアイテムとかだろうか。それなら怪人側のカタログにも普通にありそうだ。
とはいえ、名前まで分かってるならかぐやに聞けば詳細も一発だろうな。あいつの点数稼ぎのために、今度聞いてみようか。問題は会うタイミングを捻出できそうにない事だが……イベント開始前に一度は会っておきたいところだ。
『他にも、過去の類似例では< 怨念の焔 >なんてものも……こちらも用途は不明ですが』
「……なんで飾り付けされてんだ? コレ」
『手に入れたヒーロー関係者が、美術品として保管する予定だったらしいです。次の日のブログには空になった台の写真と発狂した文章が綴られてました』
合わせてPC表示に表示されたのは花のような、炎そのまま固めたような赤黒い物体だ。
こちらは珠と違って美しさもあるが、どちらにしても不気味なのは一緒である。どちらも所持しているだけで呪われそう。
「どっちも不吉な名前で追跡不能って共通点はあるが、関係性があるかすら微妙なところだな」
『怪人側も一枚岩じゃないどころか、かなり複雑な社会構造みたいですしね。全然関係ないって可能性は普通にありそうです』
六次請の企業とか、娘の進学で困ってる話を聞く限り、いわゆる悪の組織ではなく社会が構成されていると考えるべきだろう。
「それらが見つかった国……というか、場所はどうなんだ? 共通点とか」
『それが特には。あえて言うなら、怪人被害の多い発展途上国が多いですけど』
それだと、日本の例がむしろノイズになりそうだな。おそらく、ヒーローネットとはいえ写真を載せるような管理体制ガバガバって事なんだろうが、真実は分からん。
しかし、なんでもない些細な事かもしれないし、いざとなれば回答を得られそうなルートもあるが、実に気持ち悪い例だ。
『怪人は制限に縛られています』
なんとなく思い出したのは、最近聞いたかぐやの言葉。
正解に直結している気はしないが、無関係とも思えない。そういう謎の直感が働いているような気がした。
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そして時は流れる。
前哨戦開始と共に勢いを増した怪人の侵攻は、世界規模で支配エリアと被害を拡大したものの、その速度、範囲はかなり抑えられていると言っていいだろう。国レベルの陥落がないとはいえ、無数の集落や複数の都市の犠牲は無視できるものではないが、それでも当初懸念されていた被害規模から見れば軽微であり、その評価は俺だけでなく世間一般のそれと合致している。これはひとえに世界のヒーローたちの活躍による結果だ。
初動の勢いからすると、この戦果は少ないように感じる。怪人幹部Cが状況を読み違えたのか、予想以上に怪人が弱かったのか、逆にヒーローが強かったのか、あるいはコレが想定通りの結果って可能性もあるわけだが、なんとなく読み違えのような気がしている。
原因はおそらく俺が……東海岸同盟が世界にバラ撒いたボトルなんじゃないかと思うが、確証どころか正解かも分からない。
マスカレイドが自由に動けるならもっと抑えられるのは間違いないし、その意見も各所に見かけるものの、現状その手は取り難い。
別に、担当エリアはそのヒーローがなんとかすべき、なんて意見は言わない。常々思っている事ではあるものの、明確に被害が拡大する中でまで主張するつもりはないのだ。
マスカレイドが動けないのは怪人幹部Cの思惑によるところが大きい。いや、確定しているわけじゃないんだが、多分そう。
あのエアーズ・ロック落下を見せられて、平時とルールが同じと楽観視はできない。俺が他国に、なにより連絡のとれない怪人の支配エリアに出撃した場合の動向が読めないのは大問題なのだ。
おそらく、実際のところはそこまでの手は打っていないだろうとは思う。そういう疑念を抱かせる事が本命で、マスカレイドの足を止めるのが目的なのだろう。
この、ミナミに言わせればマスカレイドっぽい戦略は、実に上手い事機能していた。
これが単に天才的な戦略眼の持ち主が相手というのなら理論で詰めるなりAIの高速処理で予測すればなんとかなりそうだが、素人故の紛れもある俺っぽい思考の予測は困難を極めた。俺は俺自身と頭脳戦をした事がないというのも大きい。
最善手は少ない。しかし、完全にランダムにも見えない。とはいえ、傾向と呼べるほどの法則は見つからない。
今度のイベント対策のみで奴の思考をトレースする必要があるどうかで言うなら、正直ない。しかし、奴は幹部だ。いつから本格参戦してくるかは分からないが、今の内に対策がとれるならとっておきたい。できればイベントに間に合うなら万々歳。その前に準備機関がとれるなら最高である。
その対策として抜擢された妹ミナミ……南奈美はまだ現実的なラインまで仕上がってはいない。
あるいは、今回のイベント終了までに間に合わないかもしれないが、今後の事を考えるなら無駄にはならないだろう。
彼女は姉ミナミとのゲーム対決と批評を経て、現在は小野銀次郎教授の元で、彼が定義するところの超常社会学について学んでいる。
加えて、かなり高レベルの情報開示……姉ほどではなくとも、それに次ぐクリスより遥かに気密性の高い情報まで含めて頭に叩き込んでいるところだ。
本人の許可は得ているものの、ここまでになると容易に一般社会へと出す事ができない情報の爆弾と化している。
「姉としては、妹を深いところまで巻き込むのは反対じゃないのか?」
『うーん、以前ならそうだったんですが、現状や今後を考えるなら消極的賛成なんですよね』
「手元に置いておくほうが安全を保証できるのは確かだな」
マスカレイドの正体を知り、姉ミナミの現状を知るだけなら、社会で生きる事に不都合はあるものの不可能ではない。しかし、ここまでガッツリと関わり、表向きには決して公開されない各種情報を見聞きし、更にはマスカレイドの活動戦略にまで関わるとなれば、将来的に一般人でい続ける事は難しい。
クリスや姉ミナミ、あるいは近藤さんのようにやむを得ぬ事情があるなら諦めもつくだろうが、自分の意思で選択するにはハードな立場だろう。それは、方向性や深度は違うものの、ウチの妹や長谷川さんの立ち位置に似ている。
しかし、彼女はそれを選択した。単なる好奇心や使命感で選択するものでない事を分からないとは思えないし、正確な理由も分からないが、あまり迷ったようにも見えない。まあ、容姿や性格的にいわゆる普通の幸せを望むタイプでもなさそうというのはあるんだが、やっぱり普通じゃないっぽい長女さんが極々普通の家庭に収まっている事もあって判断に困る。
『怪人被害の心労や未来への不安まで考慮した場合、下手すると避難所のビルに住んでる人たちのほうがQOLが高いような気もするんですよね』
「地下暮らしなのに割と謳歌してるしな、あの人たち」
クリスを保護する目的で造った避難所……何故か正式名称がヒーロー避難所を経て< 超避難所 >と謎な命名をされてしまったあのビルだが、諸々の理由があって表社会から弾き出された難民のような存在だったはずなのに、なんだかんだで以前より充実していると感じている人がほとんどらしい。
元々引き籠もりだったのに社会復帰できました、なんて報告を見た時には、それは充実なのかと思ったりもしたのだが、それは俺だけの意見だった。
まあ、普通の社会人だった人でも同じなので、相対的に住み易くはあるんだろう。
『表に出る事を諦めた分、カタログ商品の恩恵に与り易いですし、何より価値がストップ高更新中の安全が得られるってのは大きいんでしょう。つまりスポンサーの影響が強く出てますね』
「俺じゃねーか」
安全はともかく、実験も兼ねて不治の病とか治してるってのも大きいかもしれない。
……だって安いんだもの。その程度のポイントで健常な労働力になるならやっておけよって思ってしまう。これが人数増えたり、それが目的になったりするなら話は変わってくるんだろうが、今は狭いコミュニティ内での話でしかないのだから。
指導者や代表になる気なんてさらさらないが、すでに保護下へ組み込んでしまった者なら好感度が高いほうがいいというのも事実だ。
施設内のみに制限されるとはいえ、通貨や流通、仕事も完備され、娯楽施設や環境整備にも気を使ってと、ちゃんと社会構造が再現されているのも大きいだろう。
……人によっては楽園かもしれんな。
『ちょっと前から言ってますけど、本当ならもう家族全員放り込みたいところなんですよね』
「そういうわけにもいかんだろ」
普通、今までの生活を捨てるのは容易じゃない。数例の例外を除けば、あそこはやむなく入るしかなかった人たちなのだから。
『脱線しましたけど、そういうわけで、妹の件もある程度でも立場が保証されるならアリなんですよね。両親にはまだ内緒ですし、あくまで私の意見ですが』
「ウチも全員放り込みたいところなんだけどなー」
実際にはちょっと厳しい。クリスとの直接的な関係があって仕事にしている明日香ならともかく、その家族まとめていなくなるのは目立ち過ぎる。
日本全国を見れば行方不明や離散、夜逃げなんて珍しくもないが、そういう些細なところからどこかの調査が入って俺の正体が露見しないとも限らない。
カバーストーリーを作るにしても、いなくなったという事実は消せないし、どこかしら不自然さは残るものだ。
改めて考えても、長期間誰の目に触れずにいても不自然でない極度の引き籠もりって設定は便利である。長年かけて浸透してきた俺の引き籠もり志望が近所や関係者、友人知人に至るまで広まっているおかげで誰も不自然に思わない。
正体発覚が致命傷になりかねないヒーローにとって、ある意味チートみたいなもんなんじゃないだろうか。
『前哨戦の事がなくても、世の中が混迷し始めてますしね。むしろ前哨戦の混乱があるからこそ、今の状況に落ち着いてるというか』
「あー、まあな」
あんまり認めたくない話ではあるが、例のシミュレーションによれば、今は前哨戦開始とその結果発生している混迷によってバランスが保たれているのではないかという予測が出ているのだ。コレはウチだけの予測ではなく、そういう答えを出しているシンクタンクは多いらしい。
原因は残念ながらプロテクション・ボムの存在で、長年人類の課題であった核抑止力が揺らぎ始めているという話である。
詳細なデータは提出していないし、コメントは差し控えている上に威力を抑えたサンプルを各所に送って誤魔化しているというのにだ。誰も、そこから得られる検証結果を信じず、完全に核攻撃を防ぎ得るモノとして認識している節がある。
可能性だけなら実際それは間違っていないんだが、問題はそう思い込みたい人、強迫観念で思い込まされる人、思考誘導される人が異常に多かった事だ。結果として、世界は第三次世界大戦前夜の様相を呈している。
……なんでそんな飛躍するのかって話なんだが、これは以前から俺たちも予測してはいた事で、だからこそアレができれば切りたくないカードだったのだ。
『無数の国家に軍備拡張の動きあり。……特に核保有国や、その影響を強く受けていた国で露見を厭わない方向転換が見られます。怪人がいつも以上に暴れている今、そちらに目を向けざるを得ない状況ですが、前哨戦が発生していなかったら各地ですでに戦争が始まっていた可能性すら……』
「その前哨戦がなければプロテクション・ボムを使う必要もなかったんだがな。改めて痛い一手だった」
『未だ国内の反乱と言い続けてるシベリア共和国の件や、アイルランドの件、東欧、南米、アフリカと争い自体はあったんですけどね。アレからなくなった国も増えた国も結構ありますし』
どこかでは使うだろうと思っていたし、だからこその大量配備だった。しかし、さすがに想定より早過ぎた。
使用したのが間違いとは思わないし、怪人幹部Cが存在を読んでいたとも思えないが、使わされた感が強いのは間違いない。
そのプロテクション・ボムを保有しているわけでもなく、その効果すら曖昧な状況。ただ、核抑止力の効果が揺らいだというだけでこの騒ぎだ。
日本国内で、プロテクション・ボムの配備に軍事予算を割くべきだという、まるで金をかければ配備できると勘違いしている頭の悪い意見が出てくるとか、そういうレベルの話ですらなく、今回の件はまったく関係ない国々が暴走しているのである。
実際のところ、プロテクション・ボムは確かに核へのカウンターとして機能し得るが、それはマスカレイドが持つ無尽蔵のヒーロー・パワーあっての事。それをどこかに供与する気などまったくないというのに。
『ヒーロー・パワーボトルの大量出荷も関係してますね。あの直後から一気に用途が不明瞭な出荷が増えています』
「何本あったら想定の出力出せると思ってるんだろうな」
『今頃、その検証をしている人たちは絶望してるんじゃないですかね』
実をいえば、あのプロテクション・ボムは開発後しばらくして販売開始している。加えて、そのエネルギー充填もカタログから購入できる変換用の設備を使えばヒーローなしで運用できなくもない。しかし、それで核攻撃を防ぐ出力を得るのはあまりに夢見過ぎている。
普通のヒーローが頑張ってようやく怪人の必殺技を一発防げる程度がせいぜい。そのヒーロー一人分のパワーが封入の基準となっているボトルでは、メガフロートで津波を防いだ出力どころか、四国沿岸部に到達した津波を防げるところまで持っていくのすら困難だろう。
問題はその減衰率だ。ヒーロー・ボム、ヒーロー・ボムMの時点で課題に上がっていた事だが、アレは多くのパワーを充填しようとすると、指数関数的にパワー効率が悪くなる。攻撃と防御の違いこそあれど、効率の面でいうなら、プロテクション・ボムは更に悪化しているのだから。
確かに変換設備を使ってボトルから充填しても実現できない事はないが、現実味はない。販売停止しているが、ヒーロー・ボムMを使って核爆弾級の威力を出すほうがまだ現実的だろう。
「……次のイベントを無事に凌ぎ切っても、直後に待ってるのが第三次世界大戦じゃ目も当てられないぞ」
『シミュレーション結果からして、その可能性を否定できないのが怖いところなんですよね。イベント内容が分からないから大雑把な予測しかできないのが不幸中の幸いというか、その逆というか』
怪人幹部Cがここまで読んでいたとは思えないが、この状況は確実に奴の作り出したものだ。まったく、面倒な事をしてくれる。
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「こりゃすげえな」
やたらとサイバーな設備が設置された一室。超避難所のワンフロアを独占して造られた、専用権限を持つ者でしか入れない部屋の、その中央にある大型スクの上に投映された地球の映像を見て感嘆する。
これは、例のシミュレーション技術を応用して、アルジェント主導の上で作り上げたシミュレーション結果の出力システム。円とドル、そしてヒーローポイントを湯水のように使って造られた、採算度外視で高性能のみを目指して造られた世界シミュレーター専用フロントエンドである。
コレ自体が特別な処理能力を有しているわけではないものの、この避難所内のシステムと直結し、可視化、全体を俯瞰しての動きが映像として出力できる優れモノだ。時間経過に合わせてどう推移しているのか確認し易い。もちろん、平面の地図で表示する事もできるし、ただ映像にするだけでなくデータそのものも確認可能だ。
むしろ映像出力自体はおまけで、なんか俺が月制圧したのに合わせて急遽アップグレードしたのだとか。主人の点数稼ぎが得意な次女担当ならではの手の早さである。あざとく、決して前面に向けてアピールしないあざとさが透けて見える。
「今回のアップデートでは月の詳細状況の視認化、そして本当にオマケですが火星と金星の二つについても立体映像を出力できるようになっています」
横でその次女担当……アルジェントが直接説明してくれているが、月はともかく惑星二つに関しては本気でオマケだ。だって、そんなところシミュレーション範囲に入ってないもの。立体出力した場合の見栄えがいいだけである。
「また、ある程度操作の簡易化を実現しましたが、人間のオペレーターのみで全機能を運用するのはまだまだ夢物語かと」
「そりゃそうだ」
というか、無数のミナミ・ロボ……アンドロイドを端末として使用しているようなシステムをそこまで簡易化できるとは思っていない。
やろうと思う事自体無謀と思うほどだ。サーバは既存のものを使っているとはいえ、このシステムは基本ロイドの存在が運用の基盤になる事が前提で作られている。これはフロントエンドだが、人間が活用するならフロントエンドのためのフロントエンドが必要となる代物でしかない。
「さて、妹ミナミ、今回はコレを使って戦略の見直しと思考実験を行う」
「教授から話は聞いてましたけど、またとんでもないものを」
今この場には俺とアルジェントだけではなく妹ミナミも同伴している。目的も、設備の視察ではなくちゃんと利用するためである。
シミュレーター自体は知っていた彼女でも、こうしてサイバーな空間と映像を目の当たりにした衝撃は大きいらしい。まあ、俺も正直ビビってるし。
「本体はともかく、これらの設備自体はシミュレーション結果確認を簡易化するためのフロントエンドに過ぎませんよ」
「とはいえ、俺たちの思考はアナログだからな。そのために用意してもらった」
「き、緊張する」
まあ、小野教授とかも使う……というか、それがメインなのだが、妹ミナミとの思考実験のために前倒ししてもらったのは確かだ。アルジェントは意気揚々としていたらしいが、手伝いした残り二人は結構ヒーヒー言っていたとの報告を受けている。そこに、客先からシステム要件変更の無茶振りをされてデスマーチを手動するプロマネの姿を幻視した。……いや、そんな現場知らんけど。
正直、実験についてはわずかでも結果が出る事すら期待していない。どちらかといえば今後を見据えた実験であり、迫る第三次イベントに向けての悪足掻きの側面が大きいだろう。すでにもう年末。本番開始が予想される年明けまでの時間は短い。事前にできる事があるならやっておきたいのだ。
『というわけで、前哨戦開始前後からこれまでの経緯を詳細なデータを使って振り返りつつ、ウチの妹と意見を出し合ってもらいます』
壁面の一つにはミナミの顔。いつものリビングのモニターよりは小さいが、ただの壁面にしか見えない部分が画面になる不思議構造だ。壁掛けテレビよりはるかに謎な技術なのだが、オペレーターの宙空ディスプレイではないらしい。
「では、前哨戦開始直前の各種データから出力します。とりあえず種類は最低限に限定、数字も丸めたものなので、詳細や関連性などの情報が欲しい場合はその都度ご指示下さい」
と、アルジェントが言った直後、デスク上に投映されるのは、とりあえずとはとても思えない膨大な量の情報群。
実際これで確かにとりあえずなのだから、本来はどれくらい膨大な量のデータを扱っているのか想像もできない。
とはいえ、ここに表示されているもののほとんどは俺も姉ミナミもおおまかに把握しており、妹ミナミも即席培養で叩き込まれているはずの情報だ。そこから解説と質疑応答、各人の所感も挟み、表示する情報の時期を進め、疑問があったら戻しと繰り返し、戦況の評価を行う。
初期段階の数時間で分かったのは、こうして映像を含めた情報にまとめられ、他者の意見を交えて再確認する事で戦略的規模の視点が養われる事。重要でも断片的な情報のみで判断していた頃よりも、それぞれの関係性が見えてき易い。まったく関係のない国同士で起こった事が、無数の連鎖的イベントにより生まれた結果という事もあるのだ。コレは一側面から見た情報だけでは絶対に判断できない。桶屋を設けさせる風を視認しているようなものだ。
そして、妹ミナミが想像以上に俺に近い思考で動いてる事が分かった。コレはすでにそういう上方修正を加えた上での評価で、正直なところ期待以上。俺自身の思考にも関わる事なので、上手く言語化できない気持ち悪さがある。
まったく同時のタイミングで同じ疑問を挟む事も複数回。多分、向こうはかなり気持ち悪いと思っているだろう。俺も同感だ。
それは、俺が怪人と戦う時に感じている感覚に近い。もっと言うなら、かつてアトランティスに突っ込んだ時の時間感覚の伸長にも。
ひょっとしたらスポーツ選手が感じているゾーンのようなものに近いのかもしれないが、経験がないので比較できない。聞いている話よりははるかに負担が少なく、周囲にも目が届く集中状態は、ヒーローの処理能力がもたらしているのかもしれないからだ。
むしろ、真っ当な人間であるはずの妹ミナミのほうが、この状態を評価するのに相応しいだろうが、今は眼の前の事のほうが重要だ。あとで個別に色々聞いてみてもいいだろう。
そして、この傾向は時間経過と共に、情報が多くなればなるほど強く見られた。脳の処理限界が来るまでは、今感じている誤差も縮まっていくのだろう。
「気をつけないと、自分の考えかどうか怪しくなりそう」
そう妹ミナミの口から漏れた言葉に、まったく同じ事を考えていた。
別段、エスパーのように人の心が読めるとか、普段できない計算ができるとかではなく、お互いが考えている戦略部分の思考だけが共有される。そして、膨大な情報の中で目的の……怪人幹部Cの関わっただろう部分だけが色分けされたように認識できてしまう。そういう、あまりにも限定的な条件でのみ適用される処理能力向上のようなもの。
いくら明日香でもここまでのシンクロは想定していなかったはずだ。できるはずがない。あまりに親和性が高過ぎる。
俺たち二人……いや、三人は、限定的な条件でのみ、異様なほどに同調しているのだ。
「こちらが実際に怪人が出現した場所と、支配率獲得のために進出している場所の相関図になります。パッと見でも分かるように、あきらかに地政学上最善手……どころか優先度が高いとは思えない場所に手を出しているケースが多く見られます」
表示されるのは、怪人の戦力やその場に直接出現できる特性、カタログに存在していると思われる怪人オブジェクトの価格や性能を加味したものを含めた場合の侵略優先度だ。それぞれのポイントに関わる情報を引っ繰り返しても、何故そこなのかの回答が見られない。
……本来であれば。
「これは、ランダム……というよりも別々の頭で判断してると思う」
「怪人は個々の判断で侵略先を決めているな。おそらく、怪人幹部Cの意思の元に方針さえ統一されていない」
それは、前哨戦の宣言以前、バージョン2開始まで遡ってみても同じ傾向にあって、法則にほとんど規則性が見られない。
つまり、今見るモノとしてはただの付帯情報に過ぎず、本命を際立たせるだけのものだ。
「こうして見ると、やっぱり宣言直後のエアーズ・ロック落下と……この四箇所の襲撃が異質なものとして浮かび上がってくる」
「それだけが、怪人幹部Cが直接指示した作戦行動……って事か」
「…………」
違う気がする。なにかノイズを感じる。単に膨大な情報に紛れているというだけでなく、もっと決定的なノイズが。
『静止軌道衛星の一件はどうです?』
「それも多分別……だと思う。ま……私なら、そんなところに手を出さない」
同感だ。俺なら、妹ミナミなら手を出さないポイント。だから余計に違和感がある。ボルテック・ジャッカーの件まで含めても、あれは別の頭から出てきた手だ。その回答に、俺が口を挟まない事に姉ミナミは首を傾げているが、確信に近い。
俺たちは自身の思考に首を傾げつつ、それが正解と感じている。理解できていないのに感じている。
「……甘い」
「自分で入れておいて何言ってるんですか」
妹ミナミが、自分で大量に砂糖をぶち込んだ紅茶を飲んで呟く。脳がカロリーを消費しているのを補給しているのか。
でも、脳の消費カロリーって案外そこまででもないって話を聞いた事もあるし、謎だ。ちなみに、俺はヒーロースペック故がなんともない。延々と奇妙な感覚が続いているだけで負担は感じない。
……こちらがそんな感じだから、妹ミナミ側の負担が読めない。アルジェントも姉ミナミも止めようかどうか迷っているようだが、判断がついていない。
この奇妙な状況に再現性があるとも思えないから、下手に止める事もできない。
複数の休憩を挟んでとは数時間。お互い相当に仕上がってきたのが分かる。
ここまでくると中断すら挟めない。情報の渦に潜り込み過ぎていて、一度浮上したらリセットされる予感があった。
奇妙なシンクロ。お互いの考えている事が分かるのが前提として、自分の脳を自分でトレースしているような思考の深化を感じていた。
きっとこれは偶発的に複数の条件が重なった上で起きている現象。その上で、この膨大な情報の海に身を任せた事で起きた奇跡のようなものだ。
あまりに異様な未知の体験故に制御が効かない。
『なら、相手の目的はなんだと思います?』
「……目的」
もはや、姉ミナミに対するその言葉がどちらが発したものか分からなくなっていた。
そして、俺よりも早く妹ミナミの口が開く。
「目的というか……苦し紛れ」
『は? あ、いや、確かに本人もマスカレイドさんのせいで苦境とは言ってましたけど』
どうだ? 俺はまだそこまで確証を得られない。そうかもしれないとは思ったが。
「あの幹部は独自の精鋭チームを構築して動いている。この異質な四箇所の襲撃が正にそれで、フリーハンドで動いているその他大多数の怪人の助力に徹している……と思う」
「動きたくても動けないか」
「理由として考えられそうなのは、リソース不足。かなり……イベント本番に使うリソースのギリギリまで無理をしている。数少ない一手で全体の動きを誘導して偽装しているように見える」
辻褄は合いそうだ。そして、それらは上手くいっているとは言い難い。いくつもの失敗と想定外に苦慮している。
だからこそ読み難い。元々最善手でない戦略で動き、根本的な狙いすら結果が出ていないなら当然だ。
それは如何にも自分が相手の立場だったら取りそうな手に思えた。相手を過小評価するよりは過大評価したほうがいいと思う相手に対して、更に自分を課題雹させるようなブラフ。
「つまり、奴はイベント開始まで動けない」
「軌道修正程度の細かい手は残していると思う。もしくは目論見が破綻した場合に、わずかなリソースで作戦を切り替える事もありそう」
『……温存策?』
「それはない」
普通なら鉄板な安全策だが、俺たちならやらない。それが答えだ。
ただ、油断しちゃいけないのは、たとえ動かせる手が少なくとも、最大限効果が見込める手を狙ってくる事だ。
「この場合、有効なのは相手の手に合わせた応手にリソースをつぎ込む事。こちらの動きを待っている」
「上手く躱せれば、それ見た事かと言わんばかりに、ここまでの動きが予定通りだったかもしれないと疑念を抱かせられるな」
「むしろ、当初の予定はマスカレイドさんの足を止める事。それは半分成功してて、これからの推移次第でその最低限は満たせる」
『なら、こちらから動かないのは不正解って事になりますけど』
そうなんだ。だから、イベント開始前に何か一手を打ちたい。それだけで相手の思惑は瓦解し、イベント開始前にアドバンテージを稼げる。
この場合、最大の戦果は逆に相手の思考に枷を嵌める事。
「……妹ミナミならどんな手をとる?」
「私? え……あ、そうか、うん、私の意見か」
あっちも相当に深くシンクロしてるな。ひょっとしたら俺より深く……怪人幹部Cの思考とさえ同調しているかもしれない。
だからこそ、自分なら、マスカレイドなら、怪人幹部Cなら、何をされたら嫌かをトレースできる。
「……ほぼほぼ答えは出てるけど、懸念が一つ残ってる。ノイズ……幹部とは別に大きく動いている頭の存在が怖い」
「だよな。多分一人か、少なくともチーム単位で別働隊が動いていると思うんだが」
それは多分保険だ。意図して組み込んだか、偶然発生したものかは知らないが、当然の如く大多数の怪人連中とも別に、幹部本人の意図とも外れて大きく動いている奴がいる。そいつの動きはトレースできない。過程で発生したイレギュラーを利用するのはそれっぽい。
『リサイクル・リベンジャーじゃないんですか? 多分、衛星でちょっかい出してたのってアレですよね?』
「「…………」」
……あれ? 確かにそうかもしれないが、なんでそれに思い至らなかったんだ?
怪人幹部Cの思考をトレースする事に重点を置き過ぎて、視野狭窄に陥ったか?
同じ事に思い至ったか、妹ミナミが頭を振った。
多分、深く同調し過ぎていたのだ。俯瞰視点から遠ざかり過ぎていた。
そうだ、ここまで得た情報を加味すれば、ノイズの第一候補は当たり前のようにリサイクル・リベンジャーになる。同調からかけ離れた部分だけに正解かどうかは分からないが、少なくとも関わってはいるはず。
だけど、読み間違えていたら、大きなダメージにはならずとも題三次グランドイベントに向けてのプランに軌道修正が必要になる。
特にかぐやが提示しているバージョン3のプレテストに含まれるアレが確かなら……話半分だとしても、イベント開始時点の人類・ヒーロー側の支配領域は失いたくない。
だからこそ、ここで相手の手を鈍らせる事が重要なんだ。ここに至れたなら、手を打ちたい。
『えーと、概ね答えが出てる感じです? なら、現状での推測だけでも共有して頂けると……』
「ああ、悪い」
そりゃ説明は必要だ。
「要は、向こうの作戦立案担当……おそらく怪人幹部Cが何故わざわざ前哨戦なんてものを仕掛けてきたのか」
「イベント実行がタダではないと仮定するなら、これは苦肉の策のはず」
「当然、できれば切りたくないカードだったはずだ。なのに、その後に続く行動にらしくないノイズが見えるのは、イベント本番に使うリソースを割り振っている」
「それが迷彩になると確信したから」
『ええ、傾向としてはこれまでも議題に上がっていた内容ですけど……すいません、ちょっと情報入りました』
そういって席を外すミナミ。もし怪人が出現したなど、日本に関わる問題であればもっと慌てているだろうから緊急性はないのだろう。
そっちも気になるが、妹ミナミの様子もちょっと気になる。
「おい、大丈夫か?」
「……え? あ、はい。別段問題は……最低限、ノイズがリサイクル・リベンジャーって確証が欲しい」
意識を再浮上させようとしたが、妹ミナミは勝手にまた深くへと潜っていった。
体調を崩したりとかではなさそうだが、周りに意識が行っていないように見える。何かがスイッチになって極端な集中状態になっている?
俺も似たような経験はあるが、こういうのはもっと段階を踏んで入る状態のような……。
「確かにそれだけでこちらの手がとる手が決まってくるが」
「コレがどこまでの事ができるかで……答えは出てるんだけど、リスクを極小化するために一押しが欲しい」
その答えは分かっている。なんて事のない、実にありふれた答えで、それしかないというもの。
この際、ここまで丸裸にできているなら十分と、強行して経過で都度修正するかと判断し、口にしかけたその時だった。
『フランスで腐食怪人B・リンクスが出現。これが討伐されました。過去に日本での討伐実績があったので、照合依頼が来ています』
「再生怪人か。本人って事はボルテック・ジャッカーと同じ事例だな」
という事は、これもリサイクル・リベンジャーの一手。
『それが、討伐後に現地ヒーローが謎の珠を回収しています。鑑定待ちですが、写真を見る限りコレは……おそらく< 怨念珠 >』
それを聞いた瞬間、霧が晴れた。
途端に災害の如く押し寄せる情報の波。それは、ノイズがもたらす影響の限界点を露呈させるものだ。
「決まりだな。多少修正だろうが、イベントまでの大方針は……」
「この状況で、怪人幹部Cがもっとも嫌がる事は……」
「「王道の、紛れの起きない横綱相撲」」
相撲までシンクロすんのかよ。(*■∀■*)
現在、第9回二ツ樹五輪プロジェクト実施中! その無限の先へ第四巻書籍化プロジェクトです。
今週末までラストスパート。まだゴールに到達していないので未達かもしれません。
詳細は活動報告かX、以下準備サイトのでかいロッテさんから。(*■∀■*)
準備サイト事前情報公開サイト:https://oti-reboot.frenchkiss.jp







