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「――ソライロ羽虫の羽が五枚と、瑠璃色水、琥珀鳥の核。あ!銀狐の毛皮まであるじゃないですか!……ええっと代金は金貨二枚と、銀貨三枚です。これで良いですか?」

「それで。アマーリエはいつも買い叩かないでくれるから有り難いよ」


 光を受けて緑色に光を返す鱗に覆われた手がアマーリエからコインを受け取った。顔には獣の色は薄く、アマーリエとあまり変わらないように見えるが、目の前の青年の腕には光沢のある緑の鱗が生えている。尻尾や鋭い爪などもないが、鋭くつり上がった黄色の瞳は縦に割れ、一見してみると表情か分かりにくい。だが、口元には僅かな笑みが浮かんでいた。


「それはロイさんが綺麗な状態で持って来てくれるからですよ。半分になってるどころか、酷い人だとバラバラの状態で持って来るんですから」

「はは。俺はこの道長いからね」


 アマーリエの店は錬金術の店だ。錬金術の店では魔力のある素材を調合して商品を作るので、たくさんの素材を必要としている。アマーリエ自身も買い付けに行ったりするが、それよりも冒険者から素材を買い取ることが割合としては多い。

 このロイもアマーリエの店に素材を売りに来る常連の冒険者で、彼が持って来る素材は品質が良いのでアマーリエにとっては嬉しい限りだった。


「これからもご贔屓よろしくお願いしますね」

「ああ。こちらこそ、またよろしく頼む」

「あ。そうだ、ロイさんに惚れてる乙女に心当たりありませんか?」

「……は?今何て?」

「調度良い人、どっかにいないですかね?」

「……素材か?」


 アマーリエがそこまで言うと、ロイは理解したような顔でため息を吐いた。


「はい。素材で恋する乙女の涙が欲しいんですよ。私の使うのは気まずいし、誰かくれないですかね?報酬は弾むんですけど」


 課題となっている薬の素材は経験がない人で良ければ良いわけではなく、現在恋をしている人のそれでなければならないのである。そういう条件が付くと対象人物はおのずと少なくなるし、また難しくなるだろう。


「なっ……!アマーリエ、その、経験ないのか?」

「はい。ないですけど?」

「あの、エリート騎士はどうした」

「何言ってるんですか?ただの幼馴染みですよ」

「そうだったか……」


 アマーリエが思案に耽っていると、ロイが戸惑い勝ちに声を発した。ロイはこの店の常連であるが、そのために毎日のように顔を出すルストとは顔見知りだ。ルストは王宮勤めのはずなのに、少しでも暇があれば店にやってくる。

 昔から苛められっこのアマーリエのことを心配しているのだろうが、アマーリエも良い大人だ。むしろ、若いとは言い難い年齢である。そんなアマーリエのことを、いつまで経っても子ども扱いするのだから困ったものだ。


「……ロイさん?」


 はっと顔を上げれば、ロイの顔がすぐ側にあった。そう幅のないカウンター越しに、アマーリエの腕をしっかりと掴んで体を寄せられている。


「俺なら協力できる」

「え?あの?」

「アマーリエはトカゲは嫌いか?」


 顔が近いせいか、ロイの赤い舌がよく目に入った。その色はアマーリエと変わらないように見えるのに、よく見るとその舌先は僅かに二つに割れている。ロイと知り合ってから数年経つが、新しい発見だった。


「そんなことはないですけど……」

「じゃあ、俺のこと好きになれよ」


 そう言ったロイの瞳は熱を孕んでアマーリエを見つめていた。

 あと少しで唇が触れるなと、どこか冷静な頭で考えていると、カランカランと聞き慣れたドアベルの音が響く。


「――なっ……何してるんだ!」

「ルスト」

「ちっ、邪魔が入ったか」


 ルストはそのまま大股歩きでやって来ると、アマーリエとロイの間に入るようにカウンターの前に立った。そしてアマーリエを背にして、眉を寄せてロイを睨んでいる。


「俺は帰る。アマーリエ、さっきの話考えておけよ」

「え、あのっ」

「じゃあな」


 ロイはルストの肩から顔を出すようにしてアマーリエを見ると、悪戯めかした笑みをにやりと浮かべる。そしてアマーリエの返事などお構いなしに言い切って、さっさとドアベルを鳴らして出て行った。


「――それで?」

「えーと?うん。何でもないから。……さてと、仕事仕事っと。ルストもこんなところで時間潰してて良いの?」

「アマーリエ」


 できる限りルストの目を見ないように背を向けると、そのまま材料を集めるように棚に向き合う。何気ない空気を醸し出して、無かったことにするアマーリエの作戦だった。

 しかし、ルストは勝手知ったるとばかりにカウンターの内側に入り込んで、アマーリエの手を痛いくらいに掴んでいる。


「……キスしたのか?」

「は?」

「ロイのこと好きなのか?」


 ロイは掴んだ手を引っ張って、アマーリエの顔を向かせた。絡まってしまった視線は燃えるように熱く、突き刺すように鋭い。視線を外そうと俯いてどうにか一歩下がるが、背後にはすぐ棚があってそれ以上下がることはできない。そしてルストはまるで獲物を追い詰める肉食獣のように、アマーリエが下がった分だけ距離を詰めた。


「ロイは何でもない。っていうか、ルストには関係ないでしょう?」

「関係ない、だと?」


 その瞬間、アマーリエの頭には後悔という言葉が一巡りした。恐らく、言葉の選択を間違えたのだろう。ルストは激情を滲ませて、アマーリエを追い詰めた。アマーリエを棚に押し付けるように縫い付けて、そのまま熱のこもった藍色の瞳が近付いてくるのが見えた。


「ルスッ……んっ……んんん!」


 制止するためにルストの名を呼ぼうとした声は、彼のその唇によって遮られた。名を呼ぼうと口を開いていたせいで、ルストの長い舌が容易く口の中に浸入してアマーリエの口を嬲っている。まるで逃がさないとばかりに追いかけてきて、それと一緒に彼の口元の毛並みがアマーリエをくすぐる。

 だが、初めてのキスにはレベルが高すぎた。呼吸するのもままならず、口を離そうとすると吸い付いてくる。長いキスをする人は一体いつ呼吸をしているのだとぼんやりとする頭で考えていると、ルストの顔が離れた。


「……はぁっ、はぁっ」

「……息ぐらいしろ」

「どうやって?いつ、息をすればいいの?」


 息も絶え絶えのアマーリエにルストは呆れたような顔で言う。だが、一体いつすれば良いというのだとアマーリエは睨むようにルストを見た。


「……初めてじゃあるまいし」

「初めて。初めてです!」

「――は?だって、さっきあのトカゲと……」


 真っ赤な顔ですぐ近くにある顔を睨みつけてやれば、ルストは顔を顰めて言う。しかし、これは誰がなんと言おうとアマーリエのファーストキスである。アマーリエにしか分からないし、他に証明しようもないが、それは事実だ。


「ちょっと引き寄せられたけど、そんなことしてない」

「それは……その、勘違い、してた」


 そうなのである。ロイは確かにアマーリエの腕を掴んで引き寄せはしたが、それだけだった。扉のところに居たルストから見るとキスをしたように見えたかもしれないが、事実していないのである。

 ルストはその事実を知って、毛並みで見えない顔色をおそらく青く染め、さらに尻尾を丸めて目に見える形でうな垂れた。


「それで、何か言うことは?」

「ごめん。悪かった、その」

「そうじゃなくて」

「……ええと?」


 ここまで来ると、もうアマーリエのターンだった。じっと睨むようにルストを見上げると、ルストは戸惑ったように目を泳がせている。


「何でこんなことしたの?私の事どう思ってるの?」

「大事に思ってる」

「それで?」

「こんなことをして許されることじゃないと思ってる、でも」


 ここでアマーリエの忍耐力は限界に達した。

 今までただの仲の良い幼馴染だと思っていた。しかし、ルストはエリート騎士で、アマーリエは魔力無しの落ちこぼれ。ルストが優しいから今でもアマーリエに目を掛けてくれているだけだと思っていたのだ。

 しかし、今日のルストを見ると今まで見ないようにしていたことが、パズルのピースが嵌るようにしっくりくる。ルストは、恐らく――。


「――じゃなくて!私のこと、好きなの?嫌いなの?」

「好きだ!」


 気付いてしまえば、もう我慢することは出来なかった。じっとアマーリエが見上げて聞けば、ルストも条件反射のように即答で答える。その勢いについ笑みを零せば、そこでルストは気付いたように照れた。


「私もルストが好き。……私ね、もっと錬金術師として立派になったらルストに告白するつもりだったの」

「アマーリエ」

「全部聞いて。だって、ルストの横に立つのに相応しい人になりたかったの。でも、魔力がほとんどない私が就ける仕事と言ったらメイドかどこかの店員くらい。魔力無しで成り上がるには錬金術士になるしかなかったんだもの」


 物心が付いた頃から隣に立つルストが好きだった。しかし、当時のアマーリエは苛められっこで、ルストの側に立つのに相応しくないと気付いていた。いつかルストがアマーリエの手の届かない存在になってしまうことも。


「そんなことしなくても、俺は」

「そうね。ルストはいつも一緒に居てくれたね」


 そう、ルストはアマーリエが下積み生活を送っている間も、錬金術士になってからも、いつも変わらず側に居てくれた。


「これからもだ」

「うん――」


 微笑む私に触れるような優しいキスが落ちてくる。今度はそっと目を瞑り、その優しい口づけを受け止めた。


 そう。きっとこれからも二人は変わらずに側に居る。

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