第12章 最後の一日 その8
そこまでで、僕の視界は亡者に封じられた。
霊力を吸い取られて、両腕の光も消えかかっている。真っ暗な中で、アマネちゃんの叫び声だけが聞こえてきた。
「セージ! 助けて! セージ!」
アマネちゃんが、僕の名を呼んでいた。
僕は、彼女を助けられないのか。
このままじゃ、桂木天音はヤンキーたちに輪姦され、殺されて埋められてしまう。
そして僕は、亡者に霊力を吸われたまま、その仲間に成り下がって、永久に彼女の埋まった土の上を彷徨うことになるだろう。
そんなはずはない。そんなことがあっていいはずがない。
亡者にがんじがらめにされた腕を必死で振りほどくと、渾身の力で指笛を吹いた。
ピィーという甲高い音が学校の敷地に響き渡る。
ウォーーーン
すると、その指笛に答えるように、遠くで何かが唸るのような音が響いた。続いて、低い地鳴りのような足音が聞こえ始める。
遠かった足音が、あっという間に近づいた。
ウラァメシィィィィ ネチャマジジィィィィ
亡者たちのもがき苦しむ声が響き渡る。
そして次の瞬間、僕は亡者の拘束から解き放たれて宙に舞った。
見ると、一匹の大きな黒い狼が亡者たちを喰い散らかしている。
狼といっても現実のそれとは違う、自動車サイズの巨大狼だ。その巨大な狼が、僕を助けてくれたらしい。
「ゴロー!」
僕は叫んだ。
姿形は変わってしまっているけど、僕を助けてくれる黒いヤツはゴローしかいない。名前を呼ぶと、ゴローはその重厚な姿とは似ても似つかないクゥンという甘えた声を出した。
駆け寄って咽喉を撫でるけど、首が太くなりすぎて手が届かない。
「おまえ、ずいぶんイカした姿になってるな」
僕はゴースト・ルールNO3を思い出した。
『幽霊の身体は霊力が源になる』
そうか。
つまり、幽霊にとって、生前の姿形が全てじゃないんだ。ミニチュアダックスのゴローが巨大な狼に変身したように、僕だってこの姿にこだわることはない。
亡者から解き放たれて、僕の身体には霊力が戻っていた。いや、戻ってなくても構わない。
たとえ霊力が尽き果てて亡者に堕ちても、彼女だけは助けなきゃいけないんだ。
「ようし、僕もやるぞ」
目を閉じて、ありったけの力を僕の身体に集中させた。
両腕が金色に光り輝く。でも、それじゃあ足りない。
亡者たちを一掃するために、
僕の天使を助けるために、
メキメキと音を立てて、僕の背中がひび割れた。
割れた背中から、たくさんの腕が伸びてくる。
その数は十本。いや、百本。もっとだ、千本。あらわれた腕はそれぞれが金色のオーラをまとって燦燦と輝いていた。
「亡者ども、迷わず成仏しやがれ!」
千手観音さながらに増やした腕を、今度は多弾頭ミサイルのように四方八方に発射した。一つ一つの腕が、あたりにうごめく亡者たちの頭を捕らえていく。
頭を掴まれた亡者たちは、問答無用で黒い塊となり消え落ちた。教室を包んでいた黒い繭が、あっという間に光の渦に飲み込まれていく。
そして光の渦が消えた時に、あたりから亡者の気配はなくなっていた。
一方、教室の中で、アマネちゃんのピンチはまだ続いていた。
浜本がビデオを回し、鈴木と後輩が抵抗するアマネちゃんを抑え込んでいる。山田の腕が彼女のジーパンを引き剥がそうとしていた。
残念だけど、僕にできるのはここまでだった。どんなに強い霊力があっても、どんなに姿形を変えらえても、僕は山田たち生きている人間に手を出すことはできない。
でも、心配はしていなかった。
僕の目は、三階の廊下を走る影をみつけていた。
その影は休むことなく三年A組の教室へ転がり込むと、強烈な飛び蹴りでアマネちゃんにのしかかっていた山田を吹き飛ばした。
「桂木さん! 大丈夫か!」
「よ、よしざわくん?」
吉沢アキラだった。




