第十話 新たな一歩(最終話)
五日間の特訓が終わってから、一カ月が経った。
ぼくは街中の仕事をこなしながら、空いている時間はとにかく身体を動かした。
走る。
木剣を振る。
回復魔法を練習する。
魔物の資料を読む。
地図を覚える。
毎日、少しずつ。
疲れ切って動けなくなる日もあった。
自分が情けなくなり、投げ出したくなる日もあった。
そんなとき、ふらりとハーモやニーが現れた。
「おや、まだ続けていたんだね」
「もちろんです!」
「じゃあ、ちょっと見せてみな」
突然、実力を試される。
昨日までできていたことができず、悔しい思いをする。
けれど、二人は必ず新しい課題をくれた。
「次は、魔力を温存しながら動く練習だね」
「今度は、相手の動きを見てから判断するんじゃなく、動き始める前の兆候を探してみな」
「回復魔法を使う前に、周囲の安全を確認する癖をつけること」
課題は尽きなかった。
それでも、ぼくは嬉しかった。
二人が、自分を見捨てずにいてくれることが。
そして、ある日の夕方。
ぼくはいつものように空き地で木剣を振っていた。
「サイカ」
声をかけられ、振り向く。
ハーモとニーが立っていた。
「そろそろ、いいんじゃないかな」
ハーモが言った。
「え?」
「街の外へ出る許可を出そう」
ぼくは、しばらく言葉を失った。
街の外。
あの日、仲間が死んだ場所。
恐怖に囚われ、二度と近づけないと思っていた場所。
「……本当に、いいんですか?」
「君が一人で何でもできるようになったから、という意味じゃないよ」
ニーが答えた。
「まだ知らないことも多いし、実力も足りない。だけど、今の君なら、自分が危険な状況にいることを理解できる。無理だと思ったとき、引き返す判断もできるはずだ」
「そして、分からないことを分からないと言えるようになった」
ハーモが続けた。
「冒険者に必要なのは、強さだけじゃない。自分の力を知ること。仲間の力を知ること。危険を察知すること。そして、生きて帰ることだ」
ぼくは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
顔を上げると、二人は笑っていた。
「勘違いするんじゃないよ。これで一人前になったわけじゃないからね」
「分かっています!」
「それと、困ったことがあったら相談しな。冒険者は一人で生きていく必要はないんだから」
ぼくは、何度もうなずいた。
その夜、宿の部屋で荷物を確認した。
回復薬。
食料。
水袋。
ナイフ。
地図。
必要なものを、一つずつ確かめる。
それから、机の上に置いた石板を手に取った。
仮登録の証。
まだ正式な鉄級下級ではない。
けれど、ぼくは焦っていなかった。
自分がどこまでできるのか。
何ができて、何ができないのか。
それを知りながら、一歩ずつ進んでいけばいい。
ヤタ。
カラ。
スー。
三人の顔を思い出す。
ぼくは、三人を助けられなかった。
その事実は、きっと一生消えない。
忘れてはいけないと思う。
あのとき、ぼくたちが何を間違えたのか。
何を知らなかったのか。
何をすべきだったのか。
それを忘れないことが、これから冒険者として生きていくぼくにできることなのかもしれない。
窓の外では、街の明かりが揺れていた。
明日になれば、ぼくはまた街の外へ出る。
きっと、知らないことに出会う。
失敗もするだろう。
怖い思いもするだろう。
それでも。
「……よし!」
ぼくは拳を握った。
「行こう!」
あの日、森で助けてくれた冒険者の背中を追いかけて、ぼくは村を出た。
そして今、ようやく自分の足で歩き始める。
憧れだけでは、生きていけない。
けれど、憧れがあったからこそ、ぼくはここまで来られた。
恐怖を知った。
自分の弱さを知った。
それでも、冒険者になりたいという気持ちは消えなかった。
だから、ぼくは歩き続ける。
いつか、あの日の冒険者のように。
誰かに手を差し伸べられる人間になるために。
これは、冒険者サイカの第一歩。
まだ何者でもない少女が、自分の足で未来へ踏み出した日の物語である。
短い間でしたが、お付き合いいただきありがとうございます。
サイカの成長を描く第一歩の物語でした。




