第三十一話「次は、光る森へ」
結婚式から七日後。
マリアナは、ラドルフとララノヴァとともに馬車に揺られていた。
「まさか、結婚して一週間でまた旅に出るとは思わなかったよ」
「ちょうど光る時期なのですもの」
マリアナの膝には、いつもの旅行記が開かれている。
結婚して、マリアナはディフォン公爵家の一員になった。これからは今までより自由に使える時間も少なくなるだろう。
けれど、旅をやめる理由にはならない。
「ここから十七日ほどでしたわね」
「ええ。雨が続かなければ、そのくらいでございます」
ララノヴァが地図を確かめる。
開かれている頁には、夜の森が描かれていた。
木々の間を無数の光が走り、地面近くを滑り、枝の間を抜けて空へ舞い上がっていく。
旅行記を書いた著者にも、その正体は分からなかった。
妖精たちのお祭りなのではないか。
そう記されているだけだ。
「何度読んでも、この頁だけは想像が追いつきませんの」
「本当に妖精だったら?」
ラドルフが尋ねる。
「それはそれで素敵ですわ」
「違ったら?」
「それも素敵ですわ。知らなかったものを一つ知れるのですから」
ラドルフが笑った。
「やっぱり君はそう言うんだな」
マリアナも笑い、旅行記を閉じる。
そのとき、ラドルフが窓の外へ目を向けた。
「マリアナ。あれは本に載ってるかい?」
「どれですの?」
遠くの丘の向こうに、頂だけが平らな奇妙な山が見えていた。その周囲を薄い雲が輪のように取り巻いている。
「……まぁ」
マリアナはすぐに旅行記を開いた。
何枚か頁をめくる。
「載っておりませんわ」
「じゃあ、帰りに寄ってみる?」
マリアナの手が止まった。
「ラドルフ様からおっしゃるのですか?」
「ああ。気になるだろう?」
マリアナは山を見る。
それから、嬉しそうに笑った。
「ええ。とても」
また一つ、見たいものが増えた。
きっと、これからも増えていく。
マリアナは窓の外へ目を向けた。
かつて、結婚してしまえば、見たい景色はすべて遠い「いつか」になってしまうと思っていた。
けれど今、その「いつか」へ向かう道の上にいる。
しかも、一人ではない。
「楽しみですわね」
「ああ」
「ええ」
ラドルフとララノヴァの声に、マリアナは笑った。
ララノヴァが地図を畳みながら言う。
「今夜は次の宿場町で宿を探しましょう。お二人のお部屋は、一室でよろしいですね」
「……一室」
マリアナは思わず繰り返した。
屋敷では、すでに同じ部屋で過ごしている。
それなのに、不思議だった。
何度もラドルフと旅をした。
同じ馬車に乗り、同じ景色を見て、同じ宿に泊まったこともある。
けれど旅先では、いつも夜になれば別々の部屋へ戻っていた。
今度は違う。
ふと向かいを見ると、ラドルフと目が合った。
「……何ですの?」
「いや」
ラドルフが少しだけ視線を逸らす。
「旅先で同じ部屋に泊まるのは、初めてだなと思って」
「……私も、今それを考えておりました」
顔が少し熱くなる。
マリアナは窓の外へ目を戻した。
結婚してから、初めての旅。
どうやら今までとは、少しだけ違う旅になりそうだった。
馬車はそのまま、夜になると森いっぱいに光が舞うという場所へ向かって進んでいく。
ずっと見てみたかった――光る森へ。




