表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

浅原さんと勉強です

 入学式。それは学校が始まるにあたっての一大イベントだ。新しい先生、新しい先輩、新しい友達。そういった人たちと最初のコミュニケーションの機会だと思っている。


 だが、われらコミュ障には厳しい現実というものがある。かろうじてクラスラインに入ったところで会話もままならずボッチの人生を歩む。

 必ずしもそういうわけじゃないけど、今の僕がそうなのだから否定しようがない。

 今は静かに一人で昼ご飯を食べている最中だ。


 入学後しばらくして友達が一人もできなかった僕は無事にボッチ生活を送っている。部活にも入らず、授業が終わったらとっとと帰宅して家でゲーム。そういう学校生活だ。

 自己紹介でゲームと映画を見るとは言ったものの、どんなものを楽しんでいるかまでは言っていないから友達ができてないんだろうな。


「ごちそうさまでした」


 ご飯を食べ終わって教室に戻る道。一か月もすればさすがに覚えてしまった。なんか悲しい道の覚え方をしていると思う。

 あとは空き教室で時間を潰すくらいしかやることがない。誰もいない空き教室があって本当に良かった。というか使わないみたいだから先生から鍵もらえたし。


 学校の隅の方にあるから誰も立ち寄らない小さな空き教室。少し前まで美術の授業があったらしく、絵画や絵の具がたくさん置いてある。


「よし、今日もやりますかね」


 昼休みの少しの時間と放課後の一時間くらい。僕はこの時間を使っていろんな絵を描いている。最初は適当に海の絵とか描いてたけど、だんだん楽しくなって外の風景とかを描くようになった。


「今日は……ここかな」


 試しに廊下から見える山と海の見える風景を描いてみることにした。

 海からの澄んだ空気だろうか。春にしては少し肌寒くて心地のいい風が肌をなでる。


「いえーい」


 今日はなんか前の風景が白いな~なんでだろうな。


「むう、ちょっとは反応してよ」


 一週間くらい前からなんかちょっかいをかけてくる人がいる。それが今キャンパスの前に立っている浅原美緒という人物だ。


「浅原さん、今日は何の用ですか?」

「遊びに行こうと思って」


 浅原さんとは一週間前、こんな風に廊下で今回とは別の絵を描いていたら唐突に絡んできた。理由を聞いても面白そうだからというだけで、何を考えているのか全く分からない。


「遊びに行くったってどこに行くんですか?」

「もう、敬語やめてって言ってるのに」


 それは癖だからやめることはできない。10年間くらい誰に対しても敬語を使ってきたから今更どうにかしろと言われても無理な話だ。


「どこに行こうかな~宮坂君のお家とかがいいな~」

「だからそれは無理ですって」


 一人暮らしをしているが、とても人を招くことができる状態じゃない。そもそも女子であるならまず男子の家に上がることへの危機感というものはないのか。


「ケチな野郎め」

「なら僕はずっとケチでいいですよ~はい、絵の邪魔なのでどいてください」

「ちぇ、なら今日も見てていい?」


 何が楽しいのか遊びを断ると、僕の絵が終わるまでずっと眺めている。特段上手いわけでもないし、何か奇抜なことをしているわけでもない。

 ただの風景画。そんなものを見ても何の得もない気がするけど、浅原さんはいったい何が目的でここにいるんだろう。


 少し時間がたって絵を半分くらい描き上げた。のこりは明日仕上げよう。

 立ち上がって浅原さんの方を見ると、ぼーっと外の景色を眺めている。見ている僕に気が付くと眠そうにして手を振る。こういう時の浅原さんはなんかかっこよく見えてきてしまう。


「終わった?」

「はい、僕は帰ります。浅原さんはどうしますか?」

「私も帰るよ」


 そう言って一緒に帰る。これが僕らの毎日の過ごし方だ。

 教室では一切会話もない。昼ごはんも別々の場所。会話をするのは、絵を描く少し前の時間だけ。そして一緒に帰る。僕は浅原さんとのこの距離感がなんだか心地よく感じている。

 落ち着くとはまた違った感覚。うまく言葉に表すことはできないけど、眠っている感覚に近い。


「ここ宮坂君の家だよね」

「そうですね。だめですよ」


 こうなったら次の言葉が大体想像がつく。当然それはだめだから予防線をあらかじめ張っておく。そうでもしないと浅原さんという人間は勝手にそうするからだ。


「いいじゃんか勝手に上がるくらいさ~」

「だめなものはだめです」

「宮坂君がお母さんみたいになってしまった」


 誰がお母さんだ。勝手に家に上がるという恐ろしいことを言っているが、本心ではそうは思っていないように見える。

 こちらを向いた眼鏡から覗いているその目からは、お前をからかってやるぞという気概を感じるからだ。


「ねえ宮坂君」

「どうしたんですか、まだ何か用ですか」


 いつもだったらあの後すぐにさよならを言い合い、浅原さんは家に帰っていくはずだが。


「そろそろ中間なわけですよ」

「そうですね」


 そういえばそんなこともあったな。でも普段から勉強してるし、別に何の問題もない。僕の方はだが。多分この流れはあのお願いが来るんだろうな。


「私に勉強を教えてはくれないかね」

「嫌です」


 本当は教えてもいいけど面白そうだから断ってみた。そしたら案の定浅原さんは面白い反応をした。

 肩に手をのせてロックバンドのごとく頭を上下に振り、一心不乱にお願いをしている。これが人にものを頼む態度かと思うが、僕は了承してしまった。

 面白いのがいけない。あんな風に頼まれて断れる人間がいるなら会ってみたいものだ。


「じゃあね宮坂君」

「はい、それでは」


 今度こそ家に帰った。あの後僕を神と奉る本殿とかいうのをその辺の雑草で作ったりしていた。何を言っているのかわからないと思うけど、僕も何を言ってるのかわからない。

 ふとスマホを見てみると、浅原さんから一枚の写真が届いている。


浅原:本殿できた

 メッセージにはそう書いてあり、僕の本殿であろう雑草と木でデコレーションされた画像が貼られている。デコレーション対象はその辺の石だった。

 そのメッセージでくすっと笑ってその日は眠りについた。


 勉強を教える約束をして一週間がたった。テストもちょうど一週間前で、浅原さんの自分で勉強する時間も終わった。浅原さんからの提案で自分の勉強のできなさを見せつけたいらしい。


「テスト勉強イベントってもっと後だと思ってた」


 浅原さんからそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。確かにテスト勉強を一緒にするというのは、なかなか起こらないイベントだ。


「そうですか?」


 今は浅原さんが解いた問題の答え合わせの最中。浅原さんはどうやら文系のようで、漢字や古文、歴史の分野に関してはほとんど正解だった。

 ここまで正解して勉強を教えてくれと言われてるから察しはつくが、理科はそこそこできている。だが数学が全く駄目だ。一問しか正解できていない。それもテスト最初の方にある四則の基礎みたいな問題だけだ。


「この因数分解?っていうのが全く分からないんだよね」

「ああこれですか、これは同じ文字のものを集めて」


 そうして勉強を教えること2時間。浅原さんはついに限界が来てしまったのか眠たそうにしてしまっている。


「休憩にしますか?」

「ん?ああ……そうだね……」


 とても眠そうだ。だが理解はしているようで、ノートには教えた部分の式とかが書いてある。そのほとんどが正解しているから、あとは繰り返しやるだけだ。少しづつ頑張っていこう。


「宮坂君は……すごいな……こんなことを毎日……やってるんだろう?」

「そうですね。ここまではあまりしませんが」


 こんな風に長時間勉強したのなんて受験ぶりな気がする。友達と同じ高校に入るために頑張って勉強をしたあれ以来。まあ落ちてしまってこの場所にいるから何とも言えないけど。

 でも落ちたからこそ浅原さんと出会えた。


「宮坂君……」

「何ですか?」

「……」


 何を聞こうとしたのか知らないが、寝てしまった。30分くらいしたら起こそう。

 寝ている浅原さんを見ていると無性になでたくなってしまう。その気持ちを抑えつつ待つこと30分。起こそうとしたとき、ちょうどよく浅原さんは起きた。


「おはよう宮坂君……」


 まだ寝ぼけているのか、ろれつが回っていない。かろうじてその部分だけ聞き取れたけど、他にも何か言っているかもしれない。

 そんなことを考えていると、突然浅原さんは立ち上がって僕の目の前に立った。


「くぅおおお、宮坂君……君は私を見捨てるのか……」


 僕の肩に手を置いて僕を揺らしている。どんな夢を見ているのか知らないけど、よほど嫌なことがない限り浅原さんのことを見捨てることは多分ない。


「見捨てませんよ。起きてください。帰りますよ」

「はっ……宮坂君が私以外の女の子と一緒にいる夢を見ていた……」

「どんな夢ですかそれ」


 そんな夢を見ていたのか。寝ぼけるほど深い眠りについているのは相当うらやましい。僕もどこかで体験してみたい。


「まあなんだ。宮坂君、私から離れないでくれたまえよ」

「それは僕の自由です」

「それもそうだな」


 少し笑って眼鏡を拭いている。彼女の表情は夕日に照らされてよく見える。その表情は少しだけ儚く、どこかに消えてしまいそうな表情だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ