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卵ちゃん、赤ちゃんになる

本日二話目です。

 皇帝陛下や皇族の方たちが暮らしているお城には、竜の姿のレオン様が余裕で着地できるほど広い庭があった。

 庭に降り立ったレオン様は、すぐに人の姿になると、逃がさないとばかりに私の腕を力強く掴む。


「いたっ」

「ルリア、なぜ私を待たなかった!? 私の愛を受け入れたのに、なぜ他の男のものになった!!」

「な、にを?」


 初めて向けられた、レオン様からの殺意まで混じるような強い怒り。その圧倒的な威圧感に、私は恐怖から上手く言葉が出てこなかった。

(何? レオン様は何を言っているの? 他の男って……?)

 レオン様にまともに言葉を返せない私を見ながら、レオン様はその怒りを私の腕の中にいるアディーへも向けた。


「どうして私以外の男と番ったんだ!」


 そう言うと、レオン様が私からアディーを奪い取る。慌てて取り返そうとする私から更に離すように、アディーをレオン様の頭上高くへと持ち上げてしまう。


「返してっ、返してください!」

「私以外の男の子などっ」


 アディーを持つレオン様の手に光が集まった瞬間。


『いいカゲンにしろっ! バカオヤジ!!』

「なっ!?」

「アディー!」


 アディーの叫びに、レオン様が驚いたように動きを止めた。


『スコしサグれば、オレがダレのコかなんてカンタンにワかるだろ! これイジョウルリアをナかせたら、オレがおマエをコロしてやるからな!』


 アディーの言葉を聞いたレオン様は、アディーを胸の高さまで下ろすと、静かに目を瞑る。そして数秒後には驚きと喜びが混ざったような、複雑な表情をみせた。


「まさか……お前、私の子か?」

『オレのチチオヤなら、それくらいすぐにキヅけってんだ』

「それじゃあルリアは……私の子を産んだのに、他に番を見つけたというのか?」

「私は……誰とも結婚していません。あの村で、皆に助けてもらいながらアディーと暮らしていました」


 私の言葉を呆然としたまま聞いていたレオン様は、やがて泣きそうに顔をゆがめると、アディーを空へ投げて私を抱きしめた。私は慌てて放り出されたアディーに手を伸ばしたけど、アディーは私達の横をふわふわと揺れながら浮かんでいる。


「すまない。ルリア、すまない。私があいつの話を鵜呑みにしたせいで、君に辛い思いをさせた」

「レオン様……?」

「愛している。私の心臓はいつだって君に捧げていた。どうか私を許してくれ」

「でも、レオン様には婚約者のお姫様が……」


 期待をしては裏切られる。どれが本当のレオン様なのか、私にはもう分からない。すぐには頷くことができない私を、レオン様は不思議そうに見つめた。


「私の婚約者はルリアだろう?」

「さっき一緒に馬車に乗っていたお姫様と、今日婚約式をしたんじゃないんですか?」

「あれは私の妹だ」

「え!?」

「今日は私の立太子式があったんだ。慣例ではパレードの馬車には伴侶を同乗させるんだが、私はまだ正式に発表した婚約者がいないからな。代わりにアレを乗せていただけだ」

「そんな……」

「私の愛しい婚約者は、ルリアだけだ」


 まだ混乱している私の顔を両手で挟んだレオン様が、最後に見たときと同じように目元を赤く染めて、私を見ている。だんだんと近づくレオン様の顔が、溢れてきた涙のせいでぼやけてしまう。


「レオン様、私、レオン様を好きでいていいんですか?」

「勿論だ」

「私と、アディーと、一緒にいてくれますか?」

「当たり前だ。ずっと私の傍にいてくれ、ルリア」


 別れてから何度も思い出しては胸が痛くて仕方なかった、レオン様とのキス。それをもう一度、こんなに幸せな気持ちでしてもらえるなんて思わなかった。


 私達は、気を利かせて黙って浮かんでいてくれたアディーの我慢の限界が来るまで、何度もキスを交わしたのだった。


『いいカゲンにしろ! このエロオヤジ! ママはオレだけのものだ!』


 そんなアディーの声が庭に響くまで――




 パレードの途中でレオン様にお城に連れ去られてから、早くも一月が過ぎた。今私とアディーは、レオン様と一緒に生きていくための勉強の日々を過ごしている。

 皇帝陛下には、これからの私達を見てから私の立ち位置を決めると言われた。頑張ればレオン様の奥さんとして認めてもらえる。そのことが私を支えてくれている。

 勉強を始めた私には、いずれこの国を治めるレオン様を支えていく大変さも理解できるようになった。その重圧に何度も潰れそうになる私を、レオン様はいつも立ち上がれるように引き上げてくれる。

 王妃陛下やレオン様の弟妹様たちにも応援してもらい、私とアディーはお城での生活にようやく慣れてきたところだ。


 あの日私が見たレオン様は、レオン様の姿に見えるよう、ノエル様が部下の騎士様に幻影の術をかけたものだった。

 ノエル様はその後、レオン様に協力をするふりをしながら、私を迎えに来ようとするレオン様の邪魔をし続けた。

 一度だけ届いた手紙は、たまたまレオン様がノエル様を通さずに騎士様に言付けたおかげで私に届いたらしい。

 そして、自分が代わりに迎えに行ってくると言い、しぶるレオン様を無理やり納得させると、私の村へやってきた。

 私の顔を見て帝都に戻ったノエル様は、レオン様に伝えたのだ。


「あの娘はもう待つことに疲れたらしい。帝都には行きたくないと言われた」


 その言葉を聞いてもどうしても信じられないレオン様を仕事で縛りつけ、私が本当にレオン様を忘れるのを待った。

 でも、レオン様を待ち続ける私と、私を諦めないレオン様を見て、これ以上私達の邪魔をすることは止めようと決めたらしい。

 何より、二回目に村に来たときに、レオン様と同じ気配を持った卵の存在に気付いたのが大きな決め手になった。

 ノエル様は帝都に戻るなり、レオン様にありのままを話した。私に子供ができていたって。誰の子かということをすっ飛ばしてしまいながら。

 私を信じたいのに、ノエル様の話を聞いて揺らいでしまう。不安になっていたレオン様は、パレードのあの時、私を見つけた瞬間張り詰めていた色んなものが、プツッと切れてしまったらしい。


 そして、どうしてノエル様がこんなことをしたのか――

 私はてっきり田舎の村に住む私では、レオン様に不釣合いだから反対だったんだろうと思っていた。

 でも違った。ノエル様は、心の底から私達を離すのが私のためだと信じていたのだ。


 私とアディーがいる前で、レオン様に詰問されたノエル様は、レオン様から視線をそらすことなくはっきりと答えた。


「俺はもう、母のような女を出したくなかった。あんな……可哀想な女は……母だけで充分だ」

「ノエル……」


 ノエル様も、アディーと同じように竜族と人族のハーフだった。

 人族と竜族では、定められた寿命が大きく違う。竜族は最低でも人の数倍。中には悠久ともいわれる時を生き続けている方がいる種族だ。

 そんな竜族には、ある秘術がある。己の寿命を他者と共有することが出来るその秘術は、主に人族や獣人族を伴侶に選んだ竜族が行う。

 私が前にレオン様から貰った額の石、竜石。それを使い行う秘術で、人族だったノエル様のお母様は、長い時を生きられるようになった。私には想像できないほどの時を生きて、そして……壊れてしまった。

 壊れてしまったお母様を助けるために、ノエル様のお父様はお母様と自分の命を絶ってしまったそうだ。

 お母様が壊れてしまった理由は教えてもらえなかった。

 ただ、ノエル様は神が定めたものを歪めてしまったせいだ、と。一度歪んでしまうと二度と元には戻せないのだからと話していた。

 私を自分のお母さんのようにしたくない。そう思ったノエル様は、私とレオン様を離す為にあんなことをしていたらしい。


 全てを私達に話して謝罪したノエル様は、レオン様に罰せられるのを望んだ。


「俺は自分がしたことに後悔はない。だが、その娘と小さな命に要らぬ哀しみを与えた償いはする。娘……ルリアといったか。すまなかった」

「ノエル様……」

「どんな罰でも受けよう。レオン、気の済むようにしてくれ」

「わかった」


 目を閉じてレオン様の言葉を待つノエル様に、レオン様が与えたのは、両頬への二発の拳だった。


「ルリアとアディーの辛さはこんなものではないだろう。だからノエル、お前はこの先他の誰よりも二人の為に尽力しろ。二人を守り……俺の時のようにアディーを導いてくれ」


 レオン様の言葉に、ノエル様は方膝をついて忠誠の姿勢をとった。微かに震えるノエル様を見ながら、私はホッと安堵の息をこぼした。

 ノエル様の行動で一番可哀想だったのはアディーだから、私もレオン様の判断は正しいと思う。

 それに、実は300歳を越えているらしいビックリ年齢なノエル様は、小さな頃からレオン様を支え続けてきた。レオン様にとって代わりのいない大事な人。

 きっとこれからは、アディーにとっても大切な人になってくれるだろう。




 実は今日、アディーは二つ目の誕生日を迎える。


 竜族の卵ちゃんは、ある程度まで卵が育つと、大人の竜族が卵ちゃんの力を外から調整してあげる必要がある。孵化するときに、多大な力が使われるからだそうだ。

 卵ちゃんの時は、まだ実体としての身体がなく、精神体……人族でいう魂だけの状態らしい。卵ちゃんでも竜族。加減を知らない力を出してしまえば、周囲に尋常じゃない被害を与えてしまう。

 その為、本能的に力が安定しない限り生まれてこないそうだ。

 その話を聞いた私は、一年以上も何もして上げられなかったアディーに、何か問題は起こっていないか不安になってしまった。泣きそうになりながらレオン様や王妃陛下に何度も聞いたけど、いつも笑って大丈夫だよと宥められてしまう。

 竜族の卵ちゃんの中には、どんなに調整をしてあげても数十年も卵から孵らない子もいるそうだ。数年や数十年そのままでも問題なく生き続けていられる。

 その話を聞いた私は、同じ大陸で同じ国に生まれても、種族が違えばここまで違うものなのかと、改めて驚いたのだった。



 この一月、レオン様に調整をしてもらっていたアディーが、今日とうとう卵から出てくる。


 朝食が済むと、レオン様はアディーを抱き上げて中庭へと出て行く。

 私達やノエル様、そして皇帝陛下たちが見守る中、レオン様の腕の中のアディーが突然淡く光りだす。その光はどんどん強くなっていき、やがて目が眩むような光を放った瞬間。

 私の腕の中に、確かな重さを持った赤ちゃんが現れた。


「ういあー」


 ふわふわの茶色の髪に空のように青い瞳を持つ赤ちゃんは、目を丸くしている私に嬉しそうに両手を伸ばして抱きついた。


「アディー……? アディー!!」


 驚きすぎて反応が遅れてしまいながらも、私は喜びに涙ぐみながら腕の中のアディーを抱きしめた。そんな私達を、レオン様は苦笑しながら見ている。


「生まれた瞬間にルリアの元に飛ぶとは、父は少し悲しいぞ、アディー。まあとにかく……誕生おめでとう、アディー」




 初めて恋をして、幸せな夢を見た私は、可愛い卵ちゃんを授かった。

 そして私を支え続けてくれた卵ちゃんは、今日から私達の赤ちゃんになる。

 赤ちゃんのアディーは本当にとてもかわいい。でも、少しだけ卵ちゃんの時を恋しがる私の元に、もう一人の卵ちゃんがやって来るのは……そう遠くない未来の話――

ぎ、ぎりぎり間に合ってホッとしました。


ずっと、いつか企画に参加してみたいなぁと思っていたので、念願かなってとても嬉しいです。


読了ありがとうございました。


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