05 奄美剣星 著 試験 『魔境鉄道騎兵』
いまや女子ファッションの主流となったゴスロリドレスを装った、長い髪に紅いリボンの少女が、バスケットを重たそうに抱えて、最後に乗り込んだ。
流し髪の若者が、相棒にいった。
「あんな小さな子が?」
「そうみたいだ」
流し髪の若者は標準よりは背が高いほうだ。しかし相棒は彼よりも頭一つ高い。長い髪を後ろで束ねている。
シグナルがGOサインをだす。
汽笛が鳴り、駅員が、「出発進行」と声をかけた。
ゆき先はアバッシリ。北の最果てにある都市国家だ。同盟国である、いくつかの都市国家を経由して、海底トンネルもつかい、互いの無事を確認するため、そこへむかうのだ。
列車は、一度、ガタンと鳴って、それから滑るように軌道を進み、ホームを抜けてゆく。駅舎は、赤煉瓦装飾で装飾されたビクトリア朝後期のホームになっていて、天井はガラスで鉄のフレームで支えられていた。
どこの町でもそうだが、市街地は、市壁と呼ばれる高さ10メートルくらいの城壁に囲まれていて、駅はそこにへばりつくようにな構造になっている。威嚇射撃というか弾幕というか、ともかく、ゲートが開くときに、間違って「奴ら」が乱入しないようにして、それから列車は走る。
ゲートというのは、重厚な赤い鉄の扉市・市門のことで、この町・オカチマチから外にでる唯一の出入り口だった。
「木が増えてきたな、恋太郎」
「こないだまでは、藪だったのにな」
岩山にみえるのは高層ビルで、川にみえるのは運河の跡だ。平原はもともと大きな都市の跡だった。がさ藪はいつか森に呑みこまれてしまうのだろう。
長い戦争があった。
人間ではない種族だった。
10年くらい争って、どうにか「講和条約」を結んだのだそうだが、恋太郎と呼ばれた青年が生まれる前のことだ。
「愛矢、じゃ、ゆくか」
「おう」
列車は6両編成だ。コッペル社が200年も昔につくった骨董品を整備して、復活させたものだ。遊園地で走るやつをちょっと大きくしたくらいのものだ。機関車のあとに貨物車が5両あり、先頭と後尾の車両の屋根には銃座が据えてある。後尾車両にある蓋は、桟橋みたいに開く。馬はそこから、列車が走っていてもレール枕木に器用に跳び降り、また、走っている列車に跳び乗れるように訓練されている。
頭部に山羊のような角をもち、上半身が腕をもった人間で、胴体と下半身が4足になった種族・パーンと呼ばれている生き物が、レールの横を走ってくる。
連中は好奇心の塊りで、都市間をたまに連絡するこの「定期便」が通過するとしばらく併走してくる。恋太郎たち鉄道騎兵は、軌道に並行している側道に馬を走らせ、万が一に備えている。銃剣がどのくらい効果があるのかは判らない。しかし、連中が好奇心の誘惑にまけて、襲い掛かってくることを抑止する効果は確かにあった。
また鉄道沿線には等間隔で、イヌイット族のドーム型住居をコンクリートでこしらえたような銃座堡塁・トーチカが配置されていてレールを守備している。なかには数人の守備兵が寝泊まりしていて、鉄道を列車が通るたびに異様なほどに歓声をあげて両手を振るのだ。よほどに孤独な任務なのだろう。
ところどころ、レールの地下には、「まぬけ」というトンネルがある。
おバカという意味ではない。「講和条約」によって、魔族であるパーンたちが、鉄道軌道と側道とを横切らず、所定のトンネルだけを通りぬけるように取り決められている。人域である線路で、魔境が寸断されているところを横断する通路だ。
しかし人間のなかに、はねっかえりがいるように、魔族たちにもそういう輩はいた。
キキキとブレーキをかけた列車が急停車した。
恋太郎と愛矢の駒が、そいつの横にきて銃をむけた。1匹のパーンが線路の枕木に座り込んで顎をしゃくり上げていた。
「ひけるものならひいてみなっていっているみたいだな」
そう愛矢がいっていると、
列車の椅子に腰かけていたドレスの少女が、
「やはり、アンジェロに交渉してもらう事態になったわね」
といってバスケットを開いた。
「Http.mmo@aacn.jtp」
「交渉者」であるそいつが寝そべっている魔獣と話をつけた。すると相手はふてぶてしく笑って軌道の横へ立ち去った。「交渉者」は、ふつうの人間とは会話できないため「通訳」を介さなければコミュニケーションできない。その「通訳」が女の子・ミカというわけだ。
「あの子、茶目っ気のあるパーンさんなんだって。私たちの列車が、ひくかどうか試してみたくなったんだって」
パーンを挟みこんで銃剣を構えた騎上の恋太郎と愛矢は呆れ顔だ。
長髪を後ろで束ねた愛矢が女の子にいった。
「パーンといえでも、ひかれたら、大怪我するだろうに。人間なら死ぬ」
「それも試してみたくなったんだって」
仕方がない。
恋太郎は苦笑した。そして何事もなかったことを喜んだ。もし列車があの若い魔獣をひいたりしたら、また戦争が始まるだろう。
前の戦争に関してパーン族たちは、人間たちがどれほど強いか好奇心をさらけだすことを禁じ得なかったのだという。戦争の終結は双方が消耗したというより、パーン族が戦いに飽きたから……という話だ。
ともかく、なにごともなくてよかった、と恋太郎は思った。2騎は最後尾の厩舎車両に駒を帰投させた。
汽笛をあげ、また列車が走りだした。
さて、例の「交渉者」のことだが、2人の鉄道騎兵隊員が、バスケットに戻って昼寝の続きをしようとする彼をみつけて、
「アンジェロ、いったい君は何者なんだ?」
とたずねた。
するとアンジェロと呼ばれた「交渉者」は、またかよ、といった素振りを隠そうともせずに、大きく伸びをすると、「通訳」を介して答えた。
――俺かい? 猫だよ。
END




