第6話 真の悪党は、見せびらかさない
魔物は退いた。だが、魔力脈はまだ細いままだった。
セバスが、観測値を差し出した。
「平時の三割を、わずかに超えた程度です。そして今夜も、広場では皆様が……」
窓の外では、祝宴に酔った民が、授与式の真似をして黒いオーラを噴き上げていた。
「禁止令は出せん。禁じれば、悪役ごっこは禁断の悪事として燃え上がる」
「なら、悪の価値観ごと塗り替えるしかねえな」
二人は、一晩で『悪役の掟』を書き上げた。翌朝、それは広場の掲示板に張り出された。
『真の悪党は、無駄な力を見せびらかさない』
『魔力を浪費する者は、三流の悪党である』
『魔力を蓄える者は、一流の悪党である』
『魔力を他人のために使う者は、恐るべき大悪党である』
広場が、静まり返った。次の瞬間、国中から黒いオーラが消えた。
貴族たちは毎晩の発光をやめた。衛兵は黙って夜道を歩いた。商人は店先の演出をやめ、黒き魔力のスープは、ただの温かいスープに戻った。「三流と呼ばれるのだけは、耐えられない」という理由で。
そして誰もが、「大悪党」の称号を欲しがった。余った魔力は、農地の浄化へ、診療所の設備へ、街道の灯りへと、競うように回された。
掟は、思わぬ方向にも広がった。他人のために動く者が大悪党なら、魔力に限らず、人のために動けばよいのである。最初に気づいたのは、子どもたちだった。
「ふふふ、街を汚す者は許さん。これは悪事だ」
「おばあさんの荷物を持つのも悪事だな。べ、別にあなたのためじゃない。悪事の一環だ」
おばあさんは涙ぐんで、飴をくれた。少年は「賄賂は受け取る」と言って受け取った。
悪の貴族ごっこは、瞬く間に王国中へ広がった。パン屋は「悪の焼きたて」の看板を出して半額で売り、その儲けで孤児院に小麦を寄付した。衛兵は「悪の見回り」と称して夜道を歩き、迷子を家まで送り届けた。盗みは悪役の流儀に反するとして、誰もしなくなった。王都の犯罪率は、三か月で九割減った。同じ三か月で、魔力脈は持ち直した。光っていた土は元の色に戻り、枯れた村にも麦が実った。
他国の使節団が「悪の王国」を視察に来たのは、そのころである。強面の護衛を連れた使節を、悪党の仮面をつけた子どもたちが出迎えた。
「ようこそ、悪の王国へ。ふふふ、荷物を持ってやろう。べ、別にお前のためではないぞ」
宿では「悪の部屋」と称して一番日当たりのいい部屋があてがわれ、老人の屋台では、「悪事だ。食え」とスープを渡された。使節団は三日後、泣きながら帰国した。
「あの国は……怖すぎる……優しすぎて……」
王国は「世界一愛される悪の王国」として知られるようになり、観光客が押し寄せた。
観光客の落とす金で、担保に入れた城も領地も、半年で全額戻ってきた。競売で手放した魔剣や肖像画は、落札した商人たちが揃って返しに来た。二人は「利息として受け取る」と言い張って、受け取った。
その夜、変装した二人は広場の隅で、子どもたちの悪の貴族ごっこを眺めていた。
「ルシアン様みたいに、悪いことをして、みんなを助けるんだ!」
二人は同時に頭を抱えた。
「……我々の悪が、国を善良にしてしまった」
「しかも元祖は、こっちだぞ。真似されるのは屈辱だ」
「国民全員が悪役を名乗り始めたら、我々は悪役ではなくなる」
「……なら、もっと悪役になるしかないな。誰よりも悪辣な善行で」
「奇遇だな。ちょうど、医療と教育の二案を考えていた」
「医療だ。全員を健康にして、一生俺に頭が上がらなくしてやる」
「教育だ。民を私の思想に染め上げる」
「それは私の領分だ。治安と医療は両輪だ」
「いや、お前の領分は街道だ!」
言い争いは、夜が更けても続いた。
翌朝、王宮に二人から計画書が届いた。題は『悪事の計画書』。王は笑いながら、承認印を押した。
後世の歴史書には、こう記される。
『王国史上、最も強欲にして慈悲深き二人の大賢侯。その悪名は、王国を世界一愛される国にした』
二人の善政競争は、まだ終わらない。
(第二部 了)




