表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/23

第1話 ゾンビ映画の世界③

 瓦礫(がれき)隙間(すきま)がわずかに動いた。石の()れる音がする。

 乾いた息遣いをした小さな腕が、暗がりから這い出してくる。


 子どもだ。

 崩れた頬。濁った瞳。裂けた口から腐臭が漏れている。子どものゾンビがリシェルに向かって()い寄ってきていた。



「あららー、隙間を抜け出てきましたか」



 リシェルは面倒くさそうにため息をつくだけで、見向きもしない。


 音もなく、子どものゾンビの身体が縦横に裂ける。

 鋼鉄のワイヤーで斬られたみたいに滑らかに分断され、肉片が瓦礫の上にばら撒かれた。



 何だ?

 リシェルは今、何をした?

 鎌鼬(かまいたち)を飛ばす風魔法なら見たことがあるが……こいつが今使った術とは、何かが違う気がする。



 肉塊の中から、何かが蠢く。

 白く細長い触手を束ねたような生き物だ。その生物が、死体からぞろりと這い出してくる。先端が空気を探るように揺れ――まっすぐリシェルに駆け出した。ぬるりと跳ね、彼女の首筋めがけて針のついた触手を伸ばした。



「うざったいです」



 リシェルが顔をしかめる。

 謎の生物は突然地面に叩きつけられた。メスで床に(くぎ)づけにされ、もがいている。

 リシェルには武器を出す素振りも、刺す所作もなかった――どこから()いたメスなのか。

 彼女の能力もたいがい謎だが、今気にするべきはそこじゃない。



「……何なんだ、その虫?」


「パラサイト・コア。略称はコア。生物兵器らしいですよ」



 手のひらサイズの黒い板を眺めながら、リシェルが言った。



「……生物兵器?」


「コアは体内に入ると、寄生先の脳と神経を侵すそうです。宿主となった生物は自我を失い、飢餓(きが)(かん)()られて他人に噛みつき、感染を広げる操り人形(ゾンビ)になる。一方でコアは、無限に身体を再生できる不死身の肉体をもたらすんですって」



 リシェルは黒い板に表示された文字列を読み上げている。今の長台詞は彼女の知識ではなく、引用らしい。



「……お前のそれ、何だ?」


「”スマホ”です。ゾンビに滅ぼされた世界の情報端末(デバイス)ですね」


「……何処(どこ)でそんなもの拾ってきた?」


「何処って、あの召喚ゲートを逆向きに通ったに決まってるでしょ。あれ、今もまだ閉じてないですよ?」


「……お前、(ゲート)の向こう側に行ったのか?」



 ゾンビが湧き出てくる流れに逆らって、自分から、あの荒廃した世界へ?



「おかげさまで、とっても可愛いエーラインのコートも拾えました」



 リシェルはコートの裾を広げて見せびらかす仕草をする。

 正気か、こいつ。



 コアに目を落とす、ピクピクと痙攣(けいれん)している。

 メスで腹を貫かれても、完全には死んでいない。こいつ自身の生命力も相当らしい。



 不意に、閃いた。



 ……もし、この生物に、俺のスキルが使えたら?


 俺は、スマホを自分に向けて遊んでいるリシェルに声をかけた。



「……リシェル……聞け」


「……えー、わたし今、映える自撮りの追求に忙しいんですけど?」


「絶対ヒマだろ、聞け」


「じゃー、そのまま話してどーぞー?」



 彼女の目は未だにスマホに向いている。

 彼女からすると俺は、愚痴(ぐち)りたい時にタイミングよく転がっていただけの半死人にすぎない。自分は話したいが、俺の話には興味がないらしい。




「そのパラサイト・コア、俺に食わせろ」




 リシェルがこちらを凝視する。

 幸いにして、自撮りとやらよりは関心をひけたらしい。



「……ゾンビになるだけです」


「普通ならな。でも俺には”テイム”がある」



 テイム。

 この世界の神に与えられた、魔獣を隷属(れいぞく)させるスキル。

 ゲイリーたち同僚にハズレと馬鹿にされた能力だ。


 何せ、このスキルで飼いならすことができるのは、小柄で魔力も少ない魔獣に限られる。戦闘に使えたことはない。役に立ったのは、情報収集のため吸血蝙蝠(こうもり)偵察(スカウト)に飛ばしたくらいか。


 リシェルが首を傾げる。



「パラサイト・コアに感染すれば、脳と神経を奴らに支配されますが?」


「奴らを、俺のスキルでさらに上から支配する」


「支配の上書き……うまくいきますかね?」


「知るかよ」


「ふーん、まあどの道、死んじゃう身ですしねぇ」



 メスを抜き、リシェルは俺の目の前でコアを掲げた。

 コアが俺に向けて触手を伸ばすが――届かない。リシェルがギリギリの位置で止めている。



「……()らしてんじゃねえよ。早くそいつを、俺の身体に」


()ーですよ。一番大事なことを聞けてないですもん」


「……大事なこと?」


「もしパラサイト・コアを飼いならし、不死身の肉体を手に入れたら……あなたは私に、どんな恩返しをしてくれるんです?」



挿絵(By みてみん)


 リシェルは(うごめ)くコアを絶妙な位置で揺らす。

 犬にエサをちらつかせて意地悪する、ガキのような笑みを浮かべている。


 俺は笑みを返して言った。




「俺がお前を、魔王にしてやる」




 リシェルが満足げな顔でメスを(ほう)る。


 カランと落下音が響いた瞬間、冷たい感触が俺の胸に飛び込んできた。

 パラサイト・コアだ。皮膚の中へ潜り込んでくる――。



 俺は咆哮(ほうこう)を上げた。



 焼けるような激痛が走る。

 視界が白く弾ける。

 だが俺は、意識を手放さなかった。


“ひれ伏せ”


 スキルを発動させる。

 暴れる異物。神経を焼き、脳を侵食してくるそれを、無理やり押さえつける。

 飼い慣らす。


“従え“


 この身になって、初めてわかった。

 ゾンビ共が、心臓を射抜かれても歩みを止めず、襲いかかる理由。

 飢えから肉を求めていただけじゃなかった。


 奴らを突き動かしたのは、血を求める闘争本能。


 コアは常に、戦闘意欲を高める何かを、脳みそにドバドバ注ぎ込んでいたんだ。

 健全な感情を伴わない笑みがこぼれる。

 脳はハイになってグチャグチャなのに、身体は順調に治り始めた。ただ、再生には痛みを伴うらしい。脇腹が燃えるように熱い。

 だがどうして、それが今は心地いい。


“寄越せ”


 不死身の肉体、この高揚感(こうようかん)

 すべて俺が、もらい受ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こどものゾンビはキツイなぁ(;´Д`)
ここで一気に“作品の核”が立ち上がってきましたね。 子どものゾンビを無造作に解体し、その中からパラサイト・コアが現れる流れは、異質さと危険性を視覚的に強く印象づけています。 また、スマホで情報を引用す…
異世界ファンタジーとゾンビアポカリプスの組み合わせが面白いなと思いました。主人公とヒロイン(?)も中々のいかれ具合で良かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ