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第1話 ゾンビ映画の世界②

 誰もがゾンビがもたらすパニックを生き延びるのに必死だった。


 俺とゲイリーは幸運にも感染を逃れ、騎士や王族や使用人など、生き残りがごちゃ混ぜになった十数人の一団に加わっていた。

 今は地下通路を目指して走っている。

 王が反乱に備え、いざというときの避難所(ひなんじょ)を作っていたらしい。分厚い扉で外界と遮断されたそこなら、一応の安全が確保される。



「痛っ!」



 王宮の侍女(じじょ)だろうか、走っているさなか、女性が一人転んでしまった。

 通路の角から湧き出てきたゾンビが彼女に迫る。


 俺は引き返して剣を抜くと、ゾンビの首を跳ねた。



「ご、ごめんなさい」


「振り向くな! 走れ!」


「はっ、はい!」



 流れで殿(しんがり)をつとめることになってしまった。一団の中で戦えそうなのは俺とゲイリーの二人だが……ゲイリーは逃げるのに必死で、先頭を駆け抜けている。何だアイツ。お前だって、他人を守るために騎士になった身じゃないのか。



「……戦えるのは、俺一人か」



 幸い、地下通路に入ってしまえば、俺一人でも足止めはできた。

 俺が強いという話ではなく、地形が味方してくれただけだ。ゾンビたちは力が強いだけで動きが鈍く、数の有利を生かせない狭い道は苦手らしい。


 地下通路を駆け抜けていくと、やがて避難所への扉が目に入った。



「なるほど、あれは破れそうにないな」



 避難所に続く鉄の扉はいかにも頑強そうだった。

 防護魔法をかけられている気配もある。

 王が立て()もるために作られた施設なのだから、当然か。



「早く開けろ! もう時間がない!」



 誰かが叫ぶ。扉の施錠(せじょう)を解除できる王族が一団にいたのは助かった。

 扉が開き、皆が避難所に入っていく。今度は扉が閉まり始める。

 俺はゾンビの足止めに忙しく、まだ扉の向こうに入れていない。



「まって、まだ、あの人が――!」



 先ほどの侍女が俺を指して言う。あと十歩、いや七歩くらいか。

 問題ない、ギリギリ滑り込める。


 ――はずだった。


 扉の向こうから突風が吹いて、俺は押し戻された。


 ゲイリーが風の魔術を使ったのだ。



「ゲイリーッ……お前っ……!」


「悪いな、食料も限られている……能なしのお前は入れられない」



 ゲイリーは、一年前、俺たちが十五だった時に入団した同期だ。同い年ということもあり、会って数日はくだらない話で笑い合うこともした。

 でも、俺に魔法の適性がなく、代わりに与えられたスキルがハズレ(、、、)と分かると、奴も他の同期もみな、俺を下に見るようになった。


 ただ、(さげす)みの程度が、命を軽んじるほどだとは、俺も今日まで知らなかった。


 ゲイリーは邪悪な笑みを浮かべる。



「生き埋めのおそれがあるから使えなかったが、全員(、、)避難できた今ならいいよな?」



 ゲイリーが、風と火の混成魔術(こんせいまじゅつ)を発動させた。

 地下通路の天井を火の矢が射抜いた。爆発音が鳴る。石と鉄の混ざった瓦礫(がれき)が一気に視界を埋めた。


 衝撃。


 それから――俺は意識を失った。



******



 どれくらい経ったのかわからない。

 意識が浮かび上がる。



「……ゲイリーのクズ野郎」



 呼吸が浅い。

 口の中に血の味がする。

 身体を動かそうとして――理解した。



「……嘘だろ」



 瓦礫が俺の右脇腹を押し(つぶ)していた。

 骨や肉だけでなく、臓器までぶち抜いている。



「……クソかよ」



 遠くでゾンビの声がする。何体か瓦礫の隙間を潜ろうとしている姿が見える。

 だが、ここまでたどり着く方法が見つからないらしい。


 いまさら関係ないだろう。

 奴らに食われずとも、この怪我じゃ俺は助からない。

 不思議と恐れはなかった。騎士に入団するとき、人を護るため死ぬ覚悟は決めていた。だったら安らかに死ねるかと言えば、もちろんそんなわけもない。口に(あふ)れた血を、唾の代わりに吐き捨てる。



「……もう、駄目か」

「……もうダメだぁぁぁぁッ!」



 俺の声が、半泣きの少女の声と重なった。



 ベージュ色のコート姿の少女が一人、瓦礫に座り込んでいた。

 長い白髪。白磁(はくじ)みたいな肌。薄暗い地下通路の中、きらきらと光っているようにさえ見える。

 小ぎれいな彼女の身なりは、瓦礫とゾンビしか見えない視界で、明らかに異質だった。




「……誰だ、お前?」


「私? 私は、そう、落伍者(らくごしゃ)ですね! どうしようもない負け犬です!」



 やたらと明るく答えてくる。完全にヤケクソの口調だった。

 血だらけの半死人を前に、()(おく)れも哀れみもない。どういう情緒してるんだ、こいつ。



「……意味わかんねえ」


「私だって、意味わかんない!」



 少女は()ねたように(わめ)き散らした。



「だってさあ、もう負けなんですもん! ムリムリムリ、不公平! 私だけレースの難易度(なんいど)(ばく)()がりなんだもん。何なんですか、あのゾンビって奴は!? どんだけ刻んでも再生してくんですけど? あれで死んでない扱いなの、魔王様も判定おかいしでしょ!? 絶対もう自我も何も残ってないじゃん! あんなのどうやって鏖殺(みなごろし)するんですか、私がビリで確定じゃないですか!」



 全然情報が呑み込めない。

 レース? 鏖殺(おうさつ)? ビリ確定?


 ――ああ、そうか。

 今日は“約束の日”。

 お前、噂通り、王宮に潜んでたのか。

 謎多き存在とは言われてたが、そう言えば、素顔も謎のままだったな――こんな顔してたのか――俺より年下なんじゃないか?

 俺の最期の話し相手は、よりにもよってコイツかよ。



「……お前、名前は?」



 知っているのに、俺は聞いた。

 少女がグスリと涙を飲み込んで答える。



「私はリシェル・カーヴァンクル。初めまして、これから死ぬだけのお兄様」

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― 新着の感想 ―
カーバンクル可愛すぎて草です。 絶対ここから面白くなるやつですね(╹◡╹)
これから死ぬだけ……( ゜Д゜)
カイルが侍女を助けて殿を務める流れや、「地形が味方してくれただけだ」という自己認識が、彼の人間性を自然に示していて好印象でした。 一方で、ゲイリーが風魔術で押し戻し切り捨てる場面は、これまでの関係性の…
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