第1話 ゾンビ映画の世界①
今日がその約束の日だ。
城の演説台で王が叫ぶ。
「我々は数百年にわたって、魔王軍に虐げられてきた! 奴らの侵攻で世界は焦土と化している! そして魔王は今日、この王城に最高戦力……皇子を送り込むと宣言した! 我らはこのまま滅びる運命なのか……? 否! 我々は今日のため、魔族への対抗手段を模索してきた!」
国民たちは祈るように指を組み、王の演説を聞いている。
王が手を大空に向けた。
「倒すべき敵は、第七皇子リシェル・カーヴァンクル!」
俺は小さくうなずく。
リシェルは、八人の皇子の中で特に謎多き存在だった。
かつてリシェルが戦場に現れた際は、百人構成の騎兵中隊が煙幕に呑まれ、二度と戻って来なかった。近くにいたはずの小隊は何の音も聞いておらず、現場には交戦の跡すら残っていなかったという。何が百の人と馬を消し去ったのか、誰も知らない。
他の皇子たちはそういう意味じゃ分かりやすい。城を魔獣の軍勢で取り囲んだり、飛行船を用意して空中から大砲で狙いをつけたり、臨戦態勢でいる。しかしリシェルは、何もしてこない。王都周辺でその姿を見た人間もいないという。とにかく不気味だ。
世間では、王宮に潜伏して王の首を狙っていると噂だ。今この瞬間に、王様の首が煙に消えるかもしれない。国民は不安に苛まれている。
王が胸に手を当てて言う。
「みな喜べ! 約束の日の当日になったものの、我らはようやく、リシェルを討つ手段を手に入れたのだ!」
そうだ。
王国は今日、禁忌の魔術に手を出す準備を整えた。
異世界召喚。
勇者を呼び、皇子を倒してもらう算段らしい。
王国騎士団に所属する俺たちは、召喚の儀に立ち会っていた。特等席で奇跡に見えることをありがたく思えと、団長に何度も言われている。
「……こんな他力本願の策が、俺たちにとって最後の希望なんて」
俺がボソリと言った一言を、すぐ傍にいた同僚のゲイリーが鼻で笑った。見下した目で俺を見てくる。
「カイルよお、ケチつけられる立場かよ。外れスキルしか持たねえ、騎士団のお荷物が」
「……リシェルやこれから来る勇者様にとっちゃ、俺もお前も五十歩百歩だろ」
「なんだてめえェ! お前ごときが俺と同格とでも思ってんのか!?」
「命の価値は等価かもな。この儀式の結果次第じゃ、俺もお前も等しく皆殺しにされるんだから」
馬鹿話をしている間にも、儀式は進んだ。
王宮の中庭に刻まれた真円に、魔術師たちが魔力を込める。すると、空に白い光の輪が浮かんだ。
光は眩しさを増し、やがて閃光が広場を包み込む。思わず誰もが目を細める。
光が収まった時、いつの間にか一人の男が立っていた。
あちらの世界で言う背広姿のサラリーマン風の男が、ぼうっと空を見上げている。
魔術師が「鑑定スキル! ステータス、オープン!」と唱えた。
板状の青い画面が宙に浮きあがり、文字列が並ぶ。
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勇者 コウイチ・サトウ
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レベル:43
HP:1 / 238
MP:162 / 162
筋力:87
耐久:81
敏捷:84
器用:63
知力:58
精神:47
幸運:29
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スキル
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聖剣術 Lv.7
神速剣 Lv.6
身体強化 Lv.6
浄化魔法 Lv.5
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加護
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戦神アレクス
光神ルミエ
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状態異常
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極度疲労
出血
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群衆がざわめく。
「レベル43!? 騎士団長でもレベルは8か9だぞ!?」
「二柱の神の加護を受ける、伝説の聖剣術の使い手……奇跡だ!」
「……これが異世界の勇者。勝ったぞ! 皇子なんて敵じゃない!」」
群衆は喜色満面で喜びを分かち合い、歓声を上げた。
ただ、俺は違和感を覚えていた。見渡すと、首を傾げている人間も何人かいる。
――ああ、そうだよな? やっぱり変に思うよな?
――HPが1って何だよ?
王は疑問を持った側ではないらしい。満足そうに微笑んでいる。
「よくぞ来てくれた。異世界からの勇者よ。お主を呼んだのは他でもな……」
「助けてください!」
王の言葉を遮ったのは他でもない、異世界からの勇者だった。
「頼む……俺たちの世界は、もう……ゾンビに滅ぼされて」
儀式を見守る騎士団や魔術師も、異変に気付き始めた。
勇者の服は血に濡れている。肌は土気色。目の焦点も合っていない。
「……誰か……助けて……」
それが、勇者にとって最後の言葉となった。
勇者の背後から突然現れた女が、勇者の喉笛を噛みちぎった。女の風体は明らかに、死体のそれだ。身体がところどころ腐っている。
それなのに、動いている。
「何だ? 何が起きてる……?」
ゲイリーが困惑した様子で言う。
召喚の儀が終われば消えるはずの光の円環は、今も空に浮かんでいる。
輪の向こうに異世界の光景が見えた。灰色の空と崩壊した都市が広がっている。
そして蠢く影が、ボトリボトリと堕ちてくる。
ゆらゆらと蠢くゾンビとやらの軍勢に、最初の男も加わった。
人を喰らう腐乱死体たちが、こちらに標的を定めた。
「閉じろ! 輪を閉じろ! 早く!」
魔術師が叫ぶ。だけどもう遅かった。
それから先は、悪夢のような光景が広がった。
噛まれた者が倒れ、新たなゾンビとなってまた立ち上がる。負の連鎖が始まった。
恐れるべきはその生命力だ。ゾンビは心臓を刺されても止まらない。剣を突き立てられても平然と歩ける。首と胴が切り離されても、這うようにしてそれらを探し、数秒で癒着して元通りになる。
「何なんだ、こいつら!」
噛まれた騎士が逃げ出し、王宮の外に出てしまったのも、騒ぎが悪化する一因になった。逃げた騎士団員から感染は広がり、民衆はパニックを起こした。王都は瞬く間に地獄へと変わり果てていく。
騎士団の指揮系統はもう機能していない。俺もゲイリーも押し合う人の流れに飲みこまれていた。
「……馬鹿か、俺たちは」
俺たちは今日、リシェル・カーヴァンクルの手で滅ぼされるはずだった。
だったら想像できたはずだ。
勇者様たちの世界も侵略者の脅威に晒されていて、滅んでいるかもしれないって。




