5. 生きて帰れたと思ったんだが
約束の時間より少し早く到着した。
逃げるためではない。
落ち着くためだ。
店の外で深呼吸を繰り返す。
(帰りたい)
だが帰らない。
帰ったところで何も解決しない。
意を決して中に入る。
すでに相手は席に着いていた。
目が合う。
今回も逃げ場はない。
席に向かう。
一呼吸おいて、カップに手をつけた時だった。
「先日はどうも」
その一言で、心臓が止まりかけた。
お茶を飲んでいなくて本当によかった。
もし口に含んでいたら、二度目ましての人間に盛大に吹きかけていただろう。
「……こちらこそ」
声が出た。奇跡である。
その後の会話は、正直ほとんど覚えていない。
羞恥と緊張で思考が白くなっていた。
受け答えはしていたはずだが、自動操縦に近い。
運ばれてきた飲み物に口をつけ、
無難な話題が行き来し、
穏やかな時間が過ぎていった……らしい。
ただ一つ確かなことがある。
あの件には触れられなかった。
(助かった……)
蒸し返されたら、真っ白では済まされない。
灰になって消えるところだった。
触れられないまま時間が過ぎていくことに、心から安堵する。
やがて会計を告げられた。
外に出る。
空気が美味しい。
これ以上のイベントは発生しない。
今日という一日は、ここで終了だ。
帰って寝るだけでいい。
誰にも何も言われない。
平和である。
胸の奥に、じわじわと達成感が満ちていく。
(終わったーーー! 生きてるって素晴らしい!)
そう思った時、声が掛かった。
「次、会えますか?」
理解が追いつかない。
言葉の意味は分かるのに、意味として処理できない。
何も返せない。
「……?」
不思議そうな気配だけが伝わってきた。




