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「いつかは何か言われるんじゃないかと思ってましたけど、こんな形は想像してなかったです」
苦笑いを浮かべながら対面に座る松林の姿に俺達は拍子抜けに似た感覚に見舞われていた。女性に対して何のメッセージもなく包丁を贈りつける人間が一体どんな醜悪な奴なのかと想像していたが、目の前にいる松林は想像と真逆の人物だった。
松林隆一は現在二十五歳でIT系のエンジニアとして働いているという。内気な印象はあるものの、若く清潔感のある見た目と穏やかで常識的な立ち居振る舞いは、およそ彼が行っている行為とは結びつかなかった。
しかし尋ねてみれば隆一はあっさりと口を割った。彼が今回の件の犯人で間違いはないようだった。
「どうして彼女に包丁を贈り続けてるんですか?」
早速俺は核心に触れた。すると彼は少し切なげな表情でこう言った。
「父の遺言なんです」
更に尋ねると、「僕も正直よくは分かってないんですが」と言いながら詳細を語ってくれた。
父の久則が数年前に突然の病気でこの世を去った。亡くなる間際、自室の引き出しに手紙を残したと告げられ開けると、確かにそこには父の字で自分宛に書かれた便箋が出てきた。中には紙が一枚だけ入っており、そこにはこう綴られていた。
“私が死んだら、毎年○○月××日に白木洋子という女性に包丁を贈って欲しい”
そしてその下には白木の住所が記載されていたという。
「……それだけ、ですか?」
「はい、それだけです」
隆一は頷いた。
良ければその紙を実際に見せてくれないかと頼んでみたが、「確認したら燃やすようにという指示もあったのでもう残っていないんです」と言われた。
父親の遺言だから。死んだ親からの頼みとなれば確かにそこにはそれなりの特別感と重みは生じるだろう。だがそれだけでこんな意味の分からない遺言を実行に移せるものだろうか。そんなこちらの考えを見透かしたのか隆一は続けた。
「シングルファーザーだったんです。物心つく頃には離婚してて、そこから父は一人で僕の事を育ててくれました。怒られた記憶なんて一つもない。優しくて穏やかな父でした」
「だから、お父様の頼みに応える事にしたと」
「奇妙な頼みだとは思いましたよ。彼女が誰で、指定された日付の意味合いも何なのか、どうして住所を知ってるのか。気にならないと言えば嘘になります。それでも、父の願いなら出来る限り応えたいと思いました」
白木という女性を実際に認識してしまうと躊躇が生じるかもしれないと思い、隆一はあえて彼女について調べることはせず、包丁を贈る事の意味も分からず父の遺言を実行する事にしたという。ちなみに包丁選びについては特にルールや指定はないが、一応贈り物としてなるべく良いものをという、彼自身の感覚で選んでいるそうだ。
「……あの、実は一つだけ僕の中でも不思議な事があって」
少しの逡巡の後、隆一は躊躇いながら口にした。俺はその先を促した。
「包丁を贈った後、毎年必ず父の夢を見るんです」
「どんな夢ですか?」
「教室の真ん中に父が一人で立ってるんです。それで、”後何本”って」
途端に内容がオカルトじみてきた。
隆一が言うに父はおそらく包丁の本数の事を言っているようで、毎年その本数は減っているという。
「今年の夢で、”後一本”って言われたんです。だから多分、来年で終わりなんです」
様相が変わり始めた。思っている以上にこの案件は闇深い可能性が出てきた。
五年間続く包丁の贈り物。残り一本。つまり合計六本の包丁が揃った時、父の遺言は本当の意味で成就される。
ーー呪い?
真っ先に頭に浮かんだのは久則が残した遺言は呪術的なものだったのではないかという事だった。包丁の贈与は縁切りなど悪い意味を連想させる。六本揃った時点で白木に何かの呪いが降りかかるのか、もしくは彼女自身気付いていないだけで既に呪いの効力を受けている可能性もある。
「僕は、父の遺言を最後まで実行してしまっていいんでしょうか?」
どうやら俺はかなり厄介な事に巻き込まれてしまったようだ。




