シイラ宛の手紙
「シイラちゃん」
午後、白兎亭食堂の窓辺で寝そべっていると、名前を呼ぶ声が聞こえたので目を開ける。ベルナが近くに立っている。箒を持っているから掃除の途中か。
「シイラちゃん宛に手紙が届いてますよ」
手に小さな四角い紙を持っている。
「みゃあ」
手紙?
確か文字を書いた紙を送るものだったか。
「文字は読めますよね? 勉強してましたもんね」
文字は読めるが、知らない言葉はまだ多い。
「ライゼルからですよ。差出人は、アルマ・ノバク、とありますね」
アルマ? リスタの妹じゃないか。
「シイラちゃんは以前ライゼルに行きましたよね。その時の知り合いですか? ん? ノバクって聞いたことがありますね」
いつもは、リスタ、としか呼ばないからわからないのか。
「それに、これは何の紋章ですかね」
小さな絵のような印を指さしている。
「手紙の開け方は分かりますか? 無理に引っ張ると破れちゃうんで専用のナイフを使って開けてあげますね」
そういうと白兎亭の宿の受付の方に走っていくベルナ。
しばらくして戻ってくる。手紙の見た目はさっきと変わらないが、中身が取り出せるようになったようだ。手紙というのは紙で作った袋状の入れ物で、何か文字を書いた折りたたんだ紙を入れているのだな。
「ここから中に入ってる手紙を出すことができますよ」
手紙の隙間をちょっと広げるベルナ。
中に入っている紙のことを手紙というのだったか。
「ほら、早く人間に変身してきてください」
仕方ないな。梁の上にある自分の家に戻り人間に変身する。
手紙を読んだらすぐに猫に戻って寝そべるので、下着は付けなくてもいいだろう。
いや。ベルナは下着は必ず付けろとうるさいしな。どうしたものか。
さっきいた場所に戻ると、ベルナが席に着いていて手紙をテーブルの上に置いている。
「あれ? 早かったですね」
早い?
「着替えのことか?」
「はい」
ベルナは、私の頭から足まで体中を見回しているような感じだ。
「何度も服を着ているのでな」
ベルナはなんか変な表情で私の方を見ている。
「下着...」
下着? 怪しんでいるな。
「履いてますよね?」
「手紙を読むのではないのか?」
人間のように話をそらしてみよう。
「その前に、ちゃんと服を着ているかどうかです」
どうやら話を逸らすのに失敗したようだ。
「見ての通りだが」
「確かに、服はちゃんと着れていますね」
その通りだ。
「では、問題ないな」
「下着、ちゃんと履いてますか?」
しつこいな。
「見てもわからないのなら、どっちでもいいのではないか?」
何をこだわっているのだろう。
「そういう問題じゃないんです!」
「外からは見えないのだから、下着を履いているかいないかは、服の中を見ることで決まるのではないか?」
といってみる。
「は? な、なにいってるんですか」
ベルナが戸惑っている。
「下着を人に見せることはあるのか?」
「そ、そんなこと、あるわけないじゃないですか!」
さらに戸惑っているようだ。
「見せることがないなら、下着は誰でも履いているともいえるし履いてないともいえるのではないのか?」
「は?」
「ベルナは下着を履いているのか?」
「も、もちろんです! な、なんてこというんですか!」
ベルナの顔が赤くなっている。
「なに騒いでんだ?」
声の方を見ると掃除道具を持ったギースがいる。
「下着の...」
「シ、シイラちゃんに手紙が届いたので、その話をしてたんです!」
下着の話をしようとしたのだが、ベルナに遮られる。
「手紙?」
ギースがテーブルの上の手紙に目をやる。
「は、はい。ライゼルからです」
「そういやあ、以前ライゼルに行ったんだったな」
そういうとギースは手紙を手に取る。
「ノバク? リスタの親戚かなんかか?」
ギースはリスタに思い当たったようだ。
「リスタの妹だ。ライゼルで会った」
「え? そういえばリスタさんって、リスタ・ノバクって名前でしたね」
ベルナも思い出したようだ。
「なるほどな」
ギースから手紙を渡される。
手紙の中から紙を取り出す。
ベルナがにこやかに私の方を見ている。
「何が書いてあるんですか? あ、もちろん個人的なこととかだったらいいんですけど、声に出して読んでもらってもいいんですよ」
そういうものなのか。
『シイラちゃん、お元気ですか? ライゼルはもうすっかり秋で、朝と夜には暖房が必須です。そっちはまだ暖かいでしょうか』
と、書いてあることを読んでみる。
「場所によって暖かさは違うのか?」
気になったことを聞いてみる。暖房というのは暖炉とかで部屋を暖かくすることだったが、まだ白兎亭では使われていない。
「ライゼルはここよりも北にあるんです。北は寒くて南は暖かいんです」
ベルナが説明する。北とか南というのは方向のことだったが、方向が違えば気温も違うのか。
「それにライゼルは高地にあるからな。山は上に行くほど寒くなるんだ。街も高いところにあるところは気温が低くなる」
これはギース。
つまり、上下の方向も気温に影響するということだな。
「そういうことか」
『私は、最近大学の勉強がちょっと忙しいですが、元気にやってます』
手紙の続きを読む。
「へー、大学生なんですね」
ベルナが感心している。
「ああ。それと、彼女の父親が大学の学長だといっていた」
「ライゼル大学の? じゃあ、リスタさんも学長の娘ですか」
驚いているベルナ。
「ほう。それは意外だな」
これはギース。
『もうすぐ収穫祭ですね。収穫祭にはそちらに行く予定と伝えていましたが、ちょっと予定が早まりそうです』
そういえばそんなことをいっていたな。
『ガレスウェルで大学の仕事を手伝うことになったのです。元々は収穫祭の2日前から7日間いる予定だったのですが、10日前から20日いることになりました。シイラちゃんとも長く一緒にいられますね』
20日もいるなら何度か会うことになりそうだ。
「へー。学長の娘さんとなると、やっぱりクラル館とかエルサイル館に泊まるんでしょうねー」
どっちも街の広場に繋がる大通りに面した建物だったか。白兎亭のようなお金をあまり持っていない人間が泊まるところは宿屋と呼ばれるが、お金を多く持っている人間が泊まるところは名前の後ろに「館」が付いている。学長は大学という学校のボスらしいから、そのボスの娘はお金をたくさん持っているということなのだろう。同じ学長の娘のリスタはここに住んでいるが。
『そうそう。シイラちゃん用の服、たくさん作ったから持っていきますね。それでは、会える日を楽しみにしています』
そういえば、ライゼルでもアルマにはいろんな服を着せられたな。
「よかったですねー、シイラちゃん。これを機会にもっと人間の姿でいてくださいよ」
ベルナが楽しそうだ。
どうやってアルマから逃げるか考えておかないとな。
手紙の紙はもう一枚あった。そっちの紙を見ると、一文あるだけだ。
『それと、ガレスウェルについたら、シイラちゃんにまた護衛をお願いする予定です。よろしくお願いしますね』
「また、ですか。ライゼルでも護衛したんですか?」
「まあ、そうだな」
「アリナさんが聞いたら、金を請求するかもしれねえな。アリナさんには知られないようにな」
ギースは小さな声でいうと、白兎亭の奥の方を見る。
アルマはお金をたくさん持っていそうだから問題なさそうだが、まあ、ギースがいうことはたいていは正しいからそうするか。
それにしても収穫祭では憲兵団から警備の仕事も頼まれているのだが、アルマの警備もすることになるのか。
収穫祭はみんな楽しみにしているようだが、みんなは仕事が増えないのだろうか。




