狙われた白兎亭 その3
「おいこらてめぇ!」
外から叫び声が聞こえる。
「待ちやがれ!」
この声は白兎亭の住民だ。外にいたのか。火をつけたやつを追いかけていったようだ。
私も追いかけたほうがよさそうに思うが、火が気になって動けない。
食堂の方からも声が聞こえてくる。見ると、何人もの人間が火に近づいてくる。ギースもいる。何か重そうなものを持っている。
火の近くまで進むと火に水をかけている。中庭から水の入った桶を持ってきたようだ。
火は水をかけると消えるそうだが、煙の勢いは増すようだ。
「こっちだ!」
この声はギースか。
桶をもって食堂に入ってきた男らに呼びかけている。更に何人かが水をかけるとどうにか火は消えた。カウエンもいるな。
「おい猫、大丈夫か?」
私に気づいたギースが声をかけてくる。
「みゃあ」
ああ、大丈夫だ。
「火をつけるってのも連中のお決まりのやり方なんだ」
「みゃあ」
そうなのか。凶暴な連中だな。
「煙は上に上がるからな。自分の家にいたら大変なことになってただろ?」
見上げると、煙は食堂の天井付近に溜まっていて私の家も煙の中にある。
「で、例の男らの居場所は見つけたか?」
「みゃあ」
ああ、見つけた。
「今日の朝飯の後、ゾルタン出版のやつが来るから人間の格好で食堂に来てくれ」
エルナが働いている会社だな。
「みゃあ」
わかった。
「そんじゃあ、ひと眠りするか。この窓の修理は夜が明けてからでいいだろ。煙を外に出す必要もあるしな」
そういうとギースは階段の方に向かう。
なんかギースとは猫のままでも会話ができているような気がするな。まあ、一方的に話しているのに返事してるだけだが。
私もひと眠りするか。宿の受付の裏に戻る。
夜明け前に起きてネズミ狩りを行う。狩ったネズミを中庭のカウエンのところにもっていって、その後白兎亭を巡回するといういつもの日課をこなし朝食をとる。食堂は煙のにおいがする。壊された窓はそのままだが、他の窓もすべて開けられているので問題はなさそうだ。
宿の受付のところに人間が4人程集まっている。アリナさんとカウエンがいるな。他の男らの格好からすると憲兵団の人間のようだ。火をつけられた時のことを話しているのだろう。連中が捕まればいいな。
さて、ゾルタン出版のやつが来るまでひと眠りしよう。人間に変身するのはその時でいいだろう。
「おい猫、人間に変身してきてくれ」
宿の受付の裏で寝ていたのだが、ギースの声に目が覚める。
さて、人間に変身するか。自分の部屋に戻る。ちょっと煙のにおいがするが、これくらいならすぐに消えてなくなるだろう。
食堂に行くと、ギースともう一人の男がテーブルについているのが見える。見たことのない男だが、こいつがゾルタン出版のやつか。
「あ、おはようございます。シイラさんですね」
私に気づいたその男があいさつしてくる。
「おはよう」
あいさつを返しギースの隣の椅子につく。私は背が低いので背もたれの上に座るのだが。
「こいつはゾルタン出版のルネ、なんとかだ」
ギースが男を紹介する。
「ルネスラン・ストンです。ルネ、と呼んでください」
にこやかな男だ。年は若い。ハルトよりは上だがレブランよりは下という感じか。
「エルナと同じ会社で働いているのか?」
と聞いてみる。
「はい。エルナさんから聞いてます。猫なんですよね」
「そのとおりだ。人間に変身すると人間の言葉がしゃべれる」
珍しそうに私をみるルネ。
「今、タイムズでニュースを担当してるんです」
タイムズというのはエルナの会社から最近売られるようになった瓦版の名前だったな。ニュースというのは街で起きた出来事を書いたものだったか。
「タイムズってのは妙な名前だが、なんか覚えやすいな」
ギースがいう。
「エルナさんによると、時代って意味の外国の言葉らしいですよ」
「なるほどな」
「で、今度、ニュースペーパーっていうの出すんです。毎日出すんですよ」
「毎日?」
ギースが驚いている。何に驚いているのだろう。
「はい。瓦版のように綴じてるものじゃなくて大きな紙を重ねて折りたたんだ簡単なつくりなんです」
文字がたくさん書かれた大きな紙は以前いたところで見たことがあるな。物を包むのに使われていたり箱の中に丸めて詰め込まれていたような気がするが。
「ほう」
「名前はガレスウェル・ポストっていいます」
嬉しそうに話すルネ。にこやかな男だな。
「ニュースペーパーはニュースが主で、昨日の出来事をいち早く知らせようっていうものなんです。安くする予定なんでよろしくお願いします」
「それは面白そうだ。で、宣伝はその辺までにして本題に入ろうか」
ルネは隣の椅子に置いていた鞄から手帳を取り出す。
「そうですね。ギースさんから今回の話を聞いてぜひ記事にしたいと思ってここに来たんです」
私の方を見るルネ。
「例の二人組の男らの居場所はどこだったんだ?」
ギースも私の方を見る。
「ここから向こうの方、三つ目の通りにある建物の3階、メルデルス商会、と書かれたところだ」
昨日見てきたことを説明する。
「聞いたことはないな」
ギースがつぶやく。
「確か、街の拡大関連で参加している会社にそんな名前の会社を見かけような気がしますね」
「そうなのか?」
「はい。うちの会社も街の拡大計画に関わってるんですよ」
「出版社がなにをやるんだ?」
「うちはいろんな業界や有力者と付き合いがありますからね」
「なるほどな」
ルネは鞄から折りたたんだ紙を取り出すとテーブルの上で広げ始める。これは地図だな。街の地図だ。
「えーと、白兎亭はここですから、三つ目だとこれがその通りですね」
ルネが指で示す。
最初は地図というものがよく理解できなかった。街を小さく絵にしたようなものだと聞いたが、なんのことやらよくわからなかったのだ。
今は、地図の上で今いる場所がどこなのかと、地図の向きを今いる建物の向きと合わせれば、建物や広場、通りが今いるところからどっちの方向にあるのかとか、だいたいの距離感が付くようになったが。
「どの建物かわかりますか?」
通りには建物が並んでいる。
白兎亭の前の通りをこっちに進んで、最初の交差点を右に曲がりそのまま三つ目の通りまで歩いたのだったな。
「ここから三つ目の通りに出て、向かい側、ちょっと左に進んでからだから、このあたりだ」
人差し指で建物のあたりを示す。人間の長い指は変な感じだ。人差し指と親指はわりと自由に動かせるようになったが。
「なるほど。じゃあ調べてみますね」
「で、何とかなりそうなのか? このあたりは」
ギースはそういうと通りの方を指さす。
「さっき憲兵団が来てましたが、放火は犯罪ですからさっきの会社が関係していることがわかれば逮捕されるとは思いますが...」
そういうと宿の受付の方を見る。今はもう誰もいない。
「ただ、証拠があるかどうかですね」
私の方を見るルネ。
「こいつはこれまでも憲兵団に協力してるから、猫だが信用されるはずだ」
確かに、これまでいろいろ協力した気はする。
「後、エルナさんによると、街が発展してもこういった昔からあるところは残しておくと、将来的には魅力的な場所になるんだそうですよ」
多分以前いた街にも似たようなところがあったのだろう。
「確かライゼルとかは昔のきたねえ通りは全部取り壊したって聞いたけどな」
ライゼルはどこも広くてきれいな通りばかりだったな。大きな街だったしすべてを見たわけではないが。
「こういった、住んでる人には申し訳ないですけど、その、汚いところが魅力的になるというのは、私もよくわからないのですが」
「はは。まあ、汚ねえのは事実だ」
そういうと外の通りを見るギース。
「広告やら瓦版もエルナの提案で始まったんだろ? みんな大成功してるってことは、その話もありえるんじゃねえか?」
「あ、おはようございまーす」
声がした方を見ると、エルナが食堂に入ってくるところだ。
「おう、久しぶりだな」
テーブルの方に歩いてくるエルナ。
「けっこう煙のにおいがしますねー」
「ああ。床板がちょっと焦げたんでな」
昨夜燃えていたところを指さすギース。
「おはよう、シイラちゃん」
ルネの隣の席に着くエルナ。
「おはよう」
「ごめんね遅れて。憲兵本部で最近街で起きてる嫌がらせについて取材してたんだー」
「いやがらせ?」
ギースがいう。
「ええ。放火されたのはここが初めてですけど、毎日のように騒ぎというか、いちゃもん付けるようなことが起きてるようですよ。この通りだけじゃないんですけどね」
「なるほど。騒ぎの方は俺のおかげで防いだからな」
ギースが腕を組む。
元はといえば私のおかげだが、まあギースの手柄にしてやってもいい。
「さっき、このあたりを残しておけば将来的に魅力的な場所になるって話を紹介してたんです」
ルネがエルナに説明する。
「それね。以前私がいたところは大きな街だったんだけど、昔からの狭くて小さな店が並ぶ古い通りが残されていて観光客に人気だったんだー」
そんなところがあったんだな。私は行ったことがないが。まあ、そこに行ったところでそこが古いかどうかわからなかったと思うが。
「通りのゴミと穴は何とかしないといけないけど、それさえ何とかすればこの通りは小さい店とかいっぱいあっていいところだと思うんだ。この食堂も安くておいしいしね」
「まあ、ここみたいな通りはライゼルにはないだろうな」
そういうと肩をすくめるギース。
「ここはこの街ができた頃からあるらしいしからな。歴史のある通りといえるし、残すのはいいことだ」
「ニュースペーパーの件は話した?」
エルナがルネの方を見る。
「はい」
「ガレスウェル・ポストの創刊号は、街の拡大と地上げ屋の活動を書こうと思ってるんです」
「地上げ屋?」
「ああいった連中のことです」
暴れたり火を付けたりした奴らか。
「そんな言葉があったとはな」
「ニュースペーパーがでれば一般的な言葉になりますよ」
自信ありげなエルナ。
「それと新しい街づくりの記事。みんないろいろ噂してますけど詳しいこと知りませんから、市に協力して毎日ニュースペーパーで知らせるんです」
「なるほど。確かにそれは読んでみてえな」
ギースも関心があるようだ。
「ここのような古い通りや建物の人にもいいことがあるって伝えたいんです」
エルナが腕を広げる。
「ほう、そいつはいいな」
「ということで、地上げ屋の連中を憲兵団に何とかしてもらって、さらにはその連中を街の拡大計画から排除してもらって、この街の発展に向けて私たちも協力してるってわけなんです」
楽しそうなエルナ。
「そいつは大活躍だな。元白兎亭の一文無しの住民が大したもんだ」
ギースが感心している。
「で、シイラちゃんに頼みたいことがあるんだー」
そういうと私の方を見るエルナ。
また鞄の上に乗って店を回るのに付き合えということだろうか。
「地上げ屋とかって、結構怖い人が多いんですよね。特にこの時代というかこのあたりの価値観だと、邪魔するやつは消すとか普通にやりそうでしょ?」
「まあ、放火もそうだが、後ろから切りつけてくるやつがいても不思議じゃねえな」
ギースがこたえる。そんな奴らを相手にしているのか。エルナは剣を持ってないし、それほど強そうにも見えないが大丈夫なのだろうか。
「で、頼みってのは、シイラちゃん、私のボディーガードやってほしいんだ」




