10層に向けて出発
翌朝。
やはり、狭いところにもぐりこんで眠るのは心地よい。
葉っぱの入った大きな袋の隙間から這い出ると、人間の姿に変身して服を着る。
ここ5層のキャンプには街にあるような教会はないが、鐘を打ち鳴らす人間がいるようだ。私はすでに起きていたが、最初の鐘がキャンプに鳴り響き、この音を合図に周りの人間がベッドから出てくる。
食堂に行くとすでに助手が来ており食事中だ。
「おはよう」
ふだん朝から人間に変身することはないので、この挨拶をするのは初めてだ。
「おはようございます」
助手も挨拶をかえす。
テーブルには人数分の包みが置かれている。これらは全員の昼食用の弁当だということだ。私の分も同じ大きさのものが用意されている。
「弁当箱はこの大きさのものしかないそうです。シイラさんのは三分の一程の量にしてもらいましたが、それで足りるでしょうか?」
「もっと少なくてもよいかもしれない」
「そうですか。夜に戻った際にどうだったか教えてください。明日調整します。後、猫が食べられないものは避けてもらってますが、もしかして人間の形態だと食べられますか?」
白兎亭では猫用の食事が出される。食堂では時々人間に食べ物をもらっているが、肉以外はもらったことがない。
「試したことはないのでわからないが、念のため避けておいた方がいいと思う」
「そうですね。試すにしても街に戻ってからの方がいいでしょう」
「おはよう」
測量士のセブノワが食堂に入ってくる。カイもすぐ後ろからやってくる。
「食事を終えたら、10層組は先に出発だ。その前に、時計の時間合わせをしておかないとな」
「時間は先ほど合わせておきました」
助手がこたえる。朝早く起きていろいろと準備したのだろう。
食事を終え、防具を取り付ける。
10層の方が遠いので先に出発する。時計はカイ、葉っぱの入った袋はコルレアが運ぶ。
「ここから下層はランプ灯がないから、明かりの影の部分には注意するように」
セブノワが前方を指さしながらいう。
「6層は、4つ目の折り返しのところからだ」
キャンプのある平坦な坑道から折り返すように下る坑道に入ると、確かに真っ暗だ。
コルレアが杖に明かりを灯し、先頭に出る。私はこの前と同じように魔法使いの前に出ることにしよう。
しばらく歩くと再度折り返し、ちょっと斜面が急になる。この斜面は短く、すぐに折り返す。今度は緩やかな傾斜の長い坑道だ。前方で明かりが揺れている。誰か先に出発したものがいるのだろう。
「この先を折り返せば6層だ」
測量士がいう。
「6層は傾斜がちょっときつくなるが距離は短い。8層も似たようなものだ。魔物が多いのは、分岐の多い7層、9層、それと目的地の10層だ」
6層に入る。確かに斜面がきつくなり地面は階段状になっている。梯子がかけられているような垂直近いところを通り抜け、7層に入る。確かに6層は短かった。ここまで魔物は全く出てこない。何匹か大ムカデが走っているのを見かけたが、光から逃げているだけで襲ってはこなかった。
「先に出発したパーティーがいるから、大物は狩られてしまうかもな」
カイがいう。そうなのかもしれない。ちょっと残念だ。
「そこを折り返せばすぐ7層だ」
7層に入ってもしばらくは急な斜面が続く。
「もう少し行くと、このダンジョンでは唯一の坑道の交差点だ」
ちょっと開けた場所に出る。前方と左右に坑道があり、坑道が交差している。
「まっすぐ行けば8層だ。左右の坑道はどちらも袋小路だが、距離は長く、珍しいキノコや魔物が作る結晶があるので冒険者の目的地にもなるところだ」
どちらも真っ暗で見通せないが、一方の坑道から何か叫び声が聞こえてくる。
「先に進んでいたパーティーだろう。ダンジョンは自己責任だからね」
そういうと測量士は移動を促す。つまり助けに行ったりはしないということだな。
8層に入る。ここも斜面が急で距離は短いそうだ。
途中、分岐している坑道の方から、サソリが出てきた。5層の手前で相手にしたものより一回り大きい。後ろから前の方に向けている針が私の頭よりもはるかに高い。2匹いるようだ。
「私が相手しよう」
カイがそういうと前に出る。
「この大きさのサソリだと、剣での闘いは時間がかかる」
私も剣を構えカイの横まで前進しようとしたところでセブノワが声をかける。
「我々の目的は時間までに10層に行くことだということを忘れないように」
まあ、それはその通りだ。
「コルレアくん、追い払えるかな?」
測量士が魔法使いに声をかける。
「はい」
コルレアはそういうと一歩踏み出し一行の一番前に出る。杖を持っていない方の手を広げ前に突き出す。
突然、空気で背中を押されたような感覚があったと思うと、薄赤い壁のようなものが高速で前に突き進む。
前にいた大サソリが二匹とも後ろに吹き飛ばされる。
「今のうちに先を急ごう」
測量士の言葉に一行は先に進む。
「今のはどういう魔法なのだ?」
気になったので聞いてみる。
「熱波を前に押し出したのです。炎を薄く広げて熱い空気の壁を作っています」
コルレアが説明する。
その後、短い8層はこのサソリ以外は何事もなく通過し9層に入る。
「9層から分岐が増えて坑道も長い。このダンジョンでは最も広い層で魔物も多いところだ。このあたりを目的地にしている冒険者も多いから、運が良ければ他の冒険者が魔物を対処してくれるだろう」
測量士が説明する。
「そこを曲がったところに分岐があり、どっちを通っても10層には行けるんだが、目的地に近いのは右の方だ」
ということは右に行くのかな。
「左は緩やかだが坑道が多く、遠回りになって分岐も多いいし魔物も多い」
そういうことなら、今回の目的からいうと右しかないな。
「右は近道なのだが、垂直の坑道がいくつかあって険しい」
どっちを選んでも楽ではないということか。
「左の坑道で魔物を追い払いながら進みましょう」
これはコルレア。
「そうするか」
測量士も同意する。
分かれ道を左に進む。
しばらくすると、見たことのない魔物が二匹現れる。頭は犬のような感じがしなくはないが、口が大きく長いしっぽには棘がある。
「これは私が対処しましょう」
コルレアはそういうと、杖を持っていない方の手を前に出す。小さな火の玉が二つ手のひらの上に浮かび上がる。次の瞬間、その火の玉が魔物に向かって一直線に飛んでいく。あまりに速いためか、急に赤い二本の線が現れたような感じだ。
一本はしっぽを切断し、もう一本が頭を正面から貫く。二匹は抵抗する間もなく分解する。もう一匹後ろから出てきたが、それも同様に一瞬にして分解してしまう。
「お見事」
これは測量士。確かに、ベルナが杖を使って出した炎に比べると見た目は地味だが、威力がまったく別物に見える。もちろん杖の明かりが暗くなることもない。経験豊富な魔法使いというものはすごいものだな。
「魔法使いの攻撃というのは、なんというか一瞬で終わるのだな」
カイも感心している。
「大トカゲが壁を背にしていて、熱波が使えなかったものですから」
今の攻撃魔法を見ると、コルレアがいれば剣士はいなくてもいいんじゃないだろうかと思うくらいだ。
実際、9層を通り抜け10層の目的地に到着するまで、コルレアの魔法で吹き飛ばしたり攻撃したりで、私とカイは剣を使う必要がなかった。
「ようやく10層に到着だ。時計を出してくれるかな」
カイが時計を地面に置き箱から出す。コルレアも葉っぱの入った袋を下ろす。
「ちょっと早いか。明日はちょっと煙を焚く時間を早めるかな」
セブノワが荷物の中から小さな筒のようなものを取り出すと、その筒に葉っぱを詰め込んでいる。また、棒を束ねたようなものを取り出すと、その棒を広げ足場のようなものを組み立てる。
遠くから叫び声が聞こえてくる。左右どちらからも聞こえてくるところからすると、このあたりの階層に来ている人間が多いというのは確かなようだ。声は遠いが、大変なことになってそうな集団もいるようだ。
「横穴は12本で、ここから順に決まった時間に煙を焚いていくんだ」
叫び声は意に介さず測量士が横穴を順に指さしていく。
「松明に火をつけてくれるかな」
コルレアが指をちょっと動かすと、セブノワが持つ松明に火が付く。
「さて、そろそろか」
時計を見ていたセブノワがそういうと、葉っぱを詰め込んだ筒の下に松明を持っていく。しばらくすると筒の上部から煙が出てくる。
測量士が最初の横穴のところに筒を持っていくと、ふたを開ける。煙が横穴に吸い込まれていく。
「お、どうやら上までつながっているようだ。幸先がいい」
測量士が嬉しそうにいう。
「そうなのか?」
カイが反応する。
「途中で行き止まりだと煙は入っていかなくなるからね」
「次はここだな」
最初の横穴でしばらく煙を流した後、何か手元の手帳に書き込むと、今度はすぐ近くの横穴に煙を流し込み始める。ここもつながっているのだろうか。
「こっちの穴から煙が出ているぞ」
カイが指さす。煙を流し込んでいる横穴の上にある横穴から煙が出てきている。
「ん? 確かに。ただ煙の量からすると上に流れている分も..」
突然、煙が流れ出している横穴から大ムカデが次々とあふれ出すように出てくる。煙から逃げているようだ。だが、坑道に出ると今度は明かりがあるので暗いほうに逃げていく。剣を構えたが襲ってくることはなさそうだ。
「その煙を送るのを止めたほうが良いのではないか?」
剣を構えたカイが測量士に向かっていう。
「決まった時間、送り続ける必要があるのだ。もうすぐ終わる」
セブノワはそういうと煙を送り続ける。しばらくして横穴から筒を離しふたをする。
「次にいくぞ」
今度の穴は高いところにあるので、足場に上り筒を持った手を伸ばす。今度は煙は吸い込まれず坑道にあふれ天井を流れる。
「これは行き止まりだな」
そういうと筒にふたをする。
さっきあふれた煙と合わせ、坑道の天井に煙が溜まり緩やかな斜面に沿って流れていく。
「今度はこの横穴だ」
地面近くの低い位置にある横穴に煙を流し込む。今度は煙が吸い込まれていく。他の穴から煙が流れ出すこともないようだ。
と思ったら、すぐ近くの穴から虫が数匹飛び出してきた。平たい茶色の虫で動きが素早い。白兎亭にも似たようなのがいるが、それより数倍大きいな。
「な! う、うわあ」
コルレアが大声を出す。何だろうと思ってコルレアの方を見る。
「そ、そこどいて!」
冷静なコルレアが慌てている。振り返ると、さっき虫が出てきていた穴から大量の平たい虫があふれ出している。中には飛んでいる奴もいる。
「伏せてー!」
コルレアがさけぶので、地面に伏せる。突然、熱い空気が体の上と通り抜ける。
虫の大群が吹き飛ばされる。これはサソリを吹き飛ばしたときのと同じ熱波だと思うが、さっきのと違って炎がはっきりと見えた。焼き払おうというのか。カイと測量士はコルレアの後ろにいたので影響は受けていない。先に穴から出てきていた虫は燃えながら吹き飛ばされたが、あふれ出てくる虫の流れは止まらない。
「こ、この!」
コルレアがそういうと今度は指先から炎を出し虫を追い払う。火に巻き込まれる虫も多く。燃えながらあたりを飛び回るので、さらにコルレアがそいつらに向かって火の玉を次々と投げつける。これでは伏せたまま動けない。
「コルレアくん!」
「落ち着いてください!」
測量士とカイが呼びかける。
最後に放った火の玉が、虫があふれ出していた横穴に入っていく。中で虫が燃えたらしく虫の流れが止まる。
コルレアを見ると肩を上下に動かしながら大きく息をしている。
「も、もう大丈夫です」
「あの虫は人間を襲ったりしないから相手しなくてもいいんだよ」
セブノワがコルレアに説明する。
「いえ。こ、これはそういう問題ではなく...」
「何かこっちに来るようだ」
コルレアが何か言いかけたところで、カイが奥の方を指さす。緩やかに上る坂道になっている坑道の先に光る眼がいくつかある。煙が流れていった方向だ。2匹、いや3匹か。人間よりも大きいように見える。
「ん? あれは火蜥蜴だ。こんな時間に10層に出るとはな」
セブノワがつぶやく。
「火蜥蜴は火に強いので私だけでは対処困難です」
見ると、口から小さな炎が出ている。こいつは火を噴きだすのか。
「私が相手しよう」
カイが一歩踏み出す。
「できれば時間通り作業したいのだが、どうしたものか」
セブノワがつぶやく。
「あなたは作業を続けてください。こちらに近づかせずに対処します」
剣を構えたカイが振り向くことなくそういうと、さらに数歩踏み出す。
「私も相手するから大丈夫だ」
加勢することにしよう。
「では、任せるとするか」
そういうとセブノワは袋を開け葉っぱを取り出すと、煙を出す筒に補充し始める。火蜥蜴がうなり声を発っする。
「なるほど。この葉っぱのにおいに引き寄せられたのかもしれん」
「火蜥蜴は葉っぱを食べるのか?」
カイが振り向かずにたずねる。
「おそらく、紫トカゲを狙ってきたのだろう」
紫のトカゲなどここにはいないが。
「紫トカゲは夜に森に出て葉を食べるが、葉っぱのあるところに紫トカゲがいると思ってたのだろう」
そんなことがあるのか。
「なるほど。では勘違いだからお引き取りいただくか」
これはカイ
「火蜥蜴には熱波や炎はあまり効果はありませんが、追い返す役には立ちます」
「シイラは、反対側から何かこないか見張っていてくれ」
カイが私にいう。つまり火蜥蜴とやらの相手は二人でやるということか。確かに反対側から何かくると測量士の邪魔になる。
「わかった」
二人の戦いを見ていたいがそういうわけにもいかない。反対側の坑道を見るとするか。
コルレアが熱波を発する空気の流れを感じる。カイの剣の音も聞こえる。
測量士は淡々と横穴に煙を流し込んでは手帳に何か書き込んでいる。新たに煙を流し込んだ横穴は上に繋がっていなかったようで、煙があふれ出す。筒から出る煙が多かったようで坑道の上半分が煙で満たされる。さっきまで煙はカイらいる方に流れ、反対側はちょっと下っているので流れていかなかったが、今回は煙が多く反対側にも流れている。反対側はちょっと下って、そこから登りになっているのだが、下りきったところまで煙が満たされた結果、反対側にも流れているのだ。
「これでは前が見えない」
カイの声が聞こえる。ちょっとせき込んでいるようだ。
「いったん煙をとめよう」
セブノワはそういうと筒のふたを閉める。
煙は少しずつ減っていくが、煙が反対側にも流れたためか何かやってきた。煙から逃げるやつと引き付けられるやつがいるようだ。
こいつは..
「こっちから毒ムカデが出てきた」
この前相手にしたダンジョン・クリムゾン・毒ムカデだ。
そうだ、こいつは10層あたりにいるのだったな。




