第三十八話 時間稼ぎ
戦闘開始から一時間ほどが経った。その間僕は相変わらず槍の投擲を続け、厄介な魔物を間引いていたが――
「やっぱり、槍を投げるだけじゃ倒せないね」
『そうだな。お前の攻撃は、Bランクの魔物を仕留めるには攻撃力が足りねぇ。吹っ飛ばして時間を稼ぐのが関の山だ』
Bランクの魔物達は槍を受けると吹き飛ぶが、それでも仕留めるには至らないことが多い。
そもそも、Bランクの魔物とは人間の中でもかなりの強者に入るBランクの冒険者がパーティを組んで討伐する魔物なのだ。少し鍛えた程度の人では、束になっても敵わない。
一体でも小さな村程度なら楽に潰せる程の強さなのだ。今回のように、Bランクが複数襲ってくるなんて本来悪夢でしかない。普通の村なら何一つ出来ずに潰されてしまうだろう。
この前、そのBランクの魔物であるゴブリンジェネラルをフューが一撃で仕留めていたが、あれは様々な要因が重なったおかげなのだ。
まず第一に、あのゴブリンジェネラルは油断していた。子供と弱い魔物筆頭であるスライムの二人組だったのだから油断してしまうのも仕方が無いだろう。
もちろんスライムの中にも強い種族のスライムはいるが、フューの見た目は一般的な弱いスライムと変わらない。
次に、口内という生物の弱点に魔法を叩き込んだことが挙げられる。体内に火を浴びせられたのでは、いかに生命力が高い魔物と言っても耐えられるものではない。
そして、フューの魔法が非常に強力だったことが一番の理由だろう。
フューは魔法使いの最高峰であるソルと、魔力だけは馬鹿みたいにもってる僕の二人の全力を注いで創ったのだ。
ランクに当てはめるなら、Aランク相当の力を持っているだろうとソルが言っていた。
そして、そのフューが今は大活躍である。正確にはフューの分裂体が、だが。
鷹の姿になっているフューの分裂体は、敵の対空戦力をさっさと倒し終え、今は僕と同じく遊撃の立場で村人のフォローに回っている。
強力な魔物に攻められている場所があれば、十数匹がそこに飛んでいく。五匹程が魔物の周囲を飛び回ったり嘴で攻撃したりして撹乱し、残りが強烈な魔法を準備し、一斉に放つ。
元が同じ魔物だけあって、素晴らしいコンビネーションだ。フレンドリーファイアは一度も起きず、一匹がピンチに陥ればすぐさま他の個体が助けに入る。そうして彼らはただの一匹も怪我をせず、着々と強敵のBランクの魔物を屠っていった。
ある程度魔力を消耗した分裂は僕の元にやってくる。魔力を補充しに来るのだ。フューは僕とソルが創った従魔だから、その分裂も僕達と同じ魔力を持つ。故に魔力の譲渡が可能だ。
つまり、フューの分裂体達は抜群のチームワークを持ち、継戦能力さえも兼ね備えた空飛ぶ軍団なのだ。
だが、それでも魔物の数は膨大だ。鍛えた戦士数人でなら倒せる基準であるCランク以上の魔物の数はそう多くないとはいえ、全体の数は未だに千を超えている。
それでも元の数が三千を超えていたことを考えるとかなり減ったと言えるかもしれない。
(いや、むしろ少なすぎる? 父さんと母さんが頑張ってくれたからか?)
とはいえ、予想より少ないからといって決して楽な訳では無い。少し押され気味でさえある。原因は疲労であろう。
村人達はろくな戦闘経験がない。だから魔物と相対し、緊張から普段よりも大きな疲れを感じているはずだ。ローテーションを組んで休憩を挟んでいるとはいえ、一時間以上にも及ぶ戦闘に疲れが見えるのは当然のことだろう。
それに、有刺鉄線があるからといって、絶対に安全な訳では無い。僕が始末し損ねた遠距離攻撃を行う魔物や、柵を乗り越えた魔物によって怪我人は出てしまう。
負傷者は後方に下がって治療を受けた後、 可能なら戦線復帰を果たすが、復帰できない者が少しずつ増え戦力が低下していっている。
そして何よりも問題なのが落とし穴が機能しなくなっている事だ。落とし穴に落ち、その命を終えた魔物達は死体となって穴の中に溜まっていく。
落とし穴は五メートルというかなりの深さがあるが、それでも大量の死骸が積み重なっていけば穴は埋まってしまう。
そうして出来た死体の道を生きている魔物達が歩いてくるのだ。仲間の意思を受け継ぎ、犠牲の上に本願を成し遂げようとしていると言えなくもないが、仲間の死体を踏み潰しながら歩く様は凄惨の一言である。
その悍ましい様相に、村人達はすっかり怯んでしまって士気はダダ下がりだ。
「ちょっとまずいね」
『だな。全く情ねぇ連中だ。そろそろじゃねぇか?』
「そうだね。これ以上後になると死人が出かねない」
僕は現状から作戦の発動が必要だと判断した。作戦実行のため、僕は母さんとフューがいる方向に向かった。
地上に降りると血の匂いが鼻についた。耳をすませば、村人の雄叫びや金属同士がぶつかり合う音などが聞こえてくる。
母さんのほうに近づくにつれ、血の匂いよりも焦げ臭いにおいが強まってくる。あまり嗅ぎ慣れない臭いに一瞬顔をしかめてしまうが、すぐに顔を引き締める。しかめっ面で会うのは、母さんに失礼だしね。
母さんは自慢の杖を両手で抱きしめながらのんびりと戦場を眺めていた。その間はフューが魔物の相手をしてくれているようだ。交代で戦うことで疲労を抑えているのだろう。
火魔法をメインに使っていたのか、一面焼け野原だ。
「母さん、お願いしてもいいかな?」
僕は母さんに後ろから声をかける。母さんは振り向いて僕の顔を見ると笑みをこぼした。
「あら~ソーマちゃん。よかったわ~無事だったのね~。そうね~お母さんも良いタイミングかなぁ~って思ってたのよ~。だからいつでも問題ないわよ~?」
「じゃあ頼んだよ、母さん。フュー、いったん交代だ。母さんと一緒に準備に入って」
魔法で大暴れしていたフューにそう呼びかけた。フューは最後の一撃だからか、派手な魔法を使い魔物達を一掃した。地面から火が吹き出し、目につく魔物達はあっという間に黒焦げになった。
フューは魔法を使い終えると、ぴょんぴょん跳ねながら母さんの元に向かい飛びついた。母さんはそれを受け止めると頭の上に乗せ、杖を構えて詠唱を始める。
「荒々しく全てを呑み込み、同化させる水よ。その力をもって穢れを濯ぎおとせ。我は全ての浄化を望む。故に大いなる――――」
母さんの、いつもとは違い重々しく力のある声を聞きながら、フューによって出来た空間を埋めるように押し寄せる魔物と対峙する。
そういえば、フラムもやってたけど詠唱ってなんなんだろ。ソルには教えてもらってないけど、どんな意味が――っと、今はそんなこと考えている場合じゃないね。
僕は柵をひとっ飛びで飛び越え、敵の群れに飛び込む。急に気配を消すと共に姿勢を低くすることで、一瞬魔物達の視線から逃れる。
魔物達が僕を見失っている刹那の間に二体のゴブリンの喉元を切り裂き、血の噴水をあげさせる。その血を隠れ蓑にして動き、次の標的の背後に立つ。
目の前にある無防備な首筋に短剣を差し込み、地面に倒れようとするその死体を蹴りあげる。身体強化された僕の脚力で蹴りあげられた死体は空高く舞い、他の魔物の視線を一瞬奪う。
服の袖からナイフを十本取り出し、隙を見せた周囲の魔物の眼球めがけ投擲する。ナイフは眼球をあっさり貫通し、脳にまで到達して命を奪った。
音を立てて倒れ込む仲間の姿に、慌てて地上に意識を戻す魔物達だったがそこには既に僕の姿はない。
僕は魔物が固まっている場所から一度退避し、群れの外側に居た。僕が暴れた場所に意識を向け、まさか自分の背後に敵がいるだなんて予想打にしていないコボルトやゴブリンの頭をまとめて蹴り飛ばす。
首をあらぬ方向に捻じ曲げた彼らは、吹き飛び仲間にぶつかる。
「ふぅ、コボルトやゴブリンとかのEランクなら武器無しでもやれるね」
コボルトというのは二足歩行をする犬のような魔物だ。濁った目をしていて、だらんと舌を出しているので愛嬌は欠けらも無い。
ゴブリンより頭が良く、集団行動を得意とするが単体での強さはゴブリンに劣る。
『とは言ってもDランクならともかく、Cランクになると無理だろうがな』
ソルとの会話もそこそこに、僕は仲間が急に飛んできて動揺している魔物達に突っ込んでいく。僕に気づかず、背中を見せている魔物を踏み台に跳躍する。
頭一つ飛び抜けて大きいオークの首に掴みかかると、短剣を逆手に持ち、首を掻き切る。が、硬い皮膚と分厚い脂肪に阻まれ致命傷には至らない。
「ちっ」
思わず舌打ちをする。首にまで脂肪がついてるのか。首なら簡単に切り裂けると思ったのに。
人間を相手にするのとは勝手が違うね。
『オークの脂肪は厄介だ。急所も脂肪まみれだし、天然の鎧みたいなもんだからな』
何かが頭にのしかかったかと思ったら、攻撃を受けたオークは僕を振り落とすように暴れる。僕はさっき攻撃した場所に再び短剣を深く差し込み、今度こそ息の根を止めてから飛び降りる。
さて次は――おっと、母さん達の準備が終わったみたいだね。僕の時間稼ぎも終わりだ。




