第三十三話 セリアの両親との対話
有刺鉄線が完成してから、僕はセリアの家に来ていた。セリアには僕の家でフューと遊んでもらっている。今からする話はセリアに聞いて欲しくないからだ。
本来ならフラムの襲撃対策に専念したいが、こちらの問題も放っておくわけにはいかない。僕にとっては同じくらい優先順位が高い問題なんだ。
「それで、ソーマくん。話って何?」
僕の前にはイーナさんとイザギさんが座っている。二人共有刺鉄線を作る作業で疲れているだろうに、嫌がるそぶりも見せず、話をしたいという僕のお願いを聞き入れてくれた。セリアのことが関わらなければ優しい人たちなのかもしれない。
「セリアさんのことです。お二人はセリアさんのことを御自分の子供だとお思いになっていない。そうですよね?」
僕は前回とは違い、できる限り大人のように振る舞う。ただの子供の戯れ言だと思われないよう、僕がただの子供ではないことを示すにはこうやって態度に出すのがいいだろう。
これで僕は異常だと思われるだろうけど、それでセリアの問題をなんとか出来るなら安い代償だ。
二人は僕の子供らしくない態度と、その内容に呆気に取られていたが、イーナさんがなんとか口を開く。
「ず、ずいぶん畏まった言い方ね。それで、どうしてそんなふうに思うの?」
「お二人の態度を見ていればわかります。お二人がセリアさんを御自身の子供だと思えないのは、髪色のせいですよね?」
僕の核心をつく言葉に二人は黙り込む。そして数秒の間の後、今度はイザギさんがおもむろに口を開く。
「……あぁ、そうだ。俺達二人のどちらでもない髪色なんだ。俺達の子供だと言われて、素直に納得することは出来ない」
面と向かってセリアは自分達の子供だとは思えないと言われ再び怒りがふつふつと湧いてくる。
『ソーマ』
(わかってる)
ここで感情に任せて行動しても何も解決しない。僕は拳を握りしめ、怒りを飲み込む。
「隔世遺伝、というものをご存知ですか」
「かくせい、いでん?」
二人は聞いたことがないようで、首を傾げる。
「えぇ、親には現れなかった先祖の形質が子供の代に現れる現象のことです。セリアさんの髪色がお二人と違うのは、この隔世遺伝が発生したせいだと思われます。お二人の御先祖様に銀髪の方がいらっしゃるのではないのですか?」
「確かに、俺の父親が銀髪だが……そんなもの聞いたことがない」
確かに、化学が発達していないこの世界では信じ難いことかもしれない。
「これは色んな地域で確認されていることです。確かにあまり知られていない事象ではありますが本当に存在します。イザギさんも、お父様には似ていなくてお爺様に似ているという部分もあるのではないですか?」
「……あぁ、目元が父親に似ず、祖父に似ていると言われたことはあったな」
自分にも当てはまっていたからか、少しは信じてくれたみたいだ。イーナさんの方を見ると、顔を明るくしていた。イーナさん的には、セリアが自分の子だと証明されれば自分が不貞を働いていないとわかってもらえるからだろう。
「だが、セリアがその隔世遺伝とやらのせいで銀髪になったかどうかはわからないだろう。聞いたことの無い隔世遺伝とやらよりも、俺の子ではない可能性の方が高い。セリアは、セリアと同じ髪色の男の子供なのだろう」
「ですがっ! セリアはお二人にそっくりでしょう! それに銀髪というのは珍しい髪色のはずです。現にこの村で銀髪なのはセリアだけです。セリアの父親が銀髪だというのは有り得ません!」
「この村にも余所者が来ることはあるからな。その余所者の子供なのではないか?」
「なにをっ!」
『ソーマ、落ち着け。冷静に話すって決めただろうが』
とっさに大声で否定しようとしたが、ソルの静止で言葉を止める。一度大きく息を吐き、感情を落ち着かせる。
「……すいません。取り乱しました」
「いや、俺も言い過ぎた。すまなかった」
お互いの非を認めた後、僕らは話し合いを続けた。結局、イザギさんはセリアを自分の子だと認めてはくれなかった。
だが、セリアは自分の子ではないという考えに疑問をもってはくれたみたいだし、イーナさんに至っては半分くらい信じてくれたように見えたのでかなりの収穫だと言えるだろう。
辺りが暗くなり始め、セリアが帰ってくる時間になったので僕は話を切り上げることにした。
「今日はこれで帰ります。ですが、セリアは貴方達のことが好きで、貴方達に認められたくて努力しています。愛情を求めているんです。それを忘れないでください」
最後に、 セリアの気持ちを伝えた後、僕は玄関から外に出た。
扉を閉め、大きく息を吐き出す。
「ふぅー。とりあえずは今回の目標達成、かな」
『そうだな。セリアは自分達の子供かもしれないと少し思わせることには成功しただろう。だが、問題解決はまだまだ先だぜ?』
「そう、だね。昔から思い込んできたことなんだから、そう簡単に変えられることじゃないのはわかってるよ」
わかっては、いる。だがその間もセリアは苦しみ続けるのだと思うと……。
「頑張らなくちゃな」
そう呟き、僕は家に向かって足を動かし始める。
『フラムの対策にも気を抜くんじゃねぇぞ。死んじまえばそんなことも言ってられねぇんだからな』
「うん、油断するつもりは無いよ。でもフラムは僕がまともに動けるとは思っていないんだよね?」
『あぁ、フラムはソーマがまだ酷い火傷を負ったままだと思っているはずだ』
母さんに魔法で治してもらったが、治癒魔法というのはかなり難易度の高い魔法らしい。他の魔法に比べて時間がかかるし必要な集中力が段違いで、痛みをこらえながら治癒魔法を使うことはできないのだ。
そして、治癒魔法の使い手というのは非常に重宝される上に数が少ない。だから本来ならこんな村にいるはずがないのだ。
だからこそ、フラムは僕がまだ戦える状態ではないと思っているはずだ。そして、僕が完全じゃないうちに村ごと僕を殺そうというのだろう。将来フラムの、ひいては魔族の脅威になりうる僕を。
『だからってフラムも手を抜いたりはしないだろうな。フラムは挑発には弱いが、馬鹿じゃあねぇ。不測の事態に備えて全力で来るだろうぜ』
「うん、こっちも全力で戦うよ。僕一人じゃなくて皆で」
しばらく歩き続けて、僕は家に着いた。家の中ではセリアが帰ろうとしている所だった。またセリアの家に行くのは少し気まずいと思ったが、セリアの見送りはいつも家の近くまでだったことを思い出し、セリアを送っていくことにした。
「……セリア、魔法はどんな感じ?」
セリアの両親とセリアのことで話し合ったせいで、何を話せばいいのかわからず、とりあえずセリアが今夢中な魔法の話をすることにした。
「まだまだ……目の色ダメ……」
属性眼が出てしまうと言っているのだろう。目の色が変化しているかどうかは水に映った顔を見て確認したのかもしれない。
「そっか、頑張らないとね。焦らなくてもセリアならきっと出来るよ」
「ソーマも……魔物……頑張って倒す……」
「あれ? 魔物と戦うって言ったっけ?」
確かに魔物と戦いにいくつもりだったけど僕はまだ五歳だし、セリアと一緒に避難すると思われているはず。
「ううん……でもわかる……頑張って……」
雰囲気か何かで気づいたのかな? 子供はそういう勘みたいなのが鋭いって聞いたことがあるし。
「うん、頑張るよ。村の皆を死なせたりしないように」
「ソーマも……死んじゃダメ……」
セリアは僕の服の裾を掴み、上目遣いで僕を見る。本当に僕のことを心配していることが伝わってきて、なんだかくすぐったい。
「うん、約束するよ。村の皆も死なせないし、僕も死なない」
僕がそう言うとセリアは安心したように小さく息を吐き、手を離す。
その後は無言で歩き続け、いつも別れるセリアの家の近くの場所に到着した。
「それじゃあ、またね」
「ん……また、ね……」
セリアに手を振って別れを告げる。セリアが家に入るまで手を振り続けた。
セリアとの約束を守る為にも頑張らないといけない。その思いを胸に僕は我が家に向けて歩を進めた。




