第三十二話 大作業
セリアを寝かしつけた僕は、急いで家に戻って来ていた。誰もいない自分の部屋に窓からこそっと入る。どうやら父さんと母さんには気づかれなかったみたいだね。気づいていたら部屋で待ち構えてるだろうし……あれ?置いていった手紙に何か書いてる?
僕は机の上に置いておいた手紙を手に取った。僕が書いた文字の下に、粗雑な文字と柔らかな文字が書きたされていた。
《逢い引きとはやるな! ソーマ!》
《あんまり夜遊びしちゃダメよ〜?》
……前言撤回。完全にバレているようだ。しかも何処に行ってたかまでバレてるみたいだね。どうして……
『アイツらもAランク冒険者なんだろ? だったらお前が出ていったことくらい気づくだろうし、そうなればどこに行くかは大体見当がつくんだろ。Aランク以上のヤツらは馬鹿みてぇに勘が鋭いからな』
そういえば僕が何か隠してることにも感づいてたみたいだし、勘が鋭いってのは本当なんだろうね。はぁ、バレないようにって気をつかってたのは無駄だったんだね。
「……もう色々疲れたし、今日は寝るよ」
『そうだな。そうしろ。少し試してみてぇ事もあるしな』
ソルの言葉が少し気がかりだったけど、精神的に結構疲労していた僕は布団の中に入り眠りについてしまった。
◇◇◇◇◇
「あれ? どうしてまたここに?」
僕は真っ白な部屋を見渡しながら呟いた。ここは転生の神、アゼニマーレが造った神域とかいう場所だったはず。
またアゼニマーレに呼ばれたのかな? でもなんで? 疑問を顔に出しながら隣に立つソルを見るが、ソルは僕のことを意識していないようだった。
「なるほどな……オレの願いを聞き入れてくれたってことか。はっ、確かに神様らしい部分もあるようだ」
神々しい光と共に現れたアゼニマーレにソルが皮肉たっぷりに言った。
「私も暇ではないのですが……それで、どんなご要件ですか?」
アゼニマーレはそんなソルの口調を気にした様子もなく、事務的に答えた。
僕は二人の会話から、この場がソルの希望によって設けられたものだと理解する。
「いや、オレ達は今ほとんど魔法が使えねぇからな。こっちなら好き勝手魔法が使えるんだろ? だったらここで練習させてもらおうと思ったってわけだ」
「そんな個人的な理由で神を呼び出した人は初めてですね……」
アゼニマーレの顔に呆れの色が浮かぶ。
確かに魔法の練習のために神様を使うなんて、ソルの他にはいないだろうね。
「でも、ここで魔法の練習ができるならありがたいね。寝てる間も魔法の練習が出来るってことだし……あ、それだとフューの訓練はどうなるの?」
「あー、そうだった。そんな約束もしちまってたな。魂が完治してからって話だったが、ここが使えるならそれを待つ必要もねぇしな」
ソルは灰色の頭をガリガリとかきながら、そう零す。
「この神域を使うのを前提として話をしないでください。……はぁ、わかりました。この神域を貴方達に貸与えましょう。貴方達を……するせめてもの償いになりますし……」
最後の言葉はよく聞き取れなかったが、この場所を貸してくれるみたいだ。
よし! これで魔力も周りへの被害も一切気にせず特訓ができる。普通の魔法使いは三十分でも全力で魔法を使えば魔力がカラになると聞く。それがここなら好きなだけ使えるのだから凄まじいアドバンテージだろう。
それに寝ている時間を使うわけだから、普通よりも早く強くなれるね。そういえばこの空間だと疲労を感じなかったような……。それが確かなら練習の効率は何倍にも跳ね上がる。
休憩も必要なくて魔力の回復を待たずに済み、さらに疲労がないということは常に最高のパフォーマンスで練習ができるというわけだ。
もちろん、限界スレスレでこそ得られる力というものも僕は知っている。だがこの最高の環境で力を磨くことが出来るなら、僕はどれほどの高みにまで至ることが出来るんだろう。
「それと……フューというのは貴方達の使い魔でしたよね。ついでです。その使い魔もここに喚びましょう」
そういうと、アゼニマーレはおもむろに右手を伸ばし、
「彼の者の意識を此処に」
力の篭った声でそう言った。するとその手の先に光が生まれる。その光は徐々に丸い輪郭を生み出していき、その光が消えると同時にフューが現れた。
フューは何が起きたのかわからずキョロキョロと辺りを見回していたが、僕とソルを見つけると飛び跳ねてやって来た。
だが、フューは動きを止め、僕とソルを交互に何度も見る。どちらが自分の主人なのかわからず困惑しているのだろう。二人とも自分を造ったのと同じ魔力を持っているが、見た目が全く違うのだ。困惑するのも無理はない。
「どっちも君のご主人様だよ。僕がソーマで、隣のガラの悪そうなのがソルだ」
「おい、誰がガラの悪そうやつだ」
僕の評価が不満だったようで、ソルはその赤い目を見開いて睨みつけてくる。
「ごめんごめん。まぁ、これでフューに魔法を教えるって話も解決だね」
「話は纏まったようですね。それでは私はこれで失礼させていただきます。これからは貴方達の体が眠りにつくと同時にこの神域に意識が来るようにしておきます。私も自由に出来る時間がそうあるわけではありませんので」
そう言ってアゼニマーレは出てきた時と同じように、神々しい光と共に消えていった。
僕は光の最後の一欠片が消えるのを注意深く確認した後、緊張の糸を緩める。
「ふぅ」
「あぁん? どうしたんだよ急に」
「いや、どうにもアゼニマーレが苦手でさ。害意がないのはわかってるんだけど、どうしてか彼女は敵なんだって思うんだ」
だから年上の目上の人なのに彼女に敬称をつける気にならない。前世は無宗教だったし、神様だからって敬おうともあんまり思わない。
「あぁ、それなら俺も感じてる。だがいいのか? この場所はアイツの場所だ。アイツにも聞こえてるはずだぜ?」
「それなら大丈夫だよ。きっと彼女は既に気づいてるから」
僕たちが不審がっていることに気づいている節が結構あった。だからそれを言葉にしても大して問題は無いだろう。
「よし、それじゃあ特訓を始めようか!」
「あぁ、そうだな。フラムの襲撃まであんまり時間もねぇだろうし、戦力増強は急ぐべきだ」
それから僕らは目を覚ますまで存分に魔法の技術を高め、フラムが村に攻め入るのに備えた。
次の日、僕は父さんに頼んで村中の人を集めてもらった。前から考えていた作戦を実行するためだ。
もちろん、村の見回りをしている人たちなんかは除いているが、それでもかなりの人数が集まっていた。その中には小さな子供の姿も見える。流石に赤子はいないようだが僕と同じ五歳頃の子はこの場に来ているようだ。
なぜ集められたのかわからずざわめく人々の前に、父さんが立つ。即席ではあるが台が用意されていた為その姿は集まった全ての人たちから見え、人々の話し声が止む。
「今日集まってもらったのは魔物の襲来に備えるためだ。みなも既に聞いていると思うが、近々大規模な魔物の群れがここを襲う。だから、俺達はそれに抗わなければならない! だが、それは俺や、自警団の連中だけじゃ足りない。みんなの力を貸して欲しいんだ! 村人全員でこの危機を乗り越えるんだ! 俺はみなの力を合わせれば魔物共を蹴散らすことが出来ると信じている!」
父さんは前日から準備していた演説で人々の不安を取り除き、皆を奮起させる。父さんが元Aランク冒険者だということは皆知っているのでその言葉に聞き入り、協力を求めるその声に各々やる気を出していく。
「スーノさん! 俺達は何をすればいいんだ!?」
若い青年が父さんに向かって問いかけた。父さんは昨日のうちに僕が伝えておいた作戦を、意気揚々と語る。
「村を囲う柵に仕掛けを施す! 材料は用意してあるから皆には作業を手伝って欲しいんだ! 作業自体は簡単だ!」
それから父さんは作業の細かい内容を説明していき、指示を出していく。その指示はテキパキとしており、合理的だった。流石、Aランクのパーティーリーダーだっただけはあるね。
指示を受けた人々は、僕と母さん、そしてフューが準備した……と言ってもほとんどフューが用意したけど、ともかく三人で用意した頑丈な針金をまず受け取る。
そしてその針金を五センチほどに切り分け、それらを両端が突き出るように巻き付けていく。
仕上げに突き出た部分をナイフで尖らせ、完成だ。
そう、僕が考えた策というのは村の周りに『有刺鉄線』を張り巡らせることだったのだ。ソルの話では、フラムの操る魔物は人型が多いらしい。
だったら地球の戦争での策が役に立つだろう。そう思って有刺鉄線を作ったのだ。
一般的な有刺鉄線と少し違うのはベースとなる木の柵があることだが、基本的には普通の有刺鉄線と同じだろう。
それと、作る時に村人に気をつけさせたのが針金が必ず隣の針金に接するように巻き付けることだ。ここでミスが起きるともう一つの作戦が上手くいかない。父さんに頼んで厳重に注意してもらった。
僕も村人に混じって作業をしていたが、その頭にフューはいない。フューを他の人たちに見せるわけにいかないからではない。魔物襲来時にはそんなこと気にしていられない。
ではなぜフューがここにいないかというと、フューには村人がいない部分の有刺鉄線の作成を頼んでいるからだ。
自在に魔法を操れるフューの作業速度はとてつもない。針金を切って巻くという動作がいらないからだ。魔法で針金を生み出し、巻き付けるのを同時に行うため他の人との作業効率が比べ物にならない。
そんな速度で仕事を進めていくスライムが隣にいては、皆のやる気が削がれてしまうので、フューには離れた場所をお願いしている。
(さっきちらっと見たけど、凄かったもんね……)
『あぁ、異様な光景だったな』
柵の上に乗ったスライムが、強化していない目では追うのがやっとの速度で移動していき、その後には完璧な有刺鉄線が生み出されていく……なんとも奇妙な光景だった。
朝から村人総出で作業を行った結果。日が暮れ始めた頃には作業が終了した。作業のその早い完了に、フューの多大な貢献があったことは言うまでもない。
魔物の襲撃まで、残された時間はそう多くない。




