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第三十一話 セリアの髪

 それぞれの反応を示す二人を放置しながら、僕は料理に舌鼓を打った。少しすると、母さんも冷静になったのか壊れたような笑いを止め、フューを抱きしめている。

 ……いや、どうやらフューを観察しているようだ。フューに嫉妬するのは止めても、フュー自身に興味があるんだね……。

 とりあえず今は放っておいた方が良さそうだな。


「ごちそうさま!」


 料理を綺麗に食べ尽くした僕は、そう言って自分の部屋に戻った。

 そういえばこっちの世界では、食事の前後の挨拶ってないんだよね。父さんと母さんに正体を明かすまでは言わないように気をつけてたけど、もうそんな必要は無いし、これからは言っていこうかな。


「さて、と」


 僕は自室のベットの上に座り、そう声を漏らした。いつもならこの後はお風呂に入って寝るだけだけど、今日は違う。お風呂の前に行く所があるのだ。

 僕は枕元に置いてある、氷の人形に目をやる。セリアがくれた、僕の宝物だ。


「ソル、それじゃあ行こっか」

『あぁん? 行くってどこにだ?』

「決まってるじゃん! セリアの家だよ」

『あぁ? 正気か? こんな時間に行ったところで門前払いを食らうのがオチだろ』


 ソルの言う通り、辺りはすっかり闇に包まれている。そろそろ寝る支度を始める頃だろう。こんな時間に行ったところで相手にされないのはまず間違いない。


「そりゃ正面から行ったらそうだろうね。だから、忍び込むんだよ」

『忍び込むだと? ソーマ。お前何考えてんだ?』

「セリアのことを何とかするにしてもさ、事情をもっと知らないとダメでしょ? だから今は情報収集に徹するべきかなーと」


 今の僕はセリアが両親からあまり良い扱いを受けていないということしか知らない。そんな状態じゃセリアを助けるなんて出来ない。だから今から情報を集めるんだ。一応、策がないわけじゃないし。


『はぁ……お前、ほんとはバカだろ』

「酷いな! これにはちゃんと考えがあるんだよ!? ほら、面と向かってだと、セリアの両親の本音なんて聞けないでしょ?」

『だからってな、お前――』


 これ以上ソルに小言を言われない内に行動に移すことにした。家から抜け出したことがバレても心配をかけないよう、書き置きを残してから窓からこっそりと家を出た。


 この世界では、当然のごとく街灯なんてものはない。いや、都会に行けば魔道具のライトが点いているらしいが、こんな田舎町にあるはずもなく、日が完全に落ちた今、辺りは闇一色だった。いつもなら夜空に輝いている二つの月や星も、今日は厚い雲に覆われその姿を隠している。

 だが、そんなことは僕の障害たり得ない。前世で視界が潰された時の訓練と称して、目隠しされた状態で大勢に襲いかかられたことのある僕からすれば、暗闇の中を走ることなんて朝飯前だ。


「ソル、身体強化魔法は使える?」

『そうだな、全力は無理だが普通になら使えるぞ。元々あれは魔法というより技法の一つみてぇなもんだからな。魂にかける負荷はそう大きくねぇ』

「そっか、それはよかった。あんまり時間をかけると父さんと母さんに気づかれるかもしれないし、急ぎたかったからさ」


 僕は身体強化魔法を発動させた。全身を魔力が巡り始め、力が漲ってくる。軽くジャンプをして体を慣らしたあと、僕はセリアの家に向かって駆け出した。

 夜の冷たい空気を切り裂きながら走ること数分、セリアの家に到着した。

 やっぱり身体強化魔法はすごいね。いつもならもっと時間がかかるのに、あっという間だ。


「よし、侵入ミッション開始だ」

『どんだけカッコつけようと、やってることは犯罪だからな』


 ソルの言葉を無視しつつ、僕は扉の前に立った。流石に鍵はかかっていたが複雑ではなく、むしろ原始的と言うのが正確なほどお粗末なものだった。

 あっさりと鍵を開けた僕は音を立てないよう、慎重に扉を開いた。


『なんで鍵開けの技術なんか持ってんだよ……』


 ソルの呆れたような声を聞き流しつつ、家の中の気配を探る。

 気配は三つ、それぞれ別の場所にあった。

 寝る時間にも関わらず、家族がバラバラに居る、か。

 少し心にモヤモヤとしたものを抱えつつ、僕はセリアの母親のイーナさんと思しき気配がある部屋に向かった。扉にそっと耳を当てるが、何も聞こえてこない。


『それで、こっからどうするつもりだ? 情報を得ようにもここに居る事がバレねぇようにしねぇといけないんだぞ?』

(僕から聞くことができないなら、盗み聞きしちゃえばいいでしょ?)


 僕は念話でソルにそう返すと、喉に手を当てた。


「あ、あー、あー。よし、オーケー」


 僕は小声で声を確認すると、扉を三回ノックした。


「イーナ。セリアのことで話がしたい。部屋に来てくれ」


 僕はセリアの父親のイザギさんそっくりの(・・・・・)、低くてどっしりとした声でそう言った。


『お前、その声……!』

(僕のちょっとした特技だよ)


 前世での任務ではこういった技能がなにかと役に立ったからね。声真似は得意なんだ。


「あなた? 話って……あら?」


 イーナさんが扉を開け、顔を出すがそこには誰もいない。僕はイーナさんが開けたその扉の後ろに隠れているからだ。

 イーナさんは不思議そうにしながらも、僕が言った通りにイザギさんの部屋に向かった。もちろん僕はその後をこっそりと着いていく。


 イーナさんは、イザギさんの部屋の扉をノックした。


「なんだ」


 話があると言われてきたのに無愛想にそう言われ、イーナさんは面食らったようだった。


「セリアの話をするんでしょ?」

「ん? あぁ、セリアの話か」


 イーナさんの言葉に訝しげな表情をしたイザギさんだったが、セリアの話は必要だと思ったのか特に言及せずにイーナさんを部屋に入らせた。


「あいつにも友達が出来てたんだな」

「そうね。ソーマくん、だったわね。あの子がうちの事情を知ったらどうするかしら」

「はっ、知らんな。セリアはお前の子だろう。お前がなんとかしろ」


 イザギさんは鼻で笑い、突き放すように言った。


「セリアはあなたの子でもあるのよ!?」


 イーナさんは顔を真っ赤にし、イザギさんに詰め寄る。


「あんな銀の髪をしてか? 信じられるわけがないだろう。俺とお前の子供が銀の髪を持つはずがない」

「そんなの……私だって……どうしてあんな色……」


 イーナさんは手で顔を覆い、声を詰まらせた。

 ボソリと聞こえないように言ったつもりだったのだろうけど、僕の魔法で強化されている聴力はしっかりとその声を拾ってしまった。彼女は確かにこう言ったのだ。



 あの子さえいなければ、と。



「とにかく、あの小僧のことはお前に任せた。適当にあしらっておけばいいだろう。セリアの事情を知ったところでせいぜい文句を言いに来る程度だろうしな」


 イザギさんはそう言って無理矢理話を終わらせた。

 イーナさんは何か言いたげだったが、とぼとぼとドアの方へ歩いていき、廊下に出て部屋に戻った。


『上手くいったな。これで望み通りの情報が手に入ったわけだ』

(そう、だね)


 作戦の成功を喜べる心境じゃない。さっきのことを少し思い出すだけで、怒りが爆発しそうだ。必死に理性で押さえつけないと、自分が何をしでかすかすらわからない。


『落ち着けよ。ここで暴れたって意味がねぇ。お前がやるべき事はそんな事じゃないはずだ』

(うん。わかってる。そんなこと、わかってるよ……! けど!! 親が一番言っちゃいけないことを言ったんだよ!? セリアがいなければいいって!)

『だから落ち着けって言ってんだろ。感情のままに行動するのは馬鹿のやることだ。ちゃんと頭を使って何をすべきか考えろ』


 ソルの諭すような声に、僕は大きく深呼吸をして心を鎮める。二度、三度と繰り返すうちに心に少し余裕が出来てきた。


(ふぅ、ありがと、ソル。そうだね。僕がやるべきなのはセリアの家族の仲を良くすることだ。セリアに両親からの愛を教えてあげることだ。もう、大丈夫。もう暴れたりなんてしないよ)

『はっ、世話の焼けるやつだ。んで、この後はどうすんだ?』

(そうだね……セリアの様子でも見てから帰ろうかな)


 僕はセリアの気配がした方へ歩いていった。扉の前に立ち、そうっと扉を開き中を覗いてみた。なんだか変態っぽいなぁなんて馬鹿な考えを一瞬で吹き飛ばすような光景が、そこにはあった。


 僕はすぐさま部屋の中に飛び込み、ナイフを持った(・・・・・・・)セリアの手を掴む。僕が強く掴んだせいでセリアはナイフを取り落とした。氷で出来たナイフは、鈍い音を立てて床に転がった。


「どうして……どうしてこんなことを?」


 僕は床に落ちている数本の髪の毛を見ながらセリアに尋ねる。


 そう、セリアは自分の髪の毛を切ろうとしていたのだ。

 あと一瞬でも遅れていればセリアの綺麗な銀髪は、バッサリと切られていたことだろう。


「……魔法使って……パパとママの声聞こえて……喧嘩してたから……こんな髪……なくなっちゃえって……」


 セリアはポロポロと涙を零した。ぼたぽたと雫が床に落ち、小さなシミを作る。


『……恐らく、風の魔法を使ったんだろうな。風の魔法で音を拾ってたから、さっきの会話が聞こえちまったんだろ』


 それで、自分の銀の髪の毛がなくなればいいと思ったってわけか。


 僕はセリアを優しく抱きしめ、頭を何度も何度も撫でた。


「そんな事言わないで。僕はセリアの綺麗な髪が好きだよ? とっても綺麗な銀の髪。それを切ろうとなんてしないでよ。セリアは何も悪くないんだ。きっとお父さんとお母さんもわかってくれる。今はちょっと戸惑ってるだけなんだ。セリアはちゃんと、イーナさんとイザギさんの娘だよ」


 だから大丈夫。僕は繰り返しそう言って、セリアが落ち着くまで抱きしめ続けた。しばらくして、泣き声が収まったので腕の中を見てみると、セリアは夢の世界に旅立っているようだった。

 僕はポケットからハンカチを取り出し、顔を拭いてあげた。そして起こさないように慎重にベッドに運び、布団をかけた。


「おやすみ、セリア」


 僕はセリアの頭をもう一度なでてから、セリアの家を出た。


 覚悟は、完全に固まった。

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