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合わせ鏡の刻印  作者: 黒糖ナイン
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7 勉強タイム

「それでは、簡単にお勉強を始めましょうか。」


柔和な微笑みをたたえて、アーノルドがそう言った。


恵による泣きの演技が余程応えたのか、レオルディアは「好きにしてやれ」と指示を出した後にディーノを引き連れて逃げるように立ち去った。


元々少し顔を見るだけのつもりだったのだということなので、棗も特に何を言うでもなしに「恵の侍女」の位置を受け入れた。


二人に用があるのはアーノルドの方だった。


二人の少女に「此方の世界の常識を学んでもらいます」と言い渡して、お勉強会が始まった。


「まず、我等がインガルト帝国について。」


こちらをご覧下さい、と壁に貼られた巨大な地図を教鞭で示す。


一つだけの大陸を書き記したそれは、どうやらインガルト帝国のみを写した地図であるらしい。


「ひえぇ、おっきい国なんだね……あ、海あるよ海!良いなー!」


「ああ、私達ちゃんと文字も読めるんだ……っていうか世界地図無いんですか?この国の地図だけ?」


好き勝手に疑問を飛ばす少女達に苦笑を漏らして、アーノルドは応える。


「この世界全てを記した地図というのは我が国には存在しないのですよ。インガルトはお世辞にも近隣国との仲が良いわけでは無いもので、情報が乏しいのです。」


他国にはもしかしたら在るかも知れませんが、とついでに付け足して、引き続き説明が続けられる。


「此処が、今我々の居る王都セランドルです。それを中心に、蜘蛛の巣状に街が……この、赤い丸が書かれた箇所に散らばっていますね。先程メグミ様が仰っていた海はファルセンの街が最も近いでしょう。いつか陛下にお連れして貰える日が来ると思いますので、お楽しみに。」


「その他の小さい青い丸は?」


「そちらは村になります。街ほど栄えているわけでは無くとも、農産物や家畜などの重要な資源を作り出す拠点です。例えば此処の村などは非常に美味な果実を数多く育てていて……」


「……へぇ、それじゃあそういう食べ物系ってどうやって流通させてるの?交通手段は?」


「主に馬車を使用します。新鮮さを保つ為に、氷室(ひむろ)に保存した氷を……」


「近隣国との交易なんかは……」


国境(くにざかい)の関所で……」


「街の防衛手段が……」


「湖を利用した水資源……」


云々(うんぬん)……」


何其(なんぞれ)……」





「だぁぁああっ!!」


白熱する談義に耐えかねて、恵は机の上に突っ伏した。


「うわっ、何!恵、どしたの!」


「解んないよ!何の話してるんだよぅ!!」


ばしばしと掌を机に打ち付ける。


「も、申し訳ありませんメグミ様。解り難かったですね、もう少しゆっくりやりましょうか。」


「日本語で、日本語で喋ってよ……」


「恵、それ洒落になんないわ。あー、アーノルドさん。恵には後で私が掻い摘んで説明するので、気にしないで下さい。」


ですが、と口を開いたアーノルドを遮るように、恵は天井に向けて挙手した。


「異議なーし!っていうか、別に私そんなにこの国に興味無いから今すぐ覚えなくっていいよ!」


「ちょっと恵、未来の皇妃ともあろうものが何を……」


「まだなるって決めてないもん!」


心なしか頬を赤くして、恵が叫んだ。


笑みを湛えたままのアーノルドが、僅かに口の端を引き攣らせたのを棗は見逃さない。


「……ええと。ああ、そうだ。アーノルドさん、【鏡の巫女】についてのお話が聞きたいなぁ、とか言ったら教えてくれます?」


「あ、それ私も聞きたい!それなら真面目に聞くっ!何で私が鏡の巫女なのかとか、わざわざ別世界から連れて来てお嫁さんにするのは何でなのかとか、気になる!」


僅かな沈黙の後に、アーノルドは頷いた。


「畏まりました、事前知識として我が国の成り立ちからとなりますが、宜しいでしょうか?」


「はーい、了解っ!」


打って変わって乗り気になった恵に苦笑しながら、アーノルドは資料を捲って話し始めた。






「事の起こりは、我がインガルト帝国が建国された時になります。今が皇暦8の3年……全暦で言うと586年ですので、そのまま586年前ということになりますね。」


皇暦8の3年とは、「皇帝が8代目になってから3年」という意味で、全暦586年はその名の通り「インガルト帝国が出来てから全部で586年」という意味になる。


「……7人の皇帝で600年弱って長くない?」


棗が首を傾げる。一人の皇帝が即位していた期間は、単純に計算して平均80年超程度ということになる。


「初代の皇帝陛下が非常に長く即位為されていたのです。2代目以降はばらつきがありますが、(いず)れも50年に満たない期間の即位だったといいますよ。」


「へぇ、具体的には何年即位してたの?最初の皇帝さんって。」


「341年間です。」


「さん……っ!?」


恵が素っ頓狂な声を上げ、棗は絶句した。


「しょ、初代皇帝ってそんな長生きしたの!?」


「それについては諸説ありまして……曰く、初代皇帝は竜族であっただとか、実は5年も保たずに死んでいて影武者が(まつりごと)を行っていただとか、皇帝が存在しない時期があっただとか……どうにも眉唾ものの話ばかりなのですが。」


「事実は定かじゃない、と。」


「はい、お恥ずかしながら。……まあ、それはそれとして。初代皇帝が即位する前、つまりインガルト帝国が建国される以前はこの地域は小国が点在するだけの無法地帯でした。」


定期的に小競り合いのような戦争が行われ、全ての民が疲弊しきった重苦しい時代だった、とアーノルドは眉を顰めた。


「それらの小国を全て纏め、一つの大国を作り上げようとしたのが後に初代皇帝となる人、【ライオネル】様だったのです。」


アーノルドに示されて、少女達は手元に置かれた書物に目を落とす。


其処に描かれた肖像画は、飾り気の無い無骨な剣を携えた気難しげな青年だった。


「この人が、ライオネルさん?」


「ええ、そうです。【光の御子】と呼ばれた彼は、それは美しい金色の髪とエメラルドの瞳を持った青年だったといわれています。」


「……レオと同じ色なんだね。」


頷いて、アーノルドは言葉を続けた。


「争いばかりの国々を纏める事は非常に困難なものだったそうです。ライオネル様だけでは成し遂げることの出来ないであろう悲願を遂げる術を彼に示したのは、一人の魔法使いだったといわれています。」


「魔法使い!?この世界、魔法使いなんて居るの!?」


恵の目が輝いた。


つい数時間前に当人に出会っている棗は特に何の感慨も無いようで、無言で手元の書物を眺めている。


「いいえ、現代にはその様な人は存在しません。この魔法使いと言うのも、何かの隠喩ではないかと言われているくらいですので、当時も存在したかどうか……」


「え、そうなんですか?」


きょとん、と棗が目を丸めると、アーノルドが苦笑して頷いた。


「魔法なんてものが存在するのなら、私が見たいくらいです。」


「なぁんだ、無いのかぁ。つまんないの。」


口を尖らせる恵とは裏腹に、棗は理解できないというように頭を振った。


「いや、でも……」


「……どうかしたのですか?」


うろたえる棗を見つめて、アーノルドは訝しげに目を細める。


「あっ、いや、だって……わ、私達を召喚したのは?魔法じゃないんですか?」


咄嗟に出た言葉は、「魔法使い」と自称した青年の事を問うものではなかった。


それもその筈、棗はディーノに後ろ髪をカットされながら「僕の事は誰にも内緒にしておいてね、そうじゃないと君の正体もバラしちゃうから。」と全力で脅されていたのだ。


取り繕うように吐き出した言葉に納得したのか、アーノルドの剣呑な視線が柔和に緩む。


「ああ、あれは魔法ではなく神術(しんじゅつ)ですから。神の御力(みちから)をお借りして起こす奇跡です。」


「……違いが解んない。」


どっちも不思議パワーじゃん、と首を捻った棗に、アーノルドは口角を上げて応える。


「お伽話と実在する技術の違いですよ。神術に興味があるのでしたら、その内詳しくお教えしましょう。」


「……うーん、魅力的ではある。まあ良いわ、お伽話を続けてください。」


はい、と頷いて話は続けられる。


「魔法使いは、国土統一に奔走するライオネル様に一つ申告をしたそうです。」




【夜の無い世界は間も無く死を迎えるだろう 光に寄り添う闇を迎えなければならぬ】




「ライオネルは【光の御子】でした。彼の強い光は大陸を眩く照らしますが、それだけでは世界は成り立たない。魔法使いはそう告げたのです。」


「はー、神話みたいな感じだね。光の御子、か。」


「……光に寄り添う闇、夜。それが【鏡の巫女】?」


棗の問いに、アーノルドが答える。


「【光の御子】の(つい)、鏡写しの【闇の巫女】。魔法使いが示した道は、ライオネル様と共に歩むべき人が必要である、ということだったのです。」


「【闇の巫女】?【鏡の巫女】じゃ無いんですか?」


「ライオネル様の伴侶だけは【闇の巫女】と呼ばれています。彼女は夜空のような黒髪と、闇を湛えた黒の瞳を持つ少女でした。魔法使いに連れられてライオネル様の傍らに寄り添った彼女は、とても美しく、清らかな巫女であったと言われています。」


「どうしてその人だけ?」


「彼女は貴女達のように異世界より連れられて来た訳ではなく、【夜】からやってきたと言われているのです。【闇】を冠する巫女は彼女只一人、厳密には【鏡の巫女】とは別の使命を持った人だったのでしょう。」


アーノルドの弁に、棗は納得が行かない様子で首を捻る。


「2代目以降の皇帝が【鏡の巫女】を必要とするのは、件の魔法使いがそう告げたからに他なりません。代々の皇帝が自身を見失うことなく、己が信念、すなわちインガルト帝国の平穏を常に見据えていられるようにとの事で、【鏡】と呼ばれる異世界から伴侶となる女性を呼ぶことが定められました。黒髪黒目であるというのは【闇の巫女】を模した条件であると言われています。」


「……うーん、ややこしいけど、要するに神話みたいなお話を教訓として、皇帝さんはずーっと【鏡の巫女】をお嫁さんにしないといけないってルールを定めたってことで良いの?」


「まあ、そうなりますね。」


頬杖をついた恵が、ライオネルの肖像画の描かれたページを捲る。


其処には、一人で描かれていた時よりも年を重ね、柔らかな皺を目尻に湛えたライオネルと、どこか冷たい雰囲気を纏った美しい黒髪の女性が描かれた肖像画が載っている。


「……この人が、【闇の巫女】なんだね。」


二人の間には、一人の少年が立っている。


金の髪と緑の目はライオネルの幼い頃ときっと良く似ているのだろう。


少し緊張したような面持ちで背筋をぴんと伸ばして立っている。


「あれ、ちょっと待って?この男の子が2代目の皇帝?」


「ええ、そうです。ライオネル様と【闇の巫女】の間に生まれた彼もまた、【光の御子】の素質を持って産まれてきました。」


「え、ってことはこの人が全暦342年以降の皇帝なんだよね?」


「そうですね。」


棗が頭を抱える。


恵が不思議そうに首を傾げ、アーノルドもそれに倣う。


「どうしました、ナツメ。」


「……ってことは、【闇の巫女】も341年間息災だったってことだよね?」


「ああ、そうなりますね。というより、【闇の巫女】ないし【鏡の巫女】は【光の御子】と共に生き、共に死ぬ存在なのです。」


「はぁ!?」


素っ頓狂な声を上げたのは恵だった。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ!それどういうことなの!?」


「言葉通りの意味です。光の御子が崩御為される時、鏡の巫女も時を同じくしてお隠れになる、と。」


飄々と答えるアーノルドに、恵は愕然とする。


「……要するに、レオが死んだら私も死ぬ、私が死んだらレオも死ぬ、ってこと……?」


「そうなりますね。」


「何それ、やだよ!冗談じゃないよ!!」


そういわれましても、と苦笑するアーノルド。


「こればかりは、もうどうにもなりません。陛下と共に在ることが貴女の使命ですから。」


へな、と机の上に突っ伏してしまった恵の背中に手を置いて、棗はアーノルドを睨みあげた。


「……身勝手にも程があるんじゃない?」


「非常に心苦しいことではあると思っております。」


ゆっくりと腰を折り、頭を下げる。


「今すぐ受け入れて頂けるとは思っておりません。陛下も今すぐ婚姻を結ぼうとは考えておらぬようですし、まずはゆっくりと現状を受け入れて頂ければ。」


遠くで、鐘の音が聞こえた。


「……ああ、もうこんな時間ですか。今日はこの位にしておきましょう、後はアリアに従って食事等済ませて下さい。」


柔和な微笑を一切崩すことなく、アーノルドはてきぱきと手元の資料を片付けていく。


「そうそう、夕食は共にと陛下が仰っていましたよ。ナツメは同席は出来ないでしょうが。」


「でしょうね。……アーノルドさん、一つだけ聞いても良いですか?」


何です、と小首を傾げた相手を見上げて、棗は気まずそうに呟いた。


「……【鏡の巫女】が複数人同じ時代に存在したことって過去にありました?」


「いいえ、ありません。父親である先代皇帝が崩御して初めて、次の皇帝陛下に【鏡の巫女】を呼ぶ権利が与えられるのですから。」


そっか、と頷いた棗に一礼を残して、アーノルドは部屋を後にした。

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