第五話
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「……よし」
川辺に仕掛けていた糸を引き上げると、銀色の魚が小さく跳ねた。
「釣れてる?」
「うん。朝ごはんには十分かな」
そう答えると、姉さんは満足そうに頷いた。
火を起こすのも、魚を捌くのも、もう慣れたものだ。
村での生活と、大して変わらない。
「結構歩いたわね」
姉さんが、森の奥を見渡しながら言った。
「この先を抜ければ、もうすぐ街道に出るはずだよ」
「じゃあ、今日中に王都に着けるかもね」
そう言って、姉さんは少し嬉しそうに笑った。
二人で交代しながら、僕は魔力を薄く広げていた。
(周囲を探る魔法)
魔力を森に溶かす。
木々の隙間、地面の起伏、風に紛れる気配をなぞる。
――引っかかった。
「少し警戒して」
「……わかった」
姉さんが小さく頷いた、その直後だった。
「た、助けてくれ!!」
前方から、切羽詰まった叫び声が響いた。
視線を向けると、道の先で荷馬車を止め、後ずさる中年の男がいた。
その周囲を囲むように、三体の魔獣――牙狼種。
「商人さんだね」
姉さんも一瞬で状況を把握する。
「行こう」
その一言と同時に、僕たちは並んで踏み出した。
姉さんの手から氷の弾が放たれ、魔獣の足元を凍らせる。
動きが鈍った隙を逃さず、僕は距離を詰めた。
「風刃魔法」
圧縮した風の刃が、一体を斜めに切り裂く。
残った二体が、唸り声を上げてこちらへ跳びかかってくる。
「氷槍魔法!」
姉さんの魔法が正確に脚を貫き、魔獣が地面に崩れた。
もう一体。
僕は足元の風を踏み、魔力を一気に圧縮する。
「風撃魔法」
衝撃が炸裂し、最後の魔獣が吹き飛ばされた。
――静寂。
荷馬車のそばにへたり込んでいた男が、呆然とこちらを見ている。
「……助かった……本当に、ありがとう」
「怪我はない?」
姉さんが声をかけると、男は何度も頷いた。
「王都へ向かう途中でな……護衛は逃げ出しちまって……」
「それは……危なかったですね」
「君たち、冒険者かい?」
「いえ、まだです」
そう答えると、男は目を見開いた。
「驚いた。そんな腕があって、まだ冒険者じゃないとは……。
図々しい頼みだが、王都に着くまで一緒に行ってもらえないか?
礼は、きちんとする」
視線を交わす。
断る理由はなかった。
⸻
荷馬車に揺られながら、男―ルドと名乗った商人から、王都の話を聞いた。
「冒険者ギルドはな、王都にいくつか支部がある。
新人なら中央区の本部が無難だろう」
「へえ〜……!」
姉さんの目が、見る見るうちに輝いていく。
「王都に魔獣は出ないんですか?」
ふと気になって尋ねる。
この道中や、僕たちの村では普通に魔獣が出るのに。
「ああ、それがな――」
ルドさんは少し得意げに笑った。
「王都は巨大な城壁に囲まれてるし、衛兵も多い。
それに何より――王都全体が、結界で覆われている」
その言葉に、思わず息をのむ。
「結界……?」
「そうだ。むかーし昔の、大賢者様が張ったって伝えられてる。
今でも破られたことはないらしい」
「へぇーーー……!」
姉さんが、完全に心を掴まれた顔で唸っていた。
⸻
やがて、森が途切れる。
視界の先に現れたのは――巨大な城壁だった。
「……わぁ……」
思わず声を漏らす。
白い石で築かれた壁、その向こうに連なる塔と建物。
行き交う人々、馬車、屋台の匂い、重なり合う声。
「これが……王都……」
姉さんの言葉に、僕は小さく息を吐いた。
――ここからが、本番だ。
「じゃあ、俺はこの辺で」
王都の門前で、ルドさんが手を振る。
「本当に助かった。達者でな」
「「ありがとうございました!!」」
そうして、僕たちは王都の中へ足を踏み入れた。
本当なら、すぐ冒険者ギルドへ向かうつもりだった。
……つもりだったんだけど。
「ねえアトラ見て! あのお店、可愛い!」
「わっ、魔道具屋!? ちょっと覗くだけ!」
「ちょ、ちょっとだけだから!」
気づけば、あちこち引っ張り回されている。
(……今日、ギルド行けるのかな)
空を見上げると、太陽は少し傾き始めていた。
冒険者になるための第一歩は――
どうやら、もう少し先になりそうだった。




