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力の在り方

PCがbitlocker誤作動して使えなくなってるのでスマホから書きました。読みにくいと思いますがご了承ください!PC回復したら修正入れます!

灰燐窟(アッシュレイン)を出たあと、僕たちは待たせていた馬車に乗り込み、グランバルドのギルド本部へ戻ることになった。


 車輪が土を踏む音と、馬の蹄が道を叩く音だけが続いている。姉さんは窓の外へ視線を向け、リィナはいつものように背もたれへ身体を預けていたけれど、軽い調子の冗談は出てこない。アリシアさんの膝の上には、白い布と細かな術式で包まれた封印容器が置かれていた。


 中に収められているのは、灰燐窟の奥で遭遇した記録にない魔獣の残骸だ。


 魔獣を倒した後、普通ならダンジョンに吸収されるはずのそれは、最後まで黒灰色の外殻を残したままだった。しかも、コアの欠けた部分へ近づけた時、まるで呼応するように薄く光った。


 あの反応が何を意味するのか、今は分からない。


「……アーちゃん、その容器って大丈夫なんスか?」


 最初に口を開いたのはリィナだった。


 声はいつも通り軽い。けれど、視線は封印容器から離れていなかった。


「はい。外へ魔素が漏れないよう、簡易封印を施してあります。とはいえ、あくまで持ち運び用ですので、長時間この状態で保管するものではありません」


「なら、戻ったらすぐ解析班行きっスね」


「そうなります」


 アリシアさんが小さく頷くと、姉さんが窓の外から視線を戻した。


「解析班って、素材を調べるところ?」


「はい。正式には魔素材解析班と呼ばれています。冒険者の方々が持ち帰った魔獣素材や、ダンジョン産の鉱石、特殊な植物などを調査する部署です」


「へえ……ギルドって、依頼を出したり冒険者を管理したりするだけじゃないのね」


「本部は特にそうっスね。素材が何に使えるか、危険性があるか、どの地域の魔獣から取れるものなのか。そういうのを調べておかないと、依頼の難度も正しく決められないっスから」


 リィナの説明を聞きながら、僕は封印容器を見た。


 村にいた頃も、魔獣の角や爪を売ることはあった。けれど、それがどこでどう使われるのかまでは知らなかったし、深く考えたこともない。冒険者が持ち帰った素材は誰かの手に渡り、武器や防具、薬、魔道具になる。危険なものなら封じられ、価値のあるものなら記録され、正体が分からないものなら、次に同じものと出会った誰かのために調べられる。


 それもまた、ギルドの仕事なのだろう。


 ただ依頼を受けるだけではない。冒険者が命をかけて持ち帰ったものを受け止め、その意味を確かめ、情報として残していく。


 そう考えると、アリシアさんの膝に置かれた小さな容器が、見た目よりずっと重いものに思えた。


「今回のものは、普通の素材として扱えません」


 アリシアさんの声は静かだった。


「記録にない個体であることに加え、討伐後も吸収されなかったこと。さらに、コアの欠損部に反応したこと。魔素材解析班に回し、危険性も含めて確認する必要があります」


「本部案件っスね」


 リィナが短く言った。


 その一言を最後に、馬車の中の会話は途切れた。


 誰も大きく騒ぎはしない。姉さんも、アリシアさんも、リィナも、それぞれ別の場所を見ている。けれど、視線の行き先は違っても、頭の中にあるものはきっと同じだった。


 灰燐窟で見つけたものは、普通の依頼報告で済ませられるものではない。


 やがてグランバルドの外壁が見え、馬車はギルド本部へ向かって進んでいった。


   ◇


 ギルド本部に戻ると、僕たちはそのまま報告室へ通された。


 以前、Aランク昇格の手続きをした場所とは違い、部屋の中には余計な装飾がほとんどない。大きな机と椅子、壁際に並ぶ資料棚。机の上には、すでにいくつかの書類と記録板が用意されていた。


 ジュードさんは、僕たちが入ってくるより少し前からそこで待っていたらしい。


 椅子に腰かけたままこちらへ視線を向け、いつもの落ち着いた声で言った。


「戻ったか」


「はい。灰燐窟の深層まで確認しました」


 答えたのはアリシアさんだった。


 リィナが軽く手を上げる。


「ただ、予想よりだいぶ面倒なことになってたっス」


「報告を聞こう」


 ジュードさんの声に無駄な驚きはない。けれど、最初からただの完了報告として聞くつもりもなさそうだった。


 アリシアさんが記録板を机の上に置き、灰燐窟で確認した内容を順番に話していく。入口から中層までの魔素濃度、出現した小型魔獣、深層に入ってからの変化。そして、奥で遭遇した記録にない個体の特徴。


 三つの目。


 黒灰色の外殻。


 高い物理耐性と、異常な再生能力。


 ジュードさんは黙って聞いていた。


 時折、手元の紙に短く何かを書き込むだけで、途中で口を挟むことはない。表情もほとんど動かない。けれど、アリシアさんが討伐後のことに触れた瞬間、ペンの先が紙の上で止まった。


「……吸収されなかった?」


「はい。通常、灰燐窟内部で発生した魔獣であれば、討伐後に魔素へ戻るようにダンジョンへ吸収されます。素材として一部が残ることはあっても、死骸そのものが残り続けることはありません」


「残骸は」


「こちらです」


 アリシアさんが封印容器を机の上に置く。


 白い布に刻まれた術式が淡く光り、蓋の部分に巻かれた封印紐がゆっくり解かれていく。中から現れたのは、黒灰色の外殻だった。


 焼け焦げた断面は赤黒く変色していて、表面には細かな筋が走っている。魔獣の残骸というより、鉱石と骨の間のような奇妙な質感だった。


 ジュードさんの目が、ほんのわずかに細くなる。


「……魔素材解析班を呼べ」


 部屋の隅に控えていた職員が、すぐに頭を下げて出ていく。


「通常素材として扱うな。封印容器ごと解析に回す。直接触れることも禁止だ」


「承知しました」


 職員が部屋を出ていったあと、ジュードさんは改めて外殻を見た。


 顔色を変えて騒ぐような人ではない。だからこそ、机の上に置かれた小さな残骸を見つめる目だけで、これをただの討伐報告として処理する気がないことが分かる。


「続けろ」


「はい。深層最奥部で、灰燐窟のコアも確認しました」


 アリシアさんの声が、少しだけ硬くなる。


「表面の一部に、欠損が見られました」


 ジュードさんの手が、記録板の端で止まった。


 さっきまで淡々と報告を追っていた目の奥に、わずかに深い色が沈む。


「欠損だと」


「はい。割れた、というより、()()()()()()()()()()ような痕跡でした。欠けた部分から魔素が外へ滲み出ており、流れにも乱れが見られます」


 ダンジョンのコア。


 それは、ただ奥にある大きな結晶というわけではない。


 土地や空気に漂う魔素が長い時間をかけて集まり、ダンジョンの内部で循環するための核となったもの。人の身体で言えば、心臓に近い役割を持つ。コアが安定していれば魔素の流れも整い、出現する魔獣の種類や数、内部構造の変化も一定の範囲に収まる。


 だからこそ、灰燐窟は安定型管理ダンジョンとして扱われていた。


 その心臓部が、何かに抉られたように欠けている。


 自然に割れたのではなく、外側から奪われたような痕跡がある。


 アリシアさんの報告が進むほど、部屋に響く紙の音が小さくなっていく気がした。


「管理記録には?」


「少なくとも、同様の記録はありません」


「リィナ」


「自分も初めて見たっス。コアが不安定になるって話は聞いたことあるっスけど、欠けてるのは見たことないっスね」


 リィナの声から、いつもの軽さが少しだけ落ちていた。


 ジュードさんは机の上で指を組み、数秒だけ目を伏せる。焦っている様子はない。ただ、積み上がった報告をどう扱うべきか、その場で一つずつ仕分けているように見えた。


 やがて扉が叩かれ、数人の職員が入ってくる。


 灰色の上着を着た、受付や依頼窓口の職員とは少し雰囲気の違う人たちだった。腰には小さな道具入れを下げ、手には封印布や鑑定用らしい細い金属棒を持っている。


 先頭に立つ女性職員が、机の上の容器を見てわずかに眉を寄せた。


「こちらが、灰燐窟から回収されたものですか」


「そうだ。最優先扱いにしろ。外殻片、焼損部、魔素反応を優先して調べる」


「危険指定は」


「暫定で準危険素材。解析結果次第で引き上げる」


「承知しました。封印容器ごと預かります」


 女性職員はすぐに部下へ指示を出した。


 封印布がさらに重ねられ、容器の外側に別の術式が巻かれていく。その手際に迷いはない。素材を怖がっている様子もない。それでも、指先の動きは最後まで慎重だった。


 容器が運び出されると、机の上には白い布の跡だけが残った。


 危険なものが部屋から消えたはずなのに、誰もすぐには口を開かない。小さな残骸が解析班の手に渡ったことで、灰燐窟で見た異常は、正式に本部の奥へ運ばれていったのだと分かった。


 ジュードさんの視線が、今度は僕たちへ戻る。


「討伐方法は?」


 その問いに、リィナが一度こちらを見る。


 報告として答えるだけなら、魔法で倒したと言えば済む。けれど、あの魔法の名を口にすれば、そこで話が終わらないことをリィナも分かっているのだと思う。


「アトラくんの魔法っス。劫火の滅剣(レーヴァテイン)で焼き斬ったっス」


 その名が出た瞬間、ジュードさんの視線が止まった。


 未知の魔獣を倒したことよりも、そこで使われた魔法の名に引っかかったのだろう。報告を聞くために置かれていた目が、ほんの少しだけ別の色を帯びる。


「……レーヴァテインか」


 低く呟いたあと、その目が僕へ向いた。


「誰に習った」


 短い問いだった。


 姉さんが隣にいる。リィナも、アリシアさんもいる。ここで魔女のことを話すわけにはいかない。


 魔女が使っていた。


 前世で、猫だった僕がそれを見ていた。


 そんなことを言えるはずがなかった。


「……昔、見たことがあったんです」


 だから、答えられることだけを口にする。


 嘘ではない。


 ジュードさんはしばらく黙っていた。


 僕の言葉を疑っているというより、その答えをどう扱うべきか測っているような沈黙だった。


 見たことがある。


 それだけで、火系統最上級魔法を使った。


 普通に考えれば、そんな話が通るはずがない。


 やがて、ジュードさんの視線が僕からリィナへ移る。言葉にはしない。けれど、その目ははっきりと問いかけていた。


 ――これは、どういうことだ。


 リィナは少しだけ困ったように笑った。


「アトラくんっスから」


「説明になっていない」


「自分もそう思うっス」


 悪びれもせずに言い切るあたり、リィナも本気で説明する気はないのだろう。


 たぶん、できないのだ。


 リィナは僕が普通じゃないことを何度も見ている。けれど、それを理屈で並べられるわけじゃない。ただ、そういうものとして受け入れている。


 隣で姉さんが、当然みたいに胸を張った。


「アトラなら当然よっ」


 根拠を求める言葉じゃなかった。


 姉さんにとっては、それが答えなのだと思う。アトラだからできる。そこに説明を足す必要なんてないと、本気で思っている顔だった。


 ジュードさんはそのやり取りを見て、短く息を吐いた。


「……なるほどな」


 納得した、というより、今ここで掘り下げる意味はないと判断した声だった。


「やはり、お前たちに任せて正解だったようだ」


 ジュードさんは、机の上に置かれた記録板へ視線を落とす。


「お前たちが戻ってきたから、こちらは次の判断ができる」


 派手な称賛ではない。


 けれど、その言葉を聞いて、灰燐窟で見たものを持ち帰れた意味がようやく胸に落ちてきた。


 何が起きているのかは、まだ分からない。それでも、見つけたものを本部へ渡せた以上、次に進むための手がかりは残せたのだと思う。


「灰燐窟は一時封鎖する」


 ジュードさんは迷わずそう言った。


「現時点で変動型に移行したとは断定しない。だが、コアに損傷があり、魔素の流れにも乱れが出ている。安全が確認されるまで、通常の管理ダンジョンとして冒険者を入れるわけにはいかん」


「コアの件は本部案件として扱う。七聖英雄にも報告を上げることになるだろう」


「了解っス」


「アリシア、リィナ。二人にも後ほど詳細確認をお願いする」


「分かりました」


「もちろんっス」


 話が決まっていく。


 ここから先は、ギルド本部の仕事なのだろう。


 僕たちがやるべきことは、見たものを正しく伝え、次に必要な時にまた動けるようにしておくこと。


 ジュードさんはそこで一度言葉を切り、僕たちを見た。


 報告を受ける職員の目から、依頼を終えて帰ってきた冒険者を見る目へと、ほんの少しだけ色が変わる。


「……だが、まずは無事で何よりだ」


 その一言だけは、記録にも報告にも関係のないものだった。


「ご苦労だったな」



「報酬のことで、一つお願いしてもいいですか?」


「金額の話か」


「いえ。魔法書を見せてもらうことはできますか?」


 ジュードさんの眉が、わずかに動いた。


「魔法書なら、王都でも買えるだろう」


「はい。初級や中級のものは、王都でいくつか買いました」


 冒険者になる前なら、魔法書を自分で探すなんて考えもしなかったかもしれない。けれど、王都に来てからは、見かけるたびに本屋を覗くようになっていた。


 属性ごとの基礎。

 魔法陣の読み方。

 冒険者向けの実戦魔法。

 生活に使う簡単な術式。


 そこに書かれていたものは、どれも役に立つものだった。けれど、今回のような魔法に触れている本は見つからなかった。


「でも、上級以上の魔法が載っている本は、見つからなくて」


「当然だ」


 ジュードさんは静かに言った。


「上級魔法は、扱いを誤れば人を守る力ではなく災害になる。威力、範囲、使用者への負荷。どれか一つを違えるだけで、街中で恐ろしい規模の被害が出ることもある」

「だから上級以上の魔法書は、国やギルドが管理している。魔法学院や一部の研究機関が保管している場合もあるが、一般の本屋に並ぶものではない」


「やっぱり、そうなんですね」


「最上級ともなれば、なおさらだ。閲覧できる者も限られる」


 ジュードさんの視線が、僕をまっすぐ捉えた。


「それを見たい理由は?」


「今回、自分が使った魔法が最上級魔法だって聞いて……自分が扱う魔法のことを、ちゃんと知っておきたいと思ったんです」


 魔女のことはまだ誰にも言えない。

 けれど、自分が使っている魔法を知らないままでいるのが危ういと感じたのは本当だった。


「初級や中級の本を読んで、魔法の分類や名前は少し分かりました。でも、それだけじゃ足りない気がして」


 ジュードさんはしばらく黙っていた。


 その目は、僕の言葉だけでなく、その奥にあるものまで測ろうとしているようだった。けれど、やがて机の上の書類を一枚引き寄せる。


「自分の力を知ろうとするのは悪くない。知らずに使う方が危ういからな」


 短くそう言って、書類の端に何かを書き込んだ。


「今回の功績を考えれば、上級魔法書の閲覧許可は出せる。貸出についても、期限付きなら認めよう」


「本当ですか?」


「ああ。ただし、本部管理下の資料だ。持ち出し先、期間、写本の可否には制限がある。最上級魔法に関する資料は、こちらで内容を確認した上で判断する」


「分かりました。それで大丈夫です」


「なら、手配しておく」


 ジュードさんはそこで一度ペンを置いた。


「アトラ。力を持つ者が、自分の力を知ろうとするのは必要なことだ。だが、知った魔法を使えることと、使っていいことは違う。それだけは覚えておけ」


「……はい」


 その言葉が胸に残る


 レーヴァテインを使えたからこそ、知らなければならない。知ったからこそ、選ばなければならない。


 魔法書を読むということが、ただ新しい魔法を覚えるだけの話ではないのだと、その時ようやく分かった。

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