水浸しの威信
「全然釣れなかったわね……」
思いのほか、釣果はゼロであった。
「うーん、俺らはいつも岸辺で釣ってたから、沖合だと別の道具が必要なのかもね」
俺はもっともらしいことを言ってみるが、実際どうなのかは分からない。この四人とも釣りに関しては素人なので、もう機械に任せた方がいいかもしれない。
「もういいや。潜水艦のマニピュレータに魚を捕獲してもらおう」
俺はパチンと指を鳴らし、潜水艦の設定を変更した。しばらくして倉庫を覗いてみると、きっちり刺身盛り合わせへと調理された魚たちが並んでいた。
「ホント、クロードの蔵って何でもアリね」
いや、俺も捌くところまでやってくれるとは思わなかったんだがな。本当に、鄙火の設計能力は底が知れない。
「さて、そろそろ皇帝が祝勝パーティでも開いている頃だろう。俺からも祝いの品を贈ってやるとするか」
「えぇっ! 海鮮は一切れたりともあげないわよ!」
エレノアは相変わらず食い意地が張っている。まぁ、初めて食う刺身なんだから仕方ないか。
「しかし! 人が良すぎるのでは?」
「こちらの生存を知らせることにもなってしまう」
セレスティア、フレアが続けて懸念を示す。
「心配するな。送りつけるのは海水入りの蔵だ」
俺は得意げにそう告げた。
◇
「私は空に船を浮かべる不埒な神をも撃墜した! 我らが皇国の威信は、世界に轟くであろう!」
「「「皇帝陛下、万歳!!」」」
万雷の拍手と喝采を浴び、皇帝は満足げであった。
そんな皇帝が、数多の貢物の中でも、特に怪しげな黒い箱に注目することは、ついぞなかった。
「【蔵潰し】」
俺は遠隔で、蔵である黒い箱を魔力に戻す。
見た目の大きさにそぐわぬ膨大な量の海水を収納していたその蔵は、鉄砲水を噴射しつつ打ち上がり、大瀑布のように水を流し始めた。
「うわっ、なんだこれは!」
「あれだけの水が、一体どこから?」
王侯貴族も、他国からの列席者も民衆も、皆が戸惑い、ざわめく。
「誰だ! 祝宴の場で不敬であるぞ!」
【――よう。空から失礼……じゃなかった。海から失礼します】
俺は蔵に取り付けておいた配信機器で、音声放送を始めた。放送機材の設計図もあるなんて、ヒナビ様々だな。使い時が来るとは思ってもみなかったが。
「……その声、まさか、【死刻の蔵人】!?」
皇帝はあからさまに動揺している。そりゃ、死んだと思ってた奴の声が大音量で響いているんだから、無理もない。
【うるさいから引っ越したんだが、俺の死を祝ってパレードとはいい度胸だな?】
「こ、これは……」
「空の神からの天罰じゃ!」
「雨雲を集めて水を降らせてきたんだ!」
民衆は口々に見当外れなことを叫び、騒ぎ立てている。皇帝に似て民衆も愚かだな。
【引っ越し先から特産品をプレゼントするよ。ま、海水だからしばらくはベトベトが取れないだろうけど。じゃ、改めて撃墜おめでとうございます! 皇帝陛下……いや、お山の大将さん】
「く、くそっ、今すぐあの箱を回収しろ!」
衛兵が向かっていくが、凄まじい勢いで流れ落ちる海水に阻まれ、回収などできないようだ。
【ハーハハッハ! いい気味だ!】
【ちょっとクロード、醤油取ってくれない?】
【あぁっ、フレアさんばっかり大トロ食べてずるいです!】
【トロは腐りやすい部位らしいから早く食べないとだろ】
【やべっ、配信切り忘れてた】
俺はスイッチを押して放送を打ち切った。
「今の声って、剣聖エレノア?」
「巌の聖女様の声もしたが」
「業火の魔女の声もした気がする」
民衆が皆戸惑っているのが聞こえてくる。まだ向こうの音声は聞こえるように設定してあるからな。
「皆、耳を傾けるでない! 今聞いたことは忘れろ!」
皇帝の情けない叫び声が聞こえてくる。もはや皇帝陛下の面目は丸潰れ。スカッとした。
「でもクロード。この程度の復讐でいいの?」
「もう俺達は戦場から下りた。殺す殺されるとか言うのとは無縁だ。海水を浴びせてやるくらいがちょうどいい」
別に俺達は戦争を仕掛けたいわけじゃないからな。
「うーん、美味しいです!」
「セレスティアも取りすぎじゃないか?」
「気のせいです」
セレスティアとフレアは海鮮に夢中のようだ。
「ありがと。クロード。私を利用してた連中にやり返せて、少し過去の清算ができた気がする」
そういえばエレノアは皇国の最終兵器とか言われてたな。思うところもあったのだろう。
「悪いな。元上司をあんなにコケにしちゃって」
「全然構わない。むしろぶん殴りに行きたいくらいだわ!」
「ハハッ、そこまでする価値はないだろ」
俺はそうとだけ返し、海鮮の争奪戦に戻った。エレノアの因縁も片付いたし、スッキリしたな。




