#36 帰路と襲撃
ハンスとシャルロッテは、まだ名前も決まっていない、馬に頼らず魔力があれば荷を引ける荷車。
ギルドの拠点からシームルやクリストフ達が待つ休憩場へと戻っている途中、荷車が前を照らす先で人影のようなものが見えた。
「なんだろう?あれ...」
「速度を落として様子をみましょう」
二人同時に気づきそれぞれ様子を伺うことになった。
速度を落としたことで、はっきりと視野に捉えることができた。
「いやあれ、かなりでかいんじゃない?!」
シャルロッテが慌てて声をあげる。
何せここからその影を作り出している奴の位置はかなり離れている。それに、街道の左右にある木々と比較してもそれよりも何倍か大きく見える。
それが何やら足踏みする様に足元を執拗に踏みつけていた。
「シャル、変われる?」
「さっき教えてくれたことぐらいしかできないわよ」
ハンスが戦いに集中できるようにシャルロッテと座る位置を入れ替える。
ゆっくりと近づき様子を見ていたが、足踏みする理由が見えた。
「ちょっとまずいんじゃない?!誰か襲われてる!」
小さな人影が踏みつぶされないように逃げ回っているのが分かった。
シャルロッテがハンスに視線を送ると、彼は頷き魔法を使おうと手を空に掲げる。
「その位置なら延焼の心配はないかな……なら!」
ハンスから少し上空に火の玉が浮かび上がる。
「これでこちらに気を逸らしてくださいね!っと」
放たれた火の玉は巨大な人型の首筋へと直撃し、大きな爆炎を伴ってはじける。
その衝撃で巨大な人型は姿勢を崩し前のめりに姿勢を崩す。
「シャル!速度上げて!すれ違いざまに助けます!」
「やれるだけやってみる!」
ハンスの指示にシャルロッテが速度を上げる。
巨大な人型が街道をふさいではいるが、その左右には少し余裕がある。
そこへとむけてシャルロッテは進路を変える。
「倒れこんではくれないか……」
巨大な人型は、前のめりに倒れこみかけた姿勢を片足を踏み出して耐える。
そしてその人型は魔法が飛んできた方向へと上半身を捻って視線を向けた。
声にならない音のようなくぐもった音を漏らし、通り過ぎようとする二人を視線に捉える。
さらに高い音に変わったかと思うと、足元の逃げ惑う人物から興味を失い二人に向けて歩き始めた。
「シャルはそのまま右を通り抜けて!」
「ハンスは?!」
「反対に注意を引きます!」
ハンスはそう言い残すと、飛び降りていった。
「もう! 私だって戦えるのに!」
シャルロッテは頬を膨らませていたが素直に従っていた。
「もっと注意を引いて...その後は足元にいた人を助けないと」
ハンスの周囲に先ほどの火の玉より小ぶりな弾をいくつも作り出し、連続して胴体へと狙いを定める。
ハンスの狙い通り、胴体に当たる火の玉に釣られ、飛んできている方向へと巨大な人型は進路を変える。
「そのままもう少しこっちに来てくれれば……足元の人は逃げてくれたりは―――」
ハンスが爆炎で照らされた巨大な人型の足元を見ると、蹲って悲鳴を上げている人影が見えた。
「ダメかぁ……」
ハンスは打開策を考える。
(ある程度注意を引いたら足元を抜けて、拾い上げた後、シャルの所まで追いつく……それができれば一番いいかな?)
「よし!」
やることを決めたハンスが気合を入れる。
街道の左右にあった森の近くまでハンスは移動し、そこから火の玉を連続で放ち続けていた。
次第に鬱陶しいのか巨大な人型は手をかざし、手で火の玉を受けながらハンスのもとへと進んで行く。
蹲る人影からかなり距離が取れたことに気づいたハンスが新たな行動に移る。
「あなたの視界はやはり頭ですか」
ハンスは駆けだすと同時に、手に当て続けている火の玉とは別にそれより少し大きめな火の玉を放物線を描いて頭へと放った。
放物線を描いてはなった火の玉が頭へと当たる前にもう片方の手でそれを防がれた。
「それは想定済み!」
爆発が起きると先ほどまでとは違い黒煙が広範囲に広がる。
その隙に身体強化を使って速度を上げて巨大な人型の足元を潜る。
「効果があるかはわかりませんが!」
足元を潜る時、左右にある足を地面と氷で繋ぐ。
通り抜けた先で走りながら蹲る人影を探す。
「―――いた!」
蹲りながら頭だけ動かして周囲の状況を確認する人へと近づき、ハンスは適当に服をつかむと同じ速度でそのまま逃げる。
「はえ?!」
ハンスに掴まれた人は、奇声を上げていきなり掴まれてものすごい速さで移動していることに驚愕していた。
「もう少しの辛抱です」
「こ、子供?!」
暴れられても困るとハンスは声をかけるが、その幼さを残す声に余計に混乱させてしまった。
後ろを振り返り、若干の月明りで見えた影は、ハンスの黒煙を受けた位置から動いていないことが見て取れた。
「あの動きなら追いつかれないと思うけど……一応ね」
油断せずそのまま、先にいるはずのシャルロッテの所まで走り続ける。
しばらく走ると、先に明かりが見えてきた。
距離が取れたからか速度を落として後ろをちらちらと見ながら進むシャルロッテだ。
ハンスはその荷車を認めると荷台に飛び乗る。
「あ、ハン――――ス?!」
「何とか撒いてきました」
「お、おかえり? ……何とかなったみたいね」
驚くシャルロッテがハンスともう一人いることを見て一安心する。
「た、助かったのか……?」
状況が呑み込めない助けられた人は、二人を見た後周りを見渡す。
その間にハンスが状況を簡単に説明した。
「通りすがりに何やら襲われていたようなので、隙をついて連れて逃げました」
「そ、そうか、助かったのか……」
彼は極度の緊張から解放されたからか一言残して意識を手放した。
助けた彼をよく見ると、ボロボロではあるが防具をつけており、商人ではなさそうだ。
「どうしましょう……一応地図には印を付けたけど、この人はこのまま連れて行くの?」
「ここに降ろしてもいつまで安全か分からないし、荷台に寝かせておく方が無難だと思う」
何かあっても大丈夫なように荷台の前方に固定するため紐で縛り付ける。
「そうね。とりあえず休憩場まで行くわね」
ハンスはシャルロッテの提案に頷くと、速度が上がった荷台から周囲を監視するように警戒する。
しばらく走らせていると件の休憩場の近くへと何事もなくたどりつく。
「何かおかしい。速度を落として」
「え、何?」
速度を落とすと荷台からハンスは身を乗り出す様に休憩場の方を険しい表情で見ていた。
「あれ? 誰も……いない?」
白い光に照らされた休憩場には焚火の光や人影が一切見えず、不穏な雰囲気を纏っている。
「皆どうしたのかしら……寝てるの?」
「いや、それ以上にまずいかも……」
そんな中、ハンスが光の一角を指差す。
「えぇ!そんな……!」
シャルロッテはその様子をみて驚愕していた。
指差す先では馬が食い散らかされており、繋がれていた馬や馬車の馬が見るも無残な状態で死に絶えていた。
「魔物かもしれない……けどなんで馬だけが?」
状況をうまく呑み込めないハンスとシャルロッテ。
「止めて待つ?」
「いえ、それはやめておいた方がいいかもしれない」
ハンスは光の外に何やら潜んでいることに気づく。
だが、この状態で速度を上げて逃げるにしても無事であるかもわからない。かといってこのままゆっくりと休憩場の前を通り過ぎてもいつか襲われる。
逡巡している隙に、先に動いたのは暗闇に潜むものだった。
一匹が遠吠えを上げる。狩りの開始を意味していた。
「しま―――」
周りの気配が動き出す。
「逃げるわ!」
ハンスがシャルロッテに伝えようと振り向くとすでに車輪を空回りさせながらも全速力で走り始めていた。
急発進にハンスは側板を掴み後方を見ると先ほどまでいた場所に黒い影が飛び込んでいるのが見えた。
そして暗闇に光る彼らの瞳が二人を捕らえる。
「そのまま首都まで走って!」
ハンスはそう伝え、迎撃しようと構えるが、一瞬気を逸らしただけで暗闇に紛れられ、見失ってしまう。
それならと周囲へと魔力領域を広げる。
視界で捉えるよりは早く察知できるだろうと思っていたが、全速力で動く乗り物の上での察知は容易ではなかった。
「そんな……地面でならうまくできてたのに」
この周囲察知の魔法はハンスが編み出してからまだ日が浅く、まだまだ改良の余地があるもので、その改良点の一つが、動くものをまだはっきりと区別できないことだ。
元となった魔力領域は周囲に魔力を広げ、遠隔でも魔法が使えるようにとハンスが編み出していたが、
それを発展させたものの一つとして、周囲察知の魔法を編み出した。
それは、領域内の魔力をただ広げるだけではなく緩く繋ぎ留め、粘性を持たせることで動きのある部分を判別するものだった。
故に常に動き続けている場面では役に立たない魔法となってしまっていた。
卓越した戦士であれば、気配で感じ取れるのだろうが、ハンスにはまだそんな感覚は持てていない。
そして、察知できず接近を許してしまう。
側面から荷台に向けて一匹が体当たりを仕掛けてきた。
彼らの質量は空荷の荷台よりも重いか同等だろう。
そんな一匹が体当たりしてきたことで大きく進行方向が逸らされる。
「(このままじゃ転倒する!)シャル!立て直して!」
その声を聞きながらシャルロッテは必死になってレバーを動かして車輪を立て直そうとしている。
「む、むり!」
だが、無情にも立て直しきれない。
轍の凹凸が車輪の側面へと抵抗を生み、荷車は引っかかった車輪を軸に宙へと舞う。
宙に舞った後、荷車は地面を転がるだろうことは容易に想像できる。
それに巻き込まれれば重傷を負うことも。
「そうはさせない!」
ハンスは、片付けや物を運ぶ時に物を浮かして移動させることがある。
その要領で荷車を魔力で包み、勢いを制御しようと試みる。
「(動いている物を途中からは難しい……!)」
一回転中では制御が間に合わず、荷車は運よく車輪から地面に着き、さらに宙へと舞い始める。
「(向きを整える……回転の勢いもなくして……)」
次に着地するときには、進行方向だった方に先頭を向け、すぐにでも加速できる状態だった。
速度を操作するレバーは全速力のままだったことで着地してすぐ加速する。
だが、かなり無茶をさせたらしく、荷車のあちこちで軋みを上げていた。
それに以前ほどの速度が出ていないし、ふらふらと左右に振られている。
「シャル!大丈夫!?」
「何とか……」
御者台でしがみついていたシャルロッテが力なく答える。
まだ完全に窮地を達したわけではない。
依然として襲われているままなのだ。
「(くっ……どうすれば……)」
この荷車を補助しつつシャルロッテの様子を伺いながら、襲撃に備えなければならない。
そして迷いは後手に回る。
今まで魔法を使うそぶりなど見せなかった魔物だったが、そのうち三匹が一斉に火の玉を放ってきた。
ハンスは慌てて空気の壁を展開し荷車へ届く前に防ぐ。
だが、その爆炎に照らされた残りの魔物が、左右から飛びかかってきているのが見える。
「させない!」
左右にも同じく空気の壁を展開し、飛びかかってくるのを防ごうとするが、
彼らはその空気の壁を見るや否やそれを足場にして飛びのいた。
「……え?」
ハンスが動揺したのもつかの間。
魔法を放っていた三匹の魔物の内一匹が、荷台の後部に飛び乗ってきた。
ハンスに向けて唸り声を漏らしながらゆっくりと近づいてくる。
「え、な……まずい……どうすれば……」
錯乱まではしていなかったが、ハンスはただ、どうすればいいか考えを巡らせるだけで行動ができずにいた。
もしかしたら錯乱して考えなしに魔法を使っていた方が良かったのかもしれない。
だが、限界を迎えた後部の車輪が外れ、荷台が傾く。
それに驚いた魔物は荷台を蹴って飛び降りる。
「危なかった……」
ハンスは何とか御者台と荷台を隔てる板を掴み何とか落ちずにいた。
「しっかり!ハンス!」
ハンスが飛び乗られていたのに何もしなかったことはシャルロッテも見ていなくても察せる。
彼女はすでに操縦することで手一杯で気にしている暇はあまりなく、さっきの言葉が何とか出せた言葉だった。
それに車輪が外れたことでかなり操縦しずらくなってしまっている。
「そうだ……ね。何かしなきゃ……!」
ハッと我に返ったハンスが、動き出す。
まず、ハンスは傾いた車体を立て直すため、浮かせる魔法の応用で浮かない程度に制御しつつ車輪があったように姿勢を平行にする。
これで操縦のしにくさは改善されるはずだ。
ただ、速度は車輪が無くなっているのは変わりないため、落ちるのは必然だった。
それと同時に、周囲への防御壁として空気の壁を常に展開し、すべての方向から入れないよう囲い込む。
これで直接的な攻撃はまず受けないだろうと、ハンスはシャルロッテへと状況を伝える。
「これで当分は大丈夫なはず……」
「ありがとう、何とかこのままなら逃げていられそうね。でも……」
笑顔でハンスの方を振り向いて答えたが、額にはかなりの汗をかいており、少しぐったりとしている。
その症状にハンスは思い至る。
「魔力がない?!」
「まだ……大丈夫だと……思うけど。さすがにそろそろしんどいわね……」
シャルロッテもハンスと一緒に魔力量を増やすために訓練はしているため、並みの魔法士よりはある。
それだけこの荷車を動かすのに魔力を消費するということだった。
「(壊れたりしてるから余計に負荷がかかっているのかも……)」
魔力を回復するためシャルロッテと操縦を変わろうと提案する。
「交代しましょう。一旦休んで」
でもと言ってシャルロッテは交代することを戸惑っている。
「大丈夫。操縦していても魔法は使えますし」
そう伝えるとシャルロッテは頷き、運転席をハンスに譲る。
「おお……これは確かに、魔力消費が激しい……」
荷車の魔力消費がハンスに切り替わったことを実感する。
「今の速度だと、昼間に使った時あまり変わらない速度ぐらいか……」
そんな感想を漏らしている間にも、魔物は空気の壁に向かって火の玉や体当たりを繰り返しており、行動に荒々しさが増し機嫌がかなり悪くなってきているが伝わってくる。
それだけならまだ耐えられた。
ひと際大きな一匹が前方へと走り抜けると、振り返りざまにハンス達へ向けて大きな火の玉を放つ。
だが、それは空気の壁の手前の地面で炸裂する。
「まずい!」
ハンスは慌ててレバーを倒し、進行方向を曲げる。
何せ、火の玉が炸裂した場所が大きく抉れ、突っ込むとまた一回転か転倒しかねない。
何とか避けることができたが、弱点だと気づかれたのか、その後も幾度も繰り返してくる。
そのたびぎりぎりの所で避けることができていた。
一匹では埒が明かないことを悟ったのか、他の二匹が前に移動し、三匹で妨害し始める。
「くっ、これじゃ……!」
そして後部の片輪がないことも災いして、ついによけ切れない時がきた。
前輪を抉られた地面に踏み込んでしまう。
側面からの力が加わり、負荷に耐え切れず後輪と同じ方向の前輪が外れ、ついに走行不能となってしまう。
「シャル!しっかりつかまってて!」
荷台の下部を擦りながら滑り込む。
「ぐぐ……」
轍とは違う跡を残して荷車は止まってしまった。
一から作り直す方が早そうな状態となった荷車の上で二人、茫然と外を眺める。
「どうしよう……」
「逃げられないし、諦めるのを待つしか……」
逃げる足を失ったことで、周囲を魔物に囲まれてしまっていた。
何とか生きながらえているのは、ハンスが作っている空気の壁のおかげだ。
それによって魔物からの攻撃は届かないが、こちらからも攻撃ができないでいる。
そのため、ただただ時間が過ぎるのを待つしかない。
それか、ハンスが魔力切れを起こし空気の壁がなくなるのが早いかだ。
一行のにらみ合いが続き、ついには空が白み始めている。
「そっか、もうそんな経ったんだ……」
それでも魔物はまだ諦めていない様子だ。
直接的な攻撃はなくなったが、地面へ火の玉を炸裂させて地面を掘ってみたりなど、色々と試しているようだった。
そのたびにハンスが空気の壁の形を変えて侵入は防いでいる。
そのにらみ合いを打ち破ったのは、部外者だった。
突如魔物の一匹が悲鳴をあげる。
それに気づいたハンス達が目にしたのは、首を落とされた魔物が息絶える瞬間だった。
だが、その息絶えさせた何かの姿が見えない。
「何が?」
すると反対側でまた悲鳴が上がる。
見逃すまいとすぐに振り向く。
首を落とされた魔物と共に誰かがいる。
だが誰か観察する間もなく姿がかき消える。
「え?」
また一匹悲鳴が上がる。
さらに悲鳴が上がった後、残り他よりも大きな一匹がそれと相対していた。
やっと認識できるほど姿を認めたハンスがとっさに名前を呼んだ。
「クリストフさん?!」
「ちょっと待ってな。すぐ終わらせるから」
背中を向けたままそう答えると、残りの一匹へと切りかかったらしい。
らしいというのは、ハンスとシャルロッテには、すでに刀を抜いた状態で魔物の後方まで移動した後しか認識できなかったからだ。
身動きできずにいた魔物の首が落ち、どさりと地面に倒れこむ。
「これで最後だろ? いったい何があった」
そう言って近寄ろうとして。
魔法を解くのを忘れていた空気の壁にクリストフは思いっきり顔面から衝突する。
「っいってぇ!」
「あ、ごめんなさい!すぐ解きます!」
ハンスが慌てて解く。
顔面から衝突しないよう手を前に出した状態でクリストフはハンス達の前まで寄ってきて事情を聞きたそうにしていた。
「で、何があった?」
それから夜、ギルドの拠点まで行った後、戻ってくる際に、巨人に襲われていた一人を助け、休憩場に戻れば誰もおらず、魔物に襲われて逃げてきたことを伝える。
助けた一人は、今絶賛気絶中だ。
よく一回転や荒い操縦の中目を覚まさなかったことだ。
覚まされたら面倒ごとが増えていたから、それはそれで寝ていてくれてよかったのかもしれない。
「そうか。こいつは知らない奴だな」
気絶していた一人の顔を見てそういった。
「それでクリストフさんはなんでここに?」
「ああ、俺か?」
そう言って経緯をハンス達に説明した。
「分かれた後、作戦を詰めようと話していたら急に眠気が来て……確かシームルのなんかが刺さったんだよな……まぁそれから先は気が付いたらこの近くの川岸まで流されてて、出てきたらお前さん達が襲われてたってわけだ」
「じゃあ他の人達がどうなったか分からないんですね……」
それにクリストフは頷く。
「魔物に襲われて死体が残らないことはままあるが、馬の死体が残っていて人だけないのはやはり人だけその場から逃げたとしか思えないな」
クリストフは経験則から状況を推測する。
そうして考え込んでいると、助けられた一人が目を覚ます。
「ん……ここは……?」
「お、目が覚めたか」
「え、なんで縛られて……それに体中がすごく痛い……」
状況の把握ができないまま、クリストフによって解放される。
「この二人があんたを助けたんだ」
「ああ、ありがとうございます!」
痛めた体も気にせず彼は深々と頭を下げる。
「い、いえ無事で何よりです。ただ、あの巨人について知ってることはありませんか?」
彼は眉を寄せてしかめっ面のまま当時のことを話し始めた。
「俺も詳しいことは知らない。ただ、俺たちは、夜間の警備で巡回していただけだった。
いつも通り巡回していたら急に大きな音とともに地面が揺れたから気になって音のした方に向かったんだ。そしたらすでにそいつがいて、足元で逃げ惑う人がいたから助けに入ったらこのざまさ」
彼は話終えると両肩をすくめてため息を漏らす。
「助けられたのか?」
彼は顔を横に振る。
「俺以外はすべて踏みつぶされた」
「そうか……」
事情を聞いていると、どこからか甲高い音が響いてくるのが聞こえてくる。
「何だこの音は」
音の出所を探していると、助けた一人が空を指した。
「あ、あれ!」
雲の白を背景に黒い影が移動しているのが見えた。
「鳥にしては形が変だな」
「まさかあれって……」
朝日が照らし、少しだが模様が見えた。
「やっぱりあれは巨人じゃないか! なんで飛んでるんだよ! はっ!? こっちに来るじゃ……」
男は取り乱し始め荷車の残骸に身を隠して震えている。
「あの感じこっちに飛んでいるみたいですね」
「どうしようハンス……逃げられないよ……?」
「あれが巨人ならさすがに俺の刀でも厳しいな」
「隠れましょう」
まだこちらを補足してはいないのか、進行方向は少しずれている。
そのため、やり過ごすことができるかもしれない。そんな淡い期待を胸に残骸へと身をひそめる。
だが、そんな淡い期待はむなしく打ち砕かれる。
頭部と思われる場所がハンス達のいる方へと向いたかと思うと、進路を変え、一直線に向かってきた。
甲高い音は徐々に大きくなってくる。
「ハンス!お前の魔法で何とかならないか?!」
クリストフが慌ててハンスに打開できないか尋ねる。
「何か方法が……」
ハンスは考えを巡らせる。
あの巨人を間近で見て戦ったことがある。故に生半可な魔法では通用しないだろうということは分かっている。
「あれは石のような見た目だった……」
逡巡の末、一つ思いつく。
「やってみます」
そう言って一人残骸から飛び出し残骸を背に降りかかろうとしている巨人へと視線を送る。
「ハンス……!」
心配そうな視線を送るシャルロッテを他所に、ハンスが注意を促す。
「危険ですからそこから動かないでくださいね」
そう言うと、ハンスがぶつぶつと口ずさむ。
「空気の壁展開、熱耐性付与、自分にも。残りは全部この魔法に魔力を」
ハンスが巨人へと手をかざし、視線を送る。
「これならどうでしょう!熱線!」
それはハンスが昔、石を穿つときに使ったものだ。当時よりも魔法の扱いにも慣れ、魔力量も増えた状態で使うのは初めてだ。
加減もなしに全力の魔法を使った結果。
ハンスの前には、街道よりも広い炎を帯びた光が、天高く空に向けて放たれる。
その光は、迫りくる巨人を飲み込み、さらにはその背景にあった雲すら形を変える。
「アツッ!」
ハンスの後ろで隠れていた三人がそれぞれに口走る。
周りを見ると、草や葉が熱さでしなび始め、近くの草は火がついている。
それに先ほど倒した魔物の死体も毛が燃え、肉に火が入り、次第と炭と化していっている。
「なんだそれ……」
しかも自分たちの周り、ハンスとその後方の扇状にその熱さの影響が抑えられているのか、草に変化はあまりなかった。
「しまった……これじゃいつ終わればいいか分からない……」
ハンスは止め時が分からずにいた。
全力がゆえに長時間使い続けることはできないわけで、このままじゃ気絶待ったなしだ。
「ハンス!もういいぞ!」
「ハンス!もういいわ!」
後方から見ていた三人が、熱線の途中にあった異物がなくなったことが見て取れたことで、ハンスに止めるように伝えた。
耳に届いたのか、熱線の勢いは衰え、徐々に細くなり最終的にはぶつ切りになりながら消えていった。
ハンスが小さく息を吐く。
「よかった、自分じゃ止め時が分からなくて困っていたんです」
そう言ってハンスが笑顔で振り返った。
周囲からは、肉の焼けた匂いや山火事にあったかのような匂いが立ち込めていた。
「お前……あんな魔法使っておいて平気なのか?!」
クリストフが、ハンスをくまなく異常がないか確認する。
「え、あ、あの大丈夫ですって! それにあれはただの熱線ですし」
「は?」
クリストフは首を傾げて尋ね返す。
「あれが、ただの熱線だと? お前……あんなの使えるやつを見たことも聞いたこともないんだが?」
「高温にした魔力を一直線に打ち出すだけですよ。たぶんやり方聞いたら誰でもできると思います。ね?」
シャルロッテに視線を送って同意を求めるが、彼女は首と手を横に振って全力で拒否していた。
「誰でもできるわけがないじゃない! 似たことはできてもさっきみたいなのは無理ね。魔力量が足りないもの」
「ハンス。お前さんのことを見くびってたらしい。ちょっと魔法が使える子供ってわけじゃなかったんだな……」
クリストフがしみじみとハンスの頭に手を置いて撫でまわす。
頭をなでられて髪がぐしゃぐしゃなハンスが残念そうにしていた。
「でもあれが何だったか分からず仕舞いですね」
「そうだな。だが、死んだら元も子もないからな」
「それもそうですね」
そして気が抜けたことでシャルロッテはかなり眠たそうにしていた。
「もう帰って寝たいわ……」
「そう言われてみれば寝てないんですもんね。ふあぁ」
そう答えるハンスも自覚した途端眠気が襲ってきた。
「後始末はしてやるから、先に帰ったらどうだ?」
クリストフが指差す方には首都が遠くに見えている。
「思ったより遠い……」
ハンスとシャルロッテががっくりと肩を落とす。
「まぁでもゆっくり寝たいですし帰ります。あとよろしくお願いします」
「おう、任せときな。それとあんたは俺と一緒にいてもらうからな」
「あ、はい」
ハンスが助けた一人は、クリストフと行動を共にすることが決定した。
ハンスとシャルロッテはとぼとぼと帰路につく。
「お前たち、無事……何だろうがクリストフはどうした?」
二人を出迎えたフィヨルドが二人のくたびれた雰囲気を見て心配すると同時にクリストフがいないことが気になっている。
「僕たちの後始末するって東の街道で残ってます」
「な、何があった?」
「魔物に襲われました」
何をしていたのかそれだけでは分からない。それにこれ以上聞こうにも二人は今にも倒れこみそうなほどふらふらとしている。
「あとで事情は聞く。だから休んでくるといい」
「ありがとうございます」
活舌も悪くほぼ息を吐いた程度の言葉でお礼を言いながら自室へと歩いて行った。
それを見届けたフィヨルドが、従者に指示を出す。
「クリストフの様子を見てきてくれ。問題があればその場の判断で好きにしていい」
「はっ。無事にこちらまでお送りいたします」
そう言い残して彼らも立ち去って行った。
やきもきした気持ちを抑えつつ、フィヨルドは椅子にどっかりと座りこみ、生きていたことに安堵していた。
「遅くなるなら連絡しろといったのに……」
安堵と共に約束を破ったことへの怒りがふつふつと湧き上がってくる。
そして時間は流れてその日の夕方。
帰ってきたクリストフと、起きてきたハンスとシャルロッテはこってりとフィヨルドの説教を受けるのであった。




