後編
「…先輩…」
キャリサが隠れた茂みは、通りから少し離れていた。というのも、建物に隣接している自然公園の入り口の茂みだったのだ。
だから、運良くも窓から目撃されることも、通りを歩く人々の好奇の目にさらされることもなかった。
「先輩、マックライン先輩」
茂みに隠れて小刻みに震えるキャリサ。ちょうどアルフレートからは、しゃがんで丸まった背とキャリサの後頭部しか見えない。それでも、怖いくらい震えていることがよくわかる。
そして、淡く輝く月の光のように、キャリサ自身が光をまとっていることも。その光が、キャリサ自身が放っていることにも。
(きれいだ……)
アルフレートは、心の底から感嘆した……目の前の光景に。淡い輝きを放つ光は、暖かみのある優しい金と銀を混ぜような色だった。雲間の間から差し込む一筋の光のように、静かにただ輝き光を放つ。太陽のように激しく自己主張するのではなく、ひっそりと、ひっそりと控えめに輝くその様子は、まるで蛍。
―――なんて、幻想的で、こらえがたい魅力に満ちているんだろうか。
(まるで、女神)
服をまとっていても、輝きは隠せない。服も靴も―――身にまとう装束さえ、光りに包まれている。まさしく、光を衣のようにまとっているキャリサが、アルフレートには女神の降臨に見えた。
「近づかないで……」 ゆっくりと、こらえがたい魅力に惹かれ近づいていたアルフレートの耳に、キャリサの泣きそうな声が届く。かすれ、震え、揺れ、涙の混じる声が。
「わたしを、見ないで、どうか。どうか、わたしを視界に入れないで……!」
それは懇願だった。哀しみに溢れた、聞くものの胸を締め付けてくる声。“光”に関してキャリサに何があったのか……そう感じさせるには十分だった。
「見たでしょう?わたしは、おかしいの。おかしいの!」
―――何があったのだろう、何が彼女を苦しめたのだろう、とアルフレートは思った。そして、彼女をこんなにまで苦しめた“そのこと”に対して腹が立つのを感じる。
「先輩」
アルフレートは、着込んでいた厚手のコートをキャリサにかけた。
アルフレートはキャリサより頭二つ分も小さい。だから、コートをかけても光るのを隠せるわけではないけれど。
けれど、彼女がこれ以上苦しむのが見たくなかったから。苦しんでほしくなかったから。
本音としては、この美しい彼女を見ていたい。しかし、この光景をさらけ出していることが“苦になる”のなら。そう思って、コートをかけた。
「優しいのね……」
と、キャリサが立ち上がって振り返った。うるんだ紫の双眸がアルフレートを射抜く。キャリサは苦しいのに、無理に笑っているような顔をしていた。まるで苦しむ顔を見られたくないように。
「光るのは失恋したらおさまるから……いつも、そうだから」
そういって、キャリサは自嘲気味に笑う。キャリサはぽつぽつと語りだした。
幼い頃から、そうだった。恋を自覚したら、ずっと光り続ける体。何故かはわからない。ただ、調べてみれば家系でごくたまにキャリサと同じ体質を持つ人がいたらしい。その人達はみな女性で、修道院に入って生涯を過ごしたらしい。
「貴方は、恋をしたんですか」
意を決した表情で、アルフレートはいう。
「ええ」
「それは……ホフマンさんですか」
「え?」
キャリサは思わず目が点になった。なんて、今なんていった、アルフレートは?
そんなキャリサに気づかず、アルフレートはなおも話し続ける。
「僕は、彼が彼女持ちだと聞いて、先程安心しました……あなたの恋は実らなかったと、喜んでしまった。……最低な男です」
口にするのも苦しそうに告げる。
アルフレートは誤解しているようだった。
「違うわ!」
キャリサはすぐに青くなって訂正した。なんだかすごい誤解だ。なんでキャリサがホフマンに恋をして振られたことに?!
「ホフマンじゃ、ないの!」
「え?」
キャリサの必死な声に、今度はアルフレートがきょとんとなった。
「では、誰なのですか」
少し、ほんの少し拗ねたようにアルフレートはいう。
(かっ、かわいい………!)
キャリサのストライク、ど真ん中。キャリサは思わず悶えかけてしまった。
「あなたよ!あなた、アルフレート・サリーズ、あなたよ!わたしが恋したのはあなた!」
アルフレートは、無言のままキャリサを見つめて、数瞬の後に顔を真っ赤にさせた。ぼっ!という表現が見事に当てはまる瞬間だった。その反応に、またもやキャリサは胸を射ぬかれた。
(……やだ、鼻血がでそう……)
ここで鼻血なぞをだしてしまったら、雰囲気がどうのこうの以前に変態の証拠なので、キャリサは全身全霊かけてどうにか平静を保った。
「ぼ、僕ですかっ」
アルフレートの方も、らしくもなく舌を噛み、おろおろしている。それさえキャリサにとっては鼻血ものだった。
「なら、両思いじゃないですか……」
アルフレートは照れ隠しからか、視線をそらして片手で顔半分を覆った。語尾がだんだん小さくなって聞こえにくくなり、キャリサには最後までよく聞き取れなかった。でも、両思い、という単語はやけにはっきりと聞こえた。そう思ったとたん、キャリサも顔が真っ赤になった。
「……」
「……」
両者ともに、しばらく互いを見ることができなかった。
「わたしね」
ぽつりと、キャリサが呟いた。それが沈黙を破る合図となり、アルフレートが顔をあげた。
「幼い頃、従兄弟に初めて恋をしたの。彼の目の前で恋を自覚したの」
とたんに、光だしたとキャリサは悲しそうに話し続ける。
「その時、化け物!あっちいけって……大声で泣き叫ばれて、逃げられたの。すごい形相だったわ。顔も真っ青になって、震えて、……泣きたいのはこっちなのに。好きな人にそんなこといわれたあげく、あんな態度とられて。それにわたしは自分が何で光ったかもわからないしで、一ヶ月自室に引きこもったわ」
「……」
「それ以来、恋をしそうになったらこらえたの、我慢したのよ。……いつからか、わたしの見た目に惹かれたといって恋を囁く人が出てきた。でも怖かった。だから、わたしは恋を避けるため、遠ざけるために笑わなくなった。笑顔を見せなくなったの、親しい同性の友人と、家族以外に」
いつからか、笑わなくなったキャリサを、事情を知る者以外は避けはじめるようになった。そして、いつしか“鉄面皮の感情なし”“氷の女”と呼ばれ始めた。気づけば、キャリサの思惑通りに誰も近寄らなくなった。
「僕は、」
アルフレートはキャリサを真っ直ぐ視界にとらえる。今まで、キャリサが異性の誰もがしなかったこと。
「貴女を初めて見たとき、なんて寂しい雰囲気の人なのだろうと思いました」
最初に会ったのは、アルフレートが配属の挨拶をしたとき。キャリサはいつものように無表情だった。けれど、アルフレートはそれが寂しそうで悲しそうに見えた。なんて雰囲気な人なんだ、とその日からキャリサを目で追い始めた。
「そして、見てしまったんです」
偶然だった。妹たちの付き添いで町に出たとき、同性の友人と心の底から笑って楽しんでいるキャリサを見かけたのは。
「一目惚れ、でした。恋に落ちました」
その日から、アルフレートはいつも以上にキャリサを目で追いかけるようになった。あの笑顔がもう一度見たかった。やがてその思いは、あの笑顔をこちらに向けたいという想いに変わった。
「年下など相手にされないと思って、貴女を想うだけの日々でした。でも、今日偶然、次官補たちのお話を聞いて」
アルフレートはいてもたってもいられなくなった。焦った。今まで男など誰も視界に入れていなかったキャリサが、上官命令だからって、異性とすんなり会うだなんて。
「僕は、ほっとしてたんです。貴女は決して他の男を見ないって。だから、急激に生じた嫉妬に僕は突き動かされた」
すぐに、上官である次官補に詰め寄った。次官補はびっくりしながら、面白いといわんばかりにアルフレートを焚き付けた。アルフレートはわかっていながら、どうしようもなかったから焚き付けられるままに焚き付けられた。
「そうして、現在に至ります」
アルフレートは、キャリサを抱き締めた。身長が足らず、抱き締めるというより抱きつく形になったけど、アルフレートはかまやしなかった。そのまま見上げ、キャリサを見つめた。
「僕は、アルフレート・サリーズは天の御神に誓って、キャリサ・マックライン、貴女だけを生涯かけて愛すると宣誓します」
それに、キャリサが泣きながら頷いたのはいうまでもない。
しばらくして、キャリサ・マックラインとアルフレート・サリーズの婚約が発表された。それ以来、王宮のあちらこちらでキャリサの目の眩む微笑みが見かけられ、目の当たりにした男どもが次から次へと陥落し、彼らを次から次へと叩きのめすアルフレートが見られたとか、なかったとか。
そして、両思いになったキャリサは光らなくなった。自分が光る代わりに、常に自分だけを明るく照らし続けてくれる太陽を見つけたから……かも、しれない。
ご覧いただきありがとうございました〜。
名前の由来など。マックライン…真っ暗中(作中のキャリサはお先真っ暗の最中です。)から。真っ暗…マックラ、中…in/インでマックライン(真っ暗中)。暗いですね。
感想おまちしてます〜。
もう一作品、別のお題でガンジス杯で出品しているので、よかったらそちらものぞいてみてください〜。