さようなら、愛した人よ
「さて、そろそろか。」
今日は金曜日、浩介は会社の飲みがあるから、って言って、ゲイバーの方に集合で、って言って、俺は煙草だけ持って、暖かくなってきた春の空気を感じながら、電車に一人乗る。
今日は浅草じゃなくて上野、普段から行ってる駅ではあったけど、最近は浩介と集合するのが浅草だから、上野で降りるのもちょっと久しぶりだ。
浩介は会社では研修を終えて、これから正規雇用になって、社員として頑張っていかないと、なんて言ってたな。
俺は正規雇用に関してはされた事がないし、わからない感覚だけど、襟を正す感じだ、とは浩介は言ってた、前職の営業もそうだったけど、正社員雇用って言うのは、最低限の事は出来る様にならないと駄目なんだって。
「ん、着いた。」
上野に到着して、そこからゲイバーまでは五分と掛からない、もう浩介はついてるって言う連絡は受けてるから、俺が待たせる形になるのかな。
「……?」
なんだか騒がしい、駅付近がって言うよりは、ゲイバー付近が騒がしい、パトカーと救急車の音が聞こえる、何か事件か事故か、どっちかがあったんだろうか。
「……。」
胸騒ぎ、嫌な予感、血の匂いがする、というよりは、第六感が囁いてる、ここで虫をしたら、俺は生涯を後悔の中で生きる気がする、俺は、あの場に行かなきゃならない気がする。
「あ、悠ちゃん!浩ちゃんが!」
「ママさん?浩介が?」
店の外にママさんがいて、警察の人が話をしてる、救急車のストレッチャーに誰かが乗せられて、丁度救急車に運び込まれる場所みたいだ。
ママさんに声を掛けられて、そっちを見る、見てしまった、見なければならなかった。
「こう……、すけ……?」
心臓がバクバクする、第六感が、俺の中の信号をならし続けてる、警鐘と言うのには騒がしすぎる、そんな心臓の音がする。
「浩介!」
血にまみれた浩介、その姿を確認した瞬間、俺は警察の人にも構わず救急車に突撃した。
「ちょっと君!君は誰かな!」
「恋人だ!浩介の恋人だ!浩介!浩介!」
警官の静止を振り払って、浩介に駆け寄る、浩介は救急車に運ばれるところだった、血にまみれて、多分場所的に心臓を刺された、そう見える浩介は、救急隊員が必死になって止血をしてる、してるけど、俺の中の何かが「っ浩介が死んだ」って言ってる。
「浩介!嘘だって言ってくれ!浩介!」
「同乗者の方ですか!?一刻を争います!指示に従って乗ってください!」
「……!」
涙が出る、両親が死んだ時でさえ流れなかった涙が、誰かの死を悼んで流した事のない涙が、俺にとっては、物心ついたころから流した事が無かった涙が、止まってくれない。
救急車のドアがしまって、隊員の人が何処かに電話を掛けてる。
でも、もう……。
そんなの、あんまりだ、そんなの、そんな終わり、そんな末路、あんまりだ。
「……。」
浩介の葬儀、それを執り行う人がいなかった、って言う理由で、俺は両親の時に続いて喪主を務めた。
結局、浩介が殺されたのは色恋関係、浩介に粉を掛けてた人間が、俺と浩介の関係をひがんで、こじれた結果の殺人だった、って言う話だ。
でも、俺にはそんな事はどうでもよかった、俺にとって、浩介がいてくれるだけで幸せだったのに、初めて、人を愛したのに、初めて、人に愛された事を自覚したのに。
その別れは、かくもあっけないものだった。
ただ、だからって、俺が死ぬのか、後追いをするのか、って言われたら、俺は違うと答える。
俺の結論は変わらない、俺の結果は変わったとしても、俺の出した結論は変わらない。
それが、愛知らぬ獣だった存在が、愛を知った人間になっただけの話だ、それ以外、俺の人生に変化はない。
ただ、少しだけ、少しだけじゃない、とっても、とっても、寂しくて、悲しくて、それでいて、俺は浩介と確かに愛し合ったんだって、俺が覚えておかないと、浩介がいつかまた生まれ変わった時に、俺達は愛し合えた酔って、言える様に。
愛知らぬ獣に告ぐ挽歌。
愛する事は、こんなにも美しくて、尊くて、儚くて、素晴らしくて、そんな事を、俺は知らなかった。
知らずに生きていた、誰に愛された覚えもなければ、誰を愛した記憶もなかった。
だから、そんな事を教えてくれたお前がいなくなっちゃった事、それが怖い、前に進む足が竦んでしまいそうなくらい、悲しい。
もう一度だけで良いから抱きしめたい、温もりを感じたい、それが叶わない願いだったとしても、それを願わずにはいられないんだ。
……。
さようなら、世界で唯一、俺を愛してくれた人よ。
さようなら、最愛の人よ。




