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暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜  作者: パラレル・ゲーマー
第六部・早く訪れた太平の世編

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第117話 水神様、大ほうき星に見惚れて人の不安を知る

 第117話 水神様、大ほうき星に見惚れて人の不安を知る


 元和四年の十一月も終わろうとする頃。


 江戸の空には、冬の鋭く冷たい空気が満ち始めていた。


 数ヶ月前の夏、俺たちは極秘の茶会で、この冬、巨大な彗星が現れるという未来の情報を共有した。


 だが、鷹司孝子殿の絶妙な提案に従い、その情報を「大ほうき星が来るぞ」という不吉な予言として天下に触れ回ることはしなかった。


 表向きはあくまで、近年、天の記録を整える必要あり。


 星見の公家と陰陽寮の記録様式を、幕府側とも照合する。


 各地の夜空の異変を速やかに公儀へ届けるべし。


 そういう、極めて事務的な観測体制の強化として各所へ通達したのだ。


 そのおかげで、朝廷も陰陽寮も面子を潰されることなく、星見公家たちも公儀と禁裏からの正式な命として、夜空を見上げる準備だけは静かに整えていた。


 孝子殿のあの情報の包み方、本当に助かったな。


 もし俺が馬鹿正直に「冬に大彗星が来ます!」なんて予言していたら、今頃、日本中でパニックと新興宗教が爆誕していたぞ。


 俺は、事前の根回しが上手く機能していることに、ほっと胸を撫で下ろしていた。


 だが、実際に空に現れたそれは、俺の想像すらも遥かに超えていた。


 *


 十一月の、ある凍てつくような夜明け前。


 江戸城の物見櫓から、御異物改方へ急報が飛び込んできた。


「東の空に……見慣れぬ光の筋あり!」


 最初は、ただの明るい星か、雲の切れ間のように見えたらしい。


 だが、星見役が確認すると、明らかに普通の星ではない。


 ぼうっと光る頭の部分から、淡く白い尾が伸びているというのだ。


 俺は、その報告を受けた瞬間、全身の血の気が引くのを感じると同時に、奇妙な高揚感で胸がいっぱいになった。


 来た。


 ついに来た。


 歴史に名高い、元和の大彗星。


 俺は、防寒着を羽織るのももどかしく、江戸城の庭へと飛び出した。


 そして、まだ暗い東の夜空を見上げた瞬間。


 俺は、完全に言葉を失った。


「……うっわ」


 俺の口から、無意識のうちにそんな間の抜けた声が漏れた。


 空にあったのは、ちょろっと尾を引く流れ星なんかじゃない。


 夜空の端から端へ向かって、空を真っ二つに裂くように走る、途方もなく長く、白く、淡い光の巨大な帯だった。


 まだ最大級の明るさではないはずだが、その圧倒的な存在感とスケールは、人間のちっぽけな想像力を軽々と凌駕していた。


「怖いかい?」


 いつの間にか、隣に八百比丘尼が立って、同じように空を見上げていた。


「……めちゃくちゃ、綺麗です」


 俺は、正直な感想を口にした。


 八百比丘尼は、カラハハと笑った。


「坊やは、まずそこなんだねえ。人間はだいたい、ああいう得体の知れないものを見ると、真っ先に腰を抜かして震え上がるもんさ」


「あ、いや、もちろん不安になる人たちの気持ちも分かります。でも……これは、すごいですよ。現代なら、絶対にスマホで写真が撮られてSNSで大拡散されます。天文クラスタが徹夜で望遠レンズ構えて、一般の人も一斉に空にカメラ向けて……世界中のトレンド欄が、この大彗星一色になるやつです」


『間違いなく、世界トレンド独占案件ね。美麗なタイムラプス動画、スマホでの上手な撮り方解説、専門家の軌道解析、そして……人類滅亡の兆しだっていう終末論や、陰謀論のデマ投稿まで、全部まとめてタイムラインに溢れ返るわよ』


「……現代でも結局、不安とデマがセットで飛び交うんですね」


『人類っていうのはね。時代がどれだけ進んで科学が発達しても、空の異常な現象に自分たち都合の意味を盛りたがる生き物なのよ』


 俺は、その皮肉に反論できなかった。


 そうだ。


 現代人ですらそうなのだから、この江戸時代の人々が、あの空を裂く光を見て、平常心でいられるはずがないのだ。


 *


 すぐさま、大御所、家康、将軍、秀忠、家光、そして孝子殿が呼ばれ、皆で夜空の異変を見上げることになった。


 しん、と冷え切った庭で、誰もが言葉を失い、巨大な光の帯を見つめていた。


 家康は、長く黙っていたが、やがて重い口を開いた。


「……国松の言う通り。起きたか」


「はい」


 俺は頷いた。


「お主は、天の星の理と、地上の世の理は、直には繋がらぬと言う。……儂も、頭ではそれは分かっておるつもりじゃ」


 家康は、じっと空を見つめたまま言った。


「……だが。やはり、怖いものは怖いな」


 その言葉は、俺の胸に深く刺さった。


 天下人である家康ですら、理屈を理解していても、生物としての本能的な恐怖を素直に認めるのだ。


 秀忠も、険しい顔で同調する。


「誠に、不吉に見える。……理屈がどうあれ、見た瞬間に、これは災いの前触れではないかと、心が勝手にそう感じてしまうのだ」


「事前に聞いていたのと、実際にこの目で見るのとでは、全く違うな。……まるで、天の空そのものが、真っ二つに裂けてしまったように見える」


 元服したばかりの家光も、その巨大さに圧倒されていた。


 その中で、孝子殿だけが、静かに、澄んだ声で言った。


「恐ろしゅうございます。……けれど。目を逸らせぬほど、美しゅうもございますね」


 俺は、少しだけ救われた気がした。


 恐怖と、美しさ。


 その矛盾する二つの感情を、彼女は同時に受け止めている。


「国松」


 家光が、不安そうに俺を見た。


「天の星が地上の災いを直接起こさぬというのなら……なぜ、我ら人間はこれほどまでに、天変に怯えるのだ?」


「……人は。意味の分からない巨大なものを、意味の分からないものとしてただそのまま抱え続けるのが、極端に苦手な生き物だからです。理由が欲しいのです。たとえそれが不吉な呪いであっても、理由がつく方が、心がどこか落ち着くからです」


 家光は、その言葉を反芻するように頷いた。


 天の星そのものをどうにかするのではない。


 あの星を見て、勝手に恐れ、意味を作り出す人の心を治めなければならないのだな。


『説明で論理的に納得することと、人間の感情が落ち着くことは、全く別のプロセスよ』


 ええ。


 人間の運用って、本当に難しいですね。


『今さら?』


 *


 夜が明けると同時に、江戸城内は緊急の小会議へと移行した。


 家康、秀忠、家光、俺、正純、土井利勝、天海、崇伝。


 そして孝子殿も、奥向きから意見を求められて同席した。


 秀忠が、現役の将軍として極めて現実的な実務を仕切る。


「天がどうあれ。……地上の世を乱し、民を飢えさせたら、我ら公儀の政の負けだ」


 方針が矢継ぎ早に決定されていく。


 一、朝廷へ急報を送る。


 ただし、国松の予言通り出たなどとは絶対に言わず、あくまで天変の観測として報告する。


 二、星見の公家と陰陽寮に、観測記録の提出を求める。


 三、寺社に公的な祈祷を手配し、民の不安の受け皿とする。


 四、民に対しては恐れるなと無理に禁じるのではなく、天変に際して身を慎み、みだりに乱れるなと触れを出す。


 五、米の買い占め、便乗した値上げ、そして偽の護符の販売を厳しく取り締まる。


 六、夜間に空を見物に出る者が増えるため、火の用心と転落事故の警戒を町奉行に徹底させる。


 七、得体の知れない不安から、異国人や他宗派への八つ当たりが起きないよう、港町への警戒を強める。


 そして、最もデリケートな朝廷向けの文言については、孝子殿が力を発揮した。


「……朝廷へは、このように申し上げるのがよろしいかと存じます」


 孝子殿が、滑らかな京の言葉遣いで提案する。


『天に異変あり。公儀も恐れ慎み、観測と記録を厳重に行う』


『朝廷におかれても、陰陽寮と星見の公家に、詳しき記録を命じられたい』


『天変に際しては、祈祷と政の慎みをもって、民心を安んじるべし』


『天変を名目とした根拠なき流言や、私的な祈祷商売を固く戒める』


 見事だった。


 幕府が上から目線で天を管理するのではなく。


 朝廷の祈りの権威を最大限に尊重し、陰陽寮の面子を立てつつ、しっかりと観測と記録の実務を進めさせる。


「よい」


 家康が深く頷く。


「京へ送る言葉は、やはり京を知り尽くした者が置いた方がよいな」


 家光も、自分の婚約者の見事な手腕に誇らしげだ。


 孝子殿がいなかったら、ここで朝廷向けの文言の調整だけで、俺と正純殿で三日は不眠不休で揉めていたな。


 俺は、公武の橋が物理的に機能していることに感動すら覚えていた。


 *


 京の都。


 御所。


 夜空に現れた大彗星を見て、公家たちは顔面を蒼白にして震え上がっていた。


「兵乱か!? 疫病か!? 飢饉の兆しか!?」


 陰陽寮の役人たちは、古来の天変の解釈に従い、強い不吉を感じていた。


 だが、事前に孝子殿の根回しによって観測体制の強化の命が下っていたおかげで、完全なパニックには陥らなかった。


 星見の公家たちは、空を見上げて恐怖に震えながらも、必死に筆を握っていた。


「恐ろしい……。何という禍々しい星か」


「だが、記録せねばならぬ! 公儀と禁裏からの厳命である!」


「それにしても……尾が長すぎる! 天の半ばまで届いておるではないか! これ、どこからどこまでを測ればよいのだ!?」


 俺は、飛脚を通じて簡易的な角度の測定法を京へ伝えた。


 腕を真っ直ぐに伸ばした時の、拳の幅、指の幅、両手の広がりなどで、およその角度を割り出す方法だ。


「怖いと思っても構いません!」


 俺は文に書き添えた。


「怖いと震えながらでいいから、目を逸らさずに、見たものをそのまま帳面に書いてください! 全員が同じ基準で書くことが大事なのです!」


 星見公家たちは、恐怖と戦いながら、新たな帳面地獄へと落ちていった。


 陰陽寮もまた、孝子殿の配慮により、観測と祈祷の両方を担うことになり、面子を保っていた。


「天変に際して、政を慎み、祈祷を行い、記録を残すべし」


 後水尾天皇は、幕府からのその文書を読み、静かに天を見上げたという。


「……天を恐れることと。天を正確に知ろうとすることは。……結局のところ、同じ空を見上げることなのだな」


 *


 江戸の町でも、大騒ぎになっていた。


 最初は恐る恐るだった人々も、毎夜のように現れる巨大な光の帯に、否応なく不安をかき立てられていく。


 大人は、路地裏でひそひそと囁き合った。


「家光様が御元服されたばかりで、これは何の前触れだ?」


「大御所様の御寿命に関わるのではないか?」


「公家の姫様が来られたことと、何か関わりが?」


「いや、来年の作柄が悪くなるに決まってる!」


「水神様が、何かお怒りになっているのでは……」


「怒ってません!!」


 俺は、市中見回りの報告を聞いて激怒した。


 不安は、必ず怪しいビジネスを生む。


 彗星除けの特別なお札。


 尾星の毒を払う、南蛮渡りの霊薬。


 大ほうき星を鎮める、奇跡の石。


 そして極めつけは。


 水神様御加護、星除けの神水、一杯十文。


「なんで毎回毎回、私の名前を勝手に詐欺商売に使うんですか!!」


 俺は頭を抱えて絶叫した。


「よく売れるからでございましょう」


 正純が氷のような顔で即答する。


「冷静なマーケティング分析をしないでください!」


 秀忠の命により、町奉行と御異物改方が即座に動き、これらの悪質な詐欺や買い占めを徹底的に叩き潰した。


「取り締まれ。だが、民の純粋な祈りそのものを禁ずるな。……詐欺の商売と、心からの祈りを、明確に分けよ」


 秀忠のその采配は、見事だった。


 江戸の寺社では、僧侶や神主が夜通しで祈祷や祝詞を上げている。


 そしてそのすぐ隣で、御異物改方の役人や星見の者たちが、夜空の尾の長さを測り、雲の流れを帳面に書き留めている。


 祈る者と、測る者が。


 同じ空の下で、共存している。


 俺は、その光景を見て、深く感じ入っていた。


 祈祷は、天体現象を消すための魔法ではない。


 行き場を失った人間の不安を受け止めるための、絶対に必要な器なのだ。


 祈りは人の心を支え、観測は次の世の知を支える。


 どちらか片方だけでは、人間社会は回らないのだ。


 *


 大彗星は、一夜限りの幻ではなかった。


 数日。


 一週間。


 二週間。


 三週間。


 光の帯は夜空に居座り続け、日を追うごとに尾の向きが変わり、長さを増していった。


 ある晴れ渡った夜。


 尾が最も長く、最も明るく見えた日。


 俺は、江戸城の庭で、ただ言葉を失って空を見上げていた。


 夜空の半分を貫く、圧倒的な光の帯。


 白く、淡く、恐ろしいまでに美しい。


「……すごい」


 俺の口から、感嘆の息が漏れた。


 現代の都会の明るい夜空じゃ、絶対にここまでクリアには見えない。


 光害の全くない江戸の夜空だからこそ見える、宇宙の奇跡だ。


 ああ、悔しい。


 この時代にスマホがあれば。


 三脚立てて長時間露光して、最高の一枚を撮るのに。


『あなた、前世でそんなに写真や天体観測の趣味あったかしら?』


 ありません! 


 でも、これを目の前にしたら、絶対に誰だって撮りたくなりますよ! 


「その代わり、坊やには帳面があるだろう?」


 八百比丘尼が、笑いながら言った。


「帳面じゃ、SNSで映えないんですよ!」


 だが、俺はすぐに思い直した。


 この時代の、彼らが震える手で必死に書き残した無数の帳面こそが、未来へ残る、何よりも鮮明な写真の代わりになるのだ。


 数週間が経つと、家康の心境にも少しずつ変化が現れた。


 ある夜、家康は俺と並んで空を見上げ、静かに言った。


「……怖いな」


「はい」


「だが。……美しいな」


 俺は、少し驚いて家康を見た。


「人というものは、不思議なものじゃ」


 家康は、巨大な尾星を見つめて目を細めた。


「最初はただ恐ろしく、不吉としか思えなかったものを。幾夜も幾夜も見上げているうちに……いつしか、美しいとも思うようになる」


「……怖さが、消えたのですか?」


「消えぬ。恐怖は消えぬが。……そこに、美しさが混じった」


 恐怖を否定せず、そこに美しさを足す。


 それは、人間の心が持つ、何よりも強靭な防衛本能なのかもしれなかった。


「ほらね」


 八百比丘尼が、俺の耳元で囁いた。


「怖いものだって。……逃げずに何度も見上げていると、少しだけ顔が変わるんだよ」


 *


 各地から、続々と観測記録が江戸へ集まってきた。


 京では尾がこう見えた。


 長崎では海の上に尾が伸びた。


 平戸では外国商人たちが十字を切って驚いていた。


 大坂では一時米価が揺れたが、買い占めは抑え込んだ。


 江戸では寺社祈祷と町奉行の巡回が効き、暴動は起きていない。


 朝廷の星見公家の記録と、幕府側の記録を突き合わせる。


 完全に一致はしない。


 尾の長さの表現も、方角の記述も、人によって少しずつ違う。


「……違うなら、それでいいんです」


 俺は、記録の束をまとめながら言った。


「違いもまた、記録です。誰が、どこで、どんな気持ちで、どう見たか。……それが一番大事なんです」


 孝子殿が、深く頷いた。


「同じ巨大な星を見ても。……人は、決して同じ言葉では書きませぬものね」


『観測点が増えれば増えるほど、現象の立体的な理解が進むわ。……見る目が増えるって、こういうことなのよ』


 *


 やがて、季節がさらに深く沈む頃。


 大彗星の尾は、少しずつ、少しずつ、その長さを短くし、光を薄くしていった。


「昨夜は、前より随分と薄かったぞ」


「もう、消えてしまうのか」


 町の民草たちは、最初はあんなに消えてほしいと怯え、願っていたはずなのに、いざ薄れて見えなくなっていくとなると、どこか名残惜しそうな声を上げていた。


 人間って、本当に身勝手で、難しいな。


 俺は苦笑した。


 そして。


 この大彗星が現れた後も、日ノ本には、それに対応するような、大地震も、大飢饉も、大疫病も、そして大戦乱も、起きなかった。


 俺は、心底安堵した。


 だが、同時に、自室の奥に隠してある欧州宗教戦乱・関連監視控の帳面を見て、胸が締め付けられるようなもどかしさを感じていた。


 日本では、何も起きなかった。


 でも、欧州では。


 すでに三十年戦争の火がつき、泥沼の殺し合いが始まっている。


 後世の欧州の歴史では、きっとこの大彗星は、あの悲惨な戦争の始まりを告げる、神の怒りの前兆だったと語り継がれるだろう。


 同じ空の、同じ光なのに。


 見る場所と、その後の人間の行いによって、星の意味は全く変わってしまうのだ。


 俺は、その残酷な事実を誰にも言うことができず、ただ一人で重く背負うしかなかった。


 *


 ほとんど薄くなり、夜空に溶けかけようとしている大彗星を、俺、家康、家光、孝子殿の四人で、静かに見上げていた。


「……結局。日ノ本には、国を揺るがすような大きな災いは、起きなんだな」


 家康が、安堵を滲ませて言った。


「はい。……少なくとも、あの星が直接、地上に災いを叩き落としたわけではありません」


「だが。……人の心は、激しく揺れた」


「はい」


 俺が頷くと、孝子殿が涼やかな声で続けた。


「そして。……その人々の心の揺れを記録し、祈り、詐欺を戒め、鎮めることも。……公儀の大切な政でございました」


 家光が、薄れゆく星を見つめたまま、力強く言った。


「……天を治めるのではない。天を見て恐れる人を、治めるのだな」


「はい、兄上。……いえ、家光様。その通りです」


 俺は、微笑んで答えた。


 俺は、自室に戻り、真新しい帳面に筆を入れた。


『元和四年 大ほうき星見聞并観測控』


 そして、その下に、今回の最大の教訓を記した。


『天変、地を直ちに乱さず。されど、人心を大いに揺らす。……祈祷、観測、流言制御、いずれも政務なり』


 俺は、筆を置き、深く息を吐き出した。


「……天体観測って、ただ星を見るだけじゃなくて。思ったより、人間の感情の運用保守だったな」


『おめでとう。……あなたの今回の観測対象は、天の星だけじゃなく、地上の人間そのものだったのよ』


「いいじゃないか」


 八百比丘尼が、障子の隙間から顔を出して笑った。


「坊やはまた一つ。……世界を見る目を、増やしたんだよ」


 冬の夜空から、大ほうき星の光は、音もなく静かに薄れていく。


 だが、その圧倒的な光を見上げた無数の人々の記憶と、震える手で書かれた何冊もの帳面だけは。


 日ノ本の歴史の中に、決して消えることなく、確かに残り続けるのだった。


最後までお付き合いいただき感謝します。


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